これがEランクだと・・・?
謁見の間。
国王の前まで進んだリゼットたち。
エレノアが一礼する。
「リゼット様、マドカ様、ニコラ様をお連れしました」
「よく来てくれた」
国王が微笑む。
リゼットは軽く頭を下げるだけだった。
「久しぶりだな、リゼット」
「そうね」
ざわ。
貴族たちが小さく騒めく。
五百年以上前から王家に伝わる名前。
それが今。
目の前にいる。
しかし。
「……陛下」
声を上げた者がいた。
先ほどの若い貴族だった。
「何かね?」
「失礼ながら、確認させていただきたいことがございます」
「言ってみなさい」
若い貴族はリゼットを見る。
「本当に、この方が……?」
「そうだ」
「伝説の大賢者、リゼット様だと?」
「そうだ」
「……失礼ながら」
男は笑った。
「とてもそうは見えません」
マドカの眉が動く。
「……」
リゼットは無表情。
「五百年以上生きた賢者と聞いていましたので、もっと威厳のある方かと」
男が続ける。
「それに、百年以上も森に引きこもっていたのでしょう?」
ざわざわ。
「引きこもり……」
マドカが小声で呟く。
「そこは否定できないわね」
「認めるんだ……」
ニコラも小声で、
「私も似たようなものだけど~」
「ニコラは研究で引きこもってるから違うよ!」
「そうかな~」
若い貴族は二人を見る。
「それに、このような冒険者を国王陛下がわざわざ――」
「冒険者だから何?」
リゼットが初めて口を挟んだ。
「……何?」
「冒険者では、あなたの話す相手として不足かしら?」
「そういう意味では――」
「なら何?」
静かな声。
男が言葉に詰まる。
「私は肩書きで人を判断しないの」
リゼットは淡々と続ける。
「あなたもそうしたら?」
「…………」
男の顔が赤くなる。
「私は別に、あなたを侮辱するつもりは――」
「そう」
「ただ、伝説というものは誇張されるものです」
「ええ」
「ですから、本当にそれほどの力があるのか――」
「試したい?」
リゼットが尋ねる。
男が黙る。
「…………」
リゼットは小さく笑う。
「なら、外へ出ましょうか」
「え?」
「あなたが満足する程度には見せてあげるわ」
マドカが振り返る。
「えっ」
ニコラも。
「え~」
エレノアは頭を抱えた。
「リゼット様……」
「大丈夫よ」
国王も苦笑している。
「……庭園の一角を使わせよう」
「陛下!?」
「ここでやるよりはいいだろう」
こうして。
謁見は一時中断。
一行は王城の訓練場へ移動することになった。
◆
「では」
訓練場。
若い貴族が魔法剣を構える。
「私も一応、王国魔法騎士団の訓練を受けています」
「そう」
リゼットは手ぶら。
「武器は?」
「必要ないわ」
「……本当に?」
「ええ」
マドカが小声で言う。
「もう勝負決まってない?」
「決まってるね~」
ニコラが頷く。
「ニコラさんまで!」
若い貴族が構える。
「では――」
「待って」
リゼットが手を上げる。
「何でしょう?」
「あなた」
「はい?」
「魔力を使いすぎよ」
「……?」
「その構えでは、三回目の攻撃で魔力切れを起こすわ」
「なっ……」
「剣筋も単調」
「…………」
「右肩に力が入りすぎ」
「…………」
「あと」
リゼットがため息。
「足元」
「え?」
「踏み込みが甘いわ」
「…………」
男の顔が引きつる。
「実戦経験が少ないのでしょう?」
「そ、そんなことは――」
「あるわ」
即答。
男は悔しそうに剣を握る。
「ならば!」
突撃。
速い。
だが。
リゼットは一歩横へ動いただけだった。
「なっ!?」
空振り。
男が振り返る。
もう一撃。
避ける。
また一撃。
避ける。
リゼットは一度も攻撃しない。
「…………」
「…………」
「…………」
観客が静まり返る。
男は息を切らす。
「なぜ……!」
「だから言ったでしょう」
リゼットはため息。
「力を使いすぎなのよ」
男の動きが止まる。
リゼットは空を見上げた。
「……まあ」
「?」
「せっかくだもの」
男が眉を寄せる。
「何を――」
「もっと分かりやすいほうがいいわね」
リゼットが片手を上げた。
空に。
小さな黒い点が生まれる。
「……?」
最初は。
誰も気に留めなかった。
だが。
黒い点が。
ゆっくりと大きくなっていく。
「…………」
ざわ。
「……なんだ?」
さらに大きくなる。
空を覆う。
「おい……」
訓練場にいた全員が上を向いた。
そこにあったのは。
巨大な岩石。
山の一部をそのまま切り取ったような、途方もない大きさ。
「…………」
影が訓練場を覆う。
騎士たちの顔から血の気が引いていく。
「な……」
「なんだ、あれ……」
「まさか……」
誰かが震える声で呟いた。
「……メテオ……?」
リゼットは首を傾げる。
「そこまで大げさなものではないわ」
「いやいやいやいや!!」
マドカが叫んだ。
「どう見ても大げさだよ!!」
「落ちてきたら訓練場なくなるね~」
ニコラがのんびり言う。
「なくなるどころじゃないよ!」
エレノアが頭を抱える。
「リゼット様!?」
「大丈夫よ」
リゼットは空を見上げたまま。
「落とさないもの」
「…………」
そして。
巨大な岩が。
ゆっくりと下降を始めた。
風が巻き起こる。
地面が震える。
騎士たちが後退する。
「陛下!」
「分かっている!」
国王ですら立ち上がっている。
しかし。
リゼットは。
「…………」
落ちてくる岩を見上げ。
「このくらいで十分でしょう」
指を軽く動かした。
――ふっ。
巨大な岩が。
消えた。
音もない。
爆発もない。
ただ。
最初から存在しなかったかのように。
空が元に戻る。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
リゼットは何事もなかったように振り返った。
「これでいいかしら?」
誰も答えない。
マドカだけが。
「……お姉ちゃん」
「何?」
「今の、落ちてたらどうなってた?」
「王城くらいは壊れていたでしょうね」
「怖っ!!」
リゼットは首を傾げる。
「でも落とさなかったでしょう?」
「そういう問題じゃないよ!」
ニコラが笑う。
「やっぱりお姉ちゃんはすごいね~」
「……そうかしら」
リゼットは本気で不思議そうだった。
若い貴族は。
ただ呆然と空を見上げている。
「…………」
そして。
ゆっくりと剣を下ろした。
「……参りました」
「そう」
リゼットは興味を失ったように頷いた。
「なら、もういいわね」
「はい……」
男は深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「もういいわ」
リゼットは淡々と言う。
「知らなかったのでしょう?」
「はい……」
「なら、これから覚えればいいわ」
若い貴族は顔を上げる。
「……寛大なのですね」
「別に」
リゼットはマドカを見る。
「マドカのほうが怒っていたでしょう?」
「だって!」
「私は慣れているのよ」
リゼットは笑う。
「五百年も生きていれば、私を知らない人間なんていくらでもいるわ」
そして。
「知らないこと自体は、罪じゃないもの」
若い貴族は再び頭を下げた。
◆
その様子を見ていた国王。
「…………」
側近に小声で尋ねる。
「どう思う?」
「どう、と言われましても……」
「昔より強くなっていないか?」
「……同感です」
国王は遠い目をする。
「先代は、こんな化け物を毎日のように働かせていたのか……」
「……そのようですね」
「父上……」
国王は頭を抱えた。
そして。
ふと。
ニコラを見る。
「……ところで」
「ん~?」
「ニコラ殿は?」
「私~?」
「先ほどから見ていると、あなたも相当な腕をお持ちのようだが」
「あ~」
ニコラは少し考える。
「私、戦うのはあんまり得意じゃないよ~」
「そうなのか?」
「うん~」
そう言って。
ニコラは背負っていたものを下ろした。
「でも」
カチャリ。
金属音。
武器。
それは。
一般的な剣や杖とは明らかに違っていた。
「これは自分で作ったんだ~」
「…………」
騎士たちが集まってくる。
「魔道具……?」
「たぶんね~」
「たぶん?」
「作ったの私だから、分類とかよく分からない~」
「…………」
ニコラは武器を構える。
「ちょっとだけ試してみる?」
国王が頷く。
「頼む」
「じゃあ~」
ニコラが引き金に指をかける。
「いくよ~」
――ギュィィィィィン!!
魔力が収束する。
「……!」
騎士たちが身構える。
「撃つね~」
――ドォンッ!!
衝撃。
訓練場の彼方。
魔法障壁が一瞬で展開される。
その直後。
――バキィィィン!!
障壁が砕け散った。
「…………」
「…………」
「…………」
騎士たちは言葉を失う。
ニコラは武器を下ろす。
「あ」
「どうした?」
「ちょっと強かったかも~」
「…………」
マドカが叫ぶ。
「またそれ!?」
「リゼットお姉ちゃんと同じこと言ってる!」
「だって~」
ニコラは武器を見る。
「一番弱いやつなんだけど~」
「…………」
今度こそ。
誰も言葉を発することができなかった。
◆
そして。
マドカ。
王国側の視線が集まる。
「……そちらの少女は?」
「私?」
マドカが自分を指差す。
「はい」
「リゼット様の弟子か何かでしょうか?」
「えーっと……」
マドカはリゼットを見る。
「仲間よ」
「仲間……」
騎士は少し困った顔をする。
どう見ても。
ただの少女だった。
小柄。
武器らしい武器もない。
「失礼ですが……」
別の騎士が口を開く。
「戦闘能力は?」
「うーん……」
マドカが首を傾げる。
「普通?」
「普通……」
ニコラが横から口を挟む。
「マドカは普通じゃないよ~」
「ニコラさん!」
「だって~」
「言わないで!」
騎士たちが顔を見合わせる。
「……陛下」
騎士団長ガルドが国王を見る。
「もし許可をいただけるのであれば」
「うむ」
「私が相手をしてみましょう」
マドカが固まる。
「……え?」
通称――
『鉄壁のガルド』。
王国でも屈指の実力者。
魔物討伐では幾度も功績を上げた歴戦の騎士だ。
「ちょっと待って」
マドカがリゼットを見る。
「私、戦うの?」
「嫌なら断ればいいわ」
「…………」
マドカは騎士を見る。
そして。
「……やってみたい」
目が輝いた。
「おお」
周囲がざわめく。
「では――」
「でも!」
マドカが指を立てる。
「ケガさせたらごめんなさい!」
「…………」
ガルドが苦笑する。
「心配するのはこちらだと思いますが」
「ですよね~」
ニコラが呟く。
「頑張って~」
「他人事!」
◆
訓練場中央。
ガルドが大剣を構える。
「安心してください」
マドカを見る。
「木剣を使用します」
「はい!」
「私も手加減します」
「お願いします!」
リゼットが観客席から言う。
「マドカ」
「なに?」
「無理に勝とうとしなくていいわ」
「うん!」
「あなた、加減が苦手だから」
「…………」
「え?」
「昔からそうでしょう」
「…………」
マドカは目を逸らした。
「善処します」
「不安しかないわね」
ガルドが構える。
「では――」
「始め!」
号令。
次の瞬間。
ガルドが踏み込んだ。
速い。
観客の何人かが目を見開く。
「速い!」
しかし。
マドカは――
ひょい。
避けた。
「え?」
ガルドの大剣が空を切る。
マドカが首を傾げる。
「今の当たると思った」
「…………」
ガルドが振り返る。
「もう一度!」
踏み込む。
斬撃。
横薙ぎ。
突き。
連撃。
だが。
当たらない。
マドカは身体を少し動かすだけ。
まるで。
相手の動きがスローモーションに見えているかのようだった。
「…………」
「…………」
観客が静まり返る。
マドカ本人だけが。
「これ、結構速いね!」
楽しそうだった。
◆
「……なるほど」
ガルドが息を整える。
「では、少しだけ本気で行きます」
「うん!」
魔力が膨れ上がる。
「おお……」
騎士たちがざわめく。
「団長が本気を……」
マドカも構える。
「よーし」
そして。
ガルドが消えた。
「――ッ!」
次の瞬間。
マドカの目の前。
大剣が迫る。
「そこ!」
マドカが木剣を振った。
――ガキィン!!
衝撃。
ガルドの身体が吹き飛んだ。
地面を数メートル滑る。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が絶句。
マドカは木剣を見た。
「……あ」
「どうしたの?」
リゼットが聞く。
「折れてない」
「そこ?」
「よかったー!」
「…………」
ガルドが立ち上がる。
「……今のは」
マドカを見る。
「何ですか?」
「私の全力です」
「…………」
「え?」
マドカが固まる。
「全力だったの?」
「はい」
「……ごめんなさい」
「いえ」
ガルドは苦笑する。
「むしろ――」
大剣を下ろす。
「こちらが謝るべきでしょう」
そして。
深々と頭を下げた。
「お見事でした」
ガルドはマドカを見る。
「……Aランク相当どころではありませんね」
「…………」
「少なくとも、私には測れません」
「い Eランク!」
マドカは照れながら笑う。
「…………」
ガルドは遠い目をした。
「Eランク……」
「えへへ」
リゼットがため息。
「だから言ったでしょう」
「何が?」
「普通じゃないって」
「……そうなの?」
「今さら?」
ニコラが笑う。
「私のほうが普通だね~」
「ニコラさんは武器が普通じゃないから別枠!」
「そう~?」
◆
国王は頭を抱えていた。
「…………」
側近を見る。
「賢者だけではなかったな」
「はい」
「魔道具師もか」
「はい」
「そして、もう一人いる」
「はい」
「しかも本人に自覚がない」
「……はい」
国王は遠い目をする。
「私はとんでもない者たちを呼び寄せてしまったのではないか?」
エレノアが静かに答える。
「……おそらく」
そして。
先ほどリゼットを馬鹿にしていた若い貴族は。
マドカを見る。
リゼットを見る。
そしてニコラを見る。
「…………」
ニコラと目が合う。
「……何~?」
「い、いえ!」
慌てて目を逸らした。
マドカが笑う。
「なんか今日、みんな私たちを見る目が変じゃない?」
「気にしなくていいわ」
リゼットは平然としている。
「そのうち慣れるでしょう」
「何に?」
「あなたたちが規格外だという現実に」
「…………」
「……私も?」
「もちろん」
「えぇ……」
マドカは困った顔をした。
こうして。
王城に集まった者たちは。
ようやく理解し始めた。
国王が呼び戻したのは――
一人の伝説ではない。
魔法、技術、そして身体能力。
三つの異なる方向から。
どう考えても普通ではない冒険者たちだった。
◆
そして。
ようやく。
国王は本来の話へ戻る。
「さて」
国王が居住まいを正す。
「君たちを呼んだ本当の理由について話そう」
リゼットが顔を上げる。
「そうね」
「王都周辺で、奇妙な事件が起きている」
「事件?」
マドカが反応する。
「ここ数か月、王都から離れた地域で魔物の出現数が増えている」
エレノアが続ける。
「そして問題は、数だけではありません」
「種類?」
ニコラが尋ねる。
「はい」
エレノアは頷く。
「本来、この地域には生息していない魔物が確認されています」
リゼットの目が細くなる。
「……何かに追われている?」
「その可能性が高いと考えています」
「何に?」
マドカが聞く。
「それが分からないのです」
エレノアは首を横に振る。
「痕跡もありません」
「ただ」
国王が言葉を継ぐ。
「魔物たちが、何かを恐れているように見える」
「…………」
リゼットは黙って考える。
マドカも首を傾げる。
「何から逃げてるんだろう?」
「それを調べてほしい」
国王は三人を見る。
「王国の調査隊だけでは、判断できない」
リゼットを見る。
「伝説の大賢者」
ニコラを見る。
「比類なき魔道具師」
そして。
マドカを見る。
「そして――」
少しだけ言葉に迷い。
「……規格外の冒険者」
「なんか私だけ雑じゃない?」
マドカが頬を膨らませる。
「事実でしょう」
リゼットが言う。
「ひどい!」
ニコラが笑う。
「でも合ってるよ~」
「ニコラさんまで!」
国王は苦笑した。
「頼めるだろうか?」
三人は顔を見合わせる。
「……冒険?」
マドカの目が輝く。
「そうなるでしょうね」
リゼットが微笑む。
「私も行く~」
ニコラが手を上げる。
「決まりだね!」
マドカが笑う。
こうして。
三人は。
王国周辺で起きている不可解な魔物の異常を調査することになった。
だが。
この時。
誰も知らなかった。
魔物たちが何から逃げているのか。
その答えが。
やがて彼ら自身を、深いダンジョンの奥へと導くことになるとは。




