姫騎士と王城観光
翌日。
「わあ……!」
マドカは王城を見上げていた。
「でっか……!」
白い石造りの城壁。
高くそびえる塔。
巨大な門。
そして、その奥に広がる王城。
「本当に異世界のお城だ……!」
「昨日からずっとそれね」
リゼットが呆れる。
「だって見てよ! お城だよ!?」
「見れば分かるわ」
「すごいな~」
ニコラも見上げる。
「これ、魔道具で補強してるのかな~」
「そこ!?」
マドカが振り返る。
「ニコラさんは城を見ても魔道具なんだね」
「研究者だからね~」
そのとき。
「お待たせいたしました」
声がした。
三人が振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性。
銀の鎧。
腰には剣。
背筋の伸びた立ち姿。
「本日は私が皆様の案内を務めます」
女性は一礼する。
「エレノア・スリーピアですわ」
「……」
マドカが目を丸くする。
「姫騎士……?」
「はい」
「本物だ!」
「……本物?」
「いや、だって!」
マドカが興奮する。
「異世界の姫騎士って本当にいるんだ!」
「一応、王女ですので……」
「王女!?」
「そこから!?」
エレノアが苦笑する。
◆
「改めまして」
エレノアがリゼットを見る。
「リゼット様」
「何かしら」
「……お会いできて光栄です」
エレノアの声が少しだけ硬い。
「そんなに畏まらなくてもいいわ」
「ですが……」
「私はもう王家の相談係じゃないもの」
「それでも、私にとっては……」
エレノアが言葉を止める。
「?」
「いえ」
小さく笑う。
「本日は楽しんでいただければと思います」
「そうしてもらえると助かるわ」
マドカが手を挙げる。
「はい!」
「何でしょう?」
「どこ見られる!?」
「マドカ……」
「だって観光だよ!」
「国王に呼ばれたのよ」
「観光もする!」
エレノアが笑う。
「もちろんです。謁見まで少し時間がありますから」
「やった!」
「……本当に楽しみにしていたのですね」
「うん!」
◆
最初に案内されたのは、王城の中庭。
「綺麗……」
噴水。
色とりどりの花。
巨大な彫刻。
「ここは王族の憩いの場です」
「へえ~」
ニコラが噴水を見る。
「水を循環させる魔道具があるね~」
「分かるのですか?」
「見ればなんとなく~」
「…………」
エレノアが少し驚く。
「魔道具にお詳しいのですね」
「好きだからね~」
「でしたら、後ほど魔道具工房もご案内できます」
「本当~?」
ニコラの目が輝く。
「ぜひ~」
マドカが小声で言う。
「分かりやすい……」
「何が~?」
「いや、なんでもない」
◆
続いて王城の食堂。
「軽食をご用意しています」
テーブルに並べられたのは、焼きたてのパン。
小さなサンドイッチ。
果物。
温かいスープ。
「うわぁ!」
マドカの目が輝く。
「食べていいの!?」
「もちろんです」
「いただきます!」
即座に食べ始める。
「美味しい!」
「よかったです」
「これ何の肉?」
「鶏肉です」
「こっちは?」
「野菜のスープです」
「このパン美味しい!」
エレノアが微笑む。
「お口に合ったようで何よりです」
リゼットもスープを口にする。
「……悪くないわね」
「お姉ちゃん、素直!」
「何が?」
「いつもなら『普通ね』とか言うじゃん」
「あなたは私を何だと思っているの?」
「辛口レビュー担当」
「…………」
エレノアが吹き出す。
「ふふっ」
「笑った!」
「す、すみません!」
「いいわよ」
リゼットも少し笑った。
◆
食事を終えた一行は、王城内を歩く。
「ここが大広間です」
「広っ!」
「こちらは王族の図書室」
「本いっぱい!」
マドカが本棚を見る。
「漫画は?」
「ありません」
「ですよね……」
「漫画?」
「気にしないでください」
リゼットが即答する。
◆
そして。
「こちらが王城の魔道具研究区画です」
「…………!」
ニコラが止まった。
「ここ~?」
「はい」
「入っていいの~?」
「見学だけなら」
ニコラが一歩踏み出す。
「……すごい~」
棚に並ぶ魔道具。
照明。
通信装置。
魔力測定器。
貴族向けの生活魔道具。
ニコラは一つ一つを見る。
「…………」
「どうですか?」
エレノアが尋ねる。
「…………」
「ニコラ?」
マドカが顔を覗き込む。
「……これ」
「うん?」
「構造、古い~」
「え?」
「こっちも~」
「……」
「この魔力変換効率、悪すぎる~」
ニコラは次々に指摘していく。
「これなら私のほうが――」
リゼットが肩を叩く。
「ニコラ」
「ん~?」
「人様の研究を悪く言うものではないわ」
「……ごめんなさい~」
エレノアは苦笑する。
「ですが……」
「?」
「本当に、そこまで分かるのですか?」
「うん~」
「…………」
エレノアの中で。
ニコラという存在の評価が、少しだけ変わった。
◆
その頃。
「失礼いたします」
魔道具研究区画に、一人の女性が入ってきた。
書類を大量に抱えている。
「エレノア様。そろそろ次の予定が――」
女性が止まる。
「……?」
ニコラと目が合う。
「こちらの方は?」
「ニコラさんです」
「初めまして~」
「初めまして」
女性は丁寧に頭を下げる。
「カトリーヌと申しますわ」
マドカが目を輝かせる。
「カトリーヌさん!」
「……?」
「いえ!」
マドカが慌てて口を閉じる。
リゼットがちらりとカトリーヌを見る。
「貴族ね」
「はい」
「それもかなり上の」
「……よくお分かりでございますわね」
「立ち振る舞いを見れば分かるわ」
カトリーヌは少し驚く。
「流石ですわね」
ニコラがカトリーヌの抱えている書類を見る。
「……それ、今日中に全部?」
「はい」
「何時まで?」
「本日のうちに決裁をいただかなければならないものが多くございますので……」
カトリーヌは書類の山を見る。
「日付が変わる前には終わらせたいところですわ」
「…………」
ニコラが眉をひそめる。
「大変だね~」
「そうですわね……」
カトリーヌは笑った。
だが、その笑顔には明らかな疲労が滲んでいる。
「でも、これでも昨日より少ないですわ」
「昨日はもっとあったの~?」
「ええ」
カトリーヌは少し遠い目をする。
「昨日はこの倍ほどございました」
「…………」
「…………」
マドカとニコラが顔を見合わせる。
「それ、やっぱりおかしいよ……」
「そうですわね」
カトリーヌは苦笑する。
「私もそう思いますわ」
「じゃあ減らせばいいのに~」
「減らせるものなら、ぜひそうしたいところですわ」
「なんで減らせないの?」
「上から次々と増えていくものですから」
「…………」
ニコラが少し考える。
「魔道具で仕事を減らせないかな~」
「……魔道具で?」
カトリーヌが初めて、少しだけ目を輝かせた。
「そんなものがあるのですの?」
「まだないけど~」
「…………」
「作れるかも~」
「まあ……」
カトリーヌの顔に、ほんの少しだけ期待が浮かぶ。
「それは、とても素敵なお話ですわね」
「でしょ~?」
ニコラも嬉しそうに頷く。
マドカは二人を見る。
「……なんか始まりそう」
リゼットが小さく笑った。
「ええ。面倒なことが始まりそうね」
「聞こえておりますわよ」
カトリーヌが苦笑する。
「……ちなみに、明日の予定もすでに埋まっておりますわ」
「明日も!?」
マドカが叫ぶ。
「ええ」
「その次は?」
「もちろん予定がありますわ」
「その次!」
「ございますわ」
「…………」
マドカはカトリーヌを見る。
「休みは?」
「…………」
カトリーヌが黙った。
「……休みは?」
「今月は、まだございませんわ」
「…………」
マドカの顔が引きつった。
「それ、貴族のお嬢様の生活じゃなくない?」
「私もそう思いますわ」
カトリーヌはにっこり笑った。
ただし。
目はまったく笑っていなかった。
◆
「あら?」
前方から数人の貴族が歩いてきた。
その中の一人。
まだ若い男が、三人を見て足を止める。
「エレノア殿下」
「ごきげんよう」
エレノアが軽く頭を下げる。
「そちらの方々は?」
「本日、父上――国王陛下が招かれた方々です」
「なるほど」
男はマドカを見る。
次にニコラ。
そして最後にリゼットを見る。
「……冒険者ですか?」
「ええ」
リゼットが答える。
「それにしては随分と王城に馴染んでいらっしゃいますね」
「今日は見学に来ているだけよ」
「見学?」
男が笑う。
「なるほど」
そして。
「最近は冒険者風情でも、国王陛下に呼ばれる時代なのですね」
空気が止まった。
「…………」
マドカが固まる。
ニコラも止まる。
エレノアの笑顔が消えた。
カトリーヌも、持っていた書類を静かに抱え直した。
「……あなた」
エレノアが低い声で言う。
「何か?」
「その言葉は――」
「構いません」
リゼットが止める。
「リゼット様……」
「知らないのでしょう」
リゼットは平然としている。
「……何をです?」
「私のことを」
男は首を傾げる。
「失礼ながら、存じ上げません」
「そう」
リゼットは笑った。
「それなら仕方ないわ」
「……?」
マドカが小声でエレノアに尋ねる。
「この人、やばくない?」
「……かなり」
「何が?」
「今、自分が誰に話しかけているのか分かっていません」
「やっぱり!」
ニコラがぼそっと言う。
「たぶん後で怒られるね~」
「誰が?」
「この人~」
カトリーヌも小さく息を吐く。
「……これは、後ほど大変なことになりそうですわね」
男は少し不快そうな顔をする。
「何をこそこそと」
「いえ」
リゼットが答える。
「気にしなくていいわ」
「そうですか」
男は鼻を鳴らす。
「では失礼します」
貴族たちは去っていく。
角を曲がった瞬間。
「…………」
エレノアが深く息を吐く。
「申し訳ありません」
「何が?」
「先ほどの無礼です」
「気にしていないわ」
「ですが……」
「本当に知らないのでしょう?」
「はい……」
エレノアが困った顔をする。
「若い貴族の中には、リゼット様のことを昔話の人物だと思っている者もいます」
「そう」
「五百年以上前の伝説ですから……」
「まあ、そうでしょうね」
マドカが首を傾げる。
「でも、お姉ちゃんって有名なんじゃないの?」
「昔の話よ」
「でも王都の地下水路とか――」
「それも昔」
「魔族との戦争とか――」
「昔」
「疫病とか――」
「昔」
「…………」
マドカは考える。
「じゃあ本人がここにいるって分からないの?」
「そういう人もいるでしょうね」
リゼットが肩をすくめる。
「別にいいわ」
「お姉ちゃん、怒ってない?」
「怒る理由がないもの」
「大人だ……」
「ただ」
リゼットが振り返る。
「彼が後でどういう顔をするのかは、少し興味があるわね」
「怖い!」
ニコラが笑う。
「絶対あとで知るやつだね~」
「何を?」
「自分が誰に喧嘩売ったか~」
エレノアも苦笑する。
「……おそらく、謁見の場で知ることになるでしょう」
「え?」
「先ほどの方も、あの場には参加するはずです」
「…………」
マドカがリゼットを見る。
「お姉ちゃん」
「何?」
「楽しみになってきた」
「あなた、性格が悪くなってない?」
「そんなことないよ!」
「顔が笑ってるわよ」
「だって……」
マドカは笑いを堪える。
「どんな顔するんだろうって」
「…………」
リゼットも。
ほんの少しだけ笑った。
「そうね」
カトリーヌがその様子を見ながら、ぽつりと呟く。
「……私も少し気になりますわ」
「カトリーヌさんも!?」
「ええ」
カトリーヌは微笑む。
「本日の仕事が増えるような騒ぎにならなければ、それで結構ですわ」
「そこ!?」
「私、もうこれ以上書類を増やしたくありませんもの」
「切実だ……」
◆
そして。
謁見の間へ続く扉の前。
侍女が一礼する。
「謁見の準備が整いました」
大扉が開く。
その先には。
国王。
王族。
そして多くの貴族たち。
先ほどの若い貴族も、その中にいた。
「では、参りましょう」
エレノアが先頭に立つ。
リゼットたちが続く。
若い貴族が何気なく顔を上げ――
「…………」
リゼットの姿を見た。
その瞬間。
隣にいた年配の貴族が、青ざめた顔で呟いた。
「……嘘だろ」
「え?」
「あれは……」
年配の貴族は震えていた。
「本物のリゼット様だ」
若い貴族の顔から。
血の気が引いた。




