↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落内円は落ちている  作者: 七風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
210/529

ヒナタ 思い出す

 エキドナ邸へ戻ったリゼットとマドカは、ヒナタを呼んだ。


「ヒナタ、ちょっといいかしら」


「はい?」


 ヒナタが部屋へ入ってくる。


「あなたの過去の記憶の断片が見つかったわ」


「え?」


 リゼットから渡されたのは、一枚の写真と古びた日記だった。


「これを見て」


「……んー」


 ヒナタは写真を見る。


 そこに写っている少女を、じっと眺める。


「どう見ても私ですよね」


「でしょう?」


 マドカも頷く。


「日記には何て書いてあるんです?」


「それがね」


 マドカが日記の内容を説明する。


「この写真のヒナタは、過去に私たちがいた地球から、神社ごとこの世界に転移してきたって書いてる」


「神社ごと……」


「うん。この神社を拠点にしてたけど、いつまでもここにいるわけにはいかないから旅に出たって」


「それで?」


「限界集落みたいになってた村を見つけて、そこで生き残ってた人たちと一緒に、新しい場所を探すことにしたみたい」


 リゼットが続ける。


「そして、色んな種族が集まって町を作っているダンジョンがあると知って、そのダンジョンを目指した」


「……」


「最後にこう書いてあったわ」


 マドカが日記を見せる。


「『この世界にいたって記憶を残します。土御門日向』だって」


「土御門……」


 ヒナタが、その名前を口にした。


 その瞬間だった。


 ヒナタの表情が、ほんの少しだけ変わった。


「……」


 何かを思い出そうとするように、目を閉じる。


 頭の奥を探る。


 けれど、そこにあるのは何かの記憶ではなかった。


 遠い。


 どこまでも遠い。


 手を伸ばしても届かないものが、そこにあるような感覚。


「……」


 ヒナタの眉が少し寄る。


「ヒナタ?」


 マドカが心配そうに声を掛ける。


 返事はない。


 ヒナタは目を閉じたまま、もう一度記憶を探そうとする。


 すると――。


 一筋の涙が頬を伝った。


「……え?」


 ヒナタ自身が、一番驚いた。


 ゆっくり目を開ける。


 頬に触れると、指先が濡れていた。


「……なんで?」


 もう一筋。


 今度は止まらない。


「ちょ、ちょっと待って……」


 ヒナタは慌てて涙を拭う。


「なんで私、泣いてるんですか?」


「ヒナタ……」


 マドカが心配そうに近づく。


「大丈夫?」


「大丈夫です。痛くもないし、悲しいわけでもないんです」


 そう言いながらも、涙だけは次々にこぼれていく。


「本当に、悲しくないんです」


「無理に止めなくていいわ」


 リゼットが静かに声を掛ける。


「記憶がなくても、何かが残っているのかもしれないもの」


「何か……」


 ヒナタは写真を見る。


 そこには、今の自分とほとんど変わらない少女がいる。


 神社の前で笑っている。


 その少女が自分だと分かる。


 でも、その頃のことは何も思い出せない。


「……変な感じです」


 ヒナタは涙を拭いながら呟く。


「何も覚えてないのに」


 写真を胸元に寄せる。


「この場所を知ってるような気がする」


「うん」


 マドカは静かに頷いた。


「もしかしたら、頭では忘れてても、何かは覚えてるのかもしれないね」


「……そうなのかな」


 ヒナタは少しだけ笑う。


「懐かしい気分です」


 リゼットはヒナタを見つめる。


「何か思い出せそうね」


「……そうなんでしょうか」


「この日記を見る限り、あなたが地球からこの世界へ来たということは確定しているわ」


 リゼットが日記を見る。


「記憶がないのは、何か事故で記憶を失ってしまって、この世界の人間だと自分で思い込んでしまった……とかじゃないかしら」


「まぁ、そんなところだろうと思うよ?」


 マドカが言う。


「ヒナタが望むなら、実際に神社を見に行けばいいわ」


 ヒナタはしばらく写真を見ていた。


「そうですね」


 そして、涙の跡を指で拭う。


「過去の私が、どんなところに住んでいたのかは気になりますね」


     ◇


 三人は神社へ向かった。


 しばらく森を歩き、昨日の鳥居が見えてくる。


「来たか」


 鳥居の脇にいた狛犬が声を掛けてきた。


「……うっ」


 マドカが足を止める。


「どうしたの?」


「狛犬が……」


 昨日とは違う。


 二体の狛犬は、何かを思い出そうとしているようだった。


「お前は……」


 一体がヒナタを見る。


「巫女……」


「え?」


 ヒナタが目を丸くする。


「ヒナタ」


 もう一体が続けた。


「ヒナタではないか」


「え?」


 ヒナタは困ったように笑う。


「確かに私はヒナタですけど……記憶がないんです」


「そうか」


 二体の狛犬は顔を見合わせる。


「俺らは思い出した」


「何を?」


「過去、俺達は地球という世界の、日本という国の神社で付喪神をしていた」


「……!」


 マドカとリゼットが顔を見合わせる。


「神社に邪が寄らぬよう、結界を張っていたのだ」


「人避けの結界……というより、人を選ぶ結界かしら」


 リゼットが考える。


「まぁ、神社って神聖なイメージあるしね」


 マドカも頷く。


「そこで育ったのがお前だ」


 一体の狛犬がヒナタを見る。


「日向」


「……」


「神社の庭ではしゃいでは、よく転ぶわっぱであったな」


「ふふ」


 ヒナタが小さく笑う。


「懐かしい……」


「そうなんですね」


 ヒナタは二体の狛犬を見る。


「記憶を思い出せなくて、ごめんなさい」


「謝ることではない」


 狛犬は静かに答えた。


「この世界がどういうものなのかは、俺らにも分からない」


「だが、日向がこの世界で生きていけるように、この神社では害が来ないようにはしていた」


 マドカが思い出す。


「お腹が空かないって日記に書いてたわね」


「それも、この石像の力なのかもしれないわね」


 リゼットが狛犬を見る。


 ヒナタは二体を見つめた。


「ふふ……守ってくれてたんですね」


「ああ」


 狛犬は頷いた。


「そして、何人かをここに連れて来た」


「生き残りの人たち?」


「ああ」


「新天地を探すのだと出て行ってしまった」


 もう一体が続ける。


「役目を終えた俺らは、そのまま眠りについたようだ」


「なるほどね」


 リゼットが静かに頷いた。


「当時、ヒナタはここにいた」


 マドカも神社を見回す。


「それだけ分かればいいんじゃない?」


 ヒナタは何も言わず、古い神社を見つめていた。


     ◇


 神社を眺めていたヒナタが、突然その場でうずくまった。


「ヒナタ!?」


 マドカとリゼットが駆け寄る。


「大丈夫!?」


「だ、大丈夫です……」


 ヒナタは少し俯いたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「……思い出しました」


「え?」


「私の名前は、土御門日向。この神社の巫女です」


 ヒナタは神社を見上げる。


「私の家系は、霊能力とか回復術とか、破魔の術を扱う家系で……代々、この神社を継いできたんです」


「それで、地球から神社ごと転移してきたのね」


「はい。でも、私だけ留守番している日に、いきなり地震が来て……気づいたら、この世界にいました。あとは日記に書いてある通りですね」


 ヒナタは神社を見ながら、ふっと笑った。


「ふふ……本当に懐かしいですね」


「体に異変はないかしら?」


「そうですねー」


 ヒナタは少し考えると、その場でゆっくりと踊り始めた。


 マドカとリゼットは黙って見守る。


 それは何かの儀式のような、美しい舞だった。


「……ん?」


 舞を終えたヒナタが、自分の手を見つめる。


「何か、力が湧いてくる感じがする!」


「付与術のようなものかしら?」


「ええ。力を増幅する舞ですね。他にも、破魔術なんかも思い出しました」


「元々あなたが使っていた回復系の魔法も、日向だった頃に覚えていたものを、この世界風に使っていたのかもしれないわね」


「ああ、ヒナタってヒーラーだしね」


「そしてダンジョンでこの世界のことを色々調べているうちに、薬師なんかも覚えたのかもしれないわ」


「そうなるのかな」


 ヒナタは自分の身体を軽く動かしながら、少し笑った。


「なんだか、すっきりした気分です」


 そして、二人を振り返る。


「でも、私は私ですよ。過去に日本人だったことを思い出しただけで、何も変わりません。エキドナのヒナタです!」


「それでいいわ。あなたが変わったって意味ではないもの」


 リゼットは笑って、神社の左右にある狛犬を見る。


「あの狛犬という石と、少し話してきなさいな」


「はーい」


 ヒナタが狛犬の方へ向かう。


 その後ろ姿を見ながら、マドカが神社を見上げた。


「お姉ちゃん。ここ、どうしたらいい?」


「どうしたら、って?」


「冒険者とか来たら、荒れちゃうよ?」


「そうね……危険ではないけど、ここは神が守る神聖な場所ということにして、大事に修復する。でいいんじゃないかしら」


「お参りの場所ってことにすればいいかもね!」


「まぁ、よっぽどのことがないとここまで来るのには危険だし、わざわざ来ることもないでしょう?」


「確かにね!」


 二人は、もう一度神社を眺めた。


 遠い昔に地球からやってきた、小さな神社。


 これからこの場所は、エキドナの管理のもと、少しずつ立派に建て直されていくことになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。