土御門日向
翌日。
昨日ガブリエルたちが見つけた神社を、改めて調べることになった。
マドカ、ナナリー、ガブリエル、リゼット。
そして、ゲンナイは遠隔装置を通しての参加だ。
「ここですわ!」
森の中を進んでいたガブリエルが、赤い柱の前で立ち止まる。
「昨日見た通りだね」
マドカが鳥居を見上げる。
その両脇には、昨日と変わらず二体の石像が置かれている。
「やっぱり狛犬だね」
「昨日も言ってましたわね」
「日本の神社には、こういうのがあるんだよ」
マドカが説明しながら近づく。
ナナリーも興味深そうに石像を眺めていた。
「こうして見ると、本当に日本の神社そのものだね」
「それを異世界で見るのは変な感じだよね」
「私は面白いですわ!」
ガブリエルは楽しそうだ。
そのまま鳥居をくぐり、神社の奥へ進んでいく。
建物はかなり古い。
屋根は傷み、木材もところどころ朽ちている。
「昨日、ガブちゃんが入らなかったのは正解だね」
「壊してしまったら大変ですもの」
ガブリエルが胸を張る。
「珍しく慎重だったわね」
リゼットが少し笑った。
「珍しくは余計ですわ!」
そんなやり取りをしながら、建物の中を調べていく。
すると、奥の棚に古い木箱が置かれているのが見つかった。
「何かありますわ」
ガブリエルが箱を取り出す。
中には何冊かのノートが入っていた。
マドカが一冊を開く。
「……日本語」
ナナリーが覗き込む。
「ほんとだ」
ゲンナイも遠隔画面越しにページを確認する。
「日記か?」
「たぶん」
マドカは最初のページから読み始めた。
『この世界はなんなのだろう』
『私が実家の神社ごと変な世界に飛ばされてもう一週間』
『なぜかここにいるとお腹が空かないのは助かるけど、少し外に出ると森の中』
『果物は獲れるからそこまで困ってないけど』
『なんでなの……?』
ナナリーが少し笑う。
「最初はかなり困惑してたみたいだね」
「そりゃそうだよ」
マドカは続きを読む。
『それから外には化け物がいる』
『迂闊に外に出ることはできない』
『これが異世界転移だというのは何となく理解している』
『人と関わろうにも外は危険すぎる』
『でも、なんか変な力が湧いてくる』
『アニメのマネをしていたらなんか火が出た』
『テンションが上がって怪物が倒せてしまった』
「……すごい人ですわね」
「そこだけ見るとガブちゃんとちょっと似てるかも」
「私と一緒にしないでくださいまし!」
マドカは笑いながらページをめくった。
日記には、その後の生活が続いていた。
魔法のような力を試したこと。
森で食べられるものを探したこと。
そして――。
『少し遠出をしてみようと思ったら、村? みたいなのがあった』
『でも、村はもう崩壊寸前だった』
『ここで暮らし続けるのも無理そうだ』
『生き残りの人たちと一緒に、新しい場所を探すことにした』
そこから少し先のページに、こんな記述があった。
『色んな種族が集まっているらしい』
『ダンジョンがあって、その周りに町を作っているみたいだ』
『ここにずっといても何にもならない』
『生き残りと一緒に、新しい場所を探そう』
『そのダンジョンを目指そう』
「……ダンジョンの町」
ゲンナイが呟いた。
「心当たりはある」
「あるの?」
マドカが聞き返す。
「ああ。俺がダンジョンマスターをしていた場所だ」
全員がゲンナイを見る。
「昔は、ダンジョンにいろんな種族が暮らす町があった」
「じゃあ、この人たちはゲンナイのダンジョンを目指したのかな」
「可能性は高いだろうな」
ゲンナイは日記を眺める。
「ただ、この日記だけでは、この人物がいつそこへ向かったのかまでは分からん」
「そうだね」
マドカが頷く。
そして最後のページ。
『この神社に居続けても何にもならない』
『旅に出よう』
『ここに私がいた記憶を残す』
『土御門日向』
「……土御門日向」
マドカが名前を読む。
「ヒナタちゃんと同じ名前だね」
ナナリーが言った。
「うん」
しばらくして、マドカが棚の奥に視線を向けた。
「あれ?」
「まだ何かありますの?」
ガブリエルも覗き込む。
「アルバムみたい」
古いアルバムが何冊か置かれていた。
マドカが一冊を取り出して開く。
最初のページには、神社の写真。
次のページには、その境内で撮られた家族らしき人々。
そして――。
「……あ」
マドカの手が止まった。
「どうしたの?」
ナナリーが横から覗く。
そこに写っていた少女。
その顔は、今もエキドナにいる少女とほとんど変わらない。
「ヒナタだ」
「……本当だ」
ナナリーが目を丸くする。
「ヒナタちゃん、外見変わってないみたいだね」
「うん。写真だから断定はできないけど……これはヒナタだと思う」
ゲンナイが画面越しに写真を見る。
「そうか。日記を書いたのは、ヒナタだったのか」
「たぶんね」
マドカはアルバムを閉じる。
「これ、持って帰っていいかな?」
「構わんだろう」
リゼットも頷く。
「これだけ古いものなら、こちらで保存した方がいいでしょうね」
マドカは日記とアルバムを大事に抱えた。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうですわね!」
ガブリエルが先頭に立つ。
一行は神社を出て、鳥居へ向かう。
その途中だった。
「……おい」
声がした。
「え?」
マドカが振り返る。
誰もいない。
「今、何か聞こえなかった?」
「聞こえましたわ」
ガブリエルも振り返る。
「俺も聞こえた」
ゲンナイが遠隔装置越しに言う。
ナナリーが周囲を見る。
「どこから?」
「……そっちだ」
リゼットが指を向ける。
鳥居の両脇。
二体の狛犬。
「……え?」
一体の狛犬の口が、わずかに開いていた。
「おい」
今度ははっきり聞こえた。
マドカが狛犬の前まで戻る。
「……喋った?」
「喋ったな」
もう一体の狛犬が答えた。
「うわ、本当に喋った」
「喋ってますわ!」
ガブリエルが目を輝かせる。
「あなたたち、何者なの?」
マドカが尋ねる。
二体の狛犬は、しばらく黙っていた。
「……分からん」
「俺もだ」
「分からない?」
「ああ」
一体が少し考える。
「ここにいた」
「ずっと?」
「たぶん」
「何をしてたの?」
「……守っていた気がする」
もう一体が続ける。
「何を守っていたのかは、分からない」
「神社を守ってたんじゃないかな」
マドカが言う。
「神社……」
二体がその言葉を繰り返す。
しばらくして、一体が答えた。
「それなら、たぶん俺たちはここを守るものだった」
「守護付喪神じゃねぇか?昔から日本にあるだろ。大事なもんには魂が宿るとかよ。この神社は日本からくる前にもお前らは大事にされてた。」
ゲンナイが言う。
「付喪神?」
狛犬が首を傾げる。
「そういうものなの?」
「たぶんね」
マドカが笑う。
「私たちも詳しいわけじゃないけど」
「そうか」
狛犬はしばらく黙った。
「なあ」
「なに?」
「また来るか?」
マドカが少し驚く。
「うん。来るよ」
「そうか」
「まだ何も思い出してないんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、思い出したことがあったら教えてよ」
「分かった」
もう一体も口を開く。
「俺も待っている」
「うん。またね」
「またな」
マドカたちは今度こそ鳥居を抜けていった。
狛犬たちは、その背中を見送る。
何を守っていたのか。
誰を守っていたのか。
まだ何も分からない。
それでも――。
「……また来るらしいな」
「ああ」
二体の狛犬は、久しぶりに自分たちがここにいる意味を少しだけ思い出した気がした。




