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落内円は落ちている  作者: 七風


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トーイ 冒険者登録

 十二歳になったトーイは、冒険者ギルドへ来ていた。


「今日から俺も冒険者だ!」


「そうだな」


 チティが頷く。


「私たちはもう登録してるけど」


「俺たちが先輩だからな」


 カーンも妙に胸を張る。


「分からないことがあったら聞いてくれ」


「お前ら、なんでそんなに偉そうなんだよ」


「先輩だから」


「先輩だからな」


「…………」


 トーイは呆れた顔をした。


 相変わらず、小さな冒険者ギルドだった。


 ゴールの町そのものが大きくなってきた今でも、このギルドだけは昔とあまり変わっていない。


「冒険者登録ですね」


 受付の女性がトーイを見る。


「十二歳になったので」


「はい。では、こちらへ」


 必要な手続きを済ませる。


 そして最後に、受付がトーイを見る。


「登録自体はこれで完了ですが……一応、簡単な実技試験があります」


「実技?」


「はい。冒険者として最低限の戦闘能力があるかを見るだけです」


「へぇ」


 トーイは少しだけ笑った。


 もちろん、以前なら緊張していたかもしれない。


 だが――。


 ここ五日間。


 毎日、素振り千回。


 屋敷の周囲を百周。


 腕立て伏せ三百回。


 そして、あの剣との修行。


 自分がどれくらい強くなったのか。


 トーイ自身も、少し気になっていた。


「試験官を呼びますね」


 やってきたのは、一人の男だった。


「俺が相手をする。Dランク冒険者だ」


「Dランク……」


 トーイは男を見る。


 思っていたより普通だった。


 体格も、そこまで大きくない。


 構えも、それほど鋭くない。


「……」


 トーイの腰にある剣が、わずかに揺れる。


『マスター』


「ん?」


『相手を観察せよ』


「分かった」


 トーイは相手を見る。


 そして――。


「…………」


 少しだけ肩の力を抜いた。


 たぶん、そんなに強くない。


 もちろん、試験官は手を抜いているのだろう。


 子供相手なのだから当然だ。


「じゃあ、始めるぞ」


「はい」


 試験官が踏み込んできた。


 トーイは横へ避ける。


 遅い。


 次の一撃。


 それも避ける。


 さらに一歩。


「…………」


 トーイは首を傾げた。


「これ……」


『どうした?』


「思ったより弱い」


『…………』


 剣が一瞬沈黙した。


 試験官が驚いたように目を見開く。


「なっ……!」


 トーイは軽く踏み込んだ。


 剣を振る。


 試験官の木剣が弾き飛ばされた。


「え?」


 試験官が固まる。


「…………」


 トーイも固まった。


「勝っても……いいんだよな?」


 その問いに答えるより先に、周囲がざわつき始めた。


「おいおい」


 別の冒険者が笑った。


「そんなガキにやられちまって情けねぇな」


「…………」


 試験官の顔が赤くなる。


「じゃあ、俺が相手してやるよ」


 男が前に出た。


「さっきのより、ちょっとは強いぞ」


 トーイが相手を見る。


 確かに。


 先ほどの試験官よりは強そうだった。


 動きも少し速い。


 構えもしっかりしている。


『マスター』


「なんだ?」


『先ほどの者より、わずかに強い』


「やっぱり?」


『修行の成果を見せるに値しそうな相手だ』


 剣が静かに告げる。


『決めるのだ』


「…………」


 トーイは笑った。


「分かった!」


 今度は、自分から踏み込んだ。


「速っ――」


 男が慌てて剣を構える。


 トーイの剣と男の剣がぶつかる。


 一度。


 二度。


 三度。


 そして――。


「そこだ!」


 トーイが踏み込む。


 剣が振り下ろされる。


 男の木剣が大きく弾き飛ばされた。


「…………」


 男が呆然とする。


「俺……負けた?」


「たぶん」


 トーイが答える。


「…………」


 ギルド内が静かになる。


 十二歳の少年が、Dランク冒険者を二人続けて倒した。


 しかも、本人はそれほど疲れていない。


「……えーっと」


 受付が困ったように口を開く。


「登録は……問題ありません」


「よし!」


 トーイが拳を握る。


「俺も冒険者だ!」


「おめでとう」


 チティが笑う。


「これで私たちと同じだね」


「そうだな」


 カーンも頷く。


「これからは俺たち三人とも冒険者だ」


「おう!」


 トーイが嬉しそうに笑う。


 そして。


 ギルドの中を見回した。


「……なあ」


「はい?」


 受付が振り返る。


「いい加減、役場からクエストボードこっちに戻せばいいんじゃねぇか?」


「…………」


 受付の笑顔が止まった。


「え?」


「だって冒険者ギルドなんだろ?」


 トーイは不思議そうに言う。


「クエスト、役場に見に行かないといけないじゃん」


「…………」


「ギルドって、冒険者登録と金払うくらいしか仕事してねぇんじゃ?」


「…………っ」


 受付の顔が引きつった。


 その言葉に、周囲の冒険者たちも反応する。


「まあ……確かに」


「俺もそう思ってた」


「クエストは役場で見るもんな」


「そもそも、なんでギルドに置いてないんだ?」


「ちょっと待ってください!」


 受付が思わず声を上げる。


「皆さんまで言わないでください!」


「いや、でもさ」


 トーイは首を傾げる。


「昔からそうなんだろ?」


「…………」


 受付は言葉に詰まった。


 ゴールの町がまだ開拓地だった頃。


 冒険者ギルドは町の開拓にはほとんど関わらなかった。


 町が出来上がってから、


『冒険者もいるし、ギルドを置くか』


 そんな形で、後からやってきたのが今のギルドだ。


 だから町の人間も、冒険者たちも、ギルドを完全には信用していなかった。


 クエストの管理は役場。


 冒険者の登録と報酬の支払いはギルド。


 そんな奇妙な役割分担が、今までずっと残っている。


「……それは……」


 受付が小さく呟く。


「昔からの事情が……」


「じゃあ、もういいんじゃねぇか?」


「…………」


 受付の心に、地味に大きなダメージが入った。


 トーイはそんなことには気づかない。


「まあ、俺は冒険者になれたからいいや!」


「そういう問題じゃないんですけど……」


 受付は遠い目をした。


「…………」


 チティとカーンは顔を見合わせる。


「トーイ」


「ん?」


「もう少し、言い方を考えた方がいいと思う」


「そうか?」


「そうだな」


 カーンも頷く。


「でも……」


 チティが少し考える。


「言ってることは間違ってないよね」


「だろ?」


「そこまで言わなくていい!」


 受付の悲鳴が、いつもより少しだけ小さな冒険者ギルドに響いた。


 こうして。


 十二歳になったトーイは、無事に冒険者となった。


 そして同時に――。


 ゴールの冒険者ギルドが長年抱えていた問題を、本人に悪気もなく突きつけることになったのだった。


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