3人の将来
「三人とも、ちょっといいかしら?」
ある日のこと。
リゼットに呼び出されたトーイ、チティ、カーンは、揃って彼女の前に座っていた。
「何ですか?」
トーイが首を傾げる。
「あなたたちを保護してから、もう一年経ったでしょう?」
「一年……」
チティが呟く。
「時間が経つの、早いですね」
「そうね」
リゼットは微笑んだ。
「本当に、あっという間だったわ」
最初にここへ来た頃の三人を思い出す。
痩せていて、警戒心ばかり強くて。
何かを頼めば、必要以上に頑張ろうとしていた。
失敗すれば捨てられるとでも思っているような顔をしていた。
それが今では。
「……ずいぶん大きくなったわね」
「そう?」
トーイが自分の腕を見る。
「俺、強くなったぞ!」
「そういうところは変わってないけれどね」
「なんだよ、それ」
リゼットは小さく笑った。
「だから、今日は将来のことを聞かせなさい」
「将来?」
「ええ」
リゼットは三人を見る。
「いつまでもここで雑用ばかりしているわけにもいかないでしょう?」
「…………」
三人が黙る。
「もちろん、ここにいてはいけない、と言っているわけではないわ」
むしろ――。
そう思っている自分の方が、少し困っている。
この一年。
三人が屋敷を走り回る姿を見るのは、もう当たり前になっていた。
朝になれば声がする。
食事になれば三人がいる。
帰ってくれば「おかえり」と言われる。
いつの間にか、それが生活の一部になっていた。
だからこそ。
このまま何も考えずに、ここで働かせ続けるわけにはいかない。
「あなたたちも、もう十二歳よ」
リゼットは穏やかに言う。
「自分がこれから何をしたいのか、考え始めてもいい頃でしょう?」
「なるほど……」
カーンが頷く。
リゼットはチティを見る。
「まず、チティ」
「はい!」
「あなたは私の弟子として、まあ……そこらのヒーラーと比べても、なかなかの腕前になったはずよ?」
「はい! 師匠!」
チティが嬉しそうに背筋を伸ばす。
「まだまだ教えてもらいたいことはいっぱいあります!」
「そうね」
リゼットは少し笑った。
「あなたは本当に熱心だもの」
「でも、あなたなら冒険者として十分やっていけるでしょう」
「はい!」
「それで?」
「私は……」
チティは少し考えた。
「これからも師匠のところで勉強したいです」
「それは構わないわ」
リゼットは即答した。
「……ええ。ずっといてもいいくらいよ」
「師匠?」
「いえ、なんでもないわ」
リゼットは微笑む。
「それから?」
「冒険者にもなりたいです」
「両方?」
「はい!」
チティは頷いた。
「治療ができる冒険者になれば、怪我をした人を助けられますから」
「なるほどね」
リゼットは満足そうに頷いた。
「あなたらしいわ」
次に、トーイを見る。
「では、トーイ」
「俺?」
「あなたは?」
「俺は冒険者!」
即答だった。
「冒険者になって、強くなる!」
「……でしょうね」
リゼットが苦笑する。
「この前から、ずっとそんなことばかり言っているもの」
「だって楽しそうじゃん!」
「まあ、あなたの場合は向いているでしょうね」
「本当か!?」
「ええ」
リゼットはトーイを見る。
「あなたは身体を動かす方が、頭を使うより得意だもの」
「それ褒めてる?」
「半分くらいは」
「半分かよ!」
チティがくすっと笑う。
「でも……」
リゼットは少しだけ声を落とした。
「無茶だけはしないこと」
「…………」
「強くなりたいのは分かるわ。でも、あなたまで怪我をして帰ってこなくなったら――」
そこまで言って、リゼットは言葉を止める。
「……いえ」
小さく息を吐く。
「ちゃんと帰ってきなさい。それだけよ」
「うん!」
トーイは素直に頷いた。
「絶対帰ってくる!」
「そう」
リゼットは笑った。
「なら、頑張りなさい」
そして最後に。
リゼットはカーンを見る。
「さて……カーンは?」
「僕ですか」
「ええ」
カーンは少し考えた。
「僕は……」
しばらく黙ってから、口を開く。
「商売をしてみたいです」
「商売?」
トーイが驚く。
「お前、冒険者じゃないのか?」
「冒険者もやります」
「両方?」
「はい」
カーンは真面目な顔で答える。
「冒険者としてお金を稼いで、そのお金で何かを売ったり買ったりしてみたいです」
「へぇ……」
リゼットは少し興味深そうにする。
「どうして商売なの?」
「働いたら、お金がもらえるでしょう?」
「ええ」
「お金があれば、食べ物も買えます」
「そうね」
「家も買えます」
「……そうね」
「だったら、もっとお金を増やせる方法を覚えた方がいいと思います」
「…………」
リゼットはカーンを見つめた。
この子は三人の中で、一番早く「生きるために必要なもの」を考えるようになった。
だからこそ、少し心配でもある。
「カーン」
「はい」
「お金のことばかり考えなくてもいいのよ?」
「でも、必要ですよね?」
「ええ」
リゼットは苦笑する。
「必要よ」
だから否定できない。
「ただ……」
リゼットは少しだけ優しく笑った。
「お金を稼ぐことだけが、人生ではないでしょう?」
「…………」
カーンが考える。
「僕は……」
「ええ」
「自分の家が欲しいです」
「……家?」
「はい」
カーンは少し考えながら言葉を続けた。
「自分で働いて、自分で買った家です」
「…………」
「誰かに追い出される心配がなくて」
そこで、カーンは一度言葉を止めた。
「……誰かに取られる心配もない」
「…………」
リゼットの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「どうして、そんなことを思ったの?」
「分かりません」
カーンは素直に答える。
「ただ……そうした方がいい気がするんです」
「そう」
「家があれば、安心できますから」
カーンは三人を見る。
「僕だけじゃなくて、トーイやチティも帰れる場所があればいいと思います」
「カーン……」
チティが小さく呟く。
「だから、商売を覚えたいんです」
「お金を稼いで、家を買うために?」
「はい」
リゼットはしばらくカーンを見つめた。
十二歳の子供が言うには、妙に具体的な願いだった。
しかも。
ただ裕福になりたいという話ではない。
誰かに奪われない。
誰かに追い出されない。
自分で手に入れたものを、自分で守る。
そんな考えが、妙に強く根付いている。
「……そう」
リゼットは微笑んだ。
「だったら、商売を学ぶのもいいわね」
「はい」
「ただし、一人で全部抱え込まないこと」
「…………」
「家も、お金も、将来も。あなた一人で守らなくていいのよ」
カーンは少し考える。
「……はい」
「それに」
リゼットは三人を見る。
「あなたたちには、もう帰る場所があるでしょう?」
「…………」
「ここも、あなたたちの家よ」
カーンが少しだけ目を見開く。
「……はい」
その返事を聞いて、リゼットは笑った。
胸の奥に、ほんの少しだけ引っかかるものが残った。
どうしてこの子は、こんなにも「奪われること」を恐れるのだろう。
けれど。
今はまだ、それを尋ねる必要はない。
「冒険者もやって、商売も学ぶ。忙しくなるわよ?」
「大丈夫です」
「ふふ」
リゼットは笑った。
「そういうところは、もう一人前ね」
三人を見る。
チティは自分の道を決めている。
トーイも迷っていない。
カーンも、自分なりの未来を考えている。
嬉しい。
それなのに――。
「……本当に、大きくなったわね」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「どうしたんですか?」
チティが尋ねる。
「なんでもないわ」
リゼットは笑う。
「ただ、少し寂しいだけよ」
「寂しい?」
「あなたたちが成長するのは嬉しいけれどね」
リゼットは三人を見つめた。
「いつか、ここを出ていく日が来るのだと思うと……少しくらい寂しがってもいいでしょう?」
「…………」
三人が顔を見合わせる。
そしてトーイが笑った。
「でも、ここには帰ってくるぞ」
「え?」
「冒険者になっても、商売始めても、ここが俺たちの家だろ?」
「……トーイ」
「だから、帰ってくる」
チティも頷く。
「私もです」
「僕も」
カーンも続ける。
「ここは僕たちの家ですから」
「…………」
リゼットはしばらく黙っていた。
やがて、柔らかく笑う。
「……そうね」
その一言だけで、十分だった。
「なら、好きなだけ頑張ってきなさい」
「はい!」
「うん!」
「分かりました」
三人が揃って返事をする。
リゼットはその姿を見ながら思う。
保護した子供たちは、もうただ守られるだけの子供ではない。
これから、自分たちの人生を歩いていく。
それが嬉しくて。
少しだけ、寂しかった。




