モンバト配信in色欲
色欲の情報塔。
その映像を、今日も多くの人が既存の端末から見ていた。
『聖女様きた!』
『今日は何するの?』
『歌配信じゃないのか?』
『またモンバトやってほしい』
そんなコメントが次々と流れていく。
その頃、ナナリーは色欲のダンジョン浅層を歩いていた。
手には配信用のカメラ。
そして、その隣には小型の端末が浮かんでいる。
「こんにちは、皆さん!」
ナナリーが笑顔で手を振った。
「今日はちょっと趣向を変えて、色欲ダンジョンの浅いところを歩きながら、皆さんの質問に答えていきたいと思います!」
『ダンジョン!?』
『ソロなの?』
『大丈夫?』
「はい。今日は私一人ですよ」
にっこり笑う。
「この辺りなら、もう大丈夫ですから」
『前回の三人配信じゃないのか』
『聖女様一人で平気なの?』
「平気ですよ。さすがに深いところへ一人で行くつもりはありませんけど、浅いところなら問題ありません」
ナナリーはそのまま歩き出す。
「それに今日は、ちょっと探したいものがあるんです」
『何を?』
『レアモンスター?』
『素材?』
「ええと……」
ナナリーが少し考える。
「かわいいモンスターです」
『www』
『そっちかよ!』
『聖女様らしい』
『モンバトの影響?』
「だって、せっかくダンジョンに来たんですから。可愛い子がいたら見てみたいじゃないですか」
そんな話をしていると、前方の茂みが揺れた。
「……!」
ナナリーが足を止める。
「何かいますね」
『敵!?』
『気をつけて!』
『後ろにもいるぞ!』
「え?」
振り返る。
そこには、牙を剥いた小型の魔獣がいた。
「……あ」
魔獣が飛びかかってくる。
ナナリーは避けることもせず、そのまま受け止めた。
**ガンッ!**
「……一ダメージくらいですね」
『!?』
『今殴られたよね!?』
『一ダメージ!?』
『聖女様どうなってんの!?』
「大丈夫ですよ」
ナナリーは魔獣を軽く払いのける。
魔獣は地面を転がり、起き上がる前に光になって消えた。
「ほら」
『ほらじゃないw』
『普通に殴られてたぞw』
『その状態で質問配信するの!?』
「では、最初の質問です」
何事もなかったように端末を見る。
「『ナナリーさんは好きな食べ物は何ですか?』」
少し嬉しそうに笑った。
「これはよく聞かれますね」
歩きながら考える。
「私は甘いものが好きです。特に果物を使ったものが好きですね。ケーキも好きですし、最近だとアイスも好きになりました」
『聖女様っぽい』
『甘党なんだ』
『色欲のおすすめスイーツは?』
「色欲なら、果物を使ったお菓子がかなり多いですよ。お店によっても違いますから、私もまだ全部は食べられていません」
『全部食べる気なの?』
「……食べてみたいです」
『食べるんだw』
ナナリーが笑う。
「では次です」
また歩き始める。
「『歌を始めたきっかけは?』」
その質問を見て、少しだけ目を細めた。
「そうですね……」
考えるように視線を上げる。
「昔から歌うことが好きだったんです。気がついたら歌っていて、歌っていると楽しくて。それで、もっと上手になりたいと思うようになりました」
『やっぱり昔からなんだ』
『聖女になる前から歌ってた?』
「はい。聖女になる前からずっとです」
『ダンスも?』
「ダンスもですよ」
ナナリーが少しだけその場で身体を動かす。
「踊るのも好きです。歌と一緒にできると、もっと楽しいんですよ」
『だから△なんだな』
『またライブして!』
「もちろんです。今後もたくさんやりますよ」
そこで、ナナリーの目が光った。
「……あっ」
『何?』
『また何か見つけた?』
「いえ」
茂みを覗き込む。
「さっきから小さな足跡があるんですよ」
『モフモフか!?』
「たぶん……」
ナナリーがそっと茂みをかき分ける。
しかし、中にいたのは小さな虫型モンスターだった。
「…………」
『www』
『聖女様、どうする!?』
『追いかける!?』
「これは……」
ナナリーは静かに茂みを戻した。
「いいです」
『即答w』
『ゲテモノはダメなのねw』
「私は可愛い子を探していますから」
『聖女様の基準が分かった』
『虫は可愛くない』
「可愛いと思う方もいるかもしれませんけど……私はちょっと」
苦笑する。
「では、次の質問です」
気を取り直して端末を見る。
「『マドカちゃんは普段どんな子ですか?』」
ナナリーの表情が一気に柔らかくなった。
「マドカちゃんですか?」
『きた』
『聖女様、マドカの話になると嬉しそう』
「とってもいい子ですよ」
即答だった。
「元気ですし、すごく頑張り屋さんです。運動もできますし、戦うのもすごく強いですし……」
そこで少し考える。
「それから、思ったより子供っぽいところもあります」
『意外』
『あの戦闘見たら子供に見えない』
「ふふっ。そうなんですよね」
ナナリーが笑う。
「でも、甘いものを食べているときなんかは普通の女の子ですよ」
『仲いいんだな』
「はい。私も大好きです」
『姉妹?』
「そうですね……」
ナナリーは少し照れた。
「妹みたいな感じでしょうか」
『聖女様が妹扱いしてるw』
『マドカ逃げて!』
「逃がしませんよ」
『怖いw』
ナナリーが楽しそうに笑う。
「では次です」
「『アリシアさんはどんな人ですか?』」
「アリシアさんは、とても綺麗な人ですよね」
『それは分かる』
『美人』
『あの人も強かった』
「それだけじゃありませんよ」
ナナリーは歩きながら続ける。
「すごく丁寧で、落ち着いていて、私が知らないこともたくさん知っています。それに……」
少しだけ考える。
「一緒にいると安心します」
『三人のバランスいいな』
『ナナリーが自由でマドカが元気でアリシアがまとめる感じ?』
「そんな感じかもしれませんね」
そこで、また茂みが揺れた。
「……!」
今度こそ、ナナリーが身構える。
小さな白い影が飛び出してきた。
「わっ」
ナナリーが目を輝かせる。
「かわいい!」
そこにいたのは、白い毛並みをした小型の狼型モンスターだった。
大きさは普通の犬より少し小さい。
ふわふわの尻尾を揺らしながら、ナナリーを警戒している。
「見てください!」
ナナリーがカメラへ近づけるようにしゃがみ込む。
「この子、すごく可愛くないですか?」
『かわいい』
『これは分かる』
『モフモフだ』
『ナナリーさん、好きそう』
「ですよね!」
完全に嬉しそうだ。
「耳も可愛いですし、尻尾もふわふわです」
少しずつ近づく。
「おいで……」
狼型モンスターが一歩下がる。
「大丈夫ですよ」
さらに一歩。
「怖くないですよ」
『聖女様がモンスター口説いてる』
『www』
『戦えよw』
「戦いませんよ!」
ナナリーが振り返る。
「こんなに可愛い子を倒すなんて、もったいないじゃないですか」
『聖女様、完全に目的忘れてる』
『ダンジョン攻略とは』
「今日は最初から、かわいい子を探す予定ですから」
しばらくして、狼型モンスターが少しだけ近づいてくる。
「……!」
ナナリーの顔がぱっと明るくなった。
「来ました!」
そっと手を伸ばす。
そして、頭を撫でる。
「わぁ……」
そのまま何度も撫でる。
「ふわふわです……」
『幸せそう』
『今日の配信これだけでいいんじゃない?』
『モンバトにいる?』
そのコメントを見て、ナナリーが顔を上げた。
「え?」
『今の子、モンバトにいる?』
「……確認してみますね」
端末を操作する。
「……あっ」
目を見開く。
「います!」
『マジ!?』
『名前は?』
「ええと……」
ナナリーがカード情報を見る。
「白狼の子供、ですね」
『そのまんまw』
『欲しい』
『モンバト買おうかな』
「可愛いですよね!」
ナナリーはまた狼を見る。
「この子がカードになるんですよ」
『やってみたい』
『聖女様のおすすめなら買うか』
『どこで買える?』
「え?」
ナナリーがコメント欄を見る。
「……」
少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「モンバト、興味を持ってくださったんですか?」
『この子欲しい』
『聖女様が使ってるならやってみたい』
『色欲でも買える?』
「ええと、販売については教会やお店で確認してみてください。私も詳しくは分からないので」
そこで一度、狼の頭を撫でる。
「でも、モンバトには本当にいろんなモンスターがいますよ」
『おすすめ教えて』
「おすすめですか?」
ナナリーは真剣に考え始めた。
「……やっぱり、可愛い子ですね」
『でしょうねw』
「モフモフしている子とか、ちっちゃい子とか……」
しばらく悩んで、
「あと、鳥も可愛いですよ」
『聖女様、完全にモンスターマニアになってない?』
「そんなことありませんよ」
『じゃあ強いモンスターは?』
「強いモンスターですか?」
少し考える。
「格好いいとは思いますけど、私は可愛い子のほうが好きですね」
『徹底してる』
その後も質問は続いた。
「『聖女って忙しいですか?』」
「忙しい時は忙しいですよ。でも、今はかなり楽しく活動できています」
「『教会では何をしているんですか?』」
「歌ったり、皆さんの相談を聞いたり、行事のお手伝いをしたりですね。私の場合は配信やライブもありますから、普通の聖女様より少し違うかもしれません」
「『怠惰はどんな国ですか?』」
「面白い国ですよ」
ナナリーは即答した。
「最初はもっと静かなところだと思っていたんですけど、エキドナの皆さんがいるところは本当に賑やかです」
『エキドナって何してるの?』
「何でもしていますよ」
『雑w』
「本当に何でもするんです」
ナナリーは笑う。
「魔道具を作ったり、ゲームを作ったり、料理をしたり、服を作ったり……」
『なんでも屋じゃん』
「そうですね」
少し考えてから、
「でも、皆さんそれぞれ好きなことをしているんですよ」
『へぇ』
「だから私も、すごく居心地がいいんです」
そう話している間にも、狼型モンスターはナナリーの足元をうろうろしていた。
「ふふっ」
ナナリーはしゃがみ込んで、また頭を撫でる。
「……可愛い」
『完全に懐かれてる』
『持って帰れないの?』
「それは……」
ナナリーが困ったように笑う。
「ダンジョンのモンスターですから、連れて帰るのは難しいと思います」
『残念』
『モンバトで手に入れよう』
「そうですね」
ナナリーも頷く。
「私もモンバトで、この子を探してみようかな」
すると、後ろから別のモンスターが飛びかかってきた。
「……あ」
**ガンッ!**
「一ダメージですね」
『また!?』
『今度は後ろから!?』
『避けてw』
「大丈夫ですよ」
ナナリーは振り返る。
「では、ちょっとだけ倒しますね」
手をかざす。
小さな魔法が弾け、モンスターが一撃で消える。
『一撃w』
『雑談しながら倒したw』
『聖女様強すぎ』
「この辺りなら、本当に大丈夫なんですよ」
ナナリーは何事もなかったように狼へ戻る。
「それで、次の質問は……」
『戦闘のほうがついでになってない?』
「今日はそういう配信ですから」
『納得した』
ナナリーは笑いながら、最後まで質問を拾い続けた。
歌のこと。
色欲のこと。
怠惰での生活。
マドカやアリシアのこと。
△のこと。
そして、モンバトのこと。
答えられるものには全部答えて、分からないものには素直に「分かりません」と答える。
気がつけば、予定していた時間はすっかり過ぎていた。
「今日はそろそろ終わりにしましょうか」
『えー』
『もっとやって』
『モフモフ配信またして』
「ふふっ。またやりましょう」
ナナリーが白狼を見つめる。
「今日は可愛い子にも会えましたし、とても楽しかったです」
『次は別のモフモフ探そう』
『モンバトで探すわ』
『白狼ほしい』
『聖女様のおすすめ買ってみる』
コメントを見て、ナナリーは嬉しそうに笑った。
「では、皆さん。また次の配信でお会いしましょう」
最後にもう一度、白狼の頭を撫でる。
「……本当に可愛いですね」
そして配信は終了した。
その日の夜。
色欲の各地では――。
「モンバトってどこで売ってるんだ?」
「聖女様が使ってた白い狼が欲しい」
「俺は鳥のやつがいい」
「いや、さっきの小さいドラゴンも可愛かったぞ」
そんな会話が、あちこちで聞かれることになる。
ナナリー本人は知らない。
ただモフモフを撫でて、質問に答えていただけなのだが。
その配信は、結果として――。
色欲におけるモンバト普及の、大きな一歩になっていた。




