大型飛空艇の素材
色欲でのダンジョン攻略を終えた翌日。
ナナリーは自宅から転移陣を使い、いつものように怠惰国へ戻ってきた。
「ただいまー!」
「おかえり、ナナリー」
「おかえりなさい、ナナリーさん」
「おかえり~」
昨日まで色欲にいたとは思えないほど、いつも通りの出迎えだった。
「なんだか……帰ってきたって感じがしますね」
「まあ、もう転移陣あるしね」
「色欲からここまで一瞬だからねぇ~」
ナナリーが荷物を置いたところで、ふと思い出す。
「そういえば」
「ん?」
「ダンジョンマスターさんにもらった素材って、まだ見てませんよね?」
「あ」
マドカが振り返った。
「そういえばそうだ」
「武器になるはずだったのに、私たちの武器が強すぎて素材の詰め合わせになったやつですね」
アリシアがさらりと言う。
「そうそう。それ」
マドカは少し楽しそうに笑った。
「結局、何が入ってたんだろ?」
「私も気になってた」
リゼットが立ち上がる。
「じゃあ、見に行こうか」
「ゲンナイもいるし、ダンジョンマスタールームで見ればいいんじゃない?」
「ああ、それがいいね」
ゲンナイがあの場所から出られないことは、もう全員知っている。
ならば、わざわざ通信で呼ぶ必要もない。
「じゃあ、みんなで行こう!」
マドカが箱を持ち上げようとしたところで、グレタが横からひょいと持ち上げた。
「私が持つ。何入ってるか分からねぇんだろ?」
「お願い」
こうして一行は、そのままダンジョンマスタールームへ向かった。
「ゲンナイー」
「おう」
部屋に入ると、いつものようにゲンナイがそこにいた。
「昨日のダンジョンマスターからもらった素材、持ってきたよ」
「お、来たか」
ゲンナイが箱を見る。
「結構でけえな」
「レア素材の詰め合わせらしいよ」
「ほう」
その一言だけで、ゲンナイの目が少し変わった。
「開けてみろ」
「じゃあ、いくよ」
マドカが蓋を開ける。
中には、いくつもの素材が綺麗に収められていた。
「おお……」
ナナリーが身を乗り出す。
「これ、全部素材なんですか?」
「そうみたい」
マドカが一つを手に取る。
「何これ?」
「待て。俺が見る」
ゲンナイが素材を確認する。
「……これ、かなり珍しいぞ」
「本当?」
「ああ。色欲大陸じゃなきゃ採れない素材も混ざってる」
リゼットも別の素材を手に取った。
「こっちは魔力伝導率が高いね。魔道具向きかな」
「これは?」
「防具素材として優秀そう」
「こっちは?」
「装飾品に使えそうね」
次々と確認していく。
昨日のダンジョンマスターが「特別ボーナス」として渡しただけあって、どれも普通の素材ではない。
そしてグレタも、職人らしい目で箱の中身を一つずつ確認していた。
「これなら武器にも防具にも――」
そこで、グレタの手が止まる。
「……おい」
「ん?」
グレタは手にした素材を裏返し、表面をじっくり眺めた。
「おい、これ……」
全員が振り向く。
「これ飛空艇のコアじゃねぇか!!」
「え?」
「飛空艇?」
マドカが目を丸くする。
グレタは素材を持ったまま、信じられないものを見るような顔をしていた。
「なんでこんなもんが詰め合わせに入ってんだよ!」
「そんなに珍しいの?」
「珍しいどころじゃねえ!」
グレタが素材を掲げる。
「飛空艇一隻の性能を左右する中核部品だぞ! これ一個まともに作ろうと思ったら、材料集めだけでも相当苦労する!」
「……」
マドカが箱を見る。
「レア素材詰め合わせって、思ってたより凄い?」
「思ってたよりどころじゃねえぞ」
グレタは呆れたように箱を覗き込んだ。
「まだ何が入ってるか全部見てねぇんだろ? これ、ちゃんと調べた方がいいぞ」
「そうですね」
アリシアも頷く。
「他にも、とんでもないものが入っている可能性があります」
「じゃあ、全部出してみよう」
マドカが楽しそうに言う。
「せっかくダンジョンマスタールームまで来たんだし」
「それがいいな」
ゲンナイも素材へ視線を戻した。
「俺も見てやる。色欲側の素材は、俺のところじゃ手に入らねえからな」
「よし!」
マドカが箱を覗き込む。
「じゃあ、レア素材鑑定会開始!」
「鑑定会って言い方すると、なんか遊びみたいだな」
「実際ちょっと楽しいでしょ?」
「まあな」
ゲンナイが笑う。
こうして一行は、ダンジョンマスタールームの広い机いっぱいに、色欲のダンジョンマスターから贈られた素材を一つずつ並べ始めた。
「グレタ」
マドカがコアを眺めながら尋ねる。
「今の飛空艇って五人乗りだけど、このコアを使ったら、どのくらいまで乗せられるの?」
「そりゃ客船クラスは余裕だぜ?」
グレタは即答した。
「ちゃんと材料を揃えりゃ、百人以上乗れる軍艦だって作れそうだ」
「百人……」
マドカが目を輝かせる。
「エキドナ全員乗れる!」
「でも~、マドカ~」
ニコラが横からのんびり口を挟んだ。
「素材集め、大変そうだよ~?」
「そうだな」
グレタも頷く。
「コアだけあっても意味がねぇ。大型化するなら、まずエンジンをどうするかって話になる」
「今のエンジンじゃ駄目なの?」
「人が操作し続けるならな。でも、百人規模になると話が違う。最低でもエンジンに精霊格を持たせて、自動運転を任せたい」
「精霊格?」
ナナリーが首を傾げる。
「ああ。で、その格を封じ込めるのに必要なのが、貴重な精霊石だ」
「ほぼ見かけないってやつ?」
「そうだ」
マドカが少し考えてから聞く。
「精霊、閉じ込めちゃうの?」
「勘違いするなよ?」
グレタが呆れたように言った。
「精霊の死骸だ」
「……死骸」
「昔はよく見かけたらしいが、今は妖精こそいるものの、精霊はそこまでいないだろ? しかも野生の精霊だ。そいつが死んだ後に残る核を加工したのが精霊石なんだよ」
「なるほど……」
ナナリーは少し複雑そうな顔をした。
「じゃあ、イフリートは?」
「ありゃダンジョン産のデータだろ?」
グレタが即答する。
「リサイクルされるようなカスじゃねぇ」
「確かにな。三十層のラスボスはイフリートだが、あれは量産品みてぇなもんだ。精霊石の代用品にはならん」
「じゃあ、精霊の森とかで探すしかないのかな?」
「それも一つだな」
グレタが腕を組む。
「だが、精霊石だけじゃねぇ」
「他にもあるの?」
「大型飛空艇を作るなら、浮力を安定させるための素材も必要になる」
「何がいるの?」
「空晶石」
「空晶石?」
「空に浮かぶ鉱石だ。軽いだけじゃねぇ。魔力を流すと周囲の重力を少しだけ散らす。昔の大型飛空艇じゃ、浮力装置の中核に使われてたらしい」
「それもレア?」
「精霊石よりはまだマシだ。ただし、採掘できる場所が限られてる」
グレタはさらに指を立てた。
「あと、竜脈銀」
「りゅうみゃくぎん?」
「地脈を流れる魔力が何百年も染み込んだ銀だ。魔力の流れを極端に安定させる性質がある。大型の魔道機関を作るなら、配管や制御系に使いたい」
「……」
マドカが黙って三つの名前を頭の中で並べる。
精霊石。
空晶石。
竜脈銀。
「……どれも怠惰にはないわね」
リゼットがあっさり言った。
「ないね」
グレタも苦笑する。
「少なくとも、私が知ってる範囲じゃ聞いたこともねぇ」
「ゲンナイのところは?」
『ねぇな。俺の交換素材は、あくまで怠惰大陸のダンジョン産だからな』
「そっかぁ……」
マドカが残念そうに肩を落とす。
せっかく飛空艇のコアが手に入ったのに、肝心の大型化に必要な素材がない。
そこで。
「それなら」
ナナリーが手を挙げた。
「色欲の教会で聞いてみますね」
「教会?」
「はい。色欲には昔から魔法や魔道具に関する資料もありますし、教会なら古い記録を保管している可能性があります」
「なるほど」
リゼットが頷く。
「色欲側なら、精霊や飛空艇について何か知っているかもしれないね」
「それに、私が聞けば調べてもらいやすいと思います」
ナナリーが笑う。
「昨日帰ってきたばかりですけど、またちょっとだけ色欲のお世話になってきます」
「お願い!」
マドカが嬉しそうに笑った。
「百人乗り飛空艇、作りたい!」
「気が早いっての」
グレタが呆れながらも、飛空艇のコアを大事そうに見つめる。
こうして。
エキドナの新たな目標は、ひとまず素材探しから始まることになった。




