ダンジョンマスター
――そして。
配信カメラのランプが消えた。
「配信、終了しました」
リゼットが確認すると、ナナリーは大きく息を吐いた。
「お疲れ様でした! 疲れました……!」
「でも楽しかったね」
マドカが倒れたラスボスへ視線を向ける。
「うん。結構強かった」
「そうですね」
アリシアも頷いた。
これで終わり。三人とも、そう思っていた。
その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「……?」
地面が大きく震え、マドカが振り返る。魔物が倒れた、その奥。何もなかったはずの空間が、ゆっくりと光り始めた。
「……マドカ。何か来るわよ!?」
「え?」
マドカがそちらを見る。光は次第に強くなり、眩しくてまともに見えなくなっていく。ただ、その中心には何かがいた。
人型。
細長い影が、そこに立っている。
「……人?」
アリシアが構えた。
「でも、見えません……!」
光の向こうに浮かぶ影が、一歩前へ出る。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「ちょっと待って」
マドカの顔から笑みが消えた。
「まさか」
リゼットも警戒を強める。
「……ラスボスの」
「え?」
「ラスボスの……ラスボス?」
「いやいやいや!」
ナナリーが思わず声を上げた。
「まだいるんですか!?」
三人とも、本気で構えた。
さっきまでとは違う。これは配信でもないし、誰かに見せる必要もない。目の前にいるものが何なのか分からないからこそ、怖い。
「……来る」
アリシアが呟く。
光の中の人影が、ゆっくりと腕を上げた。
「――見事なり!」
「「「……え?」」」
光が少しずつ弱くなり、人影の輪郭が浮かび上がってくる。三人は警戒したまま動かない。
ナナリーだけが、恐る恐る口を開いた。
「……なに?」
すると光の中から、人型の何かがもう一度、堂々と告げた。
「見事なり!」
「いや、だから何!?」
マドカが思わず突っ込む。
リゼットも目を細めた。
「……何者?」
「敵、なのでしょうか?」
アリシアは剣を構えたまま尋ねる。
ナナリーは三人の後ろから顔を出した。
「……ラスボスのラスボスじゃ、ないんですか?」
「私もそれだと思った。怖かった……」
「マドカちゃんも怖がるんですね……」
「そりゃ怖いよ」
四人の視線が、光の中に立つ人型へ集まる。
「……で? あなた、何なの?」
マドカに問われ、人型は少しだけ胸を張った。
「我は――」
妙に勿体ぶるような間を置いてから、堂々と名乗る。
「――このダンジョンの、攻略者であり管理者である」
「「「……は?」」
四人ともしばらく動かなかった。
やがてマドカが口を開く。
「ダンジョン攻略者が、ダンジョンマスター?」
「その通りだ」
「怠惰では、ダンジョンマスターって押し付けられてたけど……」
リゼットが腕を組む。
するとアリシアが首を傾げた。
「というか、先ほど二十階層が最深部だと聞いていましたが」
「うむ」
「初討伐ではなかったのですか?」
「その認識で間違いない」
「……?」
ナナリーが困ったように首を傾げる。
「では、あなたは……?」
「世界のダンジョンには、管理者という役割を持つダンジョンマスターがいる。それは知っているかね?」
「うん。怠惰のダンジョンマスターは友達だもの」
マドカが答えると、管理者の眉がわずかに動いた。
「……そうか。では話は早い」
彼は背後にあるダンジョンを振り返った。
「まず、管理者がダンジョンを創造する。そして完成したダンジョンに、何か異常がないかを自ら確認する」
「自分で作って、自分でチェックするのね……」
「そういうことだ」
アリシアが理解したように頷く。
「それでは、あなたはテストプレイでクリアしたという存在なのです?」
「その通りだ」
管理者は胸を張った。
なるほど。そういうことだったのか。
この男はダンジョンの攻略者ではある。しかし、冒険者として攻略したわけではない。自分で作ったダンジョンを自分で試し、最深部まで到達したということだ。
「だが」
管理者は静かに続けた。
「私がこのダンジョンを創造してから、千年」
「千年!?」
ナナリーが目を丸くする。
「そうだ」
「誰もここまで来なかったの?」
「一人も」
「マジかー」
マドカがダンジョンを見回す。
「クソザコなモンスターばっかだったけど」
「……」
管理者が固まった。
「マドカちゃん……」
ナナリーが小声で止めようとするが、マドカは本気だった。
「ちょっとぬるすぎたわね。怠惰のモンスターより相当簡単」
「怠惰……」
その言葉に、管理者の表情が変わった。
「ああ。ゲンナイ・ヒラガか」
「知ってるの!?」
マドカが飛びつき、リゼットも目を見開く。
「ゲンナイを知っているの?」
「ああ」
管理者は即答した。
「……あいつはダメだ。何が悪いのか、知りたいか?」
そう問われ、マドカは少し考えてから頷いた。
「知りたい」
「私も気になります」
ナナリーも素直に頷く。
管理者は腕を組み、重々しく口を開いた。
「私が知っている限り、あいつが前任からダンジョンマスターを交代したことは知っている。世界のダンジョンの管理を引き受けていることもな。だが、その後はどうだ? 何かしたか?」
「それには事情があるのよ」
「事情だと?」
管理者の声に明らかな不満が混じる。
「1800年前に交代してから、一度もダンジョン管理者の集いに来たこともない。我らを舐めているとしか考えられないだろう?」
「いや、それは……難しかったと思うんだけど」
「何があったというのだ」
リゼットが事情を説明する。
「1800年前、ゲンナイのダンジョンに異常が起きて、この世界から消えていたのよ。ダンジョン管理者の集いがどこで行われているのかは私たちも知らないけれど、時間の牢獄に囚われて現世に干渉できなかったというのが真実ね」
「……1800年間?」
「そう」
「……一度も?」
「一度も」
管理者はしばらく黙り込んだ。
「……そうであったのか」
さっきまでの怒気が、少しだけ弱まる。
「まぁー、でもゲンナイだし。集いがあっても、偉そうだったら行かないかもしれない」
「マドカ」
「そうであろう!?」
突然、管理者の声が大きくなった。
「あやつは交代してから、挨拶一つしたことがないのだ!」
「いや、それは事情が……」
「ただ、その1800年もの間、動けない状態だったというのは知らなかった」
管理者は少し姿勢を正した。
「……言いすぎたな」
「まぁ、ゲンナイさんなら、人恋しくて行きたかったかもしれませんよ?」
ナナリーが苦笑すると、管理者は少し黙った。
「……そうかもしれぬな」
そこでナナリーが、ふと思いついたように声をかける。
「あの、ダンジョン管理者さん? もしまだゲンナイさんと連絡が取れないと思っているなら、今、連絡を取ってみたらどうです? 事情を知らなかったわけですし」
「そうだね」
リゼットも頷く。
「ゲンナイも今は暇してるし。解放されたの、三か月くらい前だからね」
「…………」
管理者の光が、わずかに揺れた。
「なるほど」
そして、静かに呟く。
「良い情報を聞いた」
「……なんか嫌な予感がする」
マドカが呟くと、リゼットも遠い目をした。
「奇遇ね。私もよ」
◇
「ゲンナイ。ゲンナイ・ヒラガよ。聞こえるか?」
「あ? なんだ?」
「我は色欲のダンジョン管理者」
「あ? んで?」
「貴様が1800年、囚われていたと聞いた。無事であったか?」
「ああ。マドカか? あいつらが来るまで長かったなぁ……」
「そうか……」
管理者は、しばらく言葉を探すように黙った。
「で?」
「……その」
「なんだ?」
「……その、あれだ。その苦しみ、分かるぞ……」
「なんだ? あんたもなんかあったのか?」
「我もずっと攻略されずに、千年と見続けていた。最初は、いつか誰か来ると思っていたのだ。次こそは来る、次の挑戦者ならば、と。だが、来ない」
「……来ねえよなぁ」
「来ないのだ。千年も、ただダンジョンを見続ける。もう辛かった。ダンジョン管理者の集いで話を聞いてもらうくらいしか楽しみがなかったのだ」
「ああ……」
「そこで貴様が、我以上の時間を一人でいたと聞いてな……自分が恥ずかしくなった」
「いや」
ゲンナイが苦笑する。
「1800年だぞ?」
「うむ」
「それと比べられたら、千年くらいじゃ大したことねえだろ」
「そうなのだ!」
「そこは認めるんだな」
「だが、それでも辛かったのだ!」
「ああ。そりゃそうだ」
ゲンナイの声が少し柔らかくなる。
「……お互い、大変だったな」
「うむ」
妙な共感が生まれたところで、管理者がふと思い出したように口を開く。
「……ところでゲンナイ」
「あ?」
「今度、管理者の集いに来ないか?」
「めんどくせえ」
「即答!?」
遠くで聞いていたマドカたちは、思わず顔を見合わせた。




