やっと会えた
翌日。
午後一時。
ゴールの広場には、普段より少し多くの人が集まっていた。
広場の中央には簡易的な舞台。
その前には、町のあちこちから配信を見るために集まった人々。
そして、その光景を少し離れた場所から見守っている者たちもいる。
「……結構いるわね」
ナナリーは舞台の袖から広場を眺めた。
「そりゃいますよ、聖女様ですから」
隣にいるマネージャーが満足そうに笑う。
「それに、情報塔で町中に告知されていますからね。せっかく取った一時間です。無駄にはできませんよ」
「一時間……」
ナナリーは小さく息を吐いた。
その横では、二人の演奏者が準備をしている。
一人はギターに似た弦楽器。
もう一人はドラムに近い打楽器。
もちろん、この世界に前世とまったく同じ楽器があるわけではない。
けれど。
「大丈夫です。私の歌に合わせてもらえますか?」
「ええ。あなたのリズムは何度も聞いていますから」
「多少違っても、合わせますよ」
「ありがとうございます」
ナナリーは二人に頭を下げる。
そして、舞台の中央へ出た。
情報塔の魔道具が起動する。
町の各所へ映像が流れ始めた。
これで、ゴール中のどこにいても見ることができる。
ナナリーは一度だけ深呼吸した。
「こんにちは!」
明るい声が広場に響く。
「私は色欲国より参りました、聖女ナナリーです!」
拍手が起こる。
「今日は、私の国で大切にされている歌や踊りを、こちらの皆さんにも知っていただきたいと思って来ました!」
さらに拍手。
「そして……」
ナナリーは、少しだけ周囲を見渡した。
「このゴールという町に来て、私は本当に驚きました」
情報塔。
配信。
モンバト。
異世界とは思えないほど発展した町。
「こんなに新しいものがたくさんあって……私の国にも、ぜひ持ち帰りたいと思っています」
マネージャーが満足そうに頷く。
――よし。
ここまでは予定通り。
ナナリーは微笑んだ。
「それでは、まず一曲目!」
演奏が始まる。
ナナリーが歌い出す。
前世では有名だった曲。
この世界には存在しない曲。
だから歌詞は、この世界の言葉に訳してある。
曲そのものも、こちらの楽器に合わせて多少変えている。
けれど。
ナナリーの中には、元の曲が完全に残っている。
歌う。
踊る。
身体が勝手に動く。
前世で何度も歌った曲。
何度も聞いた曲。
そして、何度も配信した曲。
観客は楽しそうに見ている。
それだけで、十分だった。
二曲目。
三曲目。
四曲目。
五曲目。
どの曲も、この世界では新曲だ。
ナナリー自身のオリジナルということになっている。
もちろん。
本人からすれば、そんなわけはない。
――まあ。
ちょっとくらい、いいよね。
ナナリーは心の中で苦笑する。
前世の有名な歌手たち。
誰もが知っていたような名曲。
それを自分なりに訳して、この世界で歌っている。
ほとんどインチキ聖女だ。
けれど。
歌っている本人が楽しそうだからなのか。
観客も自然と笑顔になっていく。
そして。
配信画面には、次々とコメントが流れていた。
『歌うまいな』
『聖女様かわいい』
『踊りすげぇ』
『これ色欲国の歌?』
『もっと聞きたい』
ナナリーの目が輝く。
「……コメント……」
思わず笑ってしまう。
やっぱり。
これだ。
観客の前で歌うのも好きだった。
拍手も嬉しい。
歓声も嬉しい。
けれど。
コメントが流れてくる。
その場で誰かが自分の歌を聞いて、何かを書いてくれる。
それが好きだった。
前世で配信していた頃と同じだ。
「ふふっ……」
ナナリーは歌いながら、画面をちらりと見る。
コメントは止まらない。
その一つ一つが、ナナリーには嬉しかった。
――私は、まだ配信してるんだ。
そんな気持ちになる。
この世界でも。
自分の歌を広めたい。
自分の歌を残したい。
この世界にも、にゃにゃこちゃんとして何かを残したい。
たとえ誰にも前世のことを理解してもらえなくても。
それでもいい。
歌だけは。
この歌だけは。
自分の前世の記憶だから。
だから。
――あの子に届いて。
ナナリーは心の中で願った。
――前世の曲。
――有名だった、あの曲。
――あなたなら分かるんじゃないの?
――頑張るから。
――見ててほしい。
そして。
最後の曲。
ナナリーが選んだのは。
「それじゃあ、最後の曲です!」
少しだけいたずらっぽく笑う。
「にゃんにゃんパラダイス!」
演奏者たちが一瞬だけ顔を見合わせた。
いつもの曲と少し違う。
歌詞も違う。
リズムも微妙に違う。
けれど。
「いけます!」
演奏が始まった。
ナナリーは笑顔で歌い出す。
身体を大きく動かし。
ステップを踏み。
最後まで全力で踊る。
演奏者たちも必死についてくる。
観客から笑い声が漏れる。
ナナリーも楽しそうに笑った。
――これ。
前世で結構ダウンロードされたんだから!
そんなことを思いながら。
最後の振り付け。
そして。
曲が終わった。
ナナリーは息を整えながら、観客へ向かって深く頭を下げた。
大きな拍手。
歓声。
情報塔には、まだ大量のコメントが流れている。
「ありがとうございましたー!」
ナナリーは笑顔で手を振る。
そのまま何人かの観客に向かって軽く頭を下げながら、視線をゆっくりと広場へ巡らせた。
――たくさんいる。
当然だ。
今日の配信は、町中に流れている。
けれど。
その中に、自分が探している人がいる。
ナナリーは、無意識にもう一度、人の集まりを見渡した。
白い髪。
「……」
いた。
人の間から、こちらを覗き込むようにしている少女。
白い髪に、青い瞳。
写真で見たわけでもない。
詳しい情報を教えてもらったわけでもない。
ただ、なぜか分かった。
「あ……」
ナナリーの胸が、大きく跳ねた。
――あの子だ。
エキドナの。
マドカちゃん。
ずっと会いたかった。
前世の自分を知っているかもしれない。
もしかしたら、違うかもしれない。
それでも。
ナナリーは笑った。
配信者だった頃と同じように。
少し照れながら、嬉しそうに。
そして、その少女へ向かって目を向けた。
今度は、逃がさないように。
ちゃんと目を合わせるために。
――一方。
マドカは、少し離れた場所で立ち止まっていた。
最初は、ただ配信を見に来ただけだった。
色欲の聖女。
有名な歌い手。
それくらいの認識だった。
だから、最初の歌も普通に聞いていた。
上手いな、と。
踊りも凄いな、と。
それだけだった。
けれど。
何曲か聞いているうちに、妙な感覚が強くなっていく。
「……ん?」
声。
どこかで聞いたことがある。
いや。
知っている。
この声を。
何度も聞いた。
ゲーム配信を見ながら、何時間も聞いていた声。
マドカは、無意識に画面を見るような目でナナリーを見つめた。
顔は違う。
全然違う。
髪型も違う。
服も違う。
この世界では、聖女としてステージに立っている。
それなのに。
歌っているときの声が同じだった。
そして、踊り方。
身体の切り返し。
音に合わせた動き。
キレのある足運び。
ただ上手いだけじゃない。
その動きには、覚えがあった。
マドカが何度も見てきたもの。
さらに、曲の合間の喋り方。
コメントへの反応。
笑うタイミング。
ちょっとした仕草。
「……」
ひとつ。
またひとつ。
記憶と重なっていく。
マドカは、もう目を離せなくなっていた。
顔は違う。
髪も違う。
服も違う。
この世界の聖女として、目の前にいる。
なのに。
声が同じ。
踊り方が同じ。
しゃべり方が同じ。
笑い方まで同じ。
頭の中に、前世の記憶が一気に戻ってくる。
ゲームをしていた姿。
楽しそうに騒いでいた声。
コメントを拾って笑っていた姿。
マドカは、ぽつりと呟いた。
「……にゃにゃこちゃん?」
ナナリーの動きが止まる。
マドカの胸が、どくん、と鳴った。
「本当に……?」
違う顔なのに。
どうしても分かる。
「……にゃにゃこちゃんだ」
その瞬間。
マドカの中にあった疑問が、全部消えた。
――推しだ。
ずっと見てた。
前世でも。
この世界に来てからも。
ずっと。
ナナリーと目が合った。
マドカは、少しだけ目を見開いて。
それから、嬉しそうに笑った。
「……ずっと見てた」
小さな声だった。
けれど。
ナナリーには、ちゃんと届いた。
ナナリーの目が大きく開く。
そして。
ゆっくりと、笑顔になる。
「……うん」
今度は、聖女としてじゃない。
歌い手としてでもない。
前世のにゃにゃこちゃんとしてでもない。
ただ。
ずっと会いたかった相手に向けた笑顔だった。
「やっと会えた……」
ナナリーは、そう呟いた。




