聖女 怠惰へ
船旅を終えたナナリーは、数日ほど休んでいた。
長い移動だった。
聖女として各地を巡ることには慣れているつもりだったが、やはり船旅というのは疲れる。
ようやく体調も戻った頃。
ナナリーは、王城へと招かれていた。
「他国からお越しになった聖女様を、王家として素通りさせるわけにはまいりません」
丁寧な歓待を受けながら、ナナリーは少しだけ緊張していた。
自分は、この国に何かを求めてやってきたわけではない。
ただ――会いたい人がいる。
それが、この国を訪れた一番の理由だった。
「それで、聖女殿は我が国で何かしたい事はあるのですかな?」
「えーっと……」
ナナリーは少し考えてから答えた。
「色欲では、音楽や踊り、あらゆる芸術が大事にされています。私は聖女として布教に来ましたので、こちらでも歌や踊りを広めたいと思っています」
「なるほど」
「それで……出来れば、今話題のエキドナという皆さんがいる町で活動できたら、と」
「エキドナ?」
「はい。そちらのほうが、きっと広く知ってもらえると思うので」
王は少し考える。
「確かにエキドナは、今の時代の先を行く組織ですな」
「そうなんですか?」
「遠く離れた場所へ言葉を伝える技術など、すでに実用化していると聞いております」
「……!」
ナナリーの目が輝いた。
「それって……テレビみたいな?」
「テレビ?」
「あ、いえ! なんでもありません!」
危ない。
つい前世の感覚で反応してしまった。
けれど――。
「それなら、絶対に行かなきゃ……」
ナナリーの中で、ゴールへ行く理由がさらに一つ増えた。
そして、最近完成したばかりの転移陣を使えば、目的地であるスロリア・ゴールまではすぐに行けるという。
「そんなに簡単に?」
「ええ。エキドナの町へは、すでに転移陣が繋がっております」
「便利……」
そうしてナナリーは、ゴールへ向かった。
◇
「……わぁ」
転移した先で、ナナリーは思わず立ち止まった。
スロリア・ゴール。
今まで聞いていた話とは、ずいぶん違う。
いや。
話以上だった。
町を歩けば、見慣れないものが次々と目に入ってくる。
「あれ……?」
一人の男性が着ているシャツ。
そこには大きく文字が書かれていた。
『バルス』
「…………」
ナナリーは思わず二度見した。
「バルスって書いてる!」
懐かしい。
まさか異世界に来て、こんなところで見るとは思わなかった。
さらに歩く。
『諦めたらそこで試合終了ですよ』
「だってマンガか~……」
思わず笑ってしまう。
「はぁ……」
懐かしいな。
前世の記憶が、こんな形で突然飛び込んでくる。
そして――。
「ん?」
ナナリーの視線が止まった。
「パフェ!」
店先に飾られた色鮮やかな甘味。
「美味しそう……」
さらに別の店を見る。
「たこ焼きもある!」
思わず足が止まる。
「マドカちゃんが広めたのかな」
そんなことを呟いて、ナナリーは小さく笑った。
モンバトも大人気。
地球の文化らしきものも、あちこちにある。
「スロリア・ゴールって、すごいなぁ……」
自分が知っている異世界とは、少し違う。
というより。
「なんかもう、配信があるし」
街の一角に設置された情報塔。
遠く離れた場所から届く映像。
そして、それを眺めている人々。
「これ、マネージャーさん使いたがるだろうなぁ……」
ナナリーの頭に、すぐに仕事の顔をしたマネージャーが浮かんだ。
きっと目を輝かせる。
間違いない。
ナナリーはエキドナショップへ入り、そこで販売されていたタブレットを購入した。
「これも便利……」
画面を操作していると、情報塔から配信が流れてきた。
どうやら今日も何かの番組をやっているらしい。
画面を眺めながら、ナナリーは町の情報を見ていく。
すると――。
『聖女が来てるらしいよ』
「…………」
ナナリーの手が止まった。
「……私のこと?」
画面の向こうでは、そんな話題が何気なく交わされている。
自分がこの町に来ている。
それだけのことが、もう町の人たちの話題になっているらしい。
「ふふっ」
なんだか変な感じがする。
そして。
その話をしている配信の画面に、見覚えのある少女の姿が映った。
「……マドカちゃん」
ナナリーは、画面をじっと見つめた。
会いたかった。
ずっと。
だから、ここまで来た。
「……いるんだ」
その日のナナリーは、まだ知らない。
数日後。
自分が、この町で歌っているところを――。
ずっと自分を見ていた少女に、見つけられることを。




