ニコラ、便利の沼にハマる
「ニコラさん!」
「……ん~?」
翌日。
研究所の扉を開けるなり、マドカが叫んだ。
「来たよ!」
「見れば分かる~……」
ニコラは机に突っ伏していた。
「昨日、何時まで研究してたの?」
「覚えてない~」
「寝た?」
「たぶん~」
「ダメじゃん」
リゼットがため息をつく。
「あなた、研究より先に生活をどうにかしたほうがいいわね」
「生活はメイドに任せたい~」
「メイド雇いなさいよ」
「メイド! いいね! お姉ちゃん、うちも雇わない?」
「居候はあなただけで充分よ」
「ひどい!」
マドカは苦笑した。
◆
「それで、昨日の話なんだけど~」
ニコラがようやく起き上がる。
「もっと詳しく聞かせて~」
「いいよ!」
マドカは紙を広げた。
そこには、前世で知っている便利家電の簡単な絵。
「まず冷蔵庫!」
「冷やす箱~」
「そう!」
「どうやって冷やすの~?」
「えーっと……」
マドカが固まる。
「…………原理までは知らない」
「…………」
ニコラも固まった。
「マドカ~」
「はい」
「それ、発明家に言う台詞じゃないよ~」
「だって私、使ってただけだもん!」
「便利だから使ってたんだよね~?」
「うん!」
「じゃあ仕組みを知らないのに便利だったんだ~」
「そう!」
ニコラが頭を抱える。
「文明って怖い~……」
リゼットが横で笑う。
「あなたたち、妙なところで気が合うわね」
◆
「じゃあ次!」
マドカが絵を見せる。
「洗濯機!」
「洗濯を自動で~?」
「そう!」
「どうやって?」
「回す!」
「何を?」
「服!」
「…………」
ニコラが考える。
「水を入れて~」
「うん」
「回転させて~」
「うん」
「汚れを落とす~」
「そう!」
「……それなら作れるかも~」
「本当!?」
「魔力式ならね~」
ニコラは紙に設計図を書き始める。
カリカリカリ。
「ここに水を溜めて~」
「うん」
「この魔法陣で回転させて~」
「うん」
「排水して~」
「うん」
「乾燥は……」
ニコラが止まる。
「どうやってたの~?」
「……乾燥機!」
「まだあるの~!?」
「あるよ!」
「聞きたくない~……」
そう言いながら。
ニコラの手は止まらない。
◆
数時間後。
研究室は完全に散らかっていた。
「できた~」
ニコラが小さな試作品を持ち上げる。
「洗濯魔道具、一号~」
「早っ!」
「簡単な構造だからね~」
マドカが服を入れる。
「動かしていい?」
「どうぞ~」
スイッチ。
ゴウンゴウンゴウン!
「おお!」
服が回る。
「すごい!」
だが。
ゴウンゴウンゴウン!
バキッ!
「…………」
「…………」
蓋が飛んだ。
洗濯物が宙を舞う。
「…………」
ニコラが呟く。
「失敗~」
「いや、惜しい!」
マドカは笑う。
「もうちょっと!」
「そう~?」
「うん!」
リゼットが壊れた魔道具を見る。
「回転軸の魔力伝達が不安定ね」
「……分かる~?」
「ええ」
「ちょっと見て~」
リゼットが魔道具を受け取る。
「ここをこうすればいいわ」
「…………」
ニコラが目を輝かせる。
「なるほど~」
カリカリ。
「魔力の流れを一度分散させてから戻す……」
マドカが二人を見る。
「……」
なんだか。
妙に相性がいい。
一人はアイデアを出す。
一人は魔法を理解している。
一人はそれを形にする。
◆
夕方。
「……今日は疲れた~」
ニコラが机に突っ伏す。
「でも楽しかった!」
マドカは満足そうだった。
「ねえ、ニコラさん」
「ん~?」
「私たちと一緒にやったら、もっとすごいもの作れるんじゃない?」
「…………」
ニコラが顔を上げる。
「一緒に?」
「うん!」
「冒険者なのに~?」
「素材も集められるよ!」
「…………」
リゼットも頷く。
「魔道具に必要な素材なら、私たちが探せるわ」
「…………」
ニコラは二人を見る。
そして。
「……それ、ちょっといいかも~」
「でしょ!?」
「でも~」
ニコラは指を立てる。
「私、戦えないよ~?」
「私たちが戦う!」
「重い荷物持てない~」
「私が持つ!」
「人付き合い苦手~」
「私が話す!」
「…………」
ニコラがリゼットを見る。
「この子、ずっと喋ってるの~?」
「ええ」
「大変そう~」
「慣れるわ」
「そっか~……」
ニコラは少し笑った。
「じゃあ、考えとく~」
「やった!」
「まだ加入するとは言ってないよ~」
「でも一歩前進!」
「前向きすぎる~……」
◆
そのときだった。
ニコラが、ふとマドカの描いた設計図を見る。
「……ねえ」
「何?」
「一つ聞いていい~?」
「うん」
「昨日からずっと気になってたんだけど~」
ニコラが紙を指差す。
「あなた、本当に『遠い国』に行ったことがあるの~?」
「…………」
マドカの動きが止まった。
リゼットが静かにニコラを見る。
「どうして?」
「だって~」
ニコラは設計図を指で叩く。
「この世界の人間なら、こんな発想はまず出てこないよ~」
「…………」
「冷蔵庫」
「…………」
「洗濯機」
「…………」
「掃除機」
「…………」
「電子レンジ」
ニコラは首を傾げる。
「名前だけじゃない~」
「…………」
「あなたは、それがどういう物なのか知ってる」
「…………」
「でも、作り方は知らない」
「…………」
「変だよね~?」
マドカは黙った。
リゼットも何も言わない。
「…………」
しばらくして。
マドカが小さく息を吐いた。
「……ニコラさん」
「ん~?」
「秘密にしてくれる?」
「内容による~」
「すごく重要な秘密」
「じゃあ聞きたい~」
「そこは即答なんだ……」
マドカは苦笑する。
そして。
「私ね」
一度、言葉を選ぶ。
「この世界の人間じゃないんだ」
「…………」
ニコラの目が丸くなる。
「え?」
「正確には……」
マドカは胸に手を当てた。
「前は別の世界で生きてた」
「…………」
「そこで死んで」
「…………」
「気がついたら、この世界で生まれ変わってた」
「…………」
ニコラは完全に固まった。
「…………転生?」
「うん」
「…………」
「私、転生者なんだ」
「…………」
沈黙。
数秒。
十秒。
そして。
「……すごい~」
「そこ!?」
ニコラが勢いよく立ち上がった。
「じゃあ本当に別世界があるの~!?」
「え?」
「文明は~!? 魔法は~!? どんな技術があるの~!?」
「え、えっと……」
「科学って何~!? 電気って~!? エンジンって~!? 飛行機って~!? 宇宙って何~!?」
「待って待って!」
質問が止まらない。
「ニコラ、落ち着きなさい」
リゼットが冷静に止める。
「無理~!」
ニコラは完全に研究者の顔になっていた。
「だって、別世界の文明を知ってる人が目の前にいるんだよ~!?」
「いや、私そこまで詳しくないよ!?」
「でも知識はある~!」
「使ってただけ!」
「それでもいい~!」
ニコラがマドカの両肩を掴む。
「もっと教えて~!」
「うわぁぁぁ!?」
「マドカ、逃げても無駄よ」
「お姉ちゃん助けて!」
「自分で何とかしなさい」
「ひどい!」
◆
しばらくして。
ようやく落ち着いたニコラが椅子に座った。
「……つまり~」
「うん」
「あなたは前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれた~」
「そう」
「リゼットは最初から知ってた~?」
「ええ」
「なるほど~」
ニコラは腕を組む。
「それなら色々納得~」
「何が?」
「あなたの変な言葉遣いとか~」
「変な言葉遣い?」
「主人公とか~、ゲームとか~、電子レンジとか~」
「あー……」
「それに、魔道具を見たときの反応も普通じゃなかった~」
ニコラが笑う。
「ずっと不思議だったんだよね~」
「もっと早く言ってよ!」
「確信がなかったから~」
そして。
ニコラは少し真面目な顔になる。
「……ねえ、マドカ」
「何?」
「そのこと、他の人には言ってないの~?」
「うん」
「どうして~?」
「信じてもらえないかもしれないし」
少し考える。
「それに……」
マドカはリゼットを見る。
「転生者って知られたら、変なことに巻き込まれるかもしれないから」
「その通りよ」
リゼットが頷く。
「だから、このことは秘密」
「…………」
ニコラは二人を見る。
そして。
「分かった~」
「本当に?」
「うん」
ニコラは頷いた。
「秘密にする~」
「ありがとう!」
「その代わり~」
ニコラの目が輝く。
「いっぱい教えて~」
「……やっぱりそれが目的だったんだ」
「当然~」
マドカは苦笑した。
「分かったよ」
「やった~」
「でも私、科学とか全然詳しくないからね?」
「知ってる範囲でいい~」
「冷蔵庫の仕組みも知らないよ?」
「一緒に調べればいい~」
「……そっか」
マドカが笑う。
「じゃあ、一緒に作ろう」
「うん~」
ニコラも笑った。
◆
そして翌朝。
研究室の前に。
一枚の紙が貼られていた。
『冒険者お断り』
その下に、小さく追記。
『ただし、マドカとリゼットは例外~』
さらに。
昨日まではなかった一文が追加されている。
『転生者も例外~』
「…………」
マドカはそれを見て固まった。
「ニコラさん!」
「ん~?」
「これ書いたの!?」
「うん~」
「秘密って言ったじゃん!」
「私しか読まないから大丈夫~」
「そういう問題じゃない!」
リゼットが紙を見る。
「……剥がしたほうがいいわね」
「そうね~」
「じゃあなんで貼ったの!?」
「なんとなく~」
「なんとなくで秘密を書かないで!」
研究所にマドカの声が響く。
ニコラは楽しそうに笑っていた。
そして。
その日から。
この三人の間には、誰にも話せない秘密が一つ増えた。
この世界にはない文明を知る少女。
それを理解し、魔法として再現できる賢者。
そして。
それを実際の形に変える天才発明家。
異なる世界。
異なる時代。
異なる知識。
三つが交わったことで。
この日から、少しずつ。
この世界の「便利」は変わり始めることになる。




