天才発明家は、だいたいやる気がない
「ここ?」
「そうみたい」
王都の少し外れ。
人通りの少ない通りに、その建物はあった。
古びた看板。
半分壊れた扉。
そして。
『魔道具研究・製作 ニコラ』
「……」
マドカが看板を見る。
「思ってたより普通」
「私はもっと大きな研究所を想像していたわ」
「私も」
二人は顔を見合わせる。
コンコン。
「はーい……」
中から、やる気のない声。
ガチャ。
扉が開いた。
「どちらさま~……?」
出てきたのは、若い女性だった。
長い髪。
少し眠そうな目。
白衣のような研究用の服。
そして。
片手には工具。
「…………」
マドカは目を輝かせた。
「いた!」
「……何が~?」
「ニコラさん!」
「私だけど~……」
ニコラは二人を見る。
「冒険者?」
「そう!」
「……営業?」
「違う!」
「借金取り?」
「違うよ!」
「じゃあ何~……?」
マドカは胸を張った。
「魔道具を見せてもらいに来ました!」
「…………」
ニコラは扉を閉めようとした。
「待って!」
「面倒そうだから~……」
「まだ何もしてないよ!?」
「でも冒険者でしょ~?」
「そうだけど!」
「私、冒険者苦手~」
「なんで!?」
「すぐ壊すから~」
「…………」
リゼットが横から口を挟む。
「あなたが作った魔道具を壊したの?」
「違う~」
ニコラはため息。
「使い方を聞かずに触って、爆発させる人が多いの~」
「それは……」
リゼットがマドカを見る。
「あなたはやらないわね?」
「たぶん」
「信用できないわ」
「なんで!?」
◆
結局。
二人は研究室へ通された。
「わあ……!」
マドカが目を輝かせる。
部屋中に魔道具。
工具。
魔石。
設計図。
部品。
何に使うのか分からない機械まで並んでいる。
「これ全部ニコラさんが?」
「そう~」
「すごい!」
「まあね~」
やる気のない返事。
しかし。
マドカは一つの魔道具を手に取った。
「これ……」
「それは自動温度調整器~」
「温度を一定にするの?」
「うん~。ただ、魔石の消費が多くてね~。便利なんだけど、一般家庭で使うにはちょっと高すぎるかな~」
マドカは魔道具をじっと眺める。
「これって、温度が上がったら魔力を弱くして、下がったら強くするだけじゃダメなの?」
「…………」
ニコラの動きが止まった。
「……どういう意味~?」
「え?」
「温度を感知して、魔力の出力を自動で変えるってこと~?」
「うん。地球ではそういう感じの仕組みがあったよ」
「……地球?」
「あ」
マドカが固まった。
「えっと……」
「…………」
ニコラがじっと見つめる。
「それ、どこかの国の技術~?」
「う、うん!」
マドカは勢いよく頷いた。
「すごく遠い国!」
「へえ~……」
ニコラは疑う様子もなく、再び魔道具を見る。
「温度を測る魔法陣と、出力を変える魔法陣を連動させる……」
小さく呟く。
「それなら魔石の消費をかなり抑えられるかも~」
「でしょ?」
「……面白い~」
ニコラの目が変わった。
「ねえ、その遠い国って、他にもそういうものがあるの~?」
「いっぱいあるよ!」
「例えば~?」
「冷蔵庫!」
「れいぞうこ~?」
「食べ物を冷やして保存する箱!」
「…………」
ニコラが完全に興味を持った。
「それ、魔道具にできそう~」
「できると思う!」
「他には~?」
「洗濯機!」
「洗濯を?」
「魔法じゃなくて機械で自動的に!」
「……なるほど~」
「掃除機!」
「掃除をする道具?」
「そう!」
「電子レンジ!」
「何それ~?」
「食べ物をすぐ温めるやつ!」
「…………」
ニコラは黙り込んだ。
そして。
「マドカ」
「何?」
「その遠い国――」
「うん」
「私、行ってみたい~」
「……」
リゼットが横から口を挟む。
「その国は、もう存在しないわよ」
「え?」
ニコラがリゼットを見る。
マドカも少しだけ目を逸らした。
「……そうなの~?」
「そういうこと」
「そっか~……」
ニコラは残念そうに呟く。
だが。
すぐに机へ向き直った。
「じゃあ、こっちで作ればいいか~」
「え?」
「その冷蔵庫とかいうの~」
ニコラは工具を手に取る。
「私、作ってみたい~」
マドカの顔がぱっと明るくなった。
「本当に!?」
「うん~」
「じゃあ一緒に――」
「でも今日は疲れたから、明日ね~」
「そこはやる気出してよ!」
「研究は逃げないから~」
「逃げるよ!?」
リゼットは二人を見ながら、呆れたように笑った。
こうして。
マドカの前世の知識と。
リゼットの膨大な魔法知識。
そして、この世界で生まれ育ったニコラの発明技術。
三つの異なる知識が、初めて交わった。
◆
数時間後。
「できた~」
ニコラが魔道具を持ち上げる。
「前より魔力消費が二割くらい減った~」
「すごい!」
「あなたのアイデアのおかげ~」
「えへへ」
ニコラはマドカを見る。
「……面白い子だね~」
「そう?」
「うん~」
少し考える。
「でも、冒険者なんでしょ~?」
「そうだよ」
「魔道具作りたいの~?」
「作りたい!」
「じゃあ――」
ニコラは少し考え。
「冒険者やめれば~?」
「なんで!?」
「研究所で働けばいいじゃん~」
「嫌!」
「なんで~?」
「冒険したいから!」
「面倒~……」
「ニコラさんも冒険者になれば?」
「絶対嫌~」
即答だった。
◆
帰り際。
「今日はありがと!」
「うん~」
「また来てもいい?」
「……まあ、いいけど~」
ニコラは少しだけ笑った。
「面白い話があるなら~」
「じゃあまた来る!」
「はいはい~」
扉が閉まる。
マドカとリゼットが帰っていく。
「……変な子~」
ニコラは呟いた。
そして。
机の上に残されたマドカのメモを見る。
そこには。
『冷蔵庫』
『洗濯機』
『掃除機』
『電子レンジ』
『エアコン』
と、見たこともない道具の名前が並んでいた。
「…………」
ニコラの目が少しだけ輝く。
「……おもしろいかもね~」
やる気のない天才発明家は。
その日初めて。
異世界には存在しない「便利」という概念に興味を持った。




