会談
翌日。
エレノアとリゼットはゲンナイの許可を取り、王とクリスティーナを連れてダンジョンの奥へと向かっていた。
「ここから先は、ゲンナイ殿の許可がないと入れませんわ」
「そうなのか」
「ええ。今はゲンナイ殿がダンジョンマスターですから」
しばらく進むと、やがて大きな部屋へと辿り着く。
「よう」
部屋の中では、ゲンナイがいつものように端末をいじっていた。
「今の王がお前か」
「……はい」
王は少し緊張した様子でゲンナイを見る。
「余が現在の王だ」
「そうか。あの王家も長く続いてるな」
「……あの王家?」
「ああ。俺が最初の王を立てたからな」
「……」
王が固まる。
「あなたが……?」
「昔の話だよ」
ゲンナイは特に気にする様子もなく答えた。
「俺は二千五百年くらい生きてるからな」
「二千五百……」
「最初の五百年くらいは王家の発展にも関わってた。色々作ったしな」
「伝説に残っている魔道具の中にも、あなたの作品が?」
「ああ。後から見つけた奴が伝説だなんだと言ってるだけで、元は俺が作ったもんだ」
「……」
「あー、これ伝説になってたのかよ、俺の作品だわ、ってのも結構あるぜ」
王は何とも言えない顔になる。
「では……あなたが姿を消した後は?」
「下の階層に行った。それから王家とは関わらなくなったな」
「なぜ?」
「そのうち、俺のいた階層と上が物理的に行き来できなくなったんだよ。向こうからも来られないし、俺も出られない」
「それで……千八百年も?」
「ああ」
ゲンナイはあっさり頷く。
「一人で発明したり遊んだりしてたな」
「食事などは?」
「それがなくなってから困った」
「……」
「下の階層に行けば食い物があるかと思ってな。行ってみたら死にかけた」
「死にかけた?」
「その時のダンジョンマスターに呼ばれてな」
ゲンナイは少し笑った。
「『お前にマスターやるわ』って言われた」
「……それで?」
「俺が元の場所に戻ったら死ぬからな。受けた」
「なるほど……」
王はそこで一度言葉を切った。
「では、千八百年前にあなたが隔離された原因は、いったい何だったのだ?」
「ヒナタだ」
「ああ、あの子か」
それだけで話は終わった。
王も、それ以上は聞かなかった。
「……しかし、そうなると、このダンジョンに起きていた異常についてもご存じなのだな?」
「ああ」
ゲンナイは端末を置いた。
「千八百年も隔離されてりゃ、魔力が溜まりまくるだろ?」
「魔力が……」
「モンスターもそれを吸う。強くなる。強くなった奴が他のモンスターを食う。食われた方の魔力まで取り込むから、さらに強くなる」
「……」
「そうやって、普通じゃない奴らばっかりになったわけだ」
「では、現在は?」
「もう三十階のボスも倒したんだろ?」
「はい。マドカが」
「なら条件は揃ってる」
ゲンナイは軽く伸びをする。
「今の時代、弱いんだろ?」
「……?」
「だったら弱化させておこうか」
「弱化、とは?」
「リセットだよ」
ゲンナイは何でもないことのように言った。
「今いる異常に成長したモンスターを全部消して、ダンジョンを初期化する。設定した通りの強さで新しく湧くようになる」
「……それが可能なのか?」
「三十階のボスが残ってたら無理だったけど、もう倒したんだろ? なら、いつでもできる」
王はしばらく考えた。
「……それは、お願いしてもよいだろうか?」
「いいぜ。決まったら教えてくれ」
あまりにも軽い返事だった。
「手伝うからよ」
「……」
王は、そこでようやく少し肩の力を抜いた。
そして、リゼットを見る。
「さて……」
ゲンナイが続ける。
「ここなら人も来ないし、リゼットと話せばいいんじゃねぇか?」
「私と?」
「エキドナの代表だろ?」
「まぁ、そういうことになってるわね」
「なら、俺よりお前と話した方が早いだろ」
「そうね」
リゼットは王とクリスティーナを見る。
「それで、今日は何を聞きたいのかしら?」
「まず、エキドナを今後どう扱うべきなのか……それを考えたい」
「どう扱う?」
「王国として、お主らとどう付き合っていくのがよいのかということだ」
「別に難しく考えなくてもいいわよ」
「そうなのか?」
「私達は、これからも好きなものを作っていくだけだもの」
「国から何かを求めるつもりはないのか?」
「ないわね」
「金銭は?」
「いらないわ」
「爵位などは?」
「いらない」
「国に組み込まれることも?」
「もちろん嫌よ」
「……」
王は少し考える。
「では、国がエキドナの作ったものを利用することについては?」
「すでに商品化されているものについては、そこまで拘ってはいないわ」
「これからの発明も?」
「国の使い方次第では、使ってもいいんじゃない?」
「なるほど」
「まぁ、ますます怠惰になりそうね」
「……だが、それでは国の常識はいっぺんに変わるぞ?」
「そうでしょうね」
リゼットは特に否定しなかった。
「でも、私達が何を作るかを国に決められるのは嫌よ」
「これを作ってくれ、これを優先しろ、ということか」
「ええ。それは断るわ」
「作ったものを使うのは構わない。しかし、作ること自体を命じるのは駄目……ということだな」
「そういうこと」
「分かった」
王は少し考えた。
「しかし、もし王国との関係が気に入らぬということになれば……?」
「別にエキドナ本部にある施設も財産も作品も、全部私のインベントリに入るもの」
「……」
「邪魔なら引っ越して、スローライフをしてもいいわよ?」
王の顔が微妙に引きつった。
「……それでは、完全に王国内の発展が止まるだろうな」
「そこまで責任は持てないわよ」
「本当に自由だな……」
「自由にやってるだけよ」
王は小さく息を吐く。
「しかし、そうなると別の問題もある」
「人、でしょうか?」
クリスティーナが口を挟む。
「ああ」
「王都とすぐに行き来できるようになれば、人が増えて面倒ね」
「移住制限もかけねばならんかもしれんな」
「今でさえ、ここの人口は増えてきているものね」
「ただ住むというだけでは、エキドナにとってまったくメリットがないだろうな」
「そうね」
「今でさえ、ここには人が増えている。お主らは国に税を払っているわけでもないのだろう?」
「私達の所有の土地だもの。払う義務はないわね」
「では、家賃を取っているのか?」
「町の運営費で徴収してるはずよ」
「なるほどな……」
王は町の様子を思い返す。
「お主らは、本当に町のことは任せているのだな」
「面倒だから町長を立てたのよ」
「……」
「町のことまで私達が全部やるなんて、面倒でしょう?」
「本当に自由ですわね」
クリスティーナが呟く。
「それがエキドナですもの」
「……では、まずは何から取り入れるべきだろうか」
王がそう言うと、クリスティーナが少し考えた。
「そうですわね。まず情報塔とまではいけませんが、ゲンナイ殿が使っている小型の通信魔道具でしょうか」
「ああ、これか?」
ゲンナイが手元の魔道具を持ち上げる。
「遠くの奴同士で話せるぞ。便利だよな」
「前世の世界では珍しくありませんでしたけどねぇ」
リゼットが言う。
「なるほど……」
王は魔道具を見つめた。
「前世の知識で発展した世界の模倣をしている、ということか」
「ああ。マドカも同じ世界の同郷だぜ?」
「まぁ、マドカちゃんも?」
クリスティーナが驚く。
「ただ、あいつはアイディアは出せるけど、技術はTシャツだとか小物を作るほうが向いてるがな」
「どうりで……」
王も納得したように頷く。
「マドカのアイディアで、ニコラが完成させているものもあるというしな」
「マドカの知識は、モンバトとかヒロバトのような遊び道具のほうに向いてるのよね」
「困ったものですわね」
「そういうところがマドカちゃんらしいですわ」
クリスティーナが微笑む。
「それと、まずは王都にだけでも転移魔法陣の設置をお願いしたい」
「ああ、それもありましたわね」
クリスティーナが頷く。
「私もエキドナ邸へ行く時、また馬車の旅というのはつらいですもの」
「夫人なら歓迎よ」
「転移魔法陣か……」
王がゲンナイを見る。
「それは、すぐに実現できるのか?」
「ああ」
ゲンナイは即答した。
「俺の技術をニコラに叩き込むから、すぐに実現するな」
「なんと……」
王が驚く。
「あなたが開発者なのか?」
「ああ」
「……」
あまりにも簡単に認められて、王の方が言葉を失う。
「国家間の方は座標がわからんからまだ出来んがな」
「座標?」
「国内なら設置する奴が現地に行けばいい。それで繋げられる」
「つまり……王都とここを繋ぐことは可能なのだな?」
「ああ」
「……流通が変わりますわね」
クリスティーナが呟く。
「人の移動も、物の移動も」
「そうなるな」
「情報も、通信魔道具があれば……」
王は、そこで黙り込んだ。
道路を整備する。
情報塔を建てる。
通信魔道具を使う。
転移魔法陣で人と物を運ぶ。
どれもエキドナにとっては、国を変えるための政策ではない。
ただ、自分達が便利だから作っているだけ。
「……本当に、何も求めていないのだな」
「だから言ってるでしょう?」
リゼットが笑う。
「邪魔をしないでいただければ、それで十分よ」
「そうか」
王は静かに頷いた。
「では、今日のところはここまでとしよう」
「決まったことがあれば教えてくれ」
ゲンナイが手を振る。
「手伝うからよ」
「頼む」
こうして、王とクリスティーナの話し合いは終わった。
エキドナを王国へ組み込む方法を決めたわけではない。
そもそも、エキドナ自身がそれを望んでいない。
ただ――。
エキドナが作るものを、王国がどう利用していくのか。
そして、その自由を壊さずに、どう共存していくのか。
それを考えるための話し合いは、ようやく始まったばかりだった。




