王の視察4
次に案内されたのは、少し変わった区画だった。
「……ここは?」
扉を開けた瞬間、トロイの耳に聞こえてきたのは、楽しそうな声。
そして――
「にゃー」
一匹の猫が、足元を横切った。
「……猫?」
「猫カフェですわ」
クリスティーナが微笑む。
「猫カフェ?」
「はい。猫と触れ合いながら、お食事やお茶を楽しめるお店です」
エレノアが説明する。
「なるほど……」
トロイは店内を見回した。
そこそこ広い。
猫が走り回れるように作られたスペースもあり、その一方で食事をするための席も用意されている。
「人気店なんですよ~」
ニコラがのんびり言う。
「ただ、人気になりすぎて、ちょっとお客さんのマナーが悪いこともあってねぇ~」
「マナーが?」
「猫を追いかけ回したり、他のお客さんに絡んだりとか~」
「それは困るな」
「だから、ちゃんと猫と一緒にゆっくりできるVIP個室もあるんです」
エレノアが扉を開ける。
「こちらです」
「……ほう」
中はかなり広かった。
テーブルと椅子。
ソファ。
猫が休める場所。
そして、猫が自由に出入りできる小さな扉まである。
「今日はここを貸し切りにしています」
「貸し切り?」
「はい。私たちエキドナの皆さんと、王城のメイドたちで使わせてもらいます」
「王城のメイド?」
トロイが振り返る。
そこにはすでに数人の王城メイドが控えていた。
「本日はお手伝いさせていただきます」
「……」
トロイは店内を見回した。
猫。
メイド。
エキドナ。
自分たち。
「……これは視察なのか?」
「視察ですよ」
エレノアが即答する。
「本当に?」
「本当にです」
クリスティーナが楽しそうに笑った。
「まあ、座りましょう。せっかくですもの」
「そうだな……」
トロイも席についた。
「では、メニューをどうぞ」
王城メイドが差し出したメニューを開く。
「……」
トロイが黙る。
「どうしました?」
エレノアが覗き込む。
「多くないか?」
「そう?」
マドカが横から見る。
「オムライス、ポテトフライ、からあげ、エビフライとハンバーグのプレート……」
トロイが読み上げる。
「ホットドッグ」
「ありますよ~」
「パフェ」
「あります~」
「アイス」
「あります~」
「パンケーキ全部のせ」
「あります~」
「コーラ、コーヒー、紅茶……」
「あります~」
「……」
トロイがメニューを閉じた。
「多すぎないか?」
「選べるって大事だよ!」
マドカが力説する。
「余は食べきれんぞ」
「みんなで食べればいいじゃん」
「……それもそうか」
結局、全員でいくつか注文することになった。
「私は紅茶とパンケーキにしますわ」
クリスティーナ。
「私はオムライス!」
マドカ。
「私はホットドッグ~」
ニコラ。
「私は……紅茶を」
ヒナタが小さく手を上げる。
「私はコーヒーでいいわ」
リゼット。
「私はエビフライとハンバーグのプレート!」
エレノアが嬉しそうに言った。
「お父様は?」
「……」
トロイは少し考える。
「オムライスにする」
「じゃあオムライスですね」
マドカが頷いた。
「そうだ!」
何か思いついたらしい。
「オムライスといえば、あれやろう!」
「あれ?」
「ケチャップで文字を書くの!」
「文字?」
「好きな文字を書けるんだよ!」
「面白そうですわね」
クリスティーナも乗ってくる。
「では、誰が書くかは?」
「じゃんけん!」
「お父様も参加ね」
エレノアが笑う。
「余も?」
「もちろん」
「……王にケチャップを持たせるのか?」
「王様だからこそ!」
「意味が分からん」
そう言いながらも、トロイはじゃんけんに参加した。
「じゃーんけーん……」
「ぽん!」
勝ったのは――
「余か」
「おお!」
マドカが拍手する。
「じゃあ、好きな文字を書いて!」
トロイはケチャップを受け取った。
オムライスを見る。
少し考える。
そして――
大きく一文字。
「……王」
「普通だ!」
マドカが笑う。
「何を書くと思ってたんだ?」
「『肉』とか!」
「なぜだ」
クリスティーナがくすくす笑う。
「ふふ。トロイらしいですわ」
「姉上まで……」
そこへ猫が一匹、トロイの膝元へやってきた。
「おや」
トロイが手を伸ばす。
猫は逃げない。
「……こいつ、余に懐いているのか?」
「たぶん」
マドカが笑う。
「気に入られたんじゃない?」
「そうか……」
トロイは少し嬉しそうに猫を撫でた。
料理が運ばれてくる。
オムライス。
ホットドッグ。
エビフライとハンバーグ。
からあげ。
ポテトフライ。
そして、デザート。
「……これは」
トロイがパンケーキを見る。
「全部のせです!」
エレノアが嬉しそうに言う。
「全部……」
生クリーム。
果物。
アイス。
チョコレート。
色々なものが乗っている。
「すごいですわね」
クリスティーナも興味津々だ。
「お父様、一口食べます?」
「いや、余は――」
猫がテーブルの下から顔を出した。
「……」
トロイがパンケーキを見る。
猫を見る。
もう一度パンケーキを見る。
「……一口だけだ」
「ふふ」
クリスティーナが笑った。
食事を楽しんでいるうちに、マドカが突然立ち上がった。
「じゃあ、次はゲーム!」
「ゲーム?」
「王様ゲームしよう!」
「……」
トロイが固まった。
「王様ゲーム?」
「うん!」
「余がいるのに?」
「だから面白いんじゃん!」
「どういう理屈だ」
ニコラが笑う。
「王様が王様ゲームするんだぁ~」
「ややこしいですわね」
クリスティーナまで乗り気だ。
「いいじゃない。せっかくですもの」
「姉上まで……」
「私も参加します!」
エレノアも手を上げる。
王城のメイドたちも顔を見合わせる。
「……私たちも、ですか?」
「全員参加!」
マドカが宣言した。
こうして。
王族二人。
エキドナの面々。
王城のメイドたち。
そして猫。
なぜか全員で王様ゲームをすることになった。
「では、くじを引いてください」
王城メイドが番号札を並べる。
トロイも一枚取った。
「……」
番号を見る。
「どうしたの?」
「いや……」
トロイが札を見せる。
「王だ」
「おお!」
「さすが王様!」
「だから余は本物の王だ!」
部屋中に笑い声が響いた。
「では、王様。命令をどうぞ」
「……」
トロイは腕を組む。
少し考える。
「では――」
猫が一匹、トロイの膝に乗った。
「……」
トロイは猫を見る。
そして、命令を決めた。
「この猫を一番可愛がる者を決める」
「それ、命令なの?」
「余が王だ。いいだろう」
「じゃあ私!」
マドカが即座に手を上げる。
「私もですわ」
クリスティーナも笑う。
「私も!」
エレノア。
「……私も」
ヒナタ。
「私も~」
ニコラ。
リゼットも猫を抱き上げる。
「私も参加しましょうか」
「全員じゃん!」
マドカが笑った。
猫はというと。
トロイの膝の上で、気持ちよさそうに丸くなっていた。
結局。
王様ゲームの勝者は、最後まで決まらなかった。
ただ一つ分かったことがある。
王の視察は――
完全に、ただの楽しい食事会になっていた。




