王様の視察1
スロリア・ゴール。
かつては、王都から見れば特に目立ったところのない町だった。
少なくとも、トロイが最後に訪れたときには。
「……」
馬車の窓から町を眺め、トロイは無言になった。
「どうしましたの?」
向かいに座るクリスティーナが尋ねる。
「いや」
トロイはもう一度、窓の外を見る。
「……道、こんなに広かったか?」
「広くなりましたわね」
「建物も……増えている」
「増えましたわね」
「人も……」
「増えましたわ」
「…………」
トロイはしばらく黙った。
隣に座るエレノアが、そんな父親を見て小さく笑う。
「お父様、まだ町の入口ですよ」
「まだ入口なのか?」
「はい」
「……そうか」
トロイは再び窓の外を見る。
町の入口からして、すでに以前とは違う。
道を行き交う冒険者。
商人。
職人らしき者たち。
観光客と思しき人々。
そして、その向こうに見える建物の数々。
以前はもっと、静かな町だったはずだ。
「エレノア」
「はい?」
「私は、いつからこんな町を知らないことになっていた?」
「お父様が見に来なくなってから……でしょうか?」
「……」
正論だった。
「姉上」
「なんですの?」
「私は国王だよな?」
「そうですわね」
「なのに、自分の国の町を娘に案内されているんだが」
「良いことではありませんの。次からはちゃんと見に来ればよろしいでしょう?」
「……はい」
トロイは素直に頷いた。
護衛たちは何も言わない。
いつものことだった。
クリスティーナとトロイが姉弟として話しているとき、わざわざ口を挟む者はいない。
そして、そのほうが楽でもある。
「まずは、あちらです」
エレノアが窓の外を指した。
「情報塔です」
「情報塔?」
トロイが顔を向ける。
町の中心から少し離れた場所に、ひときわ高い塔が立っている。
装飾だけを目的とした塔ではない。
魔道具が組み込まれ、遠くからでも確認できる仕組みがある。
町の掲示。
催し物の案内。
商品の情報。
エキドナについての告知。
モンバトやヒロバトについての案内。
町から発信される様々な情報が、そこに集約されている。
「なるほど。町の掲示板を大きくしたようなものか」
「それだけではありませんわ」
クリスティーナが口を挟む。
「手紙のやり取りもできますの」
「……手紙?」
「ええ」
「ここから?」
「ここからですわ」
トロイが塔を見る。
「……つまり」
少し考える。
「遠くの相手に、わざわざ人を走らせなくてもいい?」
「そういうことですわ」
「…………」
トロイは黙った。
「姉上」
「はい?」
「それ、かなり凄いことじゃないか?」
「ええ。私もそう思いますわ」
「なのに、あいつらは?」
「便利ですわね、くらいの感覚ですわ」
「…………」
トロイは窓の外を見る。
塔の下を、町の人々が普通に行き交っている。
誰も、それを特別なものとして騒いでいない。
「……そうか」
トロイは小さく息を吐いた。
「エキドナらしいな」
「ええ」
クリスティーナは楽しそうに微笑んだ。
「だから面白いのですわ」
馬車が進む。
情報塔を離れると、今度は商店街が見えてきた。
「……」
トロイの眉が動く。
店が多い。
しかも、ただ数が多いだけではない。
並んでいる商品そのものが、妙に質が高い。
「ここは……」
「商店街です」
「それは見れば分かる」
思わずトロイが返す。
「王都でも、これだけ揃っている場所はそう多くないぞ」
「そうですわね」
「なのに、ここは?」
「スロリア・ゴールですわ」
「……知っている」
トロイは額に手を当てた。
「私が知っているスロリア・ゴールは、こんな町じゃなかった」
「私もですわ」
「姉上も?」
「ええ。ですから半月ほど滞在してみましたの」
「半月?」
「はい」
「それで?」
「飽きませんでしたわ」
「…………」
トロイは姉を見る。
クリスティーナは楽しそうだった。
それは社交辞令でも、王家の人間としての評価でもない。
本当に楽しんでいる顔だった。
「むしろ、まだ見ていないものがあるくらいですわ」
「……そうか」
トロイは諦めたように背もたれへ身体を預ける。
「なら、今日は全部見せてもらおう」
「もちろんですわ」
「お父様」
エレノアが笑う。
「感謝祭の視察なのですから、全部は無理ですよ?」
「……」
「今日は町全体を見て回るくらいで」
「そうだな」
トロイも笑った。
「では、まずはこの町がどんな祭りをしているのか。それを見せてもらおう」
「はい!」
エレノアが嬉しそうに答えた。
馬車がゆっくりと進んでいく。
その先には、さらに多くの人が集まっていた。
祭りの飾り。
出店。
冒険者。
子供たち。
そして――
町の中心に、ひときわ目立つ建物があった。
「……あれは?」
トロイが尋ねる。
エレノアが振り返る。
「あれが――」
少しだけ得意そうに笑って。
「総合エキドナ館です」
「…………」
トロイは建物を見る。
何の店なのか、外からではさっぱり分からない。
しかし、人が入っていく。
そして出てくる人々は、皆楽しそうだった。
「……総合?」
「はい」
「何を売っている?」
「色々です」
「色々?」
「はい。色々です」
「……」
トロイはクリスティーナを見る。
クリスティーナは微笑んでいる。
「入ってみれば分かりますわ」
「姉上がそう言うなら、入るか」
馬車が止まる。
扉が開いた。
トロイは降り立つ。
そして――
「……広いな」
目の前に広がる人の流れを見て、最初の一言を漏らした。
感謝祭は、まだ始まったばかりだった。




