夫人とマドカ
午後のエキドナ。
クリスティーナ夫人が来るようになって、もう半月ほどになる。
最初の頃は客人らしく少し遠慮していた夫人も、今ではすっかり馴染んでいた。
今日もマドカと夫人は、並んでお茶を飲んでいる。
「それでね、夫人。この前の話なんだけど」
「ええ。牛を飼うお話ですわね?」
「そうそう。まさか本当に始めるとは思わなかったよ」
「だって、あれだけ美味しいものが作れるのでしょう?」
クリスティーナは楽しそうに笑う。
「牛乳が安定して手に入るようになれば、領地でも色々と作れますもの。バターやチーズもそうですし、アイスクリームも」
「夫人のところでアイス作るの?」
「ええ。せっかくですから、こちらで教えていただいたものを自分の領地でも楽しみたいですわ」
「いいなぁ。今度食べに行ってもいい?」
「もちろんですわ」
夫人は嬉しそうに頷いた。
「その時はマドカちゃんの好きなものも用意しておきますわね」
「ほんと?」
「ええ」
「じゃあ、私も何か持っていこうかな」
「まあ。何を?」
「まだ秘密」
「ふふ。楽しみにしていますわ」
二人が笑い合う。
いつの間にか、こんな会話も自然になっていた。
最初に会った頃は、マドカも夫人を相手にすると少しだけ背筋を伸ばしていた。
公爵家の夫人。
しかも王族とも近い立場の人だ。
気軽に話しかけていい相手なのか、マドカなりに考えていたのだろう。
けれど、二日目。
「夫人って、美魔女だよね」
「……美魔女?」
「うん」
マドカがその言葉の意味を説明すると、夫人は目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「まあ……そんな素敵な言葉があるのですのね」
「うん。夫人にぴったりだと思う」
「ふふ。嬉しいですわ」
それをきっかけに、夫人の方からもマドカへ話しかけることが増えた。
料理のこと。
服のこと。
エキドナの発明のこと。
マドカが地球で知っていたものの話をすれば、夫人は興味深そうに聞く。
夫人が貴族の生活や領地の話をすれば、今度はマドカが興味津々で質問する。
ある日は厨房で一緒に料理をし、
「奥様、私達がやりますので」
と料理人に言われた夫人が、
「なぜですの? 私も手伝った方が早いでしょう? 私も早く食べたいですし」
と返して、そのままマドカと並んで料理をしていた。
またある日は工房でニコラの作ったものを眺めながら、
「こういう使い方もできそうですわね」
「おお~」
とニコラが感心したりもした。
そうしているうちに、夫人はエキドナにいることを特別なことだと思わなくなっていた。
マドカもまた、夫人を「公爵家の夫人」ではなく、気軽に話のできる一人の大人として接するようになった。
そして今日も、そんな二人の時間が流れている。
「マドカちゃん、こちらのお菓子もどうぞ」
「いいの?」
「ええ。先日、美味しいとおっしゃっていましたでしょう?」
「覚えてたんだ。ありがとう、夫人!」
「ふふ。どういたしまして」
マドカが嬉しそうにお菓子を受け取る。
その様子を、少し離れたところからリゼットが眺めていた。
夫人とマドカは、ずいぶん仲良くなった。
最初は丁寧な会話だけだったのが、今では二人で料理の話をしたり、服の話をしたり、マドカがエキドナの新しい発明について話したり。
夫人もマドカの話を楽しそうに聞いている。
「……すっかり仲良しね」
リゼットが呟く。
その隣で作業をしていたニコラが、ちらりと二人を見る。
「うん。マドカちゃん、夫人のこと好きだよねぇ~」
「ええ」
「夫人もマドカちゃんのこと、かなり気に入ってるみたい~」
「そうね」
少し離れたところでは、マドカが夫人に何かを話している。
「それでね、この前ニコラが――」
「まあまあ。それは面白そうですわね」
二人で楽しそうに笑った。
ニコラはその様子をぼんやり眺めて、
「なんか、親子みたい~。リゼットも母親みたいにみてるよね~?」
と言った。
「んーん?」
リゼットが振り向く。
「私はお姉ちゃんよ?」
「……そこ?」
リゼットは不思議そうな顔をした。
「マドカは妹みたいなものだもの」
「まあ、それはそうだけどぉ~」
「でしょう?」
「でも、リゼットってマドカのことになると、すごく面倒見いいよねぇ~」
「お姉ちゃんだからよ?」
「ご飯食べたかとか、寝たかとかも?」
「ええ」
「危ないことしたら止めるしぃ~」
「当然でしょう?」
「怪我したらすぐ心配するし~」
「妹なんだから、当たり前じゃない」
ニコラは少し考える。
「……やっぱりお母さんみたい~」
「んーん?」
またリゼットが首を傾げた。
「私はお姉ちゃんよ?」
「そこ、譲らないんだぁ~」
「譲るも何も、最初からお姉ちゃんだもの」
「そっかぁ~」
ニコラは特に反論する気もなく、作業へ戻った。
そのやり取りを聞いていたクリスティーナが、口元を隠して笑っている。
「ふふ……」
「夫人?」
「いえ。リゼットさんは、本当にマドカちゃんのことがお好きなのだなと思いまして」
「ええ。大切な妹ですもの」
「まあ」
クリスティーナは優しくマドカを見る。
そして、少しだけ考えてから言った。
「では、私もマドカちゃんを可愛がってよろしいかしら?」
「もちろんよ」
リゼットは即答した。
「マドカが慕っているもの。私が止める理由なんてないわ」
「まあ……ありがとうございます」
「ただ」
リゼットが少しだけ笑う。
「甘やかしすぎるのは駄目よ?」
「ふふ。そこはリゼットさんも同じではありませんの?」
「私は甘やかしてないわ」
即答だった。
ちょうどその時、マドカがこちらへ振り返る。
「何の話?」
「何でもないわ」
「そう?」
マドカは首を傾げる。
クリスティーナは笑いながら、
「リゼットさんが、お姉さんだというお話ですわ」
「うん?」
マドカは少し考えた。
「リゼットはお姉ちゃんだよ?」
「ほら」
リゼットが得意げに言った。
ニコラが作業机から顔だけ出す。
「そこなんだぁ~」
「そこよ?」
「はいはい~」
「……ニコラ」
「なぁに~?」
「その返事、絶対分かってないでしょう」
「分かってるよぉ~」
エキドナの午後は、今日も平和だった。




