クリスティーナ夫人の来訪
祭りまで、あと半月。
町では準備が進む一方で、すでに何人もの来賓が町へと集まり始めていた。
その中でも特に町長が気を遣っていたのが、王族の宿泊先だった。
「こちらが、ご用意した宿になります」
町長が案内した先を見て、クリスティーナ夫人は建物を眺める。
「まあ。立派ですわね」
「ありがとうございます。ただ……」
町長が少し言いにくそうに続ける。
「実は、今回に限っては別の場所をご案内した方がよいかと」
「別の場所?」
「はい。町で一番立派な宿ではあるのですが……」
町長は少し遠くを見る。
「エキドナ邸の方が、はるかに立派ですので」
「……まあ」
クリスティーナ夫人が目を丸くした。
「エキドナのお屋敷ですの?」
「はい。警備の面でも問題ありませんし、エレノア殿下もガブリエル殿下も普段から出入りされていますので」
「なるほど」
夫人は少し考えた。
「では、せっかくですもの。そちらにお邪魔しましょうか」
町長はほっとした。
◇
「お待ちしていました!」
玄関まで出迎えに来たのはエレノアとガブリエルだった。
「クリスティーナおば様!」
「まあ、ガブリエル。元気そうですね」
「もちろんですわ!」
ガブリエルは嬉しそうに夫人の手を取る。
「今日は私が案内しますわ!」
「それは心強いですわね」
「私もご一緒しますね」
エレノアも微笑む。
「では、二人にお任せしましょうか」
「はい!」
「お任せくださいですわ!」
町長が一礼して下がっていく。
クリスティーナ夫人は二人に挟まれながら、エキドナ邸の中へ入った。
「まあ……」
最初に目に入った広い空間だけでも、夫人には十分だった。
「随分と広いのね」
「まだ増築していますけどね」
エレノアが苦笑する。
「エキドナは人が増えるたびに、何かしら作りますから」
「作る?」
「部屋だったり、設備だったり、工房だったりですわ!」
ガブリエルが嬉しそうに説明する。
「最近なんて、お祭りの準備でさらに大変なことになっていますのよ!」
「まあ。それは楽しそうですわ」
その言葉に、夫人の目が少し輝いた。
「それで、今はどんなものを作っているのかしら?」
「いろいろです!」
「いろいろ?」
「本当にいろいろです」
エレノアが笑った。
「食べ物も、魔道具も、装備も。お祭り用のものまで」
「なるほど……」
クリスティーナ夫人は廊下の先を見る。
「少し見ても?」
「もちろんですわ!」
「私も一緒に行きますね」
◇
最初に案内されたのは、作業場の一つだった。
「ここはニコラたちの工房です」
「まあ」
そこではニコラが何かをいじっていた。
「あれ~?」
「ニコラ!」
ガブリエルが声をかける。
「ん~?」
ニコラが顔を上げた。
「あ」
クリスティーナ夫人を見る。
「クリスティーナさんだ~」
「お久しぶりですわね、ニコラ博士」
「説明会以来だね~」
「ええ」
夫人は作業台を見る。
「これは?」
「新しい魔道具~」
「どのようなものですの?」
「ん~……」
ニコラは少し考える。
「まだ遊んでる途中だから、ちゃんと決まってない~」
「まあ」
夫人は笑った。
「遊んでいる途中なのですね」
「そう~」
「完成したものではないのですか?」
「完成させちゃったら、次のを作らなきゃいけないから~」
「……なるほど」
クリスティーナ夫人は作業台の上の魔道具を眺める。
「これは、別の用途にも使えそうですわね」
「そうなの~?」
「ええ。例えば――」
夫人が思いついた使い方を話し始める。
ニコラはしばらく聞いていた。
「……それ、面白いね~」
「でしょう?」
「じゃあ改造してみようかな~」
「まあ」
クリスティーナ夫人は嬉しそうに笑った。
「そういうところなのですね」
「?」
ニコラは首を傾げた。
「そういえば、ここには食べ物の試作品もありますの?」
「あるよ~」
ニコラが作業台の隅を指差す。
「この前作ったアイスとか~」
「アイス?」
「冷たいお菓子ですわ!」
ガブリエルが嬉しそうに答える。
「とても美味しいんですのよ!」
「まあ。それは興味がありますわね」
夫人は少し身を乗り出した。
「材料を聞いてもよろしくて?」
「牛乳と、新鮮な卵だよ~」
「牛乳と……卵」
クリスティーナ夫人は考える。
「卵は保冷が必須ですわね」
「うん~。新鮮なのを使ってるよ~」
「でしたら……」
夫人は少しだけ考えた。
「作れそうですわね」
「?」
ニコラが首を傾げる。
「まずは牛と鶏を確保しましょう」
「……」
「……」
エレノアとガブリエルも固まった。
「牛と……鶏?」
「ええ」
夫人は何でもないことのように頷く。
「牛乳と卵が必要なのでしょう?」
「そうだけど~」
「でしたら、公爵領で育てればよろしいのではなくて?」
「……作るの、そっちなんだ~」
ニコラがぽつりと言った。
「ええ?」
「いや~。アイスを食べて、牛と鶏を飼うところまで行く人、初めて見たよ~」
「まあ。せっかく作れるものなら、安定して作れるようにした方がよいでしょう?」
「それはそうだね~」
ニコラは特に否定しなかった。
「じゃあ、乳牛用の設備とかも作れるかな~」
「それも便利そうですわね」
「じゃあ考えてみよ~」
「まあ!」
クリスティーナ夫人の顔が少し嬉しそうになる。
「楽しみですわね」
エレノアが二人を見ながら微笑む。
「おば様は、こういうものがお好きなのですね」
「ええ」
夫人は素直に頷いた。
「目の前にあるものから、別の可能性を考えるのが好きなのですわ」
「なるほど~」
ニコラはまた作業台へ向き直る。
「じゃあ、こっちも考えてみよ~」
「……本当に、気にしないのですね」
夫人が少し驚いたように言う。
「何が~?」
「いえ」
夫人は笑った。
「なんでもありませんわ」
◇
次に案内されたのは、広い食堂だった。
「ここは普段、みんなで食事をする場所です」
「お祭りの料理もここで試作していますのよ!」
ガブリエルが説明する。
「まあ。では、当日は随分と賑やかになりそうですわね」
「すごいことになりますわ!」
「ガブリエル、もう少し落ち着いてくださいね」
「分かっていますわ!」
「本当かしら」
「もちろんですわ!」
クリスティーナ夫人がくすりと笑う。
「二人とも仲がよろしいのね」
「はい」
エレノアが嬉しそうに答える。
「エキドナの皆さんとは、もう長い付き合いですから」
「私はまだまだこれからですわ!」
「ガブリエルはずっと楽しそうですね」
「だって面白いんですもの!」
夫人はそんな二人を見ながら、さらに廊下へ目を向けた。
「あちらは?」
「工房ですわ!」
「その隣は?」
「資料室ですね」
「では、その先は?」
「……」
エレノアが少し笑った。
「おば様、かなり興味を持たれていますね」
「ふふ。せっかく来たのですもの」
クリスティーナ夫人は悪びれもせず答えた。
「見られるところは、見ておきたいではありませんか」
◇
さらに進む。
装備を作る工房。
魔道具を保管する部屋。
試作品が置かれた一角。
アルケミビーストたちの姿が見える場所では、夫人の足が止まった。
「まあ……」
小さな猫型のアルケミビーストがこちらを見る。
「可愛らしいですわね」
「ニコラが作った子たちです」
「これも魔道具の一種ですの?」
「そうですね」
エレノアが説明する。
「生き物に近い動きをしますけれど、人工的に作られたものです」
「なるほど……」
夫人は猫をじっと見る。
「これなら、見守りなどにも使えそうですわね」
「そういう使い方もできますね」
「警備にも?」
「たぶんできます」
「子供のお守りにも?」
「それもできそうです」
クリスティーナ夫人は少し考え込む。
「……便利ですわね」
「そうでしょう?」
ガブリエルが胸を張る。
「エキドナは何でも作りますから!」
「そうね」
夫人は笑う。
「でも、本人たちはあまりその先を考えていないようにも見えますわ」
「?」
ガブリエルが首を傾げる。
「作りたいから作る」
夫人は楽しそうに続けた。
「だからこそ、面白いのでしょうね」
◇
その後も夫人の見学は続いた。
「こちらは?」
「グレタの工房です」
「まあ、装備ですのね」
「そうですわ!」
「こちらは?」
「カトリーヌさんのところです」
「まあ、化粧品まで」
「エキドナですから」
「ふふ」
案内するエレノアも、だんだん慣れてきた。
夫人が興味を持つたびに立ち止まり、説明する。
ガブリエルはその横で、知っていることを楽しそうに付け加える。
そして時々、エレノアの知らないことが出てくる。
「それは私も知りませんでした」
「私もですわ!」
「まあ」
夫人は二人を見る。
「では、一緒に勉強できますわね」
「はい」
「もちろんですわ!」
◇
夕方。
「今日はありがとうございました」
エレノアが言った。
「こちらこそ。とても楽しかったですわ」
「楽しんでいただけてよかったです」
「ええ。本当に」
クリスティーナ夫人は、広い屋敷をもう一度見回した。
「それにしても……」
「どうしました?」
「面白い子たちですわね」
エレノアが微笑む。
「でしょう?」
「ええ」
夫人は少しだけ笑った。
「こんなに色々なものを作っているのに、自分たちではその価値をどこまで考えているのかしら」
「考えていないと思いますわ!」
ガブリエルが即答した。
「作りたいから作るんですもの!」
「まあ」
夫人は楽しそうに笑った。
「それなら、しばらく観察させてもらいましょうか」
「どうぞ」
エレノアが答える。
「ここはエキドナ邸ですから。お客様なら歓迎してくれますよ」
「そうですわね」
クリスティーナ夫人は頷いた。
「では、お言葉に甘えて」
◇
その夜。
クリスティーナ夫人はエキドナ邸の客室へ案内された。
「お部屋はこちらです」
「まあ、素敵」
部屋に入った夫人は、まず室内を見回した。
落ち着いた調度品。
寝台。
照明。
水回り。
そして、それぞれにさりげなく置かれた魔道具。
「……まあ」
夫人の目が止まった。
「こちらも魔道具ですの?」
「はい。エキドナでは普通に使っているものです」
エレノアが説明する。
「温度を調整したり、明るさを変えたり、防音をしたり……」
「……」
クリスティーナ夫人は一つ一つを眺める。
「これだけのものを、普通に客室へ?」
「便利ですから」
「まあ……」
夫人は思わず笑った。
「本当に面白い方たちですわね」
ベッド脇の小さな魔道具を手に取る。
「これは?」
「寝るときに使うものです。体が楽になるように調整してくれます」
「まあ」
夫人はしばらく眺めた。
「これでしたら、長旅をする方にも便利そうですわね」
「そうですね」
「それから、こちらは?」
「照明です」
「この明るさの調整……」
夫人は少し考える。
「夜間の廊下にも使えそうですわ」
「確かに」
「こちらの防音なら、赤子のいる部屋にもよさそうですし……」
次々と用途が浮かんでくる。
しかし、夫人は誰かに頼もうとはしなかった。
ただ楽しそうに考えている。
「ふふ……」
そして最後に、ベッドへ腰を下ろした。
「明日、ニコラさんに少し聞いてみましょうかしら」
もちろん、何かを作ってもらうためではない。
ただ。
この魔道具たちが、他にどんな使い方をできるのか。
それが知りたいだけだった。
クリスティーナ夫人は楽しそうに笑った。
エキドナにとっては、いつもの一日。
けれど夫人にとっては――
見れば見るほど、新しい可能性が見つかる一日だった。




