ヒロバト説明会5
「一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ~」
「先ほどから聞いておりますと、人間のデータを使うには本人との契約が必要なのですよね?」
「そうだよ~」
「では、ヒロバトを持っている者が、欲しいデータを探す場合は?」
「そういう人向けに、公式ショップに掲示板を置く予定~」
「掲示板?」
「うん。例えば『剣術の訓練用データを募集』とか、『対戦会に使える有名冒険者を探してます』とか。条件を書いて募集できるよ~」
「なるほど」
別の商人が口を挟んだ。
「では、逆に自分のデータを提供したい者も?」
「もちろん~」
ニコラが頷く。
「『俺のデータを買わないか』って、自分で条件を書いてもらえばいいよ~」
会場から笑いが起こった。
「随分と率直ですな」
「分かりやすいでしょ~?」
「それはそうですが……」
商人は掲示板の仕組みを考える。
「では、エキドナが間に入って契約をまとめるのですか?」
「そこまではしないよ~」
「しない?」
「掲示板で条件を見て、条件が合った人同士で連絡してもらうの。そこから先は、ご自由にどうぞ~」
「つまり、契約そのものは当事者同士」
「そういうこと~」
クリスティーナ夫人が納得したように頷く。
「その方がよろしいでしょうね。エキドナが人のデータを勝手に値付けすることにもなりませんもの」
「うん。いくらで契約するかも本人たち次第~」
別の商人が尋ねる。
「例えば、対戦会を十回開催するので、その十回分だけデータを使用したい場合は?」
「それなら十回分の契約にすればいいよ~」
「では、十回分の契約料を支払う?」
「それも本人同士で決めてね~」
「回数ではなく、期間で契約することも?」
「できるよ~」
「逆に、宣伝になるなら無償でいい、という方も?」
「いるかもしれないね~」
ニコラは肩をすくめた。
「有名になりたい人とか、自分の名前を売りたい人なら、そういう条件を出すかも~」
「なるほど……」
商人たちの何人かが、早くも何かを計算し始める。
クリスティーナ夫人が笑った。
「結局のところ、本人が自分のデータをどう扱ってほしいか、それを条件にするわけですのね」
「そうそう」
「では、契約したデータを使えるのは誰でも?」
「それは違うよ~」
ニコラがすぐに否定した。
「契約した相手は、本体に魔力登録されるからね。登録されてない人は、そのデータを使えないよ~」
「カードを借りれば使える、というわけではない?」
「無理~」
「盗まれた場合も?」
「使えないね~」
「なるほど」
会場から、安心したような声がいくつか上がった。
「カードだけでは権利を持っていることにはならないわけか」
「そういうこと~」
「では、契約期間が終わった場合は?」
「その契約では使えなくなるよ~」
「もう一度使いたければ?」
「本人同士で更新してね~」
「エキドナが更新を管理するわけではない?」
「契約の記録は残すけど、更新するかどうかを決めるのは本人たちだよ~」
クリスティーナ夫人が少し考える。
「それなら、本人が後から条件を変えたいと思った場合も?」
「新しく契約し直せばいいよ~」
「なるほど」
そこへ、先ほど歴史の話に興味を示していた研究者が手を上げた。
「もう一つ、よろしいでしょうか?」
「どうぞ~」
「登録した本人が亡くなった場合、そのデータはどうなるのでしょう?」
会場の空気が少しだけ静かになった。
ニコラは特に気にした様子もなく答える。
「本人が契約で決めておけばいいよ~」
「契約で?」
「死んだら終了でもいいし、死んだ後も使っていいって契約でもいい」
「では、本人が後世に残したいと望んでいたなら?」
「その契約が続く限り残るよ~」
「自動的に消えるわけではない?」
「基本的には消えないね~」
研究者の表情が変わった。
「……それなら」
彼は小さく呟く。
「失われた剣術や、古い魔法の使い方なども……」
「本人が登録して、残す契約をしてくれればね~」
「なるほど……」
研究者は、しばらく考え込んだ。
クリスティーナ夫人も、その言葉を聞いて静かに頷く。
「戦うためだけではなく、残すためにも使える」
「そうだね~」
ニコラはそこで会場を見回した。
「でも、何を残すかも、どう使うかも、基本は本人次第だからね~」
「エキドナが勝手に決めるわけではない」
「うん」
「それなら、ずいぶん自由ですわね」
「契約だからね~」
ニコラは当たり前のように答えた。
「使いたい人と、使ってほしい人が条件を決めて、両方が納得したら使えばいいの」
会場のあちこちから、今度は先ほどまでとは違う声が上がり始める。
「それなら、うちでも募集を出せるな」
「いや、先に提供者を探した方がいい」
「条件次第では、かなり面白い契約ができそうだ」
「まずは掲示板を見てみるか……」
ニコラはその様子を眺めて、少し笑った。
「なんか、もうみんなヒロバトを買った後のこと考えてるね~」
クリスティーナ夫人が楽しそうに答える。
「それだけ、使い道が見えてきたということでしょう」
「そっか~」
ニコラは満足そうに頷いた。
「じゃあ、掲示板もちゃんと作らないとね~」
「では、実際に契約を結んでみるというのはどうかしら?」
クリスティーナ夫人の言葉に、会場の視線が王へ集まった。
「私でいいのか?」
「ええ。王自身のデータなら、これ以上分かりやすい例もありませんもの」
王は少し考え、それから頷いた。
「構わん。実際に確認してみよう」
「じゃあ、登録するね~」
ニコラが持ってきたヒロバトの本体を王の前に置く。
「まずはデータ登録。そのあと契約内容を決めるよ~」
「どのような契約にする?」
「今回は実演だから、すごく短くしようか~」
ニコラが端末を操作する。
「契約期間、二分。二分経過したら、この契約に基づく王様のデータは使用できなくなるよ~」
「二分だけか」
「実演だからね~。本当に消えるところまで見てもらったほうが分かりやすいし~」
王も面白そうに端末を覗き込んだ。
「なるほど。では、それでいい」
登録が終わると、本体から三枚のカードが出てきた。
「これが契約カード~」
ニコラが一枚を王へ渡し、もう一枚を契約者へ、最後の一枚をエキドナ側の記録用として受け取る。
「三枚とも同じ内容になってるよ~。王様のデータ、契約者、使用条件、それから……」
ニコラがカードを見せる。
「契約終了、二分後」
「つまり、私の持つカードにも同じ内容が残るわけだな」
「そういうこと~。エキドナの本部にも記録されるから、あとで『そんな契約はしていない』ってなっても確認できるよ~」
王はカードをしばらく眺めた。
「これは分かりやすいな」
「じゃあ、実際に出してみようか~」
ニコラが本体を操作すると、目の前に王の幻影が現れた。
会場から、ざわめきが起こる。
幻影は本物の王とほとんど変わらない姿で立っている。
「これが私か」
「登録したデータから作った幻影だよ~」
王自身が幻影を眺めているという妙な光景に、何人かの貴族から小さな笑いが漏れた。
「では、この二分が過ぎれば?」
「この契約では使えなくなるよ~」
ニコラが答えた直後、王の持つカードに表示された残り時間が減っていく。
「……本当に時間まで表示されるのか」
「契約内容だからね~」
そして二分が経過した。
王の幻影が、すっと消える。
会場が静かになった。
「……消えたな」
「契約終了~」
ニコラがあっさり告げる。
王は手元のカードを見て、それから本体を確認した。
「なるほど。カードに記された契約内容と、実際の使用状態が一致しているわけか」
「そういうこと~」
王はカードを掲げる。
「これなら、契約の内容を後から確認できる。誰が、誰のデータを、どの条件で使えるのかも残る」
「うんうん。だから勝手に条件を変えたりはできないよ~」
会場からも声が上がった。
「なるほど……」
「契約書そのものがカードになるのか」
「使用期間まで明確なら、揉め事もかなり減りそうだな」
ニコラは王の手元のカードを指差した。
「ちなみに、今の王様のデータは契約終了したから、もうこの契約では幻影を出せないよ~。カードそのものは残るけどね~」
王はもう一度カードを見る。
「期限が来れば、権利が消える。だが、契約した事実そのものは残る……か」
「そういうこと~」
会場の空気が、先ほどまでとは少し変わっていた。
単なる幻影遊びではない。
これは、人間のデータを扱うための契約そのものなのだと、ようやく実感した者が多かった。




