ゲンナイの依頼
エキドナ邸から転移した銀翼の黎明は、見慣れない部屋に立っていた。
「……ここは?」
ガレスが周囲を見回す。
古びた装置。
大量の素材。
そして、用途の分からない発明品があちこちに置かれている。
「研究室みたいですね」
クロードが呟く。
「工房じゃないか?」
ヴァルトも周囲を見回す。
そのとき。
「お」
部屋の奥から声がした。
男が振り返る。
「来たか」
「こちらがゲンナイさんよ」
リゼットが紹介する。
「銀翼の黎明の皆さん」
「初めまして」
ガレスが一歩前へ出る。
「銀翼の黎明、リーダーのガレスです」
「俺はゲンナイだ」
男は軽く手を上げた。
「まぁ、そんなに堅くならなくていい」
「……それで、あなたは?」
ガレスが尋ねる。
「俺か?」
ゲンナイは少し笑った。
「このダンジョンの管理をしてる」
「…………」
銀翼の黎明が固まる。
「……ダンジョンマスター?」
「ああ」
ゲンナイは頷いた。
「俺がこのダンジョンのダンジョンマスターだ」
「では……」
ガレスの表情が少し険しくなる。
「今までの、この異常な難易度も?」
「あ?」
「これほどまでに強いモンスターがいるダンジョンです。あの試練だけではありません」
ガレスは慎重に言葉を選ぶ。
「もし、あなたがすべてを設定しているのなら――」
「ああ、そういうことか」
ゲンナイが手を振る。
「違う違う」
「……違う?」
「俺がこのダンジョンを管理してるのは本当だ」
ゲンナイは頭を掻く。
「だがな、俺はこのダンジョンをいじってねぇ」
「…………」
「今の難易度も、俺が設定したわけじゃない」
銀翼の警戒が少しだけ緩む。
「じゃあ、なぜ……」
「それには、ちょっと事情がある」
ゲンナイは椅子に腰を下ろした。
「このダンジョン、外の世界から長い間隔離されてたらしい」
「どれくらいです?」
「ざっと1800年くらいだ」
「1800年……」
「その間、外からほとんど誰も来てねぇ」
「では、モンスターたちは……」
「好き放題だ」
ゲンナイが苦笑する。
「誰も倒しに来ねぇんだからな」
「……共食い、ですか」
クロードが呟く。
「そういうことだろうな」
ゲンナイは頷く。
「モンスター同士で食い合ったり、強い奴が弱い奴を食ったりする」
「それだけで、そんなに強くなるものなんですか?」
「普通なら、ここまでにはならねぇだろうな」
ゲンナイは周囲を見る。
「だが、このダンジョンにはもう一つ問題があった」
「魔力……?」
ニコラが口を挟む。
「そうだ」
ゲンナイが頷く。
「内部の魔力が異常に濃くなってた」
「…………」
「モンスターがその魔力を吸収して、さらに強くなる」
ゲンナイは指を立てる。
「強くなった奴が他のモンスターを食う」
「そして、さらに魔力を吸収する……」
「そういうことだ」
リゼットが納得したように頷く。
「長期間、外部からの干渉がなく、異常な魔力環境の中で進化を続けた……」
「たぶん、それで今みたいなことになったんだろ」
ゲンナイが肩をすくめる。
「俺がここを引き継いだときには、もう十分おかしかったぞ」
「引き継いだ?」
ガレスが反応する。
「あなたが最初からダンジョンマスターだったわけでは?」
「違う」
ゲンナイは笑う。
「俺は前任から押し付けられただけだ」
「押し付けられた……」
「そういう言い方もできるな」
ゲンナイは気にした様子もない。
「だから、俺がこのダンジョンを鬼畜仕様にしたわけじゃねぇ」
「なるほど……」
ガレスの表情から、先ほどまでの警戒が消えていく。
「それなら納得できます」
「まぁ、俺だって今のままじゃ困るんだよ」
「困る?」
「俺は人恋しいんだ」
「…………」
銀翼の黎明が一瞬、黙る。
「二千五百年もダンジョンにいるんだぞ?」
ゲンナイは苦笑する。
「エキドナが来てくれなかったら、また誰も来ないままだったわけだ」
「……そういうことですか」
セリナが小さく呟いた。
「だから、今のままじゃ困る」
ゲンナイは続ける。
「もっと普通の冒険者にも来てもらわねぇとな」
「では、難易度を下げるんですか?」
ミレイユが尋ねる。
「ああ」
ゲンナイは頷いた。
「これからは、今の時代の強さに合わせた難易度にする」
「そんなことができるんですか?」
「簡単だ」
ゲンナイはあっさり答えた。
「今いるモンスターを全部駆除する」
「全部……?」
「そうだ」
ゲンナイは説明する。
「今いる奴らは、昔の基準で生まれたモンスターだからな」
「なるほど」
「そいつらを一度全部倒して、ダンジョンの基準レベルを今の時代に合わせる」
「すると?」
「次から生まれてくるモンスターは、今の基準に合わせて弱くなる」
クロードが納得したように頷く。
「つまり、一度ダンジョンを掃除する必要があるわけですね」
「そういうことだ」
ゲンナイはマドカたちを見る。
「そこで依頼だ」
「依頼?」
「エキドナに、30層完全クリアを頼む」
「30層……」
「今いるモンスターを全部倒して、30層まで完全に攻略する」
ゲンナイは銀翼を見る。
「お前らを混ぜるかどうかは、お前らで決めろ」
「俺たちで?」
「ああ」
「エキドナの今の実力なら、そこまで苦労しねぇだろうけどな」
ガレスはエキドナの面々を見る。
「……確かに」
そして仲間たちを見る。
「俺たちも参加させてもらっていいですか?」
「もちろんだ」
ゲンナイは笑う。
「冒険者として、自分たちで決めりゃいい」
「なら、お願いします」
「よし」
ゲンナイが頷く。
「これで依頼成立だな」
そこで、ゲンナイがふっと笑った。
「――こっからは遊びの時間だ」
「遊び?」
ガレスが首を傾げる。
「ああ」
ゲンナイは楽しそうに言った。
「まず、モンバトの話だ」
「モンバト?」
銀翼の黎明も、もちろん知っている。
自分たちが実際に使ったばかりの商品だ。
「俺が新しくダンジョンのモンスターレベルを設定し直せばな」
ゲンナイが続ける。
「もう今の鬼畜レベルのモンスターのデータは入手できなくなる」
「……なるほど」
ガレスが呟く。
「つまり、今までのデータが――」
「希少になるだろうな」
ゲンナイはニヤリと笑った。
「まぁ、がんばれ」
「希少データ……」
その声に、全員が振り返る。
そこには、なぜかガブリエルがいた。
「…………」
誰も、彼女がここにいることを不思議に思っていない。
ガブリエルはエキドナの正式なメンバーではない。
それなのに、なぜかこういう場にはしれっと混じっている。
もはやエキドナの面々も、
――そういう存在なのだ。
と認識していた。
「希少データか……」
ガブリエルの目が輝く。
「ますます価値が上がりますわね!」
「……お前、いつからいたんだ?」
ガレスが呆れる。
「最初からですわ!」
「最初から!?」
「まぁ、ガブちゃんだしね~」
マドカも特に気にしていない。
「そういうことでいいんじゃない?」
「いいんですの!」
ガブリエルは嬉しそうに頷いた。
「それでは、今後のデータ収集も考えなくてはいけませんわね!」
「……また始まった」
リゼットが苦笑する。
ゲンナイも笑った。
「じゃあ、ヒロバトの話はまた今度だな」
「はい!」
銀翼の黎明も頷く。
こうして。
銀翼の黎明との顔合わせと、ダンジョン攻略の依頼がはじまった。




