ダンジョンマスター
「二十三階に入って、しばらくした頃だった」
ゲンナイは少しだけ遠くを見る。
「……死にかけた」
「どれくらい?」
マドカが尋ねる。
「かなりだ」
「でも、戻ればいいんじゃないの?」
「俺もそう思った」
ゲンナイは苦笑する。
「だから、戻ろうとした」
「じゃあ――」
「戻れなかった」
「え?」
ゲンナイの表情が少しだけ真剣になる。
「身体が動かなかった」
「そんなに?」
「ああ」
ゲンナイは自分の身体を見る。
「腹をやられてな。出血もひどかった。立ち上がるどころか、這って戻るのも無理だった」
「…………」
「回復魔法も使ったが、傷が深すぎた。魔力もかなり使ってたからな」
「それ、普通に危ないじゃん……」
「だから死ぬと思った」
ゲンナイは淡々と言う。
「このまま二十三階で死ぬんだろうなってな」
「…………」
「そう思ってたら――」
突然、景色が変わった。
「……え?」
気がついたとき、ゲンナイは見知らぬ部屋にいた。
広くはない。
けれど、壁や床にはダンジョンを管理するための装置がいくつも並んでいる。
そして、その部屋の中央に一人の男がいた。
「ここは……?」
「俺の部屋だ」
「……誰だ?」
「このダンジョンのマスターだ」
「ダンジョンマスター?」
ゲンナイは男を見る。
その男は、落ち着いた様子でゲンナイを見返していた。
「お前は?」
「俺はゲンナイだ」
「知っている」
「…………」
ゲンナイは眉を寄せた。
「なんで俺のことを知ってる?」
「お前のような異常な奴、そうそういないだろう?」
「異常?」
ゲンナイが自分を指差す。
「俺が?」
「そりゃそうだろう」
先代は何でもないことのように答えた。
「お前、何百年生きてるんだ?」
「……何百年?」
「そうだ」
「まあ……長くは生きてるな」
「長く、じゃない」
先代は呆れたように言う。
「死ななすぎる」
「…………」
「普通なら、とっくに死んでいる」
「そうか?」
「そうだ」
先代はゲンナイをじっと見る。
「だから監視対象に決まっているだろう?」
「監視対象……」
「何百年も生きている人間が、ダンジョンの中を好き勝手に歩き回っているんだぞ?」
「まあ、そう言われると……」
ゲンナイは少し考える。
「確かに変か」
「変だ」
「そうか」
ゲンナイはあっさり納得した。
「じゃあ、ずっと見てたのか?」
「ああ」
「どれくらい?」
「お前がここへ来てから、ずっとだ」
「…………」
「発明しているところも見ていた」
「そこまで?」
「素材を集めているところもな」
「暇なのか?」
「お前に言われたくない」
「そりゃそうか」
ゲンナイは笑った。
先代も少しだけ笑う。
「それで?」
ゲンナイが自分の身体を見る。
「俺をここに呼んだってことは、助けてくれたんだよな?」
「ああ」
「なんで?」
「そのまま死なせるのも惜しいからな」
「…………」
「お前みたいな奴は、そう簡単には見つからん」
「なるほど」
ゲンナイは妙に納得した。
「それで、傷は?」
「治した」
「じゃあ、戻れるのか?」
「二十三階へか?」
「ああ」
先代は首を横に振った。
「今のお前なら戻れる」
「じゃあ――」
「ただし」
先代が遮る。
「今の状態のお前を二十三階に戻せば、その傷は元に戻る」
「…………」
「正確には、ここへ来る直前のお前の状態に戻る」
「つまり?」
「死ぬ」
ゲンナイは黙った。
「お前は今、ここにいるから普通に動けている」
先代は淡々と説明する。
「だが、二十三階で受けた傷そのものが消えたわけじゃない。俺がここで治療しただけだ」
「……戻ったら、また死ぬのか」
「ああ」
「…………」
ゲンナイはしばらく黙っていた。
そして、ふと顔を上げる。
「じゃあ――」
「何だ?」
「二十二階には戻れないのか?」
先代は少しだけ目を細めた。
「戻すことはできる」
「なら――」
「だが、死ぬ」
「…………」
「二十三階で受けた傷を抱えたまま、二十二階まで戻すことはできる。だが、お前の身体が持たない」
「そうか……」
ゲンナイは俯いた。
「仕方ないのか……」
拳を握る。
「二十二階が心配だ」
先代は黙ってゲンナイを見る。
「俺がいなくなったあとも、あいつらはあそこで暮らしてる」
「分かっている」
「食料も厳しくなってきてた」
「それも知っている」
「だったら……」
ゲンナイは顔を上げる。
「何とかできないのか?」
「今のお前が戻れば死ぬ」
「俺じゃなくてもいい。何か方法は――」
「ゲンナイ」
先代が静かに名前を呼ぶ。
「お前はよくやった」
「…………」
「二十二階のために二十三階まで行った」
「でも、何も見つけられなかった」
「それでもだ」
先代は続ける。
「お前がそこで死んでも、二十二階が救われるわけじゃない」
「…………」
「だから、今ここで死ぬ必要はない」
ゲンナイは黙っている。
先代は少しだけ表情を緩めた。
「ただ――」
「?」
「お前が見守ることはできるぞ」
「見守る?」
「この部屋からなら、ダンジョンの中を見ることができる」
「…………」
「二十二階の様子もな」
ゲンナイは顔を上げた。
「見られるのか?」
「ああ」
「ずっと?」
「お前が望むなら」
「…………」
ゲンナイはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「……そうか」
「それに、お前にはもう一つ選択肢がある」
「何だ?」
「俺の代わりに、このダンジョンを管理することだ」
「ダンジョンを?」
「ああ」
先代は椅子に腰を下ろす。
「見てるだけでいい。仕事はとくにないしな」
「…………」
「好きに素材を出してやるから、発明でもしとけばいいんじゃないか?」
ゲンナイは目を瞬かせる。
「……それ、俺にとっては結構いい話じゃないか?」
「だろう?」
「二十二階も見られる」
「ああ」
「発明もできる」
「ああ」
「死ななくていい」
「ああ」
ゲンナイは少し考えた。
そして――。
「なるほどな」
小さく笑う。
「別に暇だしいいぜ?」
「そうか」
こうして。
ゲンナイはダンジョンマスターになった。
それは、発明のためだけでもなかった。
二十二階に戻ることはできなくなった。
けれど、そこを見捨てたわけでもない。
自分が戻れば死ぬ。
それでも、せめて見守ることはできる。
ゲンナイはダンジョンマスターになったその日から、二十二階の様子を見続けることになった。




