時間の巫女
「……私にも、最初はよく分からなかったんですよ」
ヒナタが静かに話し始める。
「最初は?」
ゲンナイが尋ねる。
「私は、ずっと普通に歳を取っていくものだと思っていました」
ヒナタは自分の手を見る。
「でも、いつまで経っても姿が変わらなかったんです」
「……どのくらい?」
「私が覚えている範囲では、50年ほどです」
「50年……」
マドカが目を丸くする。
「その間ずっと、同じ姿?」
「はい」
ヒナタは頷いた。
「最初は気のせいだと思っていました。でも、周りの人が歳を取っていくのに、私だけ変わらない」
「それで?」
「自分でもおかしいと思って、住む場所を変えたりしました」
ヒナタは少し苦笑する。
「19階と20階を行ったり来たりして、住処を変えながら暮らしていました」
「なるほど……」
ゲンナイが頷く。
「薬も作りました。何か身体に異常があるのなら、原因を調べたかったんです」
「治すために?」
「そうですね」
ヒナタは小さく笑う。
「でも、結局どうにもなりませんでした」
「それで、スリーピアの王に呼ばれたのか?」
「はい」
ヒナタは頷いた。
「その頃には、自分が普通ではないことを隠すのも難しくなっていましたから」
「王様に、何を話したんだ?」
「自分の能力についてです」
ヒナタは少し考えてから続ける。
「私は、時間を止められます。ただ、誰でも無差別に止めるわけではありません」
「指定できるの?」
「はい。止める対象を選べます」
「味方だけ動かすことも?」
「できます。逆に、止めない対象を指定することもできます」
「範囲は?」
「私が指定できる範囲の中なら」
「なるほどな……」
ゲンナイが興味深そうに頷く。
「それを王に話したのか?」
「はい。隠しても仕方がないと思いましたから」
「で、どうなった?」
「『時間の巫女』という称号をいただきました」
「巫女?」
「はい」
ヒナタは苦笑する。
「ただ、特別な仕事があったわけではありません」
「じゃあ、普通に?」
「普通に生活していました」
「……意外だな」
ゲンナイが呟く。
「もっとこう、国のために働けとか言われたのかと思った」
「私も最初はそう思っていました。でも、そういうことはありませんでした」
ヒナタは少しだけ遠くを見る。
「ただ、私の能力に興味を持った人たちはいました」
「発明家か?」
「はい」
ヒナタが頷く。
「おそらく、ゲンナイさんの一族に繋がる人たちだと思います」
「俺の一族……」
「私の時間を止める力について研究して、能力を補助したり、強くしたりするための装置を作っていました」
「へぇ……」
ゲンナイの目が少し輝く。
「そこはやっぱり、俺の一族らしいな」
「そうですね」
ヒナタも少し笑う。
「私自身も、いろいろと協力していました」
「それで、何か問題が起きた?」
「はい」
ヒナタの表情が少し曇る。
「国家間で交流していた国がありました」
そこでヒナタは少し間を置いた。
「転移魔法陣を使った交流です。国同士で行き来するためのものですね」
「転移魔法陣……」
ニコラが興味を示す。
「その頃から、そんなものがあったんだ~」
「はい」
ヒナタは頷く。
「ですが、その交流先の国が、別の国への侵略を考えているという話が出ました」
部屋の空気が少し変わる。
「それで、王たちはその国の動きを止める必要があると判断したんだと思います」
「……ヒナタに頼んだのか」
ゲンナイが静かに言う。
「はい」
ヒナタは頷いた。
「私は、相手国の動きを止めました」
「国そのものを?」
「私の力で止められる範囲にいる人たちをです」
ヒナタは自分の能力を説明する。
「私には、誰を止めるか選ぶことができます。必要な対象だけを止めて、それ以外は止めないようにもできます」
「……それを利用したわけか」
「はい」
ヒナタは小さく頷いた。
「その後、私は装置に固定されました」
「固定?」
ゲンナイが眉をひそめる。
「はい」
ヒナタは自分の身体を見下ろすようにした。
「私が止めた状態を維持するためです」
「……ずっと?」
「王たちの判断が終わるまで、と聞いていました」
「それで?」
「待ちました」
ヒナタは少し間を置く。
「でも、誰も戻ってきませんでした」
「…………」
部屋が静かになる。
「そのまま、ずっと?」
「はい」
「どのくらいだ?」
「正確には分かりません」
ヒナタは苦笑する。
「でも、エキドナに救出されるまで、1000年以上は意識がありました」
「1000年以上……」
ゲンナイが絶句する。
「それ、やばくね?」
「はい。私もそう思います」
「俺は動けてたからまだましだっただけだぞ?」
ゲンナイが頭を抱える。
「スリーピア鬼畜すぎんだろ」
「まぁー、今はエキドナに救出されて平気ですよ」
ヒナタはいつもの調子で笑った。
「それに、こうしてみんなと一緒にいられますから」
「…………」
マドカはヒナタを見る。
普段のヒナタは、そんな過去を感じさせない。
いつも穏やかで、淡々としていて。
でも、その身体は長い時間の中に置き去りにされていた。
「その時のスリーピアの王が私の祖先という事ですか」
エレノアが静かに尋ねる。
「そうだと思います」
ヒナタが答える。
「そして私の祖先もだね~」
ニコラが続ける。
「危ないから国家間転移陣もこわしたんだろうね~」
「そう考えると、今のスリーピアがどうして地上にあるのかも……」
エレノアが言葉を止める。
「少なくとも、私たちの知っている歴史だけでは分からないことが多すぎます」
ゲンナイがヒナタを見る。
「俺の一族がやっちまったってことなんだろ?」
「いえ」
ヒナタは首を横に振った。
「ゲンナイさん関係ないし」
「だよな?」
「はい」
ヒナタは頷いた。
「ゲンナイさんが直接やったことじゃありませんから」
ゲンナイは少しだけ安心したように息を吐いた。
「……まぁ、それならいいけどよ」
それでも、表情には複雑なものが残っていた。
しばらく沈黙が続いた。
その空気を変えるように、ガブリエルが口を開く。
「それで……二十一階や二十二階は、その後どうなったんですの?」
「ん?」
ゲンナイが顔を上げる。
「二十一階と二十二階?」
「ええ。私たちが見た二十二階は、もう誰も住んでいないようでしたわ」
「ああ……」
ゲンナイは少し考える。
「俺がいた頃は、普通に人が住んでたぞ」
「今では廃墟です」
エレノアが続ける。
「そうらしいな」
「何があったのでしょう?」
「それは俺にも分からん」
ゲンナイは肩をすくめる。
「俺が下に行ってからの話だからな」
「……そうでしたね」
エレノアは納得する。
「ゲンナイさんは、長い間ずっと地下にいたんでした」
「そういうことだ」
ゲンナイは軽く頷く。
「だから、俺が知らない間に何か起きてても不思議じゃない」
その言葉に、ニコラがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、二十階も昔は今と違ったんだよね~?」
「二十階?」
ゲンナイが聞き返す。
「今はゴミ捨て場になってるところ」
「ああ」
ゲンナイは少し考える。
「俺がいた頃は、そんな場所じゃなかったぞ」
「私が覚えている頃には、すでにそうなっていました」
ヒナタが静かに言う。
「私が50年ほど暮らしていた頃には、もうゴミ捨て場でした」
「……そうか」
ゲンナイは少しだけ考え込む。
「じゃあ、俺がいなくなった後に何かあったんだろうな」
「二十階から二十一階へ続く道も、今は封鎖されています」
リゼットが言う。
「水が流れ込んでくるから、閉じたんじゃないかって話だったね~」
ニコラが続ける。
「ああ」
ゲンナイは頷いた。
「それなら、たぶん水の問題だろうな」
「たぶん?」
「俺が知ってるのは、昔の二十一階と二十二階だからな」
ゲンナイは苦笑する。
「その後どうなったかまでは知らん」
「なるほど……」
エレノアが静かに頷く。
ゲンナイが知っているのは、あくまで彼自身が生きていた時代のこと。
ヒナタが知っているのは、自分が時間の中に取り残されるまでのこと。
そして自分たちが知っているのは、もっと後の時代の歴史だ。
それぞれが知っている時間を繋ぎ合わせても、まだ空白は多い。
「……このダンジョン、思ってた以上に歴史が長いんだね」
マドカが呟く。
「そうだな」
ゲンナイが答える。
「だから面白いんじゃねぇか?」
「そこはやっぱりゲンナイだね~」
ニコラが笑う。
「歴史より、面白いものの方が気になるんだ~」
「当然だろ」
ゲンナイは胸を張る。
「歴史は勝手に残るが、発明は自分で作らなきゃ残らんからな」
「……本当に、ヒラガ家の人なんですね」
ニコラが楽しそうに笑った。
こうして、ゲンナイとヒナタが知る遠い過去の話は、少しずつエキドナの面々へと伝わっていった。
それでも――。
ダンジョンの長い歴史には、まだ多くの空白が残されている。
そして、その空白を無理に埋める必要があるのか。
それを決めるのは、これからだった。




