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落内円は落ちている  作者: 七風


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クライブ エキドナに報告にいく

 数週間にわたって続いていた、貴族の子供への剣術指導。


 それも無事に終わり、クライブは依頼者からの報酬を受け取っていた。


 指名依頼として引き受けた仕事だ。


 ならば、最後に依頼者へ報告するのも冒険者として当然の礼儀だった。


 クライブはそのままエキドナの屋敷へ向かった。


「――というわけで、依頼は無事に完了した」


「お疲れ様~」


 マドカが応じる。


「相手の貴族からも、優良な指導者だったって報告が来てたよ」


「そうか」


「さすがA級だね」


「……マドカに言われてもな」


 クライブは苦笑する。


「お前には勝てないし」


「まあ、それはそうだけど」


「そこで認めるなよ」


 呆れたように笑う。


「俺は俺で、これからも地道にやるさ」


「あら?」


 リゼットが微笑んだ。


「その『地道に』が難しいのよ?」


「そうか?」


「ええ。あなたくらいの実力があれば、普通はもっと威張り散らすものよ」


「俺は強いから何でもできる、なんて偉ぶる気はないさ」


 クライブは肩をすくめる。


「自分の実力を分かってるだけだ」


 その言葉は、クライブにとっては本当にただの事実だった。


 A級。


 冒険者としては、それなりに高い場所にいる。


 けれど、自分より強い人間などいくらでもいる。


 特にエキドナに関わるようになってから、それを嫌というほど思い知らされた。


 マドカ。


 リゼット。


 グレタ。


 ニコラですら、自分とは違う分野で自分にはできないことを平然とやっている。


 だからといって、自分が無価値だとは思わない。


 ただ、自分に何ができるのか。


 それだけは、いつも少し分かりにくかった。


 剣を振る。


 依頼をこなす。


 素材を採る。


 人に頼まれたことをする。


 それを一つずつ積み重ねてきた。


 それが冒険者としての自分だった。


「ふふ」


 リゼットが笑う。


「やっぱりクライブはいい人よね。仕事も丁寧だし、みんな気に入ってるわ」


「そうだね~」


 ニコラも頷いた。


「仕事に真剣な人って、あんまりいないし~」


「……そこまで言われると照れるな」


「ふふ。高評価ね」


 エレノアも微笑む。


「それに、クライブさんは冒険者として憧れている方も多いですよ?」


「そ、そうなのか?」


 アリシアの言葉に、クライブが目を丸くする。


「冒険者としての先輩として、尊敬されている人も多いそうです」


「……そうか」


 意外だった。


 自分が誰かの目標になっている。


 そんなことを、クライブはあまり考えたことがなかった。


 A級になったときだって、周囲から祝福はされた。


 けれど、それは「A級になった」という結果に対してだった。


 自分自身を見てもらったという感覚とは、少し違っていた。


「そういえば」


 遊びに来ていたガブリエルが紅茶のカップを置いた。


「クライブさんは結構なんでもしますわよね」


「……なんでも?」


「ええ」


 ガブリエルは楽しそうに指を折る。


「剣術の指導もできますし、素材採取もできますでしょう?」


「まあ、冒険者だからな」


「モンバトのことも分かっていますし、冒険者としての評判もよろしくてよ」


「それは……まあ」


「しかも仕事が丁寧ですわ」


 ガブリエルが微笑む。


「結構便利ですわね」


「……またそれか」


 クライブは苦笑した。


「ふふ」


 リゼットも笑う。


「でも、本当にそうなのよ」


 リゼットはクライブを見る。


「あなた、うちで働かない?」


「……え?」


 クライブが目を瞬かせる。


「エキドナに?」


「そう」


「いや、俺はお前たちみたいに、何かに特化してるわけじゃないぞ?」


「だからこそよ」


 リゼットは穏やかに答えた。


「あなたは一通りのことができるでしょう?」


「まあ……それなりには」


「今でも十分便利なのだから、ここで色々経験してもらえば、もっと便利になるわね」


「俺を色々仕込む気か?」


「ええ」


 即答だった。


「しばらく色んなことをしてみなさいな。その中で、自分が楽しいと思えるものを見つければいいわ」


「…………」


 クライブは黙った。


 自分に何ができるのか。


 そう考えたことは何度もある。


 けれど、「何がしたいのか」と聞かれると、少し困る。


 冒険者になったのも、最初から大きな夢があったわけじゃない。


 剣が使えた。


 身体も動かせた。


 なら、それで食っていけばいい。


 そうやって一つずつ依頼をこなして、気づけばA級になっていた。


 それなりに評価もされた。


 それなりに頼られもした。


 でも――。


 自分は本当に、何かを成し遂げているのだろうか。


 そんな疑問が、完全に消えたことはなかった。


 エキドナの連中を見ていると、余計にそう思う。


 マドカにはマドカにしかできないことがある。


 ニコラには研究がある。


 グレタには鍛冶がある。


 リゼットには魔法がある。


 それぞれが、自分にしかできないものを持っている。


 対して自分は。


 剣も使える。


 素材も扱える。


 ある程度の仕事ならできる。


 人付き合いもできる。


 教えることもできる。


 けれど、どれも「これが自分だ」と言い切れるほどではない。


 だからこそ――。


「……俺は」


 クライブが小さく呟く。


「今、自分をちゃんと評価してもらってるんだな」


「うん?」


 マドカが首を傾げる。


「いや……」


 クライブは周囲を見る。


 誰も自分の強さだけを見ていない。


 A級だからでもない。


 ガブリエルと知り合いだからでもない。


 剣術の腕だけでもない。


 依頼を最後まで丁寧にやったこと。


 素材をきちんと扱ったこと。


 教えるときに相手のことを考えたこと。


 冒険者として積み重ねてきた、何でもない一つ一つ。


 それを、ここにいる人たちは見ていた。


「俺は今まで、もっと強くならなきゃいけないと思ってた」


 クライブは苦笑する。


「A級なんだから、それに見合わなきゃいけないってな」


 強くなれば、もっと認めてもらえる。


 もっと役に立てる。


 もっと胸を張れる。


 そう思っていた。


「でも……」


 クライブは少しだけ息を吐く。


「強さだけじゃなかったんだな」


「クライブ?」


「いや」


 クライブは笑った。


「なんとなく分かっただけだ」


 自分が欲しかったもの。


 それは、誰より強いと言われることだったのか。


 それとも、すごい冒険者だと持ち上げられることだったのか。


 たぶん違う。


 自分がやってきたことを見て、


 **「お前はそれでいい」**


 と認めてもらうこと。


 自分にできることを見つけて、


 **「それが役に立っている」**


 と伝えてもらうこと。


 もしかしたら、自分が一番欲しかったのは、そういうものだったのかもしれない。


「……分かった」


 クライブは顔を上げた。


「世話になるよ」


「ええ」


 リゼットが優しく笑う。


「歓迎するわ」


「実力不足なのは承知している」


「そんなに気にしなくてもいいのに」


 マドカが笑う。


「これから強くなればいいじゃん」


「……そうだな」


 クライブも笑った。


「そのうち、お前らの冒険についていけるくらいにはなりたい」


「うん。そのときは一緒に行こう」


「約束だぞ」


 こうして。


 クライブは正式にエキドナの一員となった。


 そして――。


「で、俺はどこに住むんだ?」


「あ」


 マドカが気づく。


「男子寮、作ろうか」


「男子寮?」


「クライブが住むところ」


「……俺一人のために?」


「そのうち増えるかもしれないし」


 こうして屋敷の敷地には、新しく男子寮が建てられることになった。


 そして完成後。


「トーイ、カーン」


 クライブが二人を呼ぶ。


「お前らも今日から男子寮な」


「え?」


「僕も?」


「もうお前ら男だろ」


 クライブは当然のように言った。


「女の生活空間に、いつまでもいるんじゃない。自分たちのことは自分たちでやれ」


「……分かった」


「はい」


 二人が素直に頷く。


 その様子を見ていたマドカが、ニヤリと笑った。


「たしかにトーイ、お風呂とか覗きそうだし」


「の、覗かねぇよ……!」


 トーイの顔が赤くなる。


「ほんとに~?」


 マドカが楽しそうに煽る。


「美少女のマドカちゃんがいるんだよ?」


「だ、だから覗かねぇって!」


「ほんとに~?」


「……バ、バカじゃねぇの」


 トーイはぷいっと顔を逸らした。


「絶対やらねぇからな!」


「はいはい」


 マドカは笑う。


 そんな二人を見ながら、クライブは呆れたように息を吐いた。


「……お前ら、仲いいな」


「そう?」


「そうだろ」


 クライブは男子寮へ向かう二人を見る。


 そして、自分がこれからここで過ごしていくことを思う。


 何が自分に向いているのか。


 何が楽しいのか。


 まだ分からない。


 それでも、もう焦る必要はないのかもしれない。


 今までやってきたことを見てくれる人たちがいる。


 必要だと言ってくれる人たちがいる。


 ならば、ここで一つずつ試していけばいい。


 剣を振ることだけが、自分の価値ではない。


 何か一つに決める必要もない。


 自分にできることを増やしながら、その中から「これだ」と思えるものを見つければいい。


 そう考えると、不思議と肩の力が抜けた。


「……まあ、悪くないな」


 クライブは小さく呟いた。


 新しい場所での生活は、まだ始まったばかりだった。


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