22層の過去文明そして マドカカード化
### 第百四話 砂漠の遺跡と白い豹
「おい 砂漠だ」
目の前に広がっているのは、どこまでも続く砂の大地だった。
「砂漠ですか……」
エレノアが周囲を見回す。
「本当に砂漠ですわね」
ガブリエルも少し驚いた様子で呟く。
「二十一層が水だらけだったのに、今度は砂漠かぁ」
マドカは砂を一掴みして、指の間から落とす。
「極端だなぁ、このダンジョン」
「まぁ、階層ごとに環境が違うのは珍しくないけどね~」
リゼットが言う。
「ここは魔物も多そうよ」
その言葉通り、少し歩いただけで砂の中から何匹もの魔物が飛び出してきた。
サソリ。
巨大なミミズのような魔物。
砂の中を泳ぐように移動する大型の魔物。
「結構いるね」
「でも、弱いですわね」
ガブリエルがカードを構える。
「二十層よりは強そうだけど、私たちなら問題ないね~」
マドカが言うと、周囲の魔物はあっという間に片付いていった。
「この階層、砂漠だけじゃないみたいだぞ」
グレタが遠くを指差す。
「あれ、建物じゃねぇか?」
「……本当ですわ」
砂丘の向こう。
崩れかけた建物がいくつも見えていた。
近づいてみると、それは一つの町だった。
ただし、普通の町ではない。
石造りの建物。
動物の耳や尻尾を持った人々を描いた壁画。
武器や装飾品。
そして、町の中央を通る大きな水路。
「ここ……昔は町だったんですね」
エレノアが壁画を見る。
「獣人の町だったんでしょうか?」
「たぶんそうだね」
マドカも頷く。
壁画のあちこちには、犬のような頭を持った人物が描かれている。
「またこれがありますわ」
ガブリエルが指差す。
壁画の中に何度も描かれている、あの姿。
「アヌビス……でしたっけ?」
「そうだね~」
ニコラが首を傾げる。
「何なのかは分からないけど、昔のこの辺りでは重要だったみたいだね~」
「まぁ、今の私たちには分からないし」
マドカは壁画を眺めながら言った。
「獣人の町だった、ってことだけ分かればいいんじゃない?」
「そうですわね」
ガブリエルも納得する。
町の奥へ進むと、水路の周辺にはさらに大きな建物が残っていた。
「この水、まだありますね」
エレノアが水面を覗き込む。
「二十一層から水を持ってこれるように、パイプでも調整していたのかな~?」
マドカが水路の中を覗き込む。
「まぁ、可能性はあるね~」
「昔の人は色々考えていたんだな」
グレタが周囲を見回す。
水路の先には、大きな建造物があった。
「あれは……」
ガブリエルの目が輝く。
「ピラミッドですわ!」
「本当にあるんだ……」
マドカも少し驚く。
砂漠の町。
水路。
そして巨大なピラミッド。
「これは、ちょっと調べてみたいですね」
エレノアが言う。
「ただし、勝手に壊すのは禁止よ」
リゼットが釘を刺す。
「分かってますわ!」
ガブリエルが即答する。
「建物や壁を壊さない。墓や棺を勝手に開けない。明らかに放置されている物だけを持っていく。それでいいんですわね?」
「そうそう」
マドカが頷く。
「せっかく残ってるんだから、壊さないようにしよう」
「でしたら、見つけた物は記録しておきましょう」
エレノアが言う。
「博物館などに寄贈することもできますし」
「それがいいね」
こうして一行は遺跡を調べ始めた。
古い武器。
装飾品。
壊れた魔道具。
古い生活用品。
どれも今の時代には見られないものばかりだった。
「この武器、かなり古いな」
グレタが手に取る。
「でも、私たちの時代の物よりは少し落ちるか」
「それでも今の時代よりは良さそうですけどね~」
ニコラが眺める。
保存状態は悪い。
それでも、当時の技術が今より高かったことは分かった。
「こっちは墓ですね」
エレノアが奥を見ながら言う。
大きな棺が置かれている。
「開けるのはなしですわね」
ガブリエルが名残惜しそうに言う。
「なし」
「……分かりましたわ」
その代わり、周辺に残されていた装飾品などを記録していく。
そしてピラミッドのさらに奥。
一行は巨大な石像と遭遇した。
人間の身体。
獣のような頭。
そして、その石像はゆっくりと目を開いた。
「おお……」
低い声が響く。
「ここに来るものがおるとは」
全員が身構える。
「千八百年ぶりかの」
「千八百年!?」
ガブリエルが驚く。
「随分と久しぶりですね~」
ニコラは妙に普通だった。
「お主ら、何者じゃ?」
石像は一行を見回す。
「ここは昔から誰も来ておらん」
「あなたは何なんですの?」
ガブリエルが尋ねる。
「わしは、この先を守る者じゃ」
石像は胸を張る。
「なら、戦いますか?」
「いや」
「え?」
「わしは戦闘用ではない」
「そうなんですの?……ところで」
ガブリエルが、ふと思い出したようにスフィンクスを見る。
「あなた、ゴーレムみたいですけど、誰に作られたんですの?」
「わしを?」
「ええ。これだけ古いものですもの。ダンジョンが作ったんですの?」
「いや」
スフィンクスは首を横に振った。
「わしには製作者がおる」
「製作者がいるんですの!?」
ガブリエルが目を輝かせる。
「誰ですの?」
スフィンクスは少しだけ考えるように目を細めた。
「ゲンナイ・ヒラガ」
「…………」
その名前を聞いた瞬間。
ニコラだけが、ぴくっと反応した。
「ヒラガ……?」
「ニコラ?」
マドカが振り返る。
「どうしたの?」
「いや……」
ニコラは少し考える。
「ヒラガって、私の家だよね~?」
「そうなの?」
「うん。私、ヒラガ家だからね~」
「へぇ」
マドカは特に気にした様子もなく頷く。
「じゃあ、ご先祖様かな?」
「そうかもしれないね~」
ニコラはもう一度スフィンクスを見る。
「でも、昔の人だしね~。まぁ、いっか~」
「いっか、で済ませるのか……」
グレタが呆れた顔をする。
「だって今ここで分かることじゃないし~」
ニコラはあっさりそう言って、遺跡の方へ視線を戻した。
ただ。
その名前だけは、なぜか少しだけ頭に残った。
ヒラガ・ゲンナイ。
自分の家に伝わる名前の、その遥か昔にいた人物。
その人物が、いったい何者だったのか。
今のニコラには、まだ何も分からなかった。
「さて、わしはこの先に進む者を試すための番人じゃ」
石像は少し得意げになる。
「では、なぞなぞじゃ」
「なぞなぞ?」
マドカが首を傾げる。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何じゃ?」
「へへ」
マドカが笑う。
「それ知ってるよ!」
石像が固まる。
「人間ね!」
「…………」
「ハイハイおつ」
「…………」
石像の表情が微妙に曇った。
「……千八百年ぶりに出したのじゃが」
「ご、ごめんね?」
「まぁよい」
石像は諦めたように息を吐く。
「では、通るがよい」
「いいの?」
「わしには、お主らを止める理由もない」
石像は奥を見つめる。
「まぁ、これから先、貴様らにもどうなるか知らんが」
そう言って、道を開けた。
「……なんだったんだろう」
マドカが呟く。
「さぁ?」
リゼットも首を傾げる。
「でも、進めるならいいんじゃない?」
こうして一行は、さらに先へ進んだ。
そして――。
「ひゅー 空気がおいしい!」
マドカが目を輝かせる。
「ここはジャングルですわああああああああ!」
ガブリエルの声が響き渡った。
「うるさいよ、ガブちゃん」
「失礼ですわ!」
周囲には巨大な木々。
蔓。
奇妙な花。
そして、見たことのない植物が大量に生えている。
「植物系の魔物が多そうだね~」
ニコラが周囲を見回す。
「気をつけた方がいいかもしれない」
その言葉通りだった。
巨大な食虫植物。
血を吸う植物。
魔力を吸い取る植物。
毒液を飛ばす植物。
動きを止める蔓。
さらには胞子を撒き散らす植物までいる。
「種類多すぎない?」
マドカが剣を構える。
「まぁ、全部倒せばいいんでしょ?」
「そう簡単には――」
ニコラが言いかけた、そのときだった。
巨大な植物に寄生された獣型の魔物が、こちらへ襲いかかってきた。
「危ない!」
マドカが斬り倒す。
魔物が倒れる。
同時に、その身体から大量の胞子が舞い上がった。
「うわっ!」
マドカが顔を覆う。
「大丈夫?」
リゼットが声をかける。
「うん。たぶん」
その時点では、誰も異常に気づかなかった。
そのまま一行は進んでいく。
やがて、巨大な木の向こうに道が見えた。
「この先に、二十四層への入口があるのかな?」
マドカが歩き出す。
「マドカ?」
ヒナタが呼ぶ。
「どうしたの?」
マドカは答えない。
「マドカ?」
もう一度呼ぶ。
それでも返事はない。
次の瞬間。
マドカが剣を抜いた。
「ちょっと、マドカ!?」
リゼットが驚く。
マドカは何も言わない。
ただ、仲間へ向かって攻撃を始めた。
「なっ!?」
エレノアが咄嗟に防ぐ。
「マドカ、どうしたの!?」
「…………」
返事はない。
ヒナタが時間を止める。
その間に仲間たちが距離を取った。
「どういうことですの!?」
ガブリエルが叫ぶ。
ニコラがマドカを観察する。
「……これ」
「ニコラ?」
「マドカがモンスターとして反応してる」
「なっ……」
全員が息を呑む。
「では、モンスターに乗っ取られている状態……?」
「モンスター化、ってこと?」
ニコラが頷く。
「たぶん、さっきの胞子だね」
「では!」
ガブリエルが叫ぶ。
「絶対に命を奪ってはいけませんわ!」
剣を握る手が震える。
「気絶させるんですの! 絶対ですわよ!?」
「分かった!」
全員が頷いた。
マドカは強い。
けれど、いつものマドカほどではない。
時間を止めることもできない。
魔法も使わない。
ただ、身体能力と武器だけで襲ってくる。
それなら、全員で抑え込むことはできる。
「今です!」
エレノアが叫ぶ。
グレタが足を止め、リゼットが魔法で動きを封じる。
ヒナタが時間を止め、最後にマドカを気絶させる。
「ふぅ……」
ガブリエルが息を吐く。
「どうにか気絶させられましたわね」
「じゃあ……」
ニコラがマドカを見る。
「データ化してみようか」
「え?」
魔道具が反応する。
そして――。
「登録できた」
「…………」
一瞬の沈黙。
「レアすぎますの!!!!!」
ガブリエルの絶叫がジャングルに響き渡った。
「最高レアSですわああああああああああ!」
「いや、喜んでいいのこれ?」
エレノアが困惑する。
「でも、カードになったよ~」
ニコラがカードを眺める。
「しかも、ちゃんとマドカだね」
「本人は嫌がりそうですわね……」
「起きたら説明しないとね~」
「…………」
全員が気絶しているマドカを見る。
しばらくして。
「……これ、今回の一番の収穫じゃない?」
ニコラがぽつりと言った。
「マドカがモンスターとして認識されたから、カード化できた」
ニコラはカードを眺めながら考え込む。
「じゃあ、人間のデータを使ったゲームって……」
「ゲーム?」
エレノアが聞き返す。
「うん」
ニコラの目が輝く。
「モンスターバトルはモンスターだけだけど……」
「人間でもデータ化して、本人じゃなくて幻影を戦わせるなら?」
「…………」
「それなら、別のゲームが作れるかもしれない」
ニコラは笑った。
「名前は……ヒーローバトラー、とか?」
「ヒーロー?」
「うん。略してヒロバト」
「……また何か始まったね~」
リゼットが苦笑する。
「まぁ、早くても来年くらいかな~」
「今すぐ作るわけじゃないの?」
「今はまだアイデアだけ」
ニコラはそう言って、カードを見た。
「でも、きっかけとしては十分だよ~」
その後。
マドカの意識が戻る。
「……ん?」
「おはようございます」
「何してたの?」
「それはこっちが聞きたいですわ!」
「え?」
ガブリエルがカードを見せる。
「これ、何?」
「…………」
マドカが自分のカードを見る。
「私?」
「そうですわ!」
「なんで!?」
「モンスターになってましたから」
「私が!?」
マドカは頭を抱えた。
「この階層、危険すぎない?」
ニコラが言う。
「植物の対策も必要だしね~」
マドカは周囲を見る。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
「そうですね」
エレノアも頷く。
今回の探索で得たものは多かった。
古代の遺跡。
未知の魔物。
そして――。
「そういえば、あの白い豹」
リゼットが振り返る。
少し離れたところに、真っ白な豹が座っていた。
「まだいるね」
「……本当にずっとついてきていますわね」
ガブリエルが近づく。
白い豹は逃げない。
むしろ、嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「カードにはできるんだよね?」
マドカがニコラを見る。
「できると思うよ~」
「じゃあ……」
マドカは白い豹を見る。
「……殺すのは、ちょっと嫌だな」
「そうですわね」
ガブリエルも頷く。
「この子、私たちについてきてますもの」
「カーバンクルみたいに、自分から登録してくれる可能性もあるよ~」
ニコラが笑う。
「だったら、連れて帰ってみる?」
マドカがしゃがみ込む。
白い豹が近づいてきて、その手に頭を擦りつけた。
「……決まりだね」
こうして。
エキドナには、新しい仲間が一匹増えることになった。
まだカードにはなっていない。
それでも白い豹は、当たり前のように一行の後ろをついてきていた。
そして一行は、二十一層へ戻る。
そこから二十層へ。
転移陣を使えば、地上へ帰ることができる。
「いやー、疲れた!」
マドカが大きく伸びをする。
「でも、面白かったね」
「面白かったで済ませていいんでしょうか……」
エレノアが苦笑する。
「二十一層の水。
二十二層の古代文明。
二十三層の植物。
そしてマドカのカード化……」
ニコラが呟く。
「今回、かなり大きな発見だったね~」
「次はちゃんと対策してから行こう」
マドカが言う。
「うん。二十三層は、ちょっと危ない」
その後ろでは。
真っ白な豹が、静かについてきていた。
新しい仲間を連れて。
エキドナの一行は、地上へと戻っていった。




