8 払拭
炎が、氷が、雷が、水が暴れ回り、周囲を巻き込んで土煙を作り出した。
チッ。痛いな。ちゃんと痛いじゃねぇか…!
彼の体は無傷に見えた。
しかし魔法を浴びたせいか、全身から痛みの信号が発せられている。それもすぐに収まったが、代わりに違和感を感じた。
これは……魔力か?俺の魔力が減ったぞ。
傷付けば血液が流れるように、彼の身体は僅かだが魔力を失っているようだった。
しかし痛みに苛立ちを覚えた彼には、今、原理の追求をする暇はなかった。
大袈裟に振るった腕で土煙を払う。
再び目の前に廃砦を捉えた。
「勉強になったから、一撃だけで済ませてやる」
右腕を腰だめに構え、腰を落として踏み込んだ彼は、一気に少女まで詰め寄った。そしてその腕を振り上げるようにして少女へ放つ。
驚愕と恐怖に目を見開いた彼女が庇うように突き出した左手を、彼の爪は容易く引き裂いた。そのまま頭まで引き裂くかと思った爪は、彼女の首輪に阻まれ、それを壊して頬を掠めるに留まった。
「────!!!!あ、ゔあ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!?」
吹き飛んだ少女が、血溜まりを作り絶叫する。
あーあ。一撃で楽にしてやるつもりだったんだが…
そうするつもりは無かったが、苦しめる結果になってしまった。どちらにせよ、致命傷といっていい。
一撃のみと言った手前とどめを刺すのも面倒になり、彼は少女を放置して、次の標的にすべく門を見定めた。
門の上では男が一人、変わらず叫んでいる。
あの魔法使いの少女を頼りとしているのか、必死だった。
彼は跳び上がり、門の上へ着地した。
「ひっ…!?」
男が怯える。こんなに簡単に上がってこられれば、無理もない。
「先に攻撃してきたのはお前らだ。落とし前をつけてくれるか?」
「*********!!」
男から感じられる魔力は、驚くほど小さい。
先程の少女と比べると、雲泥の差だった。
上から眺めると、門の内側には広場があった。
彼は男を掴みあげると、広場へ投げ捨てる。
「*******!!」
男は苦痛の悲鳴をあげ、既に集まっていた仲間たちに取り囲まれた。感じる気配全てでは無いが、この砦にいる人間のほとんどがこの広場に集まっている。
「試し打ちだ。”燃えろ”」
彼は先程少女が放った魔法のうち、炎の矢のような魔法だけは、僅かだが設計図を見ていた。
彼はなるべく再現したつもりだったが、出てきたのは矢ではなく炎の塊である。
それが幾つか飛んでいき、それぞれが眼下の男たちを燃やした。
「ぎゃああああ!?」
「*****!!!ぐあああ!!」
助けてくれ、とでも言っているのだろうか。燃えた男たちは、苦痛の悲鳴か助けを呼ぶ悲鳴をあげながら暴れ回っている。
「矢でもなく、玉にすらならないか。もっとよく見ておけばよかった。まぁ、十分か」
彼は自分の魔法が起こした惨劇を眺めながら、悠然と門から続く階段を降っていく。
広場に降りると、炎を浴びなかった男たちが武器を持って彼を遠巻きに囲んだ。
みな一様に足が竦んでいる。
「そうだな。まずは……」
彼は槍を持った男に狙いを定めて駆け出した。
「お前からだ!!」
男は槍を構えたまま、突き出すこともできず引き裂かれた。それを見た瞬間、他の男たちは恐慌状態に陥り、散り散りに逃げ出す。
彼は笑い声を上げながら、それらを追い回した。
砦に逃げ場はなかった。男たちは次々に引き裂かれて死んでいく。
彼の目を盗んで門を開けていた男たちも居たが、開いた門から逃げ出す前に殺された。
すっかり広場に命の気配が無くなったのが分かると、彼は砦の内部へと進んで行った。
幸いなことにどこも大きく造られており、彼は窮屈な思いをせずにすんだ。
途中で見つけた者たちも、次々に手にかけていく。
そして、残った1人が潜んでいる部屋までやってきた。
やたらと装飾の多い扉を開けると、そこは砦に不釣り合いな豪奢な部屋だった。
他の男たちより身なりの良い、いかにもまとめ役といった男が1人、狼狽えている。
「*****!!******!?」
何か叫んでいるが、彼には伝わらない。
しかしその悪人面は、彼に以前の世界での記憶を思い起こさせた。
俺を騙したアイツも、お前みたいな顔をしてたな。
彼の勘は、この男が悪党だと告げている。
かつて彼を陥れたもの達と同類だと告げている。
そして彼はこの不快感を払拭する方法を思いついた。
「くくく……俺から全てを奪ったクズ共から、逆に全てを奪ったら……どんなにいい気持ちだろうな?」
この男は本人ではないが、どうせ元の世界で復讐することは今叶わない。ならばこの男でもいいだろう。
そう思った彼は、男を捕まえると、部屋の隅に投げつけ、さらにその上に重い机を投げた。
「******!?」
男は助けを呼んでいるようだが、残念ながら助けは来ない。机に潰され、身動きもとれないようだ。
「まずはこの椅子を貰うぞ。無駄にデカくて、俺には丁度よさそうだ」
彼は椅子に腰掛ける。人間用のものであるから、どんなに大きくても腰掛ける位置は低かった。
しかし、この世界に来てから初めて座った椅子は、彼に不思議な安らぎを与えた。
ああ、思えば目が覚めてから今まで動きっぱなしだ。
こんな姿になって、それでもいい気分だったが……俺は疲れてたのか……
そうして彼は、微睡みの中に沈んでいった。




