7 廃砦
ゴブリンと思わしき緑の小鬼を殺し、続いて建造物を見つけた彼は、のんびりとそこへたどり着いた。
石造りの古い壁、正面に構えられた木造の門。
どうやらそれは砦であるらしかった。
これは砦、か?ということは、ここは戦略的に重要な立地なのか?しかし、どうも感じる気配が少ないな。
彼が確認したところ、中からは多くても20程度の気配しか感じられなかった。軍などの兵力が駐屯しているにしては不自然だ。
門の前には、兵士や軍人には見えない、みすぼらしい布の服を着ている女が立っている。
うん?丸腰の女の子じゃないか。しかも、首輪なんぞ付けてるな。
近づいていくと、その少女は灰色の髪をしていて、小さな角のようなものが頭に生えている。
体にはところどころ、紫色の鱗までそなわっていた。明らかに普通の人間ではない。
だが魔物とも言いきれなかった。なにせ、ここは異世界であり、人間の種類だって元の世界と同じとは限らないだろうと考えたためだ。
彼は少女の前までずかずかと進んでいくと、確かめるように声をかけた。
「おい。お前は人間か?」
自身の容姿にか、おぞましい声にか、あるいはその両方か。怯えた少女は震える瞳で彼を見上げ、腰が抜けそうな恐怖に耐えているようだった。
そのとき、門の上からほかの何者かの声が響く。
「***!!****!?」
それは男だった。少女と違って身なりはそれなりで、非人間的特徴も見当たらない。強いていえば、確実に日本人ではないであろう顔立ちだ。
男は何やら喚いているが、聞き馴染みのない言葉だった。
参った。当然だが、言葉がまるで違うじゃないか。
それは少なくとも、彼が話せるどの言語とも違うものだった。言葉で意思の疎通が取れないのであれば、交流の難易度は跳ね上がる。
難儀している彼の目の前で、少女が苦しみ出す。何が起こったのか分からなかったが、観察していると、何か目に見えない流れが、彼女の首輪に向かって注がれているのが理解できた。
なるほど。首輪が締まっているのか。あれも魔法か?
不思議そうに眺めていた彼だったが、続いて立ち上がった少女が、掌を向けて何かを口にした。
「******」
すると先程感じた流れが彼女の中から発生し、やがて剣を形作っていく。
ほう。これがいわゆる、”魔力”というやつか!
意識を切り替えて観察してみると、その力の動きが良くわかった。これまで使っていた魔法も、無意識にこうして魔力を操っていたのだろう、と彼は考えた。
次の瞬間、魔法の剣が飛んでくる。しかし、彼には魔力の流れが見えている。それがどう飛んでくるのか、剣が加速する前から分かっていた。
すっと手を前に出し、ただタイミングを合わせて指を閉じる。それだけで、剣はあっさりと捕まった。
面白い。俺も使ってみたいな。
彼がそう思った途端、視界に文字のようなものが現れる。彼には、それは剣がどのように創られているのかという設計図であることがわかった。なぜそのようなことがパッと理解できたのか、その原理は分からなかった。
しかしひとつ言えることは、この設計図の通りに魔力を操作すれば、彼も同じ魔法を使えるだろうということだ。
「コレはいい。面白い。”光る剣、出ろ”」
彼がおざなりに唱えながら魔力を操作すると、光る剣が現れた。それは少女のものと違い、黒く輝く刀の姿をとっている。
おお、少し設計図を変えたが、上手くいったな。
彼はいきなり攻撃されたお返しに、その剣を少女に向かって放った。
目にも止まらぬ速度で飛んだそれは、少女が咄嗟に創り出した結界のようなものに阻まれる。
しかし、結界の強度が足りないのか、剣は勢いを失わず、それを貫通しようとしている。
やがて結界に対して少女が再び魔力を注ぐのが見えた。
彼は先程魔力について多少の理解を深めた程度の素人だったが、見ただけで、それが無茶な行動であることがわかった。そしてそれは彼の見立て通りであり、結界の魔法が爆散する。
「あ゙あ゙っ!!」
言葉は分からないが、悲鳴はここでも同じだった。
爆風によって、少女が壁に叩きつけられる。
剣の魔法は結界の爆散と同時に消えてしまったようだが、彼は結果に満足した。
最高だ。最高の気分だ。
彼が恍惚としている間に、門の上の男が叫んでいる。
その叫びを受けた少女が無理やり起き上がった。
その顔は恐怖に歪んでいる。
それは見覚えが、あるいは身に覚えがある表情だった。
ひどく機嫌が良かったはずの彼の精神が曇り、元の世界での記憶が過ぎる。
孤独、暴力、貧困、支配、恐怖。
薄暗い場所で息絶えた瞬間。
人間だったときの自分は、あの顔をしていたのだろうか、と。
彼が不快な思い出に浸っていたのはほんの数秒だっただろう。しかし、気が付いたときには、既に目の前まで魔法が迫っていた。
「あ」
次の瞬間、無慈悲な破壊が彼を襲った。




