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辺獄の王  作者: 笑う閑古鳥
序章
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7/12

6 灰と陶酔

 その部屋には豪奢な拵えの椅子がある。

 主人が座るために用意したものであり、権威の誇示のためか、無駄に巨大だ。

 しかしあくまで仕事をする部屋であり、椅子だけでなく大きな机も置いてある。

 その机が、今は無かった。


 少女が扉を開けて目にしたのは、広い部屋の奥に佇む怪物の姿だった。あの豪奢な椅子に腰掛け、頬杖をついている。無駄に大きい椅子は、しかし怪物の巨体にはちょうど良いようだった。脚も長いため膝は浮いているが、その姿はかえってふてぶてしさ、あるいは傲岸不遜さの表れのように見えた。

 堂々たるその景色に、少女は覇王の座る玉座といった風情を幻視した。


「エジレ…エジレ…!!」


 彼女が目の前の光景に圧倒されていると、部屋の左手の隅から、小声で呼ぶ者があった。

 視線を向けると、そこには机の下敷きになった主人が居た。彼は額から血を流し、少女を睨んでいる。


「生きていたか。早く俺を助けろエジレ…!!」


 ハッとした少女は、急いで男に駆け寄った。

 重く、硬く、黒い木材で作られた大きな机は、持ち上げようとしてもびくともしない。


「化け物は眠ってるようだ。魔術を使えエジレ!!静かにな……!!」

「は、はい…!!」


 彼女は小声で、物を動かす魔術を唱える。

 怪物は本当に眠っているのか、部屋の中で起きている事態に興味を示さない。


「いいぞ、机が動いてきた……!!早くしろ…!!」

「……」


 少女はふと目の端に写った怪物の姿に、不思議と怯えを感じないことに気がついた。思わず顔をそちらに向け、怪物をまじまじと眺める。

 

 いつの間にか彼女の中には、怪物への恐怖を元に醸成された、崇拝のような思いが形成されていた。

 圧倒的な力への畏怖。それに伴う畏敬の念。

 憎い人間たちが裁かれ、胸がすく思いを得られたことへの感謝。

 呆けたせいか、魔術が解ける。

 浮きかけていた机が、再び男の上へ落ちた。


「がッ!?おいっ!!何してる!?」


 彼は怪物が起きないようにしていることも忘れて、喚き始めた。それでも怪物は、悠然とくつろいでいる。弱者のことなど、歯牙にもかけていない。


 なんと強い生き物なのだろう。

 何者の指図も受けず、好きに動き好きに喰らい、そして好きなときに好きなだけ眠る。

 頂点に立つ者にのみ許された傲慢。

 ”王”と呼ぶに相応しい。


「早くしろエジレ!!罰が欲しいのか!?」

 

 それに比べて。

 足元で喚くソレは、なんと弱い生き物だろうか。

 ひとりでは何も出来ず、金ばかり集めて力はない。自分のものでない力を誇り、制御したと慢心し、そのくせすぐに死ぬ。自己中心で怠惰、頭の回転も遅い。


 今だって、少女が左腕を失っていることにも、もう首輪が無い(・・・・・・・)ことにもまるで気が付かない。


 長年首輪をした奴隷は、その呪縛が解けても主人の元から離れないことが多いという。

 それは肉体的、魔法的なものに留まらず、一種の洗脳により、精神的に呪縛を受けてしまうためだ。

 先程までの彼女もそうだった。もう恐れなくていい首輪のために、主人の元へ馳せ参じようとしていた。


 しかし、少女は自覚した。

 もう、この男に従う必要などない。

 恐れも感じていない。あるのは憎しみだけだ。


「な、何をしてる!!”罰(ピアルド)”!! ”罰(ピアルド)”!! ”罰(ピアルド)”!!」


 少女が男に対して掌を向け、そこに火球を生成していく。彼は様子のおかしい奴隷を恐れ、首輪を締めようと何度も詠唱する。

 もはや意味をなさない詠唱を繰り返す男を、少女は鼻で笑った。


「エ、エジレ貴様…首輪はどうした…!?」


 今更気がついた男は青ざめた顔で言った。


「私の名前はエジレなんかじゃない。”フリエナ”だ」


 少女は毅然と言い放った。奴隷にされてから名乗ることを許されなかった、本当の名前を。

 そして元主人(・・・)に向けて、対象を焼き払う魔術を贈った。


「ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!」


 この魔術は対象としたものだけを燃やす。

 じっくりと、灰になるまで。

 じたばたと暴れていた男は、しばらくすると声を上げることもなくなり、燃えながら動かなくなった。


 全てを終えた、というような清々しい顔になったフリエナは、怪物に向き直った。今の騒ぎで、かの存在もさすがに目を覚ましていたようだ。


 目玉はないが、フリエナを見ているように感じた。

 彼女が近付くと、僅かに腕を上げ、魔術の兆候を見せる。


 しかし、フリエナは敵対する気などなかった。彼女は少し離れたところで、怪物に向かって敬意を示すように膝を折る。


「あなたこそ、私の”王(サン=グリフ)”。どうかお傍で、仕えさせてくださいませ」


 サン=グリフとは、古い古い神の名である。

 原初、サン=グリフは魔族の祖となり、あらゆる魔の存在の頂点に立った。

 故に今その名は、「全ての支配者」を指し表す。

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