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辺獄の王  作者: 笑う閑古鳥
序章
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10/12

9 忠誠

 彼の眠りは長いものにはならなかった。

 近くで魔力が動いたことで、意識が目覚めたのである。


「────あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」


 目覚めると同時に、耳障りな悲鳴が聞こえた。

 この声で起きなかったのは何故なのか。

 彼は直ぐにそれに思い至った。



  そうか。今の俺は目も耳もない。

  起きている間は魔法かなにかでそれを感じ取れるが…

  寝ている間は物音や光で目を覚ますことはない…!



 見れば、死んだと思っていたあの少女が、机の下敷きになった男を燃やしていた。

 彼をその魔法で殺すことは出来ないだろうが、少女が男ではなく彼に魔法を放っていたら、無防備にそれを浴びただろう。



  全く。俺は詰めが甘いな。



 彼は自分に呆れた。

 しかし、正す気にはならなかった。

 強者であるという矜恃か、あるいはそれを失わないためか。余裕こそ、慢心こそ、傲慢こそをもって在るべきだと思ったのだ。かつての自分を捨て、今の自分を肯定するためにも、新たな自分の振る舞いを変える気はさらさら起きなかった。


 少女が彼に向き直るが、彼はあくまでそれを傍観した。

 再び牙を向けてくるならば、そのときこそ葬るだけのこと。

 そう考え、彼は魔力を迸らせる。


 しかし少女が纏う気配は、敵意ではなかった。

 彼女は跪き、意味を解せない言語を操る。


「****」


 そこから彼が感じとったのは、敬意や忠誠、あるいは信仰だった。

 これには彼も、困惑するしかなかった。



  なんの真似だ?こいつはなぜこんな態度をとる?



 彼女からすれば、このような怪物は恐怖の対象であるはずだ。砦の人間を皆殺しにし、あまつさえ腕を引き裂いた暴力の化身。

 それが彼の評価のはずだ。


 しかし実際には、彼女は怯えるどころか、真逆に近い感情で彼に接してきた。彼は適当な理由を考えるしかなかった。



  首輪もつけられていたということは、コイツは奴隷かそれに近いものだったんだろう。解放されたことに恩でも感じているのか…?



 状況から推測するしかないが、そのために彼の予想は単純なものになり、逆に的を射ていた。

 もっとも、それは彼女が抱く想いのたった一つに過ぎなかったが。

 失敗したと思ったファーストコンタクトが、予想外に軌道に乗った。しかし、彼は肝心なことを考えていなかったことに気が付いた。



  友好的な相手に出会ったとて、それからどうするのか、何も考えてなかったな。



 人里を探し始めたのも、なんとなくだった。

 言葉が通じないとも知らず、この恐ろしい姿で人前に出たのは、早計だったと言わざるを得ない。

 しかし全ては過ぎたことだ。彼は気にしないことにして、少女との交流を図った。


「おい、お前。それは一体何のつもりだ」


 彼の言葉を受けても、少女は頭を下げたままだ。言葉が通じないのだから当然だった。

 彼は椅子を立って、彼女の前へと歩み出た。そして自身より遥かに小さな少女を見下ろす。

 あの怯えた姿が嘘だったかのように、少女は微動だにしない。僅かな震えも見られなかった。

 彼は軽くつついてみるつもりで、彼女の頭に人差し指を伸ばした。そして少し考えた後、うっかり頭を弾いたりしないようゆっくりと、トン、とそこに置いた。やはり彼女は動かなかったが、指を離すと、ようやくその顔を上げた。

 そこに浮かんだ表情は見たこともないものだった。僅かに上がった口角はやはり喜びなのだろうが、据わっているとしか言いようの無い目は、おぞましいまでの感情を秘めている。彼はその表情に、”狂信”をみた。


 彼は知る由もないことだったが、上位者への忠誠を示した者の頭に、上位者が指を差し伸べ触れること。それは忠誠を受け入れ臣従を許す作法であった。

 故にこの瞬間、魔族の少女は、神にも等しい怪物の『一人目の従者』となったのだった。



  こ、怖いなコイツ…



 作法も、少女の心中も知らない彼は、ただ彼女の豹変っぷりに動揺した。血まみれで狂信者の振る舞いをされれば、誰であれ怯えるのは当然といえる。


「****…」


 そして何かを発した少女は、青ざめた顔で倒れた。


「あ?どうしたんだお前…て、これだけ血を流せばそれはそうか」


 見ればどの傷も塞がっている。治癒の魔法でも持っていたのだろうが、しかし失われた血は戻らないのかもしれない。彼はそう考え、頭を捻った。



  もうこいつは敵対的じゃない…友好的といってもいいのかよく分からない様子だったが、見捨てるのもな…



 一度は見殺しにしたものの、先とは状況が変わった。

 彼はひとまず、砦の中を探した。そしていくつかベッドを見つけた。他のものより上等なベッドに少女を横たえたあと、彼女の目が覚めるまで、砦の中を物色して回った。

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