10 従者
彼が砦を制圧してから、6日ほどが経過した。この砦はそれなりにものが揃っていたため、彼は当分のあいだ、砦を拠点として生活する気でいた。
少女は初めの1晩が経ったとき目を覚ましたが、それ以降、ずっと彼に付き従っている。
「いつまで付いてくる気だ」
「*****」
彼が何を言っても、少女にはろくに伝わらなかった。話しかけても、満面の笑みで解らない返事を返すだけだ。
砦の中には、あれだけ居た男たちを食わせるためか、十分な食料があった。彼も幾らかを食したが、当然、生肉を食うよりよほど味が良かった。いまのところ排泄の必要はないらしい。
一方で、満足な食事をさせたためか、少女の方もすぐに顔色が良くなった。相変わらず言葉は通じないものの、やり取りをするうち、少女が”サングリフ”と何度も口にする。彼は、それが自身を指している呼び名だと気が付いた。
以前の名前を使う気もない。響きも悪くないし、いいな。サングリフ。サングリフと名乗ることにするか。
それが大仰な呼び名だとも知らず、彼はそう呼ばれることを受け入れることにした。
彼、改めサングリフは、少女の話す言語を覚えようとした。しかし、あまりに言葉の造りが違いすぎた。そのうえ少女が都合よく言葉を教えようとしてくれるわけでもない。砦じゅうの本や書類やらと睨み合って、文字から覚えられないかと臨んだが、手応えはなかった。
これは少なくとも、数日では無理だな。とっかかりを掴むのにも、最低でも半年はかかる。
元々学者でもなんでもない、一般的な頭の出来だったため、これは仕方の無いことだった。
魔法の設計図らしいものはなぜかするりと読み解けたので、彼はこの体に期待していたのだが、そう都合のいい能力ではないらしい。
今の自分は、魔法的なものに対してだけ飲み込みが良いのだと思うほかなかった。
そうして彼が言葉の壁にうなだれている間、少女は死体を集め、森に打ち捨てるなどの雑務をこなしていた。
一日に3度ほど食事を用意したりと、やたらと甲斐甲斐しくサングリフの世話を焼きたがった。
サングリフは体が痛くならないのをいいことに、未だにあの椅子で寝る。どういうつもりか、彼が休むときも少女はそばに居るように努めて、部屋の前の廊下で眠るのだ。
それも含め、彼女の献身ぶりは尋常なことではないので、彼は少女が、奴隷としての習慣でそのように奉仕しているのだろうかと思った。
やがて、砦を制圧してから7日目。
サングリフは、遠くからやってくる幾つかの気配を感じ取った。速度と配置から、2台の馬車とその護衛といったところだろうか。
その動きからみて、明らかにこの砦を目標にしていた。
それらは恐らくここに居た連中の仲間であり、異変を察知したのか、あるいは何も知らずにここへ来るのかまでは分からなかった。
彼らがあと僅かの距離まで迫り、サングリフは出迎えてみることにした。少女も着いてくる。
門の上で、森に通された道を眺めていると、その一行がやってきた。彼らはこちらの姿が確認できる位置で歩みを止め、何事か騒いでいる。
「*****?」
少女がサングリフの顔を見上げ、何かを尋ねた。
なにかは分からないが、彼女は彼らに対処するつもりなのだろう。どうせ言葉も通じないので、彼は少女に任せてみることにし、頷いて一行を指さした。
それを受けた少女は跪いて返事をした後、門を降り、彼らの方へ向かっていった。サングリフはそれを眺めている。
「******!」
少女は高らかに声を張り、彼らと話している。しかし、その内容は交渉などでは無さそうで、彼女が話すほど彼らは剣呑な雰囲気を顕にした。
他よりは腕の立ちそうな、護衛らしき者たちが前方へ集まってくる。先に手を出したのは彼らだった。
2m近くありそうな巨漢の男が前へ飛び出て、それに3人の男たちが続く。背後では、魔法使いらしき男が魔力を動かしているようだ。
だが次の瞬間、少女が繰り出した魔法によって彼らはまとめて切り刻まれた。
サングリフは思わず、ほう、と声を上げた。
自分には勝てなかったが、少女は明らかに強い。あの人数を相手に怯むこともなく、瞬殺で片付けてしまう実力は、本物というほかない。
傍に置いておくのは悪くない。うん。
悪くないどころか、いい拾い物だったか。
やがて、一行を皆殺しにした少女は、良い笑顔を浮かべては、馬車馬を率いて砦へと戻ってくるのだった。




