4 血溜まりの中で
ガガガ、と、硬いものがぶつかり合う音が響く。
少女が咄嗟に唱えた防御魔術による障壁が、怪物の魔術を防いでいたのだ。
だ、ダメ…魔術の勢いが落ちない!!…割れる…!!
薄い水色のガラスのような壁は、見た目とは裏腹に高い強度を持っている。しかし、防いだ”光の剣”は壁に真っ直ぐ突き立ち、ヒビをも入れ始めた。
このままでは防げないと悟った彼女は、一か八かの賭けに出た。
壊れかけの魔術に、無理やり追加の魔力を注ぎ込む。
障壁の強度をなんとか高めようと、必死に魔力を注ぎ続ける。
しかし、それは骨の砕けた腕に無理やり力を込めて、重量物を運ぼうとするようなものだ。
結果、魔術に与えた魔力は揺り戻しを引き起こす。
「────!!!」
爆発音。同時に、硝子が割れたような耳障りな破砕音も響いた。
無理に魔力を注いだ障壁が自壊したのだ。そしてめちゃくちゃになった術式に魔力が跳ね回り、暴走の末爆発をひきおこした。
「あ゙あ゙っ!!」
爆風が少女を吹き飛ばす。砦の石壁に叩きつけられ、痛みに悲鳴を上げた。
爆発によってか、怪物の魔術はかき消えていた。
「立て!!エジレ!!動け!!」
容赦の無い命令が彼女に浴びせられる。
目の前の怪物への恐怖と、首輪への恐怖でやぶれかぶれになった彼女は、無理矢理起き上がりながら魔術を連発した。
「”炎の矢”、”氷河の槍”、”雷撃”、”死滅の渦”!!」
思いつく限り全ての高威力範囲魔術だった。それらは次々と放たれ、怪物のいた場所へ着弾する。地面がえぐれたのか、土煙がもうもうと立ち込めた。
凄まじい破壊力を見て、門の上で誰かが喜びの悲鳴をあげている。
しかし、次の瞬間にはそれらは絶望の声へとかわった。
「******」
脅威は未だ健在だった。怪物は腕を振るって土煙を払い、苛立たしげに口を開く。
一見して無傷のようで、放った魔術からまともなダメージを負った様子はない。
「な、何なの…あれは…」
少女は目の前の光景を呆然と眺めることしか出来ない。
かつて、暮らしていた里を強大な魔物が襲ったことがあった。しかしその魔物ですら、魔族が放つ魔術を受けては無事で済まなかった。
私じゃ、倒せない…!!逃げなきゃ……
逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!逃げろ!!
本能がそう叫ぶが、体が動かない。
動いたとしても、首輪の魔道具が反抗はおろか逃亡すら許さない契約を彼女に課している。
魔術に刺激されたのか、さきほどまでよりずっと攻撃的な気配を怪物が纏っている。
その身体が僅かに沈んだかと思うと、一気に飛び出した。
一瞬で少女の前まで迫った怪物が、腰だめに構えた右腕を振り上げる。
「きゃああっ!!」
自身を庇うものは、もう自分の体しか無かった。少女は咄嗟に左手を前に、上体を逸らしながら攻撃を逃れようとする。
しかしそれはあまりにも遅かった。生き物としての本能によってか、世界の時間がゆっくりと流れ始め、彼女の感覚を引き伸ばす。
初めに、怪物の凶爪が彼女の左腕にくい込んだ。そのまま腕を弾き飛ばすかと思われたが、異常な切れ味の爪に引き裂かれ、前腕の半ばからすっぱりと腕が切断される。
腕を切り飛ばした攻撃は、そのまま恐怖に歪む彼女の顔に向かっていった。しかし、上体を逸らしていたため、その前に分厚い首輪が軌道上に割り込む。
その首輪もまた、異常とよべる耐久性を持った代物だ。だが、怪物の爪はそれを上回った。火花を散らしながら、首輪が裂けていき、結局怪物の攻撃は、最後に彼女の左顎から頬にかけてを切り裂いての一撃に終わった。
「────!!!!あ、ゔあ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!?」
吹き飛ばされ、地面にずた袋のように転がった少女。次の瞬間には傷を自覚し、切断された左腕を抑え、痛みに叫びながら血溜まりの中をもがいた。
思考が鈍くなり、呼吸が弱くなる。
走馬灯のように、かつての記憶が流れた。
優しかった父と母。
妹が産まれ姉になった日。
魔術と魔法を磨く日々。
大量の脂汗を流しながら、彼女は必死に意識を呼び起こし、魔法を使った。




