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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダーS
8/23

第8話 暴れ鳥、止まる時

 六月になると、じわじわと「暑いな」と感じる日が増えてきた。


 六月十一日。水曜日。


 太陽に汗をしぼられながら、オサムは父の東五代スグルが出勤していくのを見送りもせず朝食をモツモツと食い、歯を磨き、てきとうな制服に着替えて、家を出た。


 暑さに強い人間がいるのかは知らないが、オサムは暑さというのがめっぽう嫌いな男だった。

 暑さと寒さは嫌い。ちょうどいい気候を求む。


 そうやって歩いていると、背後から声をかけられた。


「東五代さん! おはようございます!」


 その声を無視して少し猫背になりながら歩く。


「東五代さん!」


 すると、声の主は隣に移動してきた。

 嫌そうな目を向ける。

 その少女‥‥‥南カオルは「今日もいい天気ですね」と言って微笑んだ。白い細腕が半袖の制服からのぞいている。


「日射病、気をつけなさいよ」

「はい。東五代さんもですよ、なんだか顔色が悪い」

「そろそろ夏だ。君、夏が好きな奴がいるか」

「私は好きですよ! 海とか」

「クラゲに刺される」

「山とか!」

「ハチに刺される」

「じゃあ川?」

「ヒルにくわれる」

「もう、敵だらけじゃないですか」


 カオルは呆れた。


「そうだよ、この世は敵だらけなんだ。君もとうとう理解したか。いいか、この世は敵しかいないんだという心持ちがな、生きるコツなんだ。そもそも、俺は人間すら敵だ。どいつもこいつも俺を邪魔するために生きているに違いない。そう思うと腹が立つ」

「勝手に怒ってるだけじゃないですか。私は敵ですか」

「違うことを証明してみせろ」

「無茶を宣いなさる‥‥‥あっ、ちょっと待ってください」

「あ?」


 どうやらさすがに邪魔らしい。


 少しぼさっとした髪を後ろで纏めながら、カオルは「ちょっと癖毛気味なんですよ」と言っていた。


 待たせるのも悪いというつもりか、彼の少し先を歩いて。


 すると、白いうなじが、フ‥‥‥と姿を現す。ので、オサムは少しの間目を逸らして、道端に咲く雑草を見つめてみたりした。


「これでよし‥‥‥! そういえば、東五代さんのところの高校って体育祭はもうやったんですか?」

「やったよ」

「うちまだなんです」

「知らんよ」

「今週の土曜日なんですよ」

「見に行けと? なんで、この東五代オサムが、君のような‥‥‥」

「暇でしょ」

「‥‥‥‥‥‥君はなんだ、図々しいなァ‥‥‥」

「五百森さんが、あなたにはこのくらいが好ましいって」


 オサムは「あのやろう‥‥‥」と太陽の下に親友の顔を思い浮かべる。校内で会ったらスネとか蹴ってやる!


「来てください!」

「ああ、もう、わかったよ。ただし君、俺が日射病だったり熱射病で倒れたりした場合は慰謝料を容赦なく請求するからな」

「いくらだって支払いますよ」

「そりゃあ支払うのは君でなく親だものな」

「私、図々しいんです」

「厚顔無恥という言葉もお似合いさ」

「またそうやって意地悪を言うんだから‥‥‥」

「君はあれだな、たまたま出会っただけの関係に運命だなんて題名をつけるタイプだ。そういうの多くて困るな」

「東五代さんはなんてつけるんですか」

「たまたま出会っただけの関係ってつけるよ。それ以外ないだろ、そもそも俺は君の母親に嫌われてるんだよ」

「え!? なんでですか!!」

「更年期障害だろ」

「なんてこと言うんですか!! まだ四十ですよ!」

「若い内に産んだ娘は愛おしくて仕方ないんだよ」


 分かれ道「来てくださいね、体育祭!」と呼びかける。オサムは「行くっつってんだろしつこいな」と吠え返す。


 オサムは呆れながら徒歩十分弱の道を歩き、校門を潜りながら、「夏の悪魔だな」と呟いた。


「かーおる!」

「うわ!」

「さっき見てたよ、十字路で」


 カオルは友人の織笠(おりかさ)アユムに乗りかかられながら、「見られてたかあ」と返した。


「っていうか、朝いっつも声かけてるよね! どんなご関係?」

「この前攫われかけたって言ったことがあったでしょ。その時助けてくれたのが彼なんだ。それで、ご近所さんだったし、通学路も被るから‥‥‥挨拶だけでもって感じで、毎朝毎朝‥‥‥」

「えーっ、絶対それだけじゃなかったでしょ。恋だ」

「ちっ、違うよ!」

「甘酸っぺェ〜! 味噌汁かよ!」

「変な味噌汁を飲むな!」

「でもあの人、なんか目が怖いよね。なんで太陽の下に居ておきながら目に一切の光がないんだろう?」

「‥‥‥わかんないよ。それよりアユムだよ、お兄ちゃんフランスから帰ってきたんだって?」

「うん。残虐性が増してより一層殺人鬼みたいになってた」

「でも、警察なんでしょ?」

「なんだっけなぁ、フランスの‥‥‥パリにある‥‥‥警察なんでしょ? 日本人なのに、珍しいよね」

「東京の警視庁で働いてる時にスカウトされたんだってね。もう、とんでもないエリートなのかもしれないけど、殺人鬼みたいな顔してた」


 殺人鬼みたいな顔、と聞いて「あの人と仲良くなれるかな」とふと思う。しかし、この世には「混ぜるな危険」という概念があるので、思い直した。


「っていうか、体育祭だね」

「だね」

「ちょっと、曇り空の日とかにやるのがいいんだけど、土曜日とか晴れるらしいよ」

「えーっやだなぁ」

「ね」


 汗をかくのが、ちょっと嫌だなぁ。


 ワチャワチャしながら、校舎へ。


 オサムの方は、授業を受けたり授業をサボって昼寝をしていたトモヤのスネを蹴り飛ばしてみたり、友人たちに囲まれながら取っ組み合いの喧嘩をしてみたりしながら、それなりに充実した日々を送った。


 放課後になるとそれなりに涼しくなってくれてありがとう。


「なーこれからカラオケいかね?」

「俺の時間を奪うな。帰らせていただく」

「お前いっつもじゃん! 歌ド下手くそなの?」

「なんだと?」

「歌ド下手くそなうえに、一曲歌うたびにクソ漏らすのかもしれない」

「それならしゃーないか! うんこ漏らし音痴」

「略してウンチ」

「アヒャヒャヒャ! ウンチくん!」

「ぶち殺すぞ貴様ら‥‥‥」

「やべ! キレた! こりゃ長くなるぞ!」


 カラオケにいき、友人たちに歌唱力を見せつけていると、携帯電話が鳴る。


「あれっ、ウンチくんどうしたの?」

「お前の首に突き刺すナイフを買いに行く」

「ヒェッ。やりそうだから怖い」

「やらないだろ」


 メールが来ており、どうやら父らしい。早池峰ジョーから接触を受けたらしく、「今から来られるか?」という文言だった。


「トモヤ、あとはお前のステージだ」

「なんのノリなんだそれは」


 カラオケ店を出て、県警の方に向かう。


「よう、クソガキ」

「ゴミみたいな名前したカスみてぇな警官」

「こいつ‥‥‥!!」

「なんの用で? 俺にも用事ってもんがあるんだよ」

「石神ルイから話は聞いた」

「‥‥‥‥‥‥」


 また、鬼関連の話。

 嫌になった。


「すいませんね! 東五代さん、息子さん借りますよ」

「月一七〇〇円」

「なんでサブスクリプション方式なんだよ。たっけぇなお前」


 会議室の方に通されると、ジョーは懐から粉々になった赤い理機を取り出した。


「君は、鬼の血を引くのか」

「知らん。親は何も教えてくれなかった。時が来たら教えるとばかり言われて育った。時が来る前に両親は殺された」

「そう、だったのか」

「これで満足か?」

「いや、まだある」

「チッ、ハァーッ‥‥‥」

「なんて高圧的なガキなんだ。‥‥‥君は、エナシというのを知ってるか?」

「会ったことがある」

「なに!?」


 ジョーは驚きのあまり飲んでいた茶を気管に詰まらせて咳き込んだ。咳き込みながら、「話してくれ」と言う。


「家族が殺された。両親と兄だ。俺の家族を殺したのは、頭のおかしい奴らだったので、生きていた俺は逃げて、その道中で公園の東屋で休んでいた。そこにエナシがやってきた」

「その男はこんな感じだったか?」


 写真を見せられる。


「そうだが?」

「何かを言われたのか?」

「お前はあまり人を恨む性分ではない‥‥‥お前はまだ自分が分かっていないんだ‥‥‥などなど何様のつもりかわからんが、クソみたいなことを言われたよ。いま思い出しても腹が立つ」


 エナシは子供には優しいんだ、とジョーは力の抜けた声で返した。


「そのエナシっての結局なんなんだ」

「わからない。意味不明なんだ。たぶん頭が壊れていたのだと思うけれど、『鬼だけの世界』を作ろうとしていた。結局‥‥‥セカイダーというのに敗れ、死んだがね」

「へぇ、あの人死んだのか。だからか」

「ん?」

「家に木村コウタだとかって名乗る不細工な面した男が来たよ。それとおんなじようなのを渡してきて、『鬼にならないか』とか言ってきた。なるほど、エナシとかっていうのが死んだからか」

「き、君はどうしたんだ!? まさか‥‥‥」

「渡された理機を握りつぶして、木村コウタの顔を多少マシにしてやった」

「なんでお前‥‥‥捕まってないんだ‥‥‥」

「ハ。犯罪者じゃないからだろ」

「‥‥‥‥‥‥」


 経歴が。


 あまりにも似ていた。家族を失い、彷徨い、鬼に目覚める。


 エナシ‥‥‥横井信彦とおなじような人生で、そして、そのとき感じだ危機感というのは、彼の目を見るとはっきりとしたものに変わってしまう。


 瞳に光のない少年。


 少し上がった口角が余計に悪人面を強調しているし、この男の余裕はおそらく蹴りをひとつでも放てば周囲にいる人間など一瞬で殺してしまえるという他者の弱さへの確信からくるものだ。


 エナシにそっくりだ。


「なにか?」

「いや‥‥‥なんでもない。君は、好きなことはあるか?」

「人の苦しむ顔が好きだ。悪人のな。人を苦しめて当然と考えているれんじゅうが喚きながら自分の不幸を自覚していくのを見るのは、とても心がよろしくなっていくよ」

「‥‥‥‥‥‥」

「なにかァ」

「どうして、そんな人間になったんだ」

「ハハァ。現代日本のおかげですよ」


 心底馬鹿にしたように笑った。笑って、家に帰されて、その道中オサムはジョーの眼を思い出す。


 あんな目は今まで何度も向けられてきたし、むしろ向けられるような言動をしている自覚もある。


 けれど、モヤっとしたものが胸に広がる。


「‥‥‥‥‥‥夏の悪魔だ‥‥‥くだらない‥‥‥」


 土曜日になると、仕方がないので体育祭の見物をした。ワーワー‥‥‥キャーキャー‥‥‥時間が過ぎていく。


 うつらうつらとしてきて、木に背を任せていると、夢を見た。いつもと同じ夢で、家族がおかしなやつらに殺される様子だった。


 家族の死体は「クズ」だとか「恥知らず」だとかと言っていた。


 オサムだって、何も一人だけ生きたかったわけじゃない。


 母は助からなかったけれど、母の腹のなかにいた弟だけでも助けられる気がして、助けようとして、死んだ母の腹を裂いて赤ん坊を取り上げた。


 しかし、背後から蹴りつけられ、赤子はオサムの胸に押されて潰れた。そこから、もう壊れてしまった。


 何でもよくなって、泣きながら逃げ出した。


 なにも、一人だけで生きていきたかったわけじゃない。なにも、一人で逃げ出したかったわけじゃない。


 助かるなら、弟だって助けたかった。父はよく週末になると遊んでくれて、釣りに連れて行ってもらえるのがうれしかった。


 母はちょっときな臭いところがあったけれど、「痛みを知る優しい人になりなさい」とオサムに教えつけた。兄も、姉も。


 みんな、みんな、大好きだった。


 でも、みんな死んじゃったし。ひとり殺したし。


「‥‥‥さん、‥‥‥ーい。‥‥‥おーい」


 瞼をあげた。


「あっ、起きた。来てくれたんですね。寝てたけど」

「‥‥‥‥‥‥」


 カオルの後ろにはカオルの母がいる。


「泣いてました? えっと‥‥‥大丈夫ですか?」

「俺が泣くわけないだろ。‥‥‥‥‥‥貴様。おい、貴様。貴様だ、おい。おい、おい、おい、おい、おい、おい。おい。なんでそんな目を向けられないとならないんだ。礼節をわきまえろよ。自分の立場を理解して、礼儀と節度をもって、人を見ろよ。バカ女。おい貴様、なんで、貴様のようなバカに、そんな危険視されないとならないんだ」


 気が立っていた。見たくもない夢を見せられて、苛立っていた。だから、睨みつけるようなカオルの母の視線が許せなかった。いつもはこんな事でいちいち腹は立てていないのに。


「どいつもこいつも、そうやって‥‥‥」


 今の自分は急所が丸出しの状態だから、そこを攻撃されてしまわないように、あらかじめ攻撃しておく必要があると脳みそが判断したのかもしれない。攻撃してきそうなカオルの母に先制で威嚇して、カオルの制止を振り切って歩き出した。


「どいつもこいつも、旧人類‥‥‥」


 やはりどうあっても人は憎いし、殺したい。世界が憎しみに包まれていく。苛立ちが‥‥‥オサムだけを愛している。世界が黒に包まれていく。光を得ない瞳がゆらゆら揺れていく。


「邪魔ばかりして、人を侮蔑することに必死になって‥‥‥悪人だ、れんじゅうは頭がおかしいクズだ、生きていちゃならない生き物だ。クソッタレなんだ、俺はそんなクソッタレにいじめられて‥‥‥可哀想だ‥‥‥」


 日々がそうして、擦れて‥‥‥過ぎていく。


 人を憎んで、目の前の人間が邪魔なら蹴り飛ばしてしまえばいいと、荒れながら、毎日生きていく。


 カオルは、母に「もうやめておきなさい」と言われても、オサムが一人で生きようとしているのを見ると、放っておけなくなって、毎朝変わらず声をかけ続けていた。


 もう、返事をすることもなく。


 ただ一言を返したことがあった。「蛙の子は蛙」とだけ。


 七月九日。


 母のせいで完全に警戒されている、と気づいてからは声もかけづらかった。トモヤのような「親友」ならちゃんと声も聞くんだろうか、返事もするんだろうか。


 たまたま出会っただけの関係性。


 たまたま、近所だっただけ。


 運命でもなんでもない出会い。


 立ち止まった。次の瞬間、地面に大きな口が現れた。──堕ちる、寸前、蹴り飛ばされ、気が付けばオサムが吸い込まれていった。


「あ‥‥‥」


 まずい。


「‥‥‥‥‥‥」


 まずい、なにか、なにかマズイことに巻き込まれた。


「東五代さん‥‥‥?」


 一瞬の不理解。次の瞬間、大いなる理解。オサムが何か人間じゃない存在に食われてしまったのだと理解した。


 焦って、警察に通報するべきかとか、そういう事もなく、頭の片隅にあった「不思議なことがあったら連絡してくれ」と渡されていたジョーの電話番号を思い出した。


 ジョーは要領を得ないカオルの言葉から「東五代さんが」「変な口に」「飲み込まれた」という言葉を聞いて、「わかった」と言うと、一方的に通話を切った。


 心臓がバクバクする。


 オサムは痛む頭を押さえながらおきあがった。


 そこは色のない世界だった。モノクロの景色がずっと続いている、嫌な世界。歩き出しながら、コンビニエンスストアをのぞいてみると、おそらく人間の死体からニョキニョキと変な虫が湧いていた。


 それを無視して次の場所へ。


『あーだるい、あいつ死なないかな』


 声がする。死体からの声だ。死体が喋っている。会社の上司への愚痴だろう。嫌悪感と侮蔑の色のする声色。


『あいつ、女のくせに偉そうだから気に食わないなあ!』

『げ! 外国人だ、いやだなあ』


 ‥‥‥‥‥‥。


 差別的。


 人間というのは、どうしてこうやって憎しみ合うことしかしない。ここはまるで地獄のような世界。


 オサムは自分の足元からドロドロとした黒いものが溢れ出していることにも気付かないで歩き続けていた。


 歩いていると、死体から石を投げられた。

 自分に関する本音を聞いた。


『目つきが悪い』

『口が悪い』

『病気みたい』

『気持ち悪い』

『なんであんなのが生きてるんだろう?』


「‥‥‥‥‥‥」


 憎しみが募っじかくしていたから、い化け物どものいる世界なら壊してしまっても構わない様な気がしてきて、自分にその力があることも自覚していたから、本気でそうしようとすら思った。


 憎い。


『心配だな』


「あ?」


 腐って顔も判別できない少女の死体。


『どうにかして、友達になれないな』


「‥‥‥嘘つきだ、嘘つきの言葉だ。こいつは‥‥‥嘘をついている。蛙の子は蛙だ、俺のことを軽蔑しているに違いない、そうしなかった人間はいない、こ、こいつ‥‥‥頭の中ですら嘘をつけるなら、それはもう、病気だ‥‥‥」


 憎い。憎い、憎い、憎い。


 この世には頭のおかしい奴らしかいない。頭のおかしい奴は嫌いだ。家族を奪ったから大嫌いだ。憎い、憎い‥‥‥憎い憎い憎い‥‥‥! 殺したい、殺したい!


「そのねがい、叶えてしんぜよーなんて言ったら、君はどう思うかね」


 男の声。オサムがつよく睨みつけると、男は「わわ」と焦ったように笑顔を作った。


「怪しいものじゃないよ、僕はこの世界に住んでるんだ。特別な力があってね、君に、君の望む全てを作り出せる力を与えることができるんだ。例えば怪異を破壊する力! 例えば怪異を作り出す力! 与えることができます。人を鬼にする力もあるよ」

「誰だ、貴様。名乗れよ、礼儀がなってないな。礼節は弁えろよ。俺が上で貴様が下だ。調子に乗るなよ、低知能で低機能の社会不適合者め。タメ口はよろしくないだろ。頭を垂れろよ、貴様」

「キマってんなぁ。よし! お仕置きしよう!」


 ところ変わって、石神ルイはようやくまともに歩けるようになったものだから調子に乗って、島澤伴内と連れ立って散歩をしていると、道に蹲っている少女を見つけていた。


 伴内は駆け足気味にその少女に駆け寄っていって、「どうしたか」と聞いた。少女──カオルは、あわてて、ぐちゃぐちゃの思考のまま、今起こったことをそのまま話した。


「東五代さんが、あの、地面から出てきた口に飲み込まれちゃって、ほんとうは私が飲み込まれるはずだったのに、でも、私を助けてくれて、かわりに飲み込まれて、のみこまれ、ちゃって、あの、あの人が、落ちちゃって、口も消えて」

「東五代‥‥‥オサムか?」

「ルイ、知ってるのかい?」

「ああ、言おうかどうか迷ってたんだけれど‥‥‥セカイダーになれる、もう一人の男かな」

「‥‥‥なるほど。羅刹鬼の血縁かな。子孫が俺一人だとは思っていなかったけれど‥‥‥こんな近くに居て、どうしていままで出会わなかったんだろう‥‥‥?」


 伴内は「ここかい?」と地面を撫でる。カオルが頷く。


「何をどうするつもりだ?」

「地面から口が出てきたというので、ピーンとくるものがあるんだ。昭和三十二年の夏頃、俺もそれに落ちたことがある。とすると、裏世界の人間の仕業だろうな、と思う。俺も口を作ることができる。お嬢さん、君が心配している、その‥‥‥東五代オサムという人は君にとってどういう人かな」

「優しい人です、でも、怖い人で‥‥‥でも、でも、本当はとっても良い人なんだってわかるんです。今は全部が憎くて、人が嫌いなだけで‥‥‥その人は、とっても優しい人なんです」

「なら、おれも好きになれそうだ」


 地面に口が現れると、伴内はそこへ落ちていった。


「お前そんなことできたのかよ‥‥‥!?」

「現代怪奇の始祖を舐めてもらっては困るな」


 口が閉じると、伴内は白黒の世界にいた。地面にどす黒い足跡が落ちているので、それを伝って百景種能力で感情の動きだとかを読み取りながら、歩いてみる。


 死体があった。悲しい気持ちがのこっている。


 悲しい気持ちはしばらく続いて、次第にそれは怒りだとか憎しみに変わっていった。


 人が憎い‥‥‥人を殺したい‥‥‥そういう負の感情がじわじわと伴内の脳みそを締め付けていった。


「哀しみが怒りになってしまう少年か」


 信彦を思い出す。


 しばらく歩いていると、少年が懺悔するように地面に丸まっているのを発見し、駆け寄る。すぐ近くには男がいた。


 やはり、裏世界の人間。引き伸ばされたように薄い眼はニタニタと笑っている。


「おお、おお、君は噂の現代怪奇の始祖、島澤伴内。どうも、はじめまして。ナガシと申します。‥‥‥さて、その子はとても良いよ。もう少しでこちらに落ちるんだ」

「そちらに? 落ちる?」

「横井信彦のようにね、堕ちるんだよ。心に怒りのある子供というのは、とても扱いやすいだろ、だからさ! 裏の世界は表と迎合するのさ。我々はそれを次の世界と呼ぶことにしているんだけれど、聞いたことあるだろ」

「‥‥‥‥‥‥」

「横井信彦をエナシにしたの、僕たちなんだ。大昔の同胞でね、彼はもう死んでしまったけど、僕があとを引き継いだんだ。彼はいいよ、全部を憎んでいるからね。横井信彦は‥‥‥ありゃダメだ! 女に惚れるくらいの心がのこってた! 女への愛で最後の最期、死のコンマ数秒前、君でさえも許してしまった」

「彼はそうならないと」

「君たち流の言葉を使うと、彼は最高の悪人になれるかも!」

「いや、ならない」


 薄目の男・ナガシが笑った。


「なりますよ」

「ならないんだよ」


 どうやらオサムは精神攻撃を受けていたらしい。

 伴内が少年の背に触れるたびに、頭のなかに彼の過去が流れ込んでくる。家族との幸せな日常‥‥‥それを壊され、心がおかしくなっていくのを自覚する日々‥‥‥それを、どう受け止めればいいのかもわからないまま、他人に「悪人だ」と言われ続けて、自分でもそうなのだと思い込み始めて。


 だから、非常に腹が立つ。


 本当の本当に腹が立つ。


 伴内は少年を撫でながら、ナガシを睨みつけていた。


 思念パルスが飛び、ナガシが吹き飛ぶと、嘔吐するオサムを抱え上げ、地面に手をつく。もう一度口を作り出し、表世界に出てやろうと言うのだが、ナガシはそれを許さなかった。


「僕が見つけた最高傑作だ、僕が見つけた最高の『悪』だ!」

「違う」


 力強い否定に、オサムは恐ろしくなって、肩を跳ねらせてから伴内を見上げた。怒りに満ちた顔だけれど、兄のような安心感があった。


「人を憎んでいて‥‥‥人を殺したいと思っている‥‥‥! 何が違うか! 横井信彦で実証済みだ! 奴はエナシになったぜ、島澤伴内!」

「なってしまわざるを得なかっただけだ。彼は‥‥‥人を愛していた! この子もそうだ、誰かを友と呼べる優しい少年だ! 人を憎み殺したいと思っている人間が必ずしも悪だと思うのは、早計だ! 彼は優しい少年だ、彼は善の道を歩む事のできる人間だ! 彼の涙を! 彼の過去を! この子の苦痛を! 君の都合のいい道具にするな! 彼の苦しみを辱めるな! この子に今後指一本でも触れてみろ! 俺は君を許さない‥‥‥!」

「化け物め」


 口、生まれだして表世界へ。


「ただいま」

「早いな、帰りが」


 ルイは頭を抱えて泣いているオサムを抱える伴内を迎えた。オサムは声を殺すようにして泣きながら、意味の分からない感傷に心が支配されていくのを分かった。心が嫌に絆されていく。


「大丈夫ですか、東五代さん」

「ウウウ、ウウウ」


 記憶の破片。


 頭の中を支配していた苦しみが、破片に戻っていく。


「君が見せられた過去は、過去だ。東五代オサムくん‥‥‥だったな。君のその憎しみは怒りだ。君が困っている人を見過ごせないというのは、それは弱さではなく優しさだ。君の強さだ。君が持つ力だ。よくも、まぁ、あんな怒りを背負いながら、そこまで優しく成れた‥‥‥」


 オサムは精一杯吐き出すように、「服にゲロかけてすいませんでした」といった。


「ゲロ? エエ、アア、かまわないよこんなの。たかがゲロだ」

「自分がこんなに打たれ弱いとは思わなかった」

「そうか。‥‥‥あっ、そうだ。君ね、感謝ならその子にすると良いよ。その子はどうやら君のことを心の底から心配しているらしい。俺は特別だから人の気持ちがわかるんだ。君の杞憂だよ、彼女の心は本物だ」


 思わず、オサムはカオルを見た。


「顔、たいへんなことになってますよ」

「ゲロとか、鼻水とか‥‥‥」

「ハンカチいります? あっ、ハンカチないです」

「なんだそれ」


 それから、鬼人の先輩として先輩風を吹かせたかった伴内は「変身すること」の有益性を語った。


 曰く、身体を包み込むのは毒だったりなんだったり、汚染物質から守る為であり、顔を仮面で包むのは、精神汚染を防ぐためだった、という。


「し、しかし‥‥‥」

「こいつを自分のあの‥‥‥変身するやつ、握り潰したんだよ」

「なにしてんの‥‥‥?」

「高機能すぎて身体が使いづらくて、だったら素体で戦ったほうがまだやりやすくて‥‥‥」

「慣れれば割と、なんだけど‥‥‥まぁ。こういう時のためではないけど、君には俺のスペアをやるよ。できれば使うような機会はあってほしくないけど、君はきっと首を突っ込むだろうし‥‥‥持っておいたほうがいいね」

「使わないんですか、島澤さんは‥‥‥」

「俺はもう鬼の血とか残ってないから、いいんだ」


 ションボリ。


「そうだ、それと‥‥‥君、あんまり他人を殴ったり蹴ったりはいけないよ。他人に厳しすぎるのもあんまり良くないな」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥善処、します‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥善処‥‥‥‥‥‥」

「そんなに嫌なの?」

「あんまりなめられるのが好きではないんです。礼節をわきまえないクズばかりだ」

「フレンドリーだって考えると良いよ」

「ふれんどりぃ‥‥‥?」

「フレンドリーの概念を知らない‥‥‥!?」

「今までずっと人間は敵だったので‥‥‥すいません‥‥‥」

「大丈夫! 人はいつでも変われるし、なんなら変わらなくても君はなんだかんだ人に合わせることができるタイプの人間だし‥‥‥そうだ! 最近、俺の前職場の後輩がやってきたんだ。彼は君と同じタイプの人間だから仲良くできるかもしれない。紹介しようか」

「前職場ですか‥‥‥? それって、霊媒師とか?」

「ああ、違う。なんて言えばいいのかな、警察みたいな、なんというか‥‥‥国際特別警察機構っていう組織なんだけれどもね、特別な事案に対応するための組織で、その彼っていうのがそこの捜査官なんだ」

「なるほど‥‥‥」

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