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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダーS
7/23

第7話 鬼の子、もうひとり

前章が気に食わないので続きを書きます

一度完結にしてしまい、どうもすんませんした。

 二〇〇〇年の五月頃、オサムは家族を失った。

 頭のおかしいれんじゅうがオサムの家族を殺した。


 オサムには親戚がいなかった。

 だから、路頭に迷って腹が減っても、眠気が襲って来ようとも、ボタボタと足を前に進めて、何処に行くでもなく歩き続けていた。


 人間を恨んだ。心の底から恨んだ。自分に人間を殺す力が宿ったなら、躊躇わず人を殺したいと思った。


 けれど、自分を生かすので手一杯だったので、オサムは辛うじて人殺しにならずにすんだ。


 暫く歩いていると、公園が見えた。


 どれほど歩いたのだろう、其処は盛岡市の公園だった。そこには東屋があり、オサムはそこで雨宿りをしていた。


 もうすぐ死にそうな気がした。もうすぐ家族の元へ行くのだろうかというような気がした。けれど、そこに彼が来た。


 微笑みを浮かべ、オサムに語りかけた。

 男はエナシという名前を使ったが、オサムはなんとなく本当の名前ではないことがわかった。


「君は、あまり人を恨む性分ではないんだね。その目は、とても母に似ている。死にそうだね、何日もご飯を食べていないんだね。風邪を引くよ、びしょぬれだからね」

「ころしてやる」


 オサムはそう言った。


「君が望むのは本当にそんな事かな。きっと違うね。君はまだ自分が分かっていないんだ。きっととても嫌なことがあったんだね。人が憎いかい。ふふ。大人を呼んだから、きっとすぐに迎えが来るよ」


 気がつくと、エナシは姿を消していた。


 彼の言う通り警官数人がやってきてオサムは保護され、そのうちの一人に引き取られた。


 人を憎み続けて、殺してやるとばかり考えていた。そんな狂犬のような目をしたオサムを、東五代(ひがしごだい)スグルはあきらめなかった。


 学校では毎日のように喧嘩をしていた。


 何がなくともイライラしているのに、上級生が下級生をいじめていたりすると、頭に来て、手が出てしまった。


 エナシの言葉が頭のなかで反響する。「君はまだ自分が分かっていない」という言葉。


「わかってる。俺は俺だ。俺は俺のはずだ」


 二〇〇八年、五月二日。学校帰りに木村コウタという男がやって来た。急所を探るような目つきを浴びながら、「鬼になりませんか」と言った。


 ライターのような形状の何かを渡される。

 木村コウタを蹴り飛ばし、それを握り潰す。


「また、鬼だ」


 懐から赤いそれを取り出した。


「ハハァ、これを使えば鬼の姿になれるのか」


 オサムの母はこのライターのようなものを、「理機」と呼んでいた。理機の使い方はいつか教えると、言っていた。


 教えて貰う前に母は殺されてしまった。


「おい、俺の目の前で倒れてるんじゃないよ。ゴミ以下のくせに、俺のことを邪魔しようとするのは、傲慢だろう」

「ウ、ウウ‥‥‥き、さ、ま‥‥‥」


 木村コウタに偉そうな口を聞かれたので口に靴を押し入れて、そのまま地面を踏みつけるようにして、道の脇に蹴り飛ばして、帰宅した。


「お門違い‥‥‥お門違い‥‥‥お門違い‥‥‥」


 帰宅して、勉強をしていると、外から悲鳴が聞こえた。

 どうやら中学生ほどの少女が誘拐されそうになっているらしい。


「クソッタレ‥‥‥いつも‥‥‥いつも‥‥‥俺が何かをしようとするたびに何か起きて‥‥‥バカにして‥‥‥おまえらは、いつもいつもそうだ。クソッタレだ。クソッタレ‥‥‥」


 ブツブツと言いながら窓を開け、飛び降りる。

 少女の腕を掴む男の頭に着地し、間髪入れずに、「なんだ」と叫んだ男の両眼球にボールペンを突き刺し、頭をアスファルトの地面に叩きつける。


「人を泣かせないと気がすまないのか、お前らは」

「なんだ貴様は‥‥‥!?」

「誰に口利いてるんだ、お前?」


 隙を見て、男たちが少女を掴み、車に押し込むと、無理矢理飛び出していってしまった。


「俺を無視したな」


 ゆっくりと歩き出し、ファミリーレストランの前でバイクに跨りヘルメットもなしに出発しようとしていたガラの悪い集団が見えると、「ヘルメットとバイク!」と叫び、ぶんどった。


「何を急いでんだよォ、ヒガシゴ!」

「俺を無視したれんじゅうを壊すんだよ、誘拐犯でもある。手伝えば英雄にでも何でもなれるんじゃないのか」

「なに、誘拐!? そりゃ大変だ! お前、はよ行けやボケ!」


 ところかわって少女は車の中で、縮こまって、「ヒイヒイ」と荒く呼吸をする男たちを細目で見ていた。


「さ、さっきのなんなんたよ!? あのガキ!」

「知るか! はやく鬼様のところへ連れて行かなくっちゃあ‥‥‥」


 車は法定速度を超過した速度で盛岡を抜け出し、山のなかに向かっていく。捨てられた集落に入ると、其処には白衣の男たちがいて、そのうちの一人が「おまえは鬼様の子をつくるんだぜ」と叫んだ。


「子を、つくる」


 それは、つまり。


「や、やだ‥‥‥」

「拒否権なんかあるか! ハハハ、ハハハ」

「いやだ、いやだいやだ、帰して、なんで、なんで私が‥‥‥」

「うるせぇ! 殺すぞ!」


 そう叫んだ男の頭にバイクの前輪がぶつかった。


「借りたバイクに糞が付いちまった」

「ま、またお前だ! またお前だ! お前死ねよ!」

「お前、俺のこと無視したよな」

「あぁ!?」

「無視、したよな」


 その男‥‥‥オサムから異様な気配が垂れ流しにしてあるので、男たちはみんな黙りついてしまった。


「返事」

「い、あっ、お、お前何言って」

()()‥‥‥?」

「‥‥‥‥‥‥」

「ハァー‥‥‥馬鹿は生きる資格がなくて可哀想だ‥‥‥」

「なにしてんだ。やっちまえ!」


 叫んで拳銃を取り出した男を、オサムは片腕でバイクを持ち上げると、顔面に叩き付けた。


「いまは俺が喋っていたよな? わかったか? 『礼節』は弁えろよ、なによりも『礼節』は大事だ‥‥‥俺の前にいる時は。そうだなお前らまず、跪いて、俺に服従しろ」

「ウ、ウウ‥‥‥」

「君はしなくてもいいよ」


 少女が跪こうとしたところをオサムは肩を蹴りつけて止めさせた。


「君は、もう大丈夫」

「えっ?」


 オサムが男たちの頭を蹴り飛ばしはじめた。


「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こ、と‥‥‥ちょうど十匹の蛆虫どもで溢れてやがる。ふぅん、生ゴミに群がる間抜けってことか」

「こ、いつ‥‥‥!」


 その時、赤い皮膚の異形が現れた。

 どうやらそれは鬼らしい。


 臭いが、少し懐かしい。


「新しい世界の‥‥‥エナシ様の‥‥‥血をいただき新しく作った、新しい神だ、鬼様だ! 貴様は明日の未明にはうんちだ!」

「エナシ。ふうん、そういうことか。ハハァ」


 鬼が拳を振るう。オサムはそれを躱して、首を蹴り飛ばした。

 すると、鬼は痙攣した後動かなくなり、塵になって消えていった。


「神様が仏様になっちゃったな」


 その「鬼様」のスペックを知る全員が驚き‥‥‥そして、知らないにしても音が遅れて聞こえてくるほど超速の蹴りを放つオサムに少女は驚き‥‥‥無音が広がった。


「ああ、そうだ。この後どうするべきかはお前ら自分で考えろ」

「ウ‥‥‥ウ‥‥‥」

「君は、山を降りられるか」

「あ、はい。あ、ありがとうございます」


 山を降りるにあたって、オサムは廃村にヘルメットが転がっていたので「ちょうどいい」とそれを拾い被ると、ライオンのステッカーの貼ってあるダサい黒と金のヘルメットを少女に渡した。


 ファミリーレストランまで戻ると、彼らは屯しており、「きたきた」とオサムを迎えた。


「いわく付きになったかもしれないが、気になるなら乗り換えろ」

「人轢いたの?」

「轢かれるようなことを轢かれるようなところでしていた奴が悪いだろうに。それでも俺を非難したいというのは、必要以上に意地汚いな」

「うーん。うるせ! だけんど珍しく返却してくれたからまぁいいか。俺達このまんまバイク捜索大作戦かなって話し合ってたとこだぜ」

「暇そうで羨ましいよ」

「こ、こいつ‥‥‥!」

「っつーかその子が誘拐されかけてた子? たぶんまだ中学生くらいだろ? 警察寄らなくて大丈夫なのかよ、おい?」

「人を轢いておいて警察が呼べると? なんとまあ楽観的で」

「しばくぞ‥‥‥! せめて交番には届けなさいよ!」

「誰に口利いてんだお前」

「バカにだろ」

「あ?」


 ヤンキー風のれんじゅうは少女の心配をして、近くを通りかかったパトカーを停めて、事情を話すと、警官はすぐに山に向かうように無線通信を飛ばした。


「しかし、またあの山か」


 警官が呟いた。


「おい、貴様」

「あ、おバカちゃん。警察に向かって貴様ってなぁいけんてしょうが」

「貴様、『また』ってなんだ。前もあったような口ぶりだな」

「あそこはもともとカルトの集落なんだよ、今年の二月だったかな、その頃にもあったんだよ、君なんだ? 頭が高いな」

「頭が高い! ハハァ。そう見えるなら貴様も少しは大きくなったらどうだ。ハッ、無理か」

「何だ君! こら、名前と住所を教えなさい」

「断る。誰に命令してんだお前、図々しいな」


 ぺちん、とヤンキー風の男に頭を引っ叩かれる。


「こいつは東五代オサムっつって、俺たちと同じ高校通ってんです。あっ、これ俺の学生証と免許っす」

五百森(いおもり)トモヤ? ふぅん、五百森ね。どこかで聞いた名字だな。まぁいいや、東五代オサムね、わかった。覚えておくよ」


 オサムは叩かれた頭を撫でながら、パトカーを思い切り蹴りつけた。


「こら! すいませんこいつ誰にも制御できないんです」

「東五代オサム様だろうが、頭が高いなァ‥‥‥!」

「お前もう病院いけよ」

「そもそも気に食わないなぁ! 『礼節』っていうのを弁えろよ、貴様! 貴様の名はなんだ、人の素性ばかり分かっててクソッタレじゃないのか!? 降りてこい、殴り砕いてやる」

「うるせぇなぁ。早池峰ジョーだよ」

「ゴミみてぇな名前だな」

「こら!」


 翌日、少女──南カオルはあの頭のおかしい男が気になった。

 怒りやすいしひどく暴力的だったけれど、けれど、優しい人であるような気がしてならなかった。


 警察には「もしものことがあったらあれなので、しばらく家から出ないほうがいいかもしれない」というように注意を受けたので、この四連休はずっとそのことばかり考えるようになった。


 学校への登下校もやっぱり何かあってはならないので親の車で、車窓から外を眺めている。


 すると、特徴的なダサいヘルメットが見えた。


「お母さん、止めて!」

「え、え、なに!?」

「いいから」


 車が停まると、すぐに窓を開けて、トモヤと二人でいるオサムを見つけた。オサムは手に救急箱を持って、心底嫌そうな顔をしながら、おそらく膝をすりむいたのだろう子供の怪我を手当てしていた。


「あ、あの人だよ‥‥‥私のこと、助けてくれたの。あの、人相の悪い方」

「どっちも人相悪くない?」

「えっと‥‥‥学校が普通な方。東五代オサムっていうらしいんだ。とっても強い人で‥‥‥やっぱり、優しい人なんだ」

「へぇ〜お母さんにはそう見えないけどなあ」

「東五代さん!」


 呼びかけると、彼はカオルの方を向いて「馴れ馴れしいぞ君」と一喝。そこをトモヤが「なんでだよ」と引っ叩く。


「先日はうちの娘が助けていただいたようで」

「そんな事を言うためだけに俺の時間を奪ったのか?」

「イヤーッ、ごめんなさいねお母さん! 取り敢えず他人を威嚇する奴なんです、こいつ。そろそろそういうのやめろって言ってんですけど、直んねえんです」

「お二人は、ずいぶん仲がいいですね」

「小学からの友人なんだよ」

「へぇ〜、幼馴染ってやつですね!」

「親友だ」


 拗ねるようにオサムが言う。


「二人は高校いかなくてもいいの?」

「創立記念日で休みなんだよな。だから俺がこいつを連れ回してたんだけど、ほら、あのガキが道端でスッ転んで」

「足元に注意を向けない現代文明人のクズ。バカなガキ」

「ガキにキレてんのキッチィ〜からやめろ」


 喜怒哀楽の怒くらいしか見えていないけれど、カオルはオサムのその表情の変化から目が離せなくなっていた。


 見つめすぎていたのだろうか。


「なんだ、君は」

「あっ、ごめんなさい」

「そもそもだ。そもそも、貴様らはどうして俺の時間ばかり奪おうとするんだ? もう少し世界を知ったらどうだ。そうすれば俺の人生の邪魔なんかしている暇は貴様らのような凡人類どもにはないと理解できるはずだが。それともそれができないくらい脳みそがバカなのか? 『礼節』を弁えろよ」

「ウザ」


 学校に向かう道中、「頭のヤバい人だけど、優しい人なんだよ」と母に言う。カオルの母は「そうだといいね」とだけ返した。


 娘の変化には気付いていた。


 あの日からずっとぼーっとしている。声をかけても返事がないなんてこともある。


 まさか恋でもしちまったかと心配になれば、母としてはやっぱり一人で育ててきた子供が、目が据わったなんかやべぇ奴に惚れてしまうのは、心配すぎる。


 あの男に善性があるとは思えない。テレビでよく見る全国指名手配の殺人鬼と同じような目をしていたからだ。


 このような評価を受けるのはいつものことだった。


 トモヤからしてみれば、この男はいまではだいぶ丸くなった方で、小学時代はことあるごとに問題を起こして、担任教師が立て続けに八人離職したこともあった。


 生徒に手を出すために無理矢理服を剥ぎ取った教師をどこまでも追いかけてボコボコにしていたことも覚えている。


 ショッピングモールに連れ出してみれば、いたるところに睨みつけており、ヤンキーリスペクトの自分よりよっぽど危ない男のためグレる暇がないこの男のおかげで道を踏み外していないのだなと実感できてしまう。


 老婆が重いダンボールを自分で運んでいるのを見て、オサムは舌打ちをしてから声をかけて、ダンボールのほとんどを持ってみせた。


 昔から力持ちだなぁ、とトモヤも手伝う。

 どうやらここから数十分歩いた所に家があるらしい。「バスは使わんのか」「誰か手伝ってくれる人はいなかったのか」としつこく聞きながら、ムムム、と顔をしかめながらオサムは老婆について歩いた。


 五月の陽気は背中に汗をにじませた。


 老婆の家についてみると、隣に大きな空き家があり、そこに男か女かわからん奴がいたので「貴様も手伝えよ」と叫んだ。


「お前は本当に‥‥‥他人と関わるのに躊躇いがない‥‥‥!」

「なに、若いんだから。手伝うのは当たり前だろ」

「失礼だろォ!?」

「しるかよ。俺は王だよ」

「なんのだよ」


 そうしていると、その中性的なのがやってきて、オサムからダンボール箱を二つ取った。


「おばあちゃんの手伝いかな? 優しい孫たちだね」

「赤の他人だよ」

「驚くべきことに出会って二十数分なんすよ、俺ら」

「えぇ?」


 老婆が玄関で躓きそうになっているのを片足でそっと支えながらオサムは「手伝えよ木偶の坊ども」と挑発するように言った。


「あいつ、困ってる人は見過ごせない奴なんです」

「いいやつなんだ」

「普通にカスでもありますけどね。あんたはいったい?」

「あの家に今度引っ越してくるんだ。なんていうのかな、恋人? みたいなのがそろそろ仕事を辞めることができそうでね。農家するんだ」

「へー! 脱サラ農家って感じだ。いいなあ、俺、トマト好きっす」

「いいね」

「手伝えよ木偶の坊ども!! 脳みそがバカなのか!?」

「そんな言い方しなくてもいいだろぉ〜?」

「ははは」


 二人はとりあえず自己紹介をした。


「俺、五百森トモヤっていいます」

「俺は石神ルイっていうんだ」

「かっけぇ名前。ちなみにあいつは東五代オサムっていいます。俺はヒガシゴって呼んでます」

「へぇ。ヒガシゴくん」

「なんだ貴様、失礼だな。礼節を弁えろよ。いきなり距離が近すぎるんだよ、いきなりヒガシゴはダメだろ」

「東五代は言いづらすぎる」

「何のための下の名前なんだ」


 運び入れが終わると、老婆・遠野(とおの)エツコ、ルイ、トモヤの三人は茶を飲みながらゆるゆると雑談をしていた。


 ルイの恋人だかなんだか分からん奴はどうやらほとんど病気のような善人で、やりたくないことをやりたくないと泣きながらやりきったガッツの持ち主らしい。


 ちなみにこの間オサムはホームセンターで段差スロープを購入してきて取り付ける作業を行い、老婆の生活動線にある全ての段差をなきものにしようと躍起になっていた。


「おいババア、勝手に線香あげたぞ」

「どうもねぇ、オサムくん」

「ふん。感謝しろ」

「なんだお前!」

「君」

「あ?」


 ルイは微笑んでいる。


「うちのバカが好きそうだ」

「バカに好かれて何が嬉しいんだ。そのバカと戦えばいいか? 顔面ぶん殴ってやるよ」

「凶暴すぎる」


 それから日が暮れる前に三人はエツコの家から退散した。オサムはそろそろ本気で家に帰りたくなってきた頃合いだったが、森のほうから悲鳴が聞こえてくる。


「なんだ‥‥‥!?」

「また鬼か?」

「エッ?」

「俺は行く」

「俺も行く」

「待って、俺も行く」


 三人でそちらに向かってみると、猿が犬に入り込もうとしているところで、飼い主だろう小さな少女が泣きながら「マチャ」と名前を呼んでいる。


 犬は完全に死んでいるけれど、猿はニタニタ笑いながら、犬に入り切ると、すると、肉がぶくぶくと太り始めて、大きな化け物に姿を変えた。


「鬼じゃないのか」

「どうする、どうする」

「落ち着きなさいよ、 バカ。君はその子を保護、石神だとかいうのは、警察に通報」

「おまえは?」

「猿退治だ」


 その猿は全長四メートルほどになり、拳を振り回しながら嬉しそうにするグキキキと笑っていた。


 しかし、しばらくすると少女のほうを向いて、拳を振るおうとするので、オサムはすぐにその前足に蹴りを叩きつける。


 音が遅れてパァン‥‥‥と響くが、しかし効いていない!


 そういう生き物は初めてだったが、妖怪だとかそういった類いなのかもしれないと思いなおすと、それを受けれいることができるような気がした。


 自分の身体じゃどうしようもないが、どうしようか。

 そんなものは、決まっている。


「トモヤ、俺がどうなっても受け入れるか」

「あ!?」

「どうか?」

「当たり前だバッキャロウ」

「ありがとう」


 懐からそれを出した。


 ライターのような形状をした謎の装置、ルイはそれを見た瞬間、ぎょっとした。


 〝カチッ!〟


「こんな時、なんて言うんだったかな。‥‥‥まぁいいか、なんでも」


 外骨格が形成されていく。神経が通り、強化筋肉・強化皮膚が形成されていく。土気色の強化皮膚のうえに、青い生体装甲が現れる。

 白く濁るなかに青い光が揺れる複眼。

 くちばしのような装飾。汚い色をして畳まれた翼。


「セカイダー‥‥‥?」

「セカイダー?」


 猿の拳をかわしながら、姿を変えた自分の体を動かす。あまり‥‥‥慣れない。身体があんまりにも思うように動きすぎる。


「なんだ、この身体‥‥‥!? 高機能すぎて使えない!」


 腹に腕を突っ込み、理機を取り出すと、握りつぶした。すると変身が解けて、猿が笑いながら腕をぶん回す。


 オサムはその腕を掴みながら蹴りつけて無理矢理圧し折った。


「ギャア、アギャアア‥‥‥」

「男がいちいち喚くなやかましい」


 猿は怒った。自分の思い通りにいかないので、癇癪を起こした。猿は決して絶対に人間を対等な存在だとは見てくれない。


 そこにある運動神経の低い自分たち類人猿の形損ないだとしか思わない。だからこそ、オサムのようなイレギュラーは認められなかった。


 実際‥‥‥一発目は‥‥‥なんてことのない軽い蹴りだった!


「ウギイイイイイ」


 だんだんと、重くなっていく、蹴りがだんだん脅威度を増していく。猿は焦りながら、とにかくこの小さいクズを叩き潰さなくてはならないと分かっていた。


 し、しかし‥‥‥!


 当たらない‥‥‥。攻撃が一発も当たらない。当たろうともしてくれない。当たってくれるわけがない。当てようとしても、避けられる。まるで思考を読まれているみたいに。


「やっぱりダメだな、類人猿は。キイキイうるさいだけで‥‥‥気持ち悪い」


 金的。


 そして、そこから赤い光を持ったヒビが身体中に広がっていく。


「ギャ、キャ、ア、アア!」


 猿はうろたえた。融合さえ解けば、命は助かるかもしれない。犬を脱いだ。犬に残った赤いヒビは、すぐにオサムに回収され、顔面にたたきつけられた。


 顔面にヒビが、ついて‥‥‥広がっていく‥‥‥。


「ギキキキキ! ギギ! ギ! オ!」


 爆発。


「‥‥‥おい、ガキ」

「ウウウ、ウウウ」

「たらーん」


 オサムは少し弱ってはいるけれど生きている犬の様子を少女に見せた。


「お前の犬っころだろ、家に帰ったらちゃんと身体を洗ってやって、ご褒美やんなよ」

「うん、うん、うん!」


 オサムの腹から血がボタボタと落ちている。


「君、それは‥‥‥大丈夫じゃないだろ、病院に行こう」

「この程度の傷なら二時間後には治ってるだろ」

「治るわけがないだろう‥‥‥!? 死んじゃうかもしれないんだぞ」

「死なない。治る」

「なんで、お前らはどいつもこいつもそんな感じなのか‥‥‥!? ほ、ほら‥‥‥血が‥‥‥血が垂れてる!! 失血性のショック死だって十分あり得る量の血だぞ!」

「うるせぇな、いい加減にしろよテメェ誰に口利いてんだおい」

「やめろ、やめろ。オサム、止せよ」

「何故止めるか」

「お前が概ね間違ってるからだろ。普通そんくらいの怪我してたら死ぬんだよ、人間は。お前が変なんだよ、治るにしたって、それを説明しないんじゃ納得だって誰もできないだろ」

「俺は鬼だ。人じゃない」

「ひ、とだ‥‥‥‥‥‥鬼の血を引いてたって、人から生まれたなら人の子だ。に、二度と言うな‥‥‥自分を大事にしてくれよ‥‥‥」

「ここにいない人間を俺に重ねるな。アホらしくって気持ち悪い」


 ビンタ。それを避けて、逆にビンタを食らわせた。


「自分の世界でしか物を言えないような浅はかなクソッタレに文句を言われるようなことはしていないつもりだ。俺はトモヤだけがほしかった。勝手についてきておいて勝手に取り乱すな。嘆かわしい‥‥‥これが現代人の知能レベルか?」

「言わんでいいことを言うな、おい」


 忌々しい! と吐き捨てて森を出るように歩き出したオサムに、少女は慌てて「お兄ちゃん」と声を投げた。


 オサムは足を止めなかったが、多少歩く速度を落とした。


「ありがとう‥‥‥ありがとうございます!」


 オサムはそれに返事をせず、振り向きもせず、頭の横でサムズアップを作り、歩き去っていった。


「大丈夫スか?」

「彼は」

「ン?」

「きっと‥‥‥これから先、君にとって‥‥‥嫌な方に、進んじゃうかもしれないから‥‥‥きっと、ずっと友達として居続けるつもりなら、きっと、きっと‥‥‥ずっとそばでいつもみたいに頭、叩いてあげてね」

「なんです、それ」

「‥‥‥ある男がいたんだ‥‥‥──あるときは優しい好青年‥‥‥──あるときは優秀な霊媒師‥‥‥──またあるときは鬼の王‥‥‥──そしてある時は‥‥‥なんて、いくつもの顔を持ちながら、けっして自分の身だけは顧みなかった正義の使徒。そんな男は、一度想った女の息子を殺す為に心を鬼にして、戦い抜いて、倒れたんだ。最後は‥‥‥」

「死んじゃったのかい‥‥‥!?」

「生きてたさ。でもね、でも‥‥‥心に穴があいたようになって‥‥‥いつもみたいに笑わないんだ。戦いは、人を殺すだけだ。生き残ったとしても、心が死んでいくだけだ。‥‥‥その男の名前は、島澤伴内!」


 トモヤはその名前を聞いたことがあった。祖父が、初めて心の底から尊敬した大人だと──。


「伴内は、さっき東五代くんが変身したような『鬼』になる力を持っていたんだ」

「‥‥‥あ、あれはなんです‥‥‥!? まるで、変身ヒーローブームに乗っかった‥‥‥下手な自主制作みたいだ」

「セカイダー。千年以上前に三ツ石に手形を残した鬼がいた。羅刹鬼。その子孫‥‥‥」

「じゃあ、あいつはほんとうに‥‥‥!?」

「鬼は他にもいるかもしれない。じっさい、俺が知るセカイダーと彼の変身したセカイダーは少し姿が違って見えた」


 トモヤは彼が持つ特有の孤独感というものの正体がそれなのではないかと思うようになった。


 ルイは「羅刹鬼の子孫が他にもいるとは思わなかった」と言っていたが、むしろ子孫が一人だけという方がおかしいような気もする。


「悪い鬼なら‥‥‥いろいろなところに子種をまいているかもしれない‥‥‥だから、伴内や彼のほかにもセカイダーになれてしまうような悲しみを背負った人間はいるかもしれない‥‥‥?」


 そんなの、つらいだけだ。


「‥‥‥俺がいま一番つらいのは‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「伴内の戦いが、意味のないものかもしれないって‥‥‥」


 しばらくの空白を挟んで、ルイの横にあった木にナイフが突き刺さった。どうやらホームセンターに売ってあるようなもので、刃の部分に「間違ってもお前がそんな事言ったらいけない」とだけ書かれてあった。


「うちのもそうとう優しいですよ」

「だから、つらいんだよ」


 羅刹鬼の子孫なら、もう少しだけでも残虐でいてくれたなら。


 人の優しさなど持たないような悪人ならいっそ生きやすかったろうに。ルイはそう考えた。


 羅刹鬼の子孫とは明確に違うのだろうが、同質の力を持ったエナシの半生を早池峰ジョーから聞いたことがある。


 おかしな運命に巻き込まれ、自分の間違いを認める機会を失った‥‥‥環境さえ、周囲の人間にさえ恵まれていれば、もしかしたら伴内のように優しい心を持った人であったかもしれない、と思えた。


 自分が「姫神」だから、そう思うのかもしれないが。


「‥‥‥でもそうだな」


 トモヤが重い空気を変えるように、声色を変えて言った。


「あいつ、そういうのも何もかもを見下してるから、きっと大丈夫ですよ。‥‥‥うん、絶対大丈夫!」

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