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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー
6/23

第6話 信彦

 自分の人生を振り返ってみると、多少「頑張った」かもしれない。

 母が死んで、父も死んで‥‥‥頼れる人は居なくなってしまっていた。

 そんななかで、自分のことを想ってくれる人を探して、頑張った。

 ‥‥‥かもしれない。


 横井信彦という名前を捨てた。

 人間の持つ最大の悪という感情を知った。

 生きるために、必死になって‥‥‥涙というのを消した。


 胞衣児(えなし)という名前を手に入れた。

 自分の身体に流れる最大の価値というものを理解した。

 自分が新しい世界において神になれるものだと理解した。


 たくさんの人間を騙した。

 心の弱っている老人なんかは特に付け入りやすかった。

 ミッション系の学校に通っている子どもの親なんかも、宗教との距離が半端に近いおかげで、騙すのは容易かった。


 新興宗教「ニーアンの会」の教祖になって、金を稼いだ。

 稼いだその金で自分の体を検査した。鬼の血が流れていることが分かると、その血で鬼を作れることも分かった。


 これがあれば自分の思うような鬼の軍団を作れる。


 母を連れて行きたい。苦痛のない世界まで。

 母を連れて行こう。争いのない天国まで。

 母を連れて行く。憎しみのない未来まで。


 ただそれだけのために‥‥‥この世界を「奇怪」という名の天の国に変えてしまおうと考えた。


 身体を黒い戦士に変える能力があることに気がついた。

 最初はこの力で、世界にはびこる汚らしいものを排除することにした。すると信者たちは神だなんだと煽てたから気分がいい。


 黒い戦士の能力が高まった頃に、姿が金の触覚と赤い生体装甲を持つ戦士にグレードアップした。


 これはその頃の事である。


 いつものように犯罪者を殺して歩いていた。

 かんたんな散歩のような気分だったが‥‥‥それでも、世界を浄化していると言う実感はあった。


 その頃合いに、女に出会った。


 その女は、目が見えないらしかったが、エナシの生体装甲を触り、「暖かい」と言った。


 はにかむ君を守りたいと、そう思った。


 悔しいけれど、どんなに神を気取っていても、自分は何処まで行っても人間なのだと分かるのだから、いやになる。


 女は塩ヶ森(しおがもり)ヒロミという。


 ヒロミは盲目のピアニストだった。


 その演奏は、目が見えていないとは思えないほどキリリとしていて、まるで音が世界を作り出しているようなもので、その音には確かな強さが籠っていた。


 音に乗って送られてくるヒロミの思念パルスで脳が痺れるような感覚は、あれ以来起こっていない。


 エナシは彼女との関わりを絶たなければならないと分かっていたけれど‥‥‥それでも、どういうわけか、彼女はエナシの頭に張り付いて剥がれてくれなかった。


 つまるところ、簡単に言うと、エナシは彼女に惚れてしまっていた。


 度重なるアプローチを重ね、エナシはヒロミと友人になることができた。しかし、恋などというのはいままでやったことがないのでわからない。


 それでも、世界はこれまでより明るく見えた。もしかしたら自分が求めていたのはこれなのではないのかとわかった。ヒロミさえいれば、自分はどうなろうと関係ないと思った。


 見せかけのものじゃない、本物の感情を彼女は持っていた。

 目が見えなければ他が育つ。


 ヒロミは百景種でもないだろうに、よく物を言い当てた。


「どうしてそんなにわかるんだい?」

「この世界には音があるんです。小鳥が鳴いています。犬が歩くたびに、尾が揺れます。猫はニャアニャア、カラスはカァカァ‥‥‥風が吹いて‥‥‥水面は揺れて‥‥‥きっとあなたは私を見ている」

「どうしてわかるんだい?」

「音が、好きなんです」


 エナシはますますヒロミのことが好きになった。

 彼女といっしょになって、宗教なんかやめて、神様ごっこなんておしまいにしてやりうとさえ思った。


 とても幸せだった。

 彼女を守るために、時折襲いかかる怪異を祓うこともあった。

 そのたびに、彼女は「戦ったんですか」とエナシを心配した。


「俺の身体は特別なんだ。塩ヶ森さん、貴女の心配することではないよ」

「それでも、心配だわ」

「センチメンタルだよ」

「貴方よ」

「俺かい?」

「貴方の心はいつも痛がっているもの‥‥‥」


 自分でも気づかないものを、言い当てられる。


 人を恨んで、そして、世界を恨んだこの身体のなかに詰まった心というものに、痛みを感じる機能があったのを、そこで初めて知った。


 ヒロミを、想っていた。


 この女を守りたいと思った、この心は嘘ではない。けれど‥‥‥人には‥‥‥あるいは、鬼には、向き不向きというものがある。


 ある日、ヒロミは死んでいた。


 ファンだという男に乱暴をうけて殺されてしまった。


 思い出せる限り最期の言葉は‥‥‥「弾いてきます」だった。ヒロミは、最期までエナシの前で強い姿を見せたままだった。


 とどろく稲妻。


 街に潜む悪魔。


 ドクン‥‥‥ドクン‥‥‥と、自分の身体がだんだん熱を捨てていくのがわかる。


 鬼には、「段階」がある。よほどのことがない限り「三段階」。そして、神に好かれた鬼は「二段階」。


 エナシは神に好かれていた。

 身体から色が抜けていく。強化皮膚は土気色、生体装甲は青白く。

 だんだんと、目すら白く濁っていく。


 ああ、じゃあ、もう、やることもないから次の世界に行こう。

 心が、おかしくなっていくのを感じる。


 ニーアンの会では世の中をここまでおかしくした島澤伴内という男がパリにあるのを知ると、それの破壊に向かってみたが、どうにもISPO本部が何処にあるのかすら分からない。


 パリにそれらしい建物はなかった。


 まだ百景種能力が開花したばかりなのだろうか。


 エナシは仕方がないので次の計画を進めた。

 じゃあ姫神を押さえておこう、と。


 もし島澤伴内が目覚めた時、当てつけで姫神を当てて、姫神を奴の目の前で殺したりすれば奴も生きるの難しくなるだろ、と。


 けれど、やっている途中でつらくなってしまった。


 自分のやっている事が、ヒロミへの冒涜だと思った。だから、途中で計画を変更せざるを得なかった。


「エナシ様」

「木村くんか、どうした?」

「何か出来ることはありませんか」

「‥‥‥ないよ。学校の宿題をしなさい」


 子どもを拾った。孤児だ。親が理不尽に産まざるを得なかった子どもを捨てるものだから、そういった子どもたちを育てていた。


 そういった彼らにニーアンの会の事を教えるのを禁じていた。


 どういう風の吹き回しか、自分でもわからないけれど、エナシは「ただの子供」として、彼らを育ててしまった。


 しかし、この木村コウタという子供だけは目敏くニーアンの会を知り、「エナシ様」と慕うようになった。


 エナシは、自分がおかしくなるのを感じていた。


 何度説得しても、関わろうとする。何度説得しても、役に立つと言って聞かない。恩を返したいのだと言って聞かない。


 ある日。


 島澤伴内が目覚めた。


 その瞬間、世界の色が変わるような感覚があった。思念パルスが強制的に送り込まれてきて、脳がビリビリとする。


 四十数年経っても変わることのない人間の精神性に苛立ちを覚えているのだとわかった。


 エナシは挫けそうな気になった。

 自分がどんなに悲しみを背負おうが、本物は構わないで寝起きでそれを超えてくる。「本物の神」は、どんなにこちらが悪ぶろうと、「悪の王」に昨日の今日でなれるのだぞ、と叩き付けてくる。


 しかし、島澤伴内が選んだのは正義だった。だからこそ腹が立つというもので、奴を倒すための計画を始動させた。


 姫神・石神ルイを奪われた。


 構わない、そんなものならよこしてやる。


 どうやら弱体化していて現時点ではまだあまり強くないらしいが‥‥‥しかし、そんな島澤伴内に勝ったところで、奴の存在を否定することなどできやしない。


 強くなってもらわないといけない。


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


 奴は、自分など見ていない。


 ‥‥‥‥‥‥。


 ようやく見てもらえた。

 エナシは本当の本当に自分を鍛えて、いつでも戦えるようにした。エナシの認識では、「島澤伴内はあんなに強いのだから二段階の鬼に違いないぞ」というものだったから、あの赤い姿が最終段階だと思ったのだろうけれど、しかし違う。本来であれば、あと二段階残っている。白い姿はあくまで「力のカス」である。


 鍛えた。


 鍛えた。


 本気の島澤伴内に圧勝できるように、体を鍛えた。能力を鍛えた。頑張って、霊力を操れるようになって、雪を降らせることができるようになった。


 奴は四十数年の氷結封印の影響で寒さに弱く、雪の下では傷の治りが遅くなるから、がんばったのだ。


 奴を殺してやりたい、母を否定したあの男を否定してやりたい。あんな男の人生一つ壊せるのなら、母の涙を思い出してみせる。


 だから、彼は。



 ◆



 四月。二十日。展勝地。横井志津子はかつて此処に伴内を連れてきて、「この桜をずっと守っていきたいね」と笑った。


 そこにエナシが現れた。長い髪、黒いヒゲ、光のない目。あげているだけの口角。‥‥‥「たまたま」だった。


 たまたま‥‥‥。


 伴内もエナシも‥‥‥母と幼馴染を思い出し、そこに足を運んだ。


 二人は顔を見合わせて、しばらく黙っていた。さくらまつりに参加しているのだろうか、人が増えてきた。


 二人の心の中で、怒りが角度を増していく。


 見たことないけど、こいつ島澤伴内だろ。見たことないけど、こいつエナシだろ。じゃあなんでコイツがよりにもよってこんなところにいるんだよ、と怒りのような‥‥‥哀しみのような‥‥‥。


 二人の心の中で、疲れや震えが消えていく。

 それが消え去った時に、戦いは始まる。


 聞きつけた警官がやってきて、民間人を避難させた。


「なにひとつ、計画通りに進まない」

「‥‥‥‥‥‥」

「姫神の‥‥‥石神ルイの母親が暴走して、なにやら勝手なことをして、結果‥‥‥君の精神のささえを作ってしまうし」

「‥‥‥‥‥‥」

「ようやく見つけた地下保管庫から盗んだ君の素性は面白みのないものだったし‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

「ほんとうに、生まれてから何一ついいことがない」

「志津子の子に生まれておいてか」

「貴様がそう言うのは、違うだろ。父であることを放棄して‥‥‥こんなところでヒーローごっこ‥‥‥き、きさまのような人間がいるから‥‥‥ヒロミだって死んでいくんだろ」

「認めるよ。俺は志津子を想っていた」

「じゃあ‥‥‥!」

「ヒロミは別に‥‥‥俺のこと、男としては見ていなかったよ。幼馴染の男女が必ず互いに惹かれ合う訳じゃない」

「じゃあ何故、貴様と母の間に生まれる予定だった鬼がある」

「俺が、志津子に乱暴をできるような‥‥‥危ない男だからだろ。白状するよ、俺は‥‥‥あまりいい人間ではない。きっと、環境が環境なら、俺も悪魔のような鬼だったんだろう。予定外は二つあったんだ。信彦、だろ?」

「違う」

「愛を信じて生きることのできる人であってほしい‥‥‥という志津子の願いだ。俺は‥‥‥志津子が誇ってくれるような人でありたかった。目覚めてからすぐに確認したのは、志津子の存在だった。志津子を守りたかった。けれど‥‥‥彼女はそれを選ばなかったんだ」

「もう、話し合ってもグダグダになるだけだ」

「ああ、そうだな」


 二人はライターのようなものを取り出した。


 〝カチッ!〟


 二人の身体が鬼に変わっていく。


 怒りと哀しみが伴内の身体をあの頃のものに昇華していく。


 二人の身体が赤い鬼に変わると、そこから色を変えていく。


 片や死体のような色の白濁りの瞳の鬼に。

 片や黒い強化皮膚と黒い生体装甲、青い複眼の鬼に。


 二人はギチギチと締め付けるような足音を響かせながら、一歩一歩ゆっくりと近づいていくと、拳が当たる間合いで両者腕を引き絞り、パンチを放った。


 拳と拳がぶつかり合って、その瞬間、強烈な風が発生し、桜の花びらが舞った。


 エナシはすぐに雪を降らせた。北極でも見ないような豪雪で、身体が弱っていくのを感じつつ、セカイダーの腹にエナシの蹴りが叩き付けられる。


 セカイダーは吹き飛ばされ、パトカーに直撃し、埋もれた。

 一歩一歩ゆっくりとエナシが近付いてくる。


 グ‥‥‥グ‥‥‥と起き上がりながら、セカイダーは指を鳴らし、雪雲を消し去った。


「小賢しいだけの事はやめなさい」


 セカイダーの蹴りがエナシの頭にめり込み、エナシは、プロペラのように回転しながら吹き飛んだ。


 空中で身体を翻し何とか着地すると、地面に手を押し当て、刀と銃を作り出す。武器生成能力。セカイダーは人さし指をフイッと回して、天空から刀と銃を生成した。


 弾丸と弾丸がぶつかり合い間合いが詰められていくと刀をたたきつけあった。剣豪同士の戦いではなく、野蛮人同士の喧嘩のような乱暴な鍔迫り合い。


 火花が散ると、それは液体のようになって地面に落ちた。


 刀が折れるほど叩きつけ合い、果たして折れると、今度はそれを互いの腹に突き刺し合った。


 間髪入れずに右拳を叩きつけたのはセカイダーだった。エナシはそれを左腕でガードしてセカイダーの側頭部に拳を直撃させる。グラッと揺らいた瞬間に腕を引き持ち上げ、地面に叩きつける。


 馬乗りになって何度もセカイダーの顔面を殴った。

 殴り続けていると、セカイダーはエナシの腹を蹴りつけた。


 いくつかの骨が折れて、強化皮膚の画面の空気穴から血がどろりと垂れる。それは吐血、吐血‥‥‥。


 セカイダーも画面下部のシャッターを開いて血を吐き出すと、何とか立ち上がるが、そこに、エナシのタックルが入った。


 セカイダーは背中から倒れ込むが、今度は柔道かなにかの寝技のように関節を決めるように蠢きながら、銃を呼び寄せて、背中に銃口を押し付ける。


 何発か放って、血が噴き上がると、その血は結晶になり、セカイダーの首に突きささる。


 志津子の息子。

 鬼を封印するための抵抗力を持って生まれた鬼。


 血が止まらない。


「致、命、傷‥‥‥!」

「そうらしい」


 互いに、互いの攻撃が自分に返ってくる。


 口から血を垂れ流しながら、二人は地面を転がるようにして距離をとる。セカイダーは首元を抑えていると、カナエが駆けてきて、首の傷口を塞いだ。


「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」


 立ちたくない、というのが正直なところだった。

 もう拳を振るうのは嫌だった。

 なぜこんな事をしなくてはいけないのか、という封印していた思いが頭のなかに湧き上がってしまって、足が竦む。

 こんなところにあってまでこうなってしまうんだから、自分が自分で情けなくて、仕方がない。


「ハァーッ‥‥‥」


 志津子、志津子。

 志津子、志津子、志津子、志津子。


『聞こえているのなら、頼むから‥‥‥生まれ変わっているのなら、きっと優しい人であってほしい。そして‥‥‥俺を見ているのなら、俺を見て、〝化け物だ〟と言ってほしい‥‥‥』


 志津子、志津子、志津子、志津子。


『お、おれは醜い化け物だ‥‥‥俺は‥‥‥おまえの息子を殺そうとしているんだ‥‥‥それは、それはとても残酷なことだ。いま、おまえの息子と殺し合いをしているんだ。それは、おまえにとって望ましくないこと‥‥‥なんだ‥‥‥!』


 二人はゆっくりと起き上がって、無理矢理身体を動かして、拳を引き絞り、互いに殴り合う。


 刀を作り出し斬りつけ合い‥‥‥蹴りを放ち内臓を潰し合い‥‥‥拳をぶつけ顔面を叩き合う‥‥‥。


 転がって、刀を握り立ち上がり、地面を泳ぐようにバタバタと足を動かし、心臓が動く限り斬りつけてやろうと歯を食いしばり、エナシはセカイダーの胸に刀を突き刺した。


 引き抜いて、心臓に突き刺す。


 セカイダーは血を吐きながら、エナシのはらを蹴りつけて地面に押し倒すと、首を絞めながら何度も何度も顔面を殴りつけて、腹を蹴られると、刀を呼び出し、胸に突き刺した。


「ウゥ、ウゥウゥウゥ!!」

「ングウウウウウウ‥‥‥…ウ、ウ、ウ、ウウ‥‥‥!」


 ぐりんと身体を翻し、二人は頭突きを繰り出した。

 地面に血が落ちる。


「お前が母さんを捨てなければ、母さんはお前を‥‥‥」

「あ、い‥‥‥さなかった‥‥‥! 百景種能力で‥‥‥見た!!」

「愛される努力もしないで!」

「き、みは‥‥‥どうか!? 君は、志津子の事を尊重したか‥‥‥!?」

「黙れ‥‥‥!!」

「志津子はそんなことを望んだか‥‥‥!? 誰かを殺してほしいと頼んだか!! 人の‥‥‥心を‥‥‥!! 君はなンンにも、わからないで!!」

「価値のある命はもう死んだ!」

「死んでない!」

「殺された! おまえは知らない女の話だよ‥‥‥! お前がのうのうと氷のなかで寝ている時代の話だよ、盲目だった、だからいいように使われて‥‥‥殺されて‥‥‥!」

「その人も、望んでないだろうに」

「死人の心を慮るな‥‥‥」

「人に向かって言うことか!!」


 エナシが拳を突き出すと、セカイダーはその腕を掴み取って、折り砕いた。


「人が生まれてきたのは、君の機嫌をとるためじゃない‥‥‥彼女が不幸を背負ったのは、君の思想を支えるためじゃない!! 人の不幸のなかで生きるな! 世界はそうやって君の涙ばかりを吸い尽くして回っていく! だから! 希望を見ることを諦めるな!」

「そういう考えは、鬱陶しいだけで、中身のない!! 全部が全部希望を持って生まれてきた生き物だと思うな!」

「隣の誰かを幸せにする事を諦めて他人を殺して悦に浸った人間が、言う事か! 四十数年あったはずだ!! 君も誰かを愛したんだろう!? なぜ変わらなかった!! 変われないと諦めたからだ! そ、そんなもので!! そんな物で王様になんかなれるものか!」


 エナシは唸り声を上げながら何十発とセカイダーに銃弾を撃ち込んだ。


「し、死ね!」

「死なない」

「母を‥‥‥」

「きみの父は、志津子を愛していた。‥‥‥志津子はそれで幸せを感じていた。愛し合っていた夫婦だった」

「は、母は‥‥‥お、まえを‥‥‥!」

「信彦!」


 エナシの強化皮膚が剥がれた。


「空が、眩しいか‥‥‥!?」

「悔しい‥‥‥ウゥ、悔しいよぉ‥‥‥」

「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」


 汗が止まらない、意識が朦朧としている。それらおそらくエナシ──‥‥‥信彦も同じだろうとセカイダーは感じた。セカイダーの変身も解け始めた。おそらく自分も限界なのだろうと伴内はわかった。


「もう、眠れ‥‥‥信彦。最期は、俺がみている」

「うう、うううう‥‥‥」


 志津子が妊娠したと聞いた時、嬉しかったことを思い出す。

 意識的には数年前のことだから、はっきりと思い出せる。


 失血性のショック死。

 鬼と人の子は‥‥‥そこが限界だった。


「信彦‥‥‥信彦ォ‥‥‥」


 俺が父親で居たら、と考えても何も始まらないのに‥‥‥頭のなかでは「もし」だとか「かも」だとか「だったら」だとかが繰り返し湧き上がってきて、脳が壊れそうだった。


「し、志津子‥‥‥もう、全部終わったのか‥‥‥」


 一度想った女の息子を殺して。


 桜舞う。


 いつか地獄堕ちるなら、罰してほしい。

 命落としたあの女性(ひと)の、心‥‥‥火花で散っていく。

 あの日を生きていたなら何かが変わったか。

 寄り添っていたら、信彦は信彦のままでいられたか。

 おそらく、「そうではなかった」から、志津子は自分を眠らせたのだろう。心、償い、時が死ぬ。

 桜という陽が流れていく。


 一秒‥‥‥二秒‥‥‥三秒‥‥‥ときがすすむにつれて、じぶんのからだからちからがぬけていくのを、かんじて、ばんないは、やっぱりじぶんもしんでしまうんだろうなというのがわかって風に身を任せる。


「次に、うまれてくるときは‥‥‥やさしいひとで‥‥‥ありなさい‥‥‥いたみをしる、やさしいひとで‥‥‥ありなさい‥‥‥だいこうぶつはたくさん食べなさい‥‥‥嫌いなものはのこして、こくふくできるときに、こくふくして‥‥‥寝る前にはぜったいにはをみがいて、こうひいはのみすぎないようにしなさい‥‥‥ゲームはやりすきると目が悪くなるから、たまにはそとであそんで、ともだちとけんかしたら、きっと、くやしくてもあやまって‥‥‥ひとりになるのはかなしいから‥‥‥君がひとりだと切ないから‥‥‥あさごはんは忙しくても食べなさい‥‥‥お腹が空くと、悲しくなってしまうから‥‥‥困っている人がいたなら、きっとたすけてあげなさい‥‥‥隣の誰かを愛して‥‥‥そして、きっと戦いのない世界が一番いいのだから‥‥‥憎しみ合わず、手と手を取り合って‥‥‥今度の人生では、幸せのなかで‥‥‥の、信彦‥‥‥信彦‥‥‥ああ、信彦‥‥‥ごめん、ほんとうにごめん‥‥‥信彦‥‥‥信彦、信彦‥‥‥ずっと‥‥‥寝ていてごめん‥‥‥志津子によりそってやれなくて‥‥‥ごめん‥‥‥さみしい時にそばにいてやれなくてごめん‥‥‥君に『たすけて』をおしえてやれなくて‥‥‥ああ、ほんとうに、隣で君を愛してやれなくて、ごめん‥‥‥」


 闇に守られて涙を流しながら、何度も何度も「信彦」と呼びかけながら、意識が途切れた。



 ◆



 次に目覚めた頃は、どうやら輸血が終わって数日が経った頃らしい。瞼を開けると、ルイがいて、「よう」と言った。


「お前、横井信彦との戦いで身体からほとんどの血が出てったし、心臓は完全に止まってたしで、大変だったんだとさ。‥‥‥んで、お前の中にながれる血な、お前母と兄ので‥‥‥心臓は兄のものなんだってよ。ISPOの特別な技術で劣化しないように保存してたんだとさ。あとこれ、手紙」


 大昔の劣化した手紙を渡された。

 その手紙はどうやら二人が一緒になって書いたものらしい。

 手が弱っていて、うまく手紙をひらけない。


「横井志津子から事情を聞いて、『鬼の血の流れない自分たちなら、きっとあいつが死にそうな時にでも役に立てるから』って。そうだよな。お前の兄ちゃんと母ちゃんなら、優しくない訳がないものな」


 ようやく開けた手紙の、そこに書いてあったのは〈幸あらんことを〉という、一文だけ。


「本当はもっと書いてあったらしいけれど、本人たちの意向で遺されたのはその一枚だけ。いわく『これ以上を言う資格はない』って」

「ずっと二人がにくかったんだ」

「‥‥‥そうか」

「いつもいじめてくるし、おれがなにをしても、ひていしてくるから、だいきらいだったんだ‥‥‥な、なんで‥‥‥俺が起きている内に、こんな事を言ってくれなかったんだ‥‥‥」

「くやしいな」

「どうして俺は、家族まで否定してしまったんだ」

「人が全部を受け入れられるわけないもの。孫とかに自慢すればいいだろ。なんか飲み物買ってくる」

「ルイ」

「えっ、あ、なに?」

「ありがとう」

「ん」


 ルイはそれだけを返して、病室を出て、歩きながら、ぽつぽつと、「目を覚ましてよかった」とおもいが溢れて止まらなくなって、その場に立ち止まって、しばらく動けなかった。

 こんな時、どう泣けばいいのか分からない。


「‥‥‥呼び捨てされたな‥‥‥」


 ルイ。


「呼び捨て‥‥‥」


 石神くんでも石神ルイくんでもなく、ルイ。

 ずっとあの声でそう呼ばれたかったのを、思い出した。


「リハビリに数ヶ月かかるとして‥‥‥農地開墾とかもあるから‥‥‥少なくとも来年の内にカレーは無理か? いや、でもあのバカのことだから二日で完全回復とかもあり得るか」


 窓から外を眺める。

 桜が舞っている。


「最近あったかいしな‥‥‥」


 リハビリは二ヶ月かかった。


「鬼の血がなくなったので、再生力がぐんと落ちたんだろうね」

「ものすごい、老いを感じた‥‥‥」

「島澤くんはもうおじいちゃんだね」

「おじいちゃんって言うな」


 傷心。


 少し笑みを浮かべながら‥‥‥ジョーら警察からのいじりを受ける。


 その彼らが去ったあとに、カズキがやってきて、「見せたいものがある」と言った。それはどうやら古い映像らしく、そこには宮古少年映画団の面々が映っている。


 〈バンちゃん、元気かな。たぶん元気だろうな。なにもできない私たちのかわりに全部引き受けてくれてありがとうね、まずは感謝。ほんとうにありがとう〉


 伴内は立ち上がる。


 〈‥‥‥なってるよ。バンちゃん。信彦、幸せになるよ。ありがとうね。貴方はとっても悲しんでいるかもしれないけど、信彦はきっと今頃笑ってるよ。空が気持ちいいね。こんなに空が青くなるなんて、信じられなかったね。でも、青くなったね。バンちゃんはいつも誰かの為に拳を振るっているけれど、それってとても悲しいことだって、私わかるから‥‥‥わがままは言いません。幸せになってください。私が見える世界は五十年後まで。幸せになってください。きっといつも順調ってわけには行かないだろうけれど、それでもその手で誰かを愛してください。まだはじまったばかりだよ! バンちゃん! なんでもない日常を、ちゃんと愛せる貴方は、幸せになれますよ。バンちゃん‥‥‥〉

 〈おや、君たち何を撮ってんだい〉

 〈あっ、アニキ〉

 〈新作だよ。ほら、宮古少年映画団を後世まで残してやろうじゃないかというフィルムのね。姐さんにも出演してもらってたの〉

 〈ハハァ。撮影に熱心なのはいいことだ。しかし君たち飯食らい食わんとならないんじゃないか〉

 〈アニキのおごりでなんか食いに行こうよ〉

 〈ナハハ〉


 映像の中の自分は、笑っていた。


 〈ばーか〉


 志津子も、映画団の少年たちも笑っている。


 〈いいじゃない! ラーメンくらいなら〉

 〈さーっすが! 姐さんはわかってんね!〉

 〈アニキも見習わなくちゃいけないよ!〉

 〈アホ。デカい口叩くのはセカイダー完成させてからにしろ〉

 〈無茶を言うんだからなぁ!〉


 映像はそこで止まっていた。


「伴内」

「なあ、君たち。〈星の月〉いこうか」


 少しどうしていこうというのは、わかった気がする。


「使命のない人生というの、初めてだ」

「ん?」

「頑張んなきゃだな」

「頑張れよ」

「あっ、石割さん! おかわり!」

「俺も」

「食いすぎすぎ」

「すぎを重複させるな」

「お会計はそのおバカさん?」

「あたりまえ」

「ひぇ〜! 四十六年前と同じいじめられ方をしている!」

島澤伴内────羅刹鬼

パンチ力────S

キック力────S

走力──────S

腕力──────S

精神力─────F

戦士適性────なし


横井信彦────胞衣児

パンチ力────S

キック力────S

走力──────S

腕力──────S

精神力─────F

戦士適性────なし

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