第5話 たたかえ!セカイダー
ジョーはカズキから伴内の事を詳しく聞くと、「なるほどなあ」というように頷いてから、「やることがあるので少し連絡が取れなくなるよ」と言った。
ジョーは鬼モドキ一号──山中集落で拾ったアレ──と、鬼モドキ二号──警官の犠牲が初めて出たアレ──の身元からある程度の共通点を割り出していた。
それを「対策本部」の面々に伝えて、それをどうするかというのは、一旦放置というふうになっていたのを利用する時だと思ったのだ。
一号・村井ヒロフミの家族が住んでいる地域に悪評を垂れ流した。村井家のヒロフミとかいう奴は電車で痴漢を繰り返して警察に捕まったのだ、と。
すると家族はいてもたってもいられなくなって警察に確認しに来た。もともと村井ヒロフミは捜索願を出されていたので、パイプはできていた。
セカイダーの攻撃で眠っているだけの村井ヒロフミを特別な理屈で細工をして、死んだように見せかけ、死亡手続きを進め、そうして動き出した人間のリストを取る。
二号・谷屋ハルヒコはそもそも天涯孤独だったので、かんたんに死亡手続きに進ませることができた。
「こんな事をしてなにになるんです」と訊ねてくる部下がいた。
「挑発」
ジョーはただそれだけを答えた。
谷屋ハルヒコは友人もいなかったので、偽の葬式を行うのは簡単だった。
そもそも葬式さえしなければよかったが、「ぜひとも行おう」というれんじゅうが現れたのだ。
それらを捕らえて取り敢えず私的に拷問をかけてみると、エナシの部下であることを白状したので、取り敢えず私的に監禁して、どう動くかというのを見てみると、エナシはまったくの無関心だった。
百景種ですらないのかもしれない。
部下に興味がないのかもしれない。
「君等、エナシの本名わかるか?」
「わ、わからない‥‥‥」
「わかるか?」
「わからないです」
「‥‥‥‥‥‥。わかるか?」
「えっ‥‥‥わ、からない、です‥‥‥」
「わかるかって聞いているんだけれども‥‥‥?」
「わからないんです、本当です、本当のことを言っているんです、どうか、どうかゆるしてください、ほんとうなんです、ほんとうなんです」
「君等、エナシの本名わかるか?」
「よ、横井‥‥‥」
ジョーは話し始めた彼の腹を蹴りつけた。
「知らないっていうのは、嘘か」
「ご、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい」
「横井、なに?」
「横井信彦」
すると、彼らの頭が肥大化し始め、爆発しそうだった。
どうやら頭にエナシの本当の名前を他人に明かしたら爆発するようになる呪術のようなのが仕込まれていたらしい。
ジョーはその爆発を「呪術のような力」で防いで、拷問で失った両手も再生させた。
呪術のような力は発動し、身体にはのこっていなかったので、エナシ関連の記憶を消したら、野に放った。
「横井信彦か‥‥‥あとは髪の毛とかがほしいんだっけな。エナシの髪の毛‥‥‥?」
自分でもバカを言っているのはわかった。ので、部下に「エナシって髪の毛あると思うかい?」と訊ねてみる。
「呪いをやろうというんですか?」
「そのとおりだよ」
「バカですね、早池峰さん。あなた」
氷点下の声色で、夏屋ユキナが返す。
「ナニッ?」
「今度鬼モドキが現れたら‥‥‥隙を見て血を採取してしまえばいいじゃないですか。ようするに、奴につながる何かが欲しいだけなんですもの。そうでしょ」
「血かぁ! じゃあ、一号と二号から‥‥‥」
「島澤伴内さんが鬼の血破壊したんでしょう。なんで急に馬鹿なんですか。馬鹿はあの人だけでいいんですけど」
「君はいつも良い助言をくれるから助かるなあ。そうとなれば彼に相談しよう」
「彼は呪いに肯定的なんですか?」
「去年のはじめあたりに呪い合戦をしたことがある」
そこで人を呪う方法を学んだんだ、とジョーは言った。どうやら呪術師といざこざがあったらしい。
ピポパポ。プルルル。
「‥‥‥あっ、もしもし、伴内?」
「なんで友達なんだよ‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥何の御用で?」
「息が切れすぎている‥‥‥まさか! おいおいおいおい! おいおいおいおい! おいおいおいおい! おいおいおいおい! こ、こんなときに盛りがついちゃって! あらタイヘン!! おじいちゃん! おいおい、おじいちゃん! 式には呼んでくれよ!? 友人代表でスピーチするから!!」
「なんでベストフレンド気取ってんだよ友人代表ではないだろ。馬鹿をおっしゃらないで。鍛えてたんですよ。‥‥‥まったく。みんなピリピリしてんのになんであんただけ通常営業なんだ? ものっすごい変人の可能性がある‥‥‥?」
「毎日ご飯モグついてるからかもしれないな〜! アッハッハッハ!! 心と体が元気なんだ。君ピザ以外食べてるか? まぁそれはさておき、本題に移ろう。君、今度鬼モドキが来たら血を採取したいので、協力してくれないか?」
「血? そんなもの、いったい全体なんてものに使うんです?」
「呪いだよ。ほら、呪いには対象の一分が必要になるだろ? だからさ、髪なんて取れないだろうけれど、鬼モドキの中に流れてるエナシの血を使って呪ってやろうじゃないかというわけだよ」
「なるほど。エナシ相手に呪いシバいてやろうと。そういう事ならご協力できます。しかし、被害が増えるかもしれないので、採取の方も俺がしたい」
「うん、構わない。ありがとう」
「あと、本当に。第三者に『式には呼んでくれよ』とか言われると気まずくなっちゃうので、よろしくお願いします」
「歳なんて四十歳以上離れてるのに?」
「俺からしたら四十六年前と現代が地続きなんですよ」
そういう都合もあって、志津子は氷結での意思を完全にシャットダウンした封印を選んだのだろうか。
いつかの未来で、ひとり悲しく老いるだけの人間でいないように、二十代の精神のまま。
志津子は伴内の事を気にかけすぎている。
「し、しかし怖いと思うこともあるんです、本当は」
「何が?」
「鬼が姫神を想ってもいいのか‥‥‥とか」
「いいでしょ別に。君はあれだ、アイドルとマネージャーがくっついたら文句言うタイプだ。いけないなあ、宣っちゃあ」
「ベクトルが違わないかな‥‥‥? 結局『姫神』であることを肯定しちゃうだけなんじゃないかって‥‥‥」
「キモ。そういうの全部終わってから悩めよ」
「いきなり突き放すなバカタレ。お電話かわりました夏屋です」
「あっ、いつも早池峰さんの後ろにいる人‥‥‥」
「はい。飼い主です」
「どういうご関係‥‥‥?」
「恋人です。それはさておき、彼の言う事にも一理あるんです。今やることじゃないって少し思います。‥‥‥貴方が年相応に悩みながら日々を生きていけてしまえるように、我々も全力を尽くしますので、一緒に頑張っていきましょう」
「はい。ありがとうございます」
切ろうとしたところで、「あっそうだ」「式には呼んでくださいよ、友人代表でスピーチするので」と軽口を言われる。
「どうして彼のようなナヨナヨした人が‥‥‥現代怪奇の始祖だとか、現代鬼人の始祖だとか、そういう仰々しい立場を与えられてしまうんですかね」
「神は彼が嫌いなのさ。そのかわり、我々人間はみんな彼が好きなんだ。彼の背中に守られた現代を生きる我々はここまで大きくなれたんだ。どんな手を使ってでも、彼が生きる未来を我々の背中で守るんだ」
「たまーに、ちゃんとしたことを仰る」
「いつもでしょうが」
◆
神経系をあの時のものと同じ状態にする為には一気に強くなるのではいけなくて、一段階ずつ強くなるのが一番であるというのは、やっぱり考えなくてもわかることだったが、なにぶん伴内のこころには焦りの感情があったから、わかっていても段飛ばしをしてしまいたいと思ってしまうのは浅はかなことなのだろうか。
強くならないと。強くならないと。
今よりももっと強くなって、さっさと何もかもを終わらせることのできる存在に戻らないと。
そんな事を考えながら、伴内は毎日鍛えるだけの日々を過ごしていた。
時折伴内のかわりに仕事を回された他の除怪師のれんじゅうから電話を貰って心配されていたりする。
「少し休め、バカジップ」
「もう少しやるよ。もう少しで何かになれそうなんだ」
「ダメだ、休め」
「何故」
「心臓。負担かかってるってさ。休んだ方がいいんだとよ」
稲庭ハナオという姫神の少年が電話をかけてきたらしい。
一分に一度の頻度で伴内の心臓の鼓動が聞こえてくるし、それが弱々しくなっているらしい。
「‥‥‥‥‥‥」
「結果が欲しくて焦るのは分かるけど、身体の面倒を見るのもだいじだろ。いつ鬼モドキが現れるのか分からないなら、いつでも動けるようにしておくのがいいんじゃないのかよ」
「それも‥‥‥そうだね。ごめんよ」
「わかりゃ良いんだよ。わかりゃあ」
三月九日。空は晴れている。風は吹いていて、そしてなによりあまり強くない、とても優しい風が吹いている。
「最近はあったかくなってきてよかった。俺、寒いのに弱いんだ。傷の治りが遅くなってしまうらしいって最近分かったんだ」
「北海道で何週間も入院したのはそのためか」
納得、という顔でルイは頷いた。
「たぶん。あったかくして寝てたんだけどなぁ」
バイクに乗ったお前が悪い。
「これなら先々で雪なんて降りそうにもないし、良かったな」
「ああ。ほんとうに‥‥‥」
最近は、ルイは日が明けるまで事務所にいるようになった。
というより、伴内がそれを許すようになった。
夜眠ろうとすると良くない夢を見る事も、その他の夜のイザコザも全てバレて、「これを見せたくなかったんだ」というと、微妙な空気になった。
『ほんとうに、本来は戦う人ではなかったんだ』
ココアを渡すと、彼はへにゃっと笑ってそれを両手で握ってちびちびと飲み始めた。
『本来はきっと、花とか動物とかを愛しながら、ふつうの人間として生きるべき人だったんだ』
それを見つめながら、ルイは思った。
『誰かを殴るのが恐ろしくて、みんなが憎しみ合うのが心の底から悲しいこんなかわいそうなほど病的に優しい人が、どうしてこんなところにいるんだろう』
エキシのせいだ、と思う。
でもそれもあまり正しくないんだろうなと、わかる。
世界がエキシを生み出すことを選んでしまったせいだと思うと、こんな世界が憎く思えてきてしまう。
しかし、この感情もまた違う。
一体何を恨めばいいのか分からない。
「トマトとか、ナスとか‥‥‥育てたいな」
「エッ?」
「終わったら‥‥‥畑でさ。毎日畑の面倒を見て、トマトとか、ナスとか、そういうのを育てて‥‥‥食べて‥‥‥また明日を迎えたいんだ。君、わかるかい? 野菜ってなぁ、すごいんだ。成功も失敗も、全部が可愛いんだ」
「うん」
「たまに考えることがあるんだ。もし俺が鬼なんかじゃなかったらって。なんの因縁もなくて、ずっと東京にいることはできなくても、こっちに来てから、畑仕事を何度か手伝ったこともあるし、そうなると、農家になってたかもしれないなって。もしくは、普通のサラリーマンとかになってたかもしれないね。バブルの頃なんて、きっとちょうど金もある頃合いだろうから、きっとお酒とか楽しんでるだろうし、毎晩遊び歩いたりするのかなって」
「おまえが?」
「俺だって人並みに遊びたいなって時はあるんだぜ。むしろ、たぶん‥‥‥認めたくないけど、感性は一般人なんだろうな。人を殴るのが怖いし、痛そうな顔をしていると、心がもやもやして、自分まで痛くなってくるような気がする。蹴るのなんて一番嫌だ。君のお母さんを蹴った時は、怒っていたけど、あとで冷静になって、『もっと違うやり方があったんじゃないか』って思ったりもした」
どうしてこんな人間が。
誰もが伴内を見た時そう思った。
「強い力を持っていなかったら、普通の人間として生まれていたら‥‥‥そういう、たらればって考えちゃならないんだろうけれど、それでも俺からしてみると、俺っていう人間は、こういう仮定の積み重ねでさ。ほら! 透明な板にさ、たくさん絵を描いて、それを重ねると‥‥‥何箇所か線が積み重なって、真っ黒になる事あるだろ」
「おう」
「‥‥‥‥‥‥」
「なんだよ」
「『あれが俺だ』みたいに言おうと思ったけど、途中でキモいなって思って」
「言えよ、あれが俺だって」
「は、はずかしいですぅ〜」
そんなこんながありながらも、休息というのはやはり人を成長させるものなのだろう、と実感する。
身体に不調を感じていなくもなかった。
心臓に限界が来ていたとはおもわなかったが‥‥‥やすんたおかげで、身体の調子がもとにもどった。
「普通は元に戻んないんですよ」
電話の向こう側がハナオがドン引きの声色で伴内に言った。
「でも何か隠してるなって思ってたんですけど、まさか貴方が大昔の人間だったとは驚きですね」
「隠していてすまなかったね」
「六十年代から現代の日本に来て最初に思ったことは?」
「‥‥‥煙草が高いなって‥‥‥」
「昔はどのくらいだったんですか?」
「まぁ金の価値とかも変わってるからあれだけど‥‥‥四‥‥‥五‥‥‥ん?」
「感覚数年前なのにもう忘れてる‥‥‥」
「おじいちゃんだから」
「そうやって都合のいい時だけおじいちゃんになるんですから」
そこで赤い電話機が鳴った。
鬼モドキが出たらしい。
鬼モドキ四号は盛岡の外れにいるらしく、暴れながら笑っているとのことだった。
ハナオとの電話を切り上げて、バイクに跨り、すぐにそちらに向かった。法定速度をグ‥‥‥グ‥‥‥と超えて、その異形が見えると、セパレートハンドルの側面についている複数のボタンを決まった順番で押す。すると、音速に近い速度まで上昇し、鬼モドキを轢き飛ばした。
「キ、サ、マ‥‥‥な、んだ‥‥‥!!」
「世界だ」
「セ、セ、セカイダー!!」
セカイダーという名は宮古少年映画団がつくるはずだった‥‥‥あるいは撮った「ヒーロー映画」から撮ったものである。
いくつもの顔を持ち、正義と平和の為に戦う名探偵が変身するもので、名前の由来は世界あるいは生廻。生廻というのは、死ではなく生で廻る世界を望むという意思表示。
プロット時点でのタイトルは「生廻者」。
誰かの平和と笑顔のためにひとり戦う男。
「ただの白ボケがァーッ!」
「白いだけが鬼じゃないことを‥‥‥」
警官たちが鬼モドキに対して発砲をしている。伴内を横切ると、その弾丸にわずかながら破壊能力が付与された。
いままで一度も効かなかった警官たちの弾丸が、刺さる。
「‥‥‥お見せしよう」
鬼モドキはギャアと叫んで、仰け反った。それから踏ん張りをつけて、いまだ変身しない伴内に殴りかかる!
「変身」
黒い外骨格‥‥‥黒い強化筋肉‥‥‥黒い強化皮膚‥‥‥白い生体装甲‥‥‥青い複眼‥‥‥。
白の生体装甲に血管のようなものが現れて、だんだんと、じわじわと、赤く染まっていく。
金色の幅の広い触覚が現れ‥‥‥背中から白い羽根が生える。
「まずは、第一段階」
「姿が変わったくらいでなんだ! 鬼よ死ねい!」
次の瞬間、周囲にあったガラスがはじけ飛んだ。地面にあったセカイダーの影がパッと消え、次に足元から姿がモヤになっていく。
セカイダーの姿がパッと消えると、次には鬼モドキは強く吹き飛んでいた。
吐血が空に一本の話題を残している。
「聞けば俺は‥‥‥羅刹鬼の子孫で‥‥‥聞けば俺は羅刹鬼の力を一番強く受け継いでいるらしい」
本当はこんな事、嫌で嫌で仕方がないけれど、こんなことでもしなくちゃ誰も守れやしない。
「聞けば俺は、現代怪奇の始祖らしい」
静かな山陰。
赤の轍に、二拍遅れてとどろく稲妻。
「生まれの不幸に泣いたこともない‥‥‥誰かを殺して笑顔になる‥‥‥君たちのような、そんな、悪魔が鬼になったところで‥‥‥弱者であることにかわりはない」
頭のなかにあったのは、横井志津子。
目を細めてはにかむあの女の息子が馬鹿なことをやるのは、自分に対する怒りであることを細目で分析。
自分を苦しめるためだけに人間を殺しているのだというのも、頭で理解。
だからこそ、自分もエナシも許せない。
エナシはどのような名前なのだろうか。誰かを信じる子になってほしいという願いは、いまだにこもっているだろうか。
そんなものはもう関係ないのかもしれない。
「もっといるんだろう?」
空に向けて、言う。
「構わない、よこしなさい」
その声は、強制的にエナシの頭に飛んできた。思念パルスの力は鬼の王はなまじじゃない。エナシは頭から吹き飛んで、壁にたたきつけられる。
「相手‥‥‥してくれるというのかい、いいね。珍しい。やっと‥‥‥やっとこっちを見た。やっとだよ、木村くん。じゃんじゃん導入しよっか。もうちょっと長引かせるつもりだったんだけど、予定変更でさっさとやっちゃおう。今のうちにやっておけば、彼も悔しがる」
「その場のノリで全部決めんのよろしくないですよ」
「よろしいんだよ、木村くん、鬼の軍団だ」
五号から四十七号を「呪いのような力」でセカイダーのいる地点にワープさせると、どんどんと気配が消えていく様子があるのがわかる。
「パトカーがもう一台到着しました。おそらく、早池峰ジョーかと思われますが、どうします?」
「ただの人間に興味はないよ、いまはセカイダーだ」
「わかりました。ノーマークで」
子どものような短絡的思考であった。
鬼モドキたちの血が壁に飛び散った。それを見て、瞬間、ジョーはその壁に呪いを打ち込んだ。
「鬼モドキが‥‥‥弱くなった!」
セカイダーは即座に変化に気づいた。いきなり強化皮膚の防御力ががくんと下がったのだ。
「わかるかい、島澤くん。ただの人間でいることは、有益だよ」
「早池峰さん」
「癇癪のような感情で王になろうという人間はただの人間に見向きもしない」
「俺にもその傾向、あります」
「だろうね」
ジョーは笑いながら、赤く染まったセカイダーを見た。
「赤いね、赤いセカイダーだ。なんとかかんとかフォームみたいな‥‥‥そういう感じかな?」
「いや全然! 本当はもっと強いんです。いまは‥‥‥三分の一の状態です。いまは肉体面が完成したところです。本当は武器の生成とかができるんですよ」
「武器か」
地面に倒れた鬼モドキの強化皮膚は溶け切って、その一部はユキナに採取された。
「これを解析に回して、なんらかの対策が取れないか検討してみます」
「うん、どうもありがとうございます」
「島澤くん、今回はこれで終わりだろうか」
「はい。負傷者は多数だけど‥‥‥死人がいなくてよかった。ほんっっとうに‥‥‥よかった‥‥‥でも、怪我が悪化して死んでしまう可能性とかも全ッ然あるから、君たち、みんなちゃんとした医療機関に! ね! 早く急げ! 急げ急げ急げ急げ!」
「怪我人を急かすな。群馬から霊力で他者を治癒できる除怪師を招いているんだ。ご紹介しよう」
女が顔を出した。
「やっほー元気してる? おっ、本物のセカイダーだ。あとでサインしてよ。怪我人手を上げて〜。うお、全員怪我してる。なんなん? 可哀想。じゃあ治すから手を挙げたままにしててね」
「あなた、お名前は?」
「え? アンジェ●浅丘」
「大嘘すぎる」
「ウソウソ。本当は浅野カナエ。東京都世田谷生まれの二十四歳」
「俺も世田谷のあたりで生まれました」
「オ! 奇遇じゃ~ん。イェーイ」
ぱちん!
ハイタッチ。
「エナシに呪いをかけるのは成功したのだろうけど、この呪いの効果っていうのはいつまで保つんだろう?」
「明日には消えているものと見ていいでしょうね」
「そ、そんなにかい?」
「本来は俺の息子であるはずだったんだもの。そのくらいであればいいほうだよ。‥‥‥そうだな、今日の内に襲撃を仕掛けてくることはないだろうから、いまのうちに‥‥‥いろいろ決めておいたほうがいいだろうね」
「いろいろ?」
「鬼モドキの体組織の解析が終わり次第、奴らに対抗しうる兵器はISPOのほうで用意する」
「パリまで行くのはちょっと余裕ぶっこきすぎじゃない?」
「盛岡に来てるよ、ISPO技術部は」
猿沢工房である。解析結果を受け取ると、「これなら何とかなるだろうね」とだけ言って、警官をなかに入れることはなかった。同じ警察組織の人間だが、規模が違うし、それなりに警戒をしても仕方のないことである。
「貴方が他者を信用しすぎているんですよ」
「早池峰さんは警戒しなくても」
「させていただきます」
「つれないなぁ。‥‥‥まぁ強要するのもいけないか」
「三時間ほどいただきます」
「三時間? そのくらいでいいのかい?」
「そりゃあ、我々をなめてもらっちゃ困ります、というふうにしか言えないなぁ。このくらいの単純な構造なら破壊は簡単なんです。脳筋人類にそれはわからんかもしれませんけど。そんなことより、あなたそろそろ顔の奴剥がしなさいよ。どうせみんなにバレたんでしょう」
「俺が耐えられない」
「弱者」
それから、バイクの点検をしてやるというリュウジの押しに負けて、バイクを預けてから、ついでに「警察の銃の面倒も見てやってくれないか」と言うと、物凄く面倒くさそうな顔をしてから「仕方ないですね」と返される。
これにより、ある程度の戦力強化を行うことができた。
「こんなところにISPOは潜んでいたのか」
「なにかにつけて『ISPO』を名乗っている会社はだいたいがISPO関連の組織なんだ。特別な事案に対応するにはそのくらいのほうがちょうどいいんだね。東京だけじゃあなく岩手にもたくさんそういう企業っていうのは潜んでいて‥‥‥猿沢工房を筆頭としてね。まぁここらへんは企業秘密だけれど‥‥‥社外に漏らしたらダメなんだ。どうもごめんなさいね」
「かまへんかまへん」
現時点でもちょっと漏らしてるだろ、と思いながらリュウジは奥に引っ込んだ。パリにいた頃、凍りついている彼を見た日を思い出した。前局長はリュウジに対して、彼を「託されたもの」と語っていた。
目覚めた時、まっさきに彼のところに行った。彼に現代を説明したのも彼だし、彼の現代での身分を用意したのは自分だった。
伝説の男、現代怪奇の始祖。
そんなふうに呼ばれている彼は目覚めたて、とても混乱していて、まるで伝説の風格なんてなかった。普通の青年で‥‥‥というより、当たり前に、自分と同年代の男なので、困惑した。
彼に二〇〇〇年代を説明するのには苦労した。よくわからない昔のシャレを使ってくるし、世界の情勢を話せば、「四十数年経っておいて人の心がいっさい変わっていないのは何事か」と苛立たしそうに言った。
恋愛映画が好きで。動物映画が大好きで。植物園を巡るのが好きで、動物と触れ合うのが大好きで、誰にでも優しくて、誰よりも強くて、世界一かっこいい。
ほんのすこしだけ。
期待して。
期待は外れて。
彼はようやく彼の人生を歩めようというときに。
‥‥‥‥‥‥。
「葛城くん、あとは頼むよ。俺は帰るから」
「石神ルイさんのところですか」
「エ、まあ、そういうわけだけれど」
「あんまり心労かけてならないですよ。あなたの事、あなたのままとして想ってるのあの人だけなんですもの」
「ハハァ。まぁ、そういうのも‥‥‥まぁ、うん。そうだな」
事務所に帰ると、どうやらルイが晩飯を作っていたらしい。
カレーの匂いがする。
「お前がいなくて暇だったから飯作った」
「やったー! カレー大好き!」
「ガキみたいに喜びやがって」
「昔はあんまり食えなかったからねぇ」
「普及とかしてなかったのか」
「金とかがなくて」
「金銭問題かぁ」
「その点で言えば、現代はありがたいね。除怪師っていう仕事は金が手にはいる。副業で除怪師を続けるのも考えておいてもいいかもしれないなあ」
「農家ってそんな暇じゃないだろ」
伴内は漬けの辣韮を口に放り込みながら、ナハハと笑う。
「自家製の野菜でカレーつくるって夢なんだよなぁ」
「叶えようぜ。来年の内に」
「来年?」
「来年」
「ハハァ。じゃあ、今年中には終わらせないとだ」
「そういうことだ」
「頑張らなくちゃな」
「そういうことだ」
頭が、スゥっと通っていくのを感じる。
優しい瞳に守られて、自分が見失うべき自分がわかるようになっていく。
足手まといだと切り捨てようとした自分を、この石神ルイという青年は見てくれるものだから、甘えたくなってしまう。甘えてしまおうと考える。
「どうした?」
「ン? ンン‥‥‥何といえばいいのかね。少し考えてしまったんだ」
誤魔化すように。
「志津子は、何処まで未来を見ていたのかって」
「エッ?」
「三十年でも、たぶん俺はエナシに勝てるくらいの力は備わるんだ。それはアイツが一番わかってたはずなんだ。けれど‥‥‥志津子は俺を四十六年眠らせたんだ。アイツはそもそも、キチッとした数字が好きなヤツで、俺の身長が百七十九センチだってなった時、『百八十でありなさい』と大ごとに説教をされたこともある。そんな女がわざわざ四十六年を選んだのは‥‥‥」
ただ思わず口走ったことに、ふと気付きをえていく。
「なんで、なんだろうかって」
「‥‥‥‥‥‥」
「三十年でもよかったのに、四十六年眠らせたのは‥‥‥俺と君に、歳の差が開きすぎないように‥‥‥? 俺と君が、ちゃんと出会えるたまには、そのくらいが良かったのか‥‥‥?」
「じゃあ、ちゃんと出逢って良かったな」
「エッ、アッ‥‥‥うん。そうだね」




