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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー
2/23

第2話 肉食家

 朝食を食ってから、天拝坂カズキは三ツ石事務所に向かった。


 すると、事務所の方から煙が立ち上っているので、とうとう火事でも起こしたかと走ったが、どうやら違う。


 シグルが何かを燃やしているらしい。


「よぉ、何もやしてんの」

「ソファだよ。要らなくなったから」

「ソファ要らなくなることないだろ」

「新しいのを買うんだ。新しいのが手にはいるなら、古いのはさ‥‥‥いらないだろ。だからさ。燃やして、お天道さんに譲ってやろうっていうんじゃないか。俺は‥‥‥優しいんだろ」

「ご機嫌ななめって感じか。なにがあった?」

「なんもないよ。大丈夫。そんなくっそどうでもいいことよりさ、新しいソファ選ぶの手伝ってよかずえもん」

「ンモ〜しょうがねぇなぁ、シグ太くんは」


 ソファの燃えカスを霊力で握り潰して、ゴミ袋に入れる。


「お前なんか臭いぜ。シャワーしてこいよ」

「起き抜けにしたよ」

「珍しい。でも燃えカスくせぇわ。浴びてこい」

「わかったけと、先に行かないでよ」

「俺ひとり先に行ってどうすんだ、このバカ」


 シャワーを浴びると、出かける準備にしゃれ込む。シャツにジャケット。ラフな格好を持っていないので、このくらいしかない。


 普段遣いの携帯のほかに、赤い塗装の携帯電話も懐に入れる。


「準備オッケー」

「下を穿け。バケモンあふれ出てるだろ」

「ウップス! こりゃしつれー」

「ったく‥‥‥」


 だいぶ調子を崩している。


 カズキは少しばかりムムムッとなりながらも、時折この調子なので、あきらめるしかないのだろうか、と考えつつも風を浴び、「寒いなぁ」とつぶやいた。


 防寒着を着てくればよかった。


 ちゃんと下を履いて、コートも持ってきたシグルに「忘れ物は?」と訊ねる。「ナッシング」とかえってくる。


「はい」

「え?」

「君たしか寒がりだろ。駄目じゃない、寒がりがこんな日に剥き出しで出歩いちゃあさ‥‥‥」

「ありがとう‥‥‥」

「バーカバーカ。家のトイレの床汚そう」

「死なすぞ‥‥‥!」


 スネを蹴りつつ、二人は近場の家具屋に向かった。


「このソファめっちゃ赤いね」

「事務所の雰囲気に合わんべ」

「でも赤いんだよ、このソファ」

「赤ェからなんなん?」

「あっ、すげぇこの店! 箸もある。無人島に持っていきたいものナンバーワン、箸」

「あっちで作れ!」

「見なよテンちゃん、あのソファめっちゃ青い」

「目が痛い。お前は来客の目を壊すのが好きなのか?」

「壊せるもんなら壊してる」

「壊すな」


 あーでもないこーでもないと侃々諤々の論争の結果、前のソファに色の近いくすんだ緑色のソファを購入。今日の午後までには事務所に届いているらしい。


「じゃあ事務所に届いたソファはアホアホうんちに任せちゃってさァ! このままどっか遊びに行こうぜ、なんか飯とか食いに行こう」

「お前の遊びのルートなんかデートみたいで嫌なんだよな、誘ってんのかお前?」

「誘う訳がない‥‥‥!」

「なんかお前と遊ぶと、あいつに嫉妬されるんだよなぁ」

「それを言うなら嫉妬だろ」

「耳に精度の低い翻訳機詰まってますか?」


 そうしていると、赤い携帯電話が鳴った。


「うわ出た」

「仕事をゴキブリみたいに」

「もしもし、二戸です」

「いま大丈夫か?」

「同業の天拝坂と一緒にいます」

「こいつ人の本名を‥‥‥!」

「天拝坂? あっ、浮気デートだ?」

「なんでからかい方が中年なんだよ。違いますよ、家具選んでもらってたんです」

「エッ! マジ!? じゃあようやく君んちのあのバカ赤いベッドようやく変わってくれんの?」

「ソファです」

「ソファも赤くなんの!?」

「なんすか?」

「あっ、いや‥‥‥ンンッ! ‥‥‥そうだな、仕事だ。いま盛岡だな?」

「はい」


 どうやら市内の民家で案件が発生したらしい。


 どうせならふたりで片付けてこいというお達しのもと、「こいつのギャラと同じ額ください」というカズキのわがままが通り、二人は片方ウキウキ、片方がっくりの顔でその民家に向かった。


 周囲は畑に囲まれているが、畑を五つ挟んだ都合には都市が見える。都市といっても盛岡なのだから程度は知れているが、わりとアクセス的にも立地的には住みやすいものと考えられる。


「仕事モードになれ、はやく」

「今日は変身したくねぇなぁと言う気持ち」

「大丈夫だろ」


 どうやら中年のオッサンが警察に屋根裏に何かがいると通報したことから怪異案件であると判明したらしい。


 一度家の中を点検してから、屋根裏に入ってみると、確かに何かがおかしい。


 何か、というより明らかにおかしなところはあった。


 壁に、まるで植物のツタのように髪の毛がしがみついていて、時折それがウネウネと蠢いている。


「これはこれは‥‥‥」

「心当たりがお有り?」

「さてね」


 カメラで撮影し、懐中電灯を振り回して、屋根裏になにか怪しいものがないか、と調べ回る。


 物を漁ってもいいぞという許可は警察の方から事前にオッサンに許可を貰っていたので、躊躇いはなかった。


「そういえばお前聞いたか?」

「エ?」

「俺たちの職業の名前。『除怪師(じょかいし)』だってさ」

「怪しい霊感商法の名前すぎる」

「マジでな。お前みたいなチョーすごいヤツとか、俺みたいなそれなりにできるヤツならまだしも、あんまりデキないやつとか全くデキないやつとかはもう完全に霊感商法だから、『除怪師』って名前のせいで、詐欺師に文句つけれなくなったぜ」

「その理屈もどうかと思うけど、有耶無耶になってたものがはっきりするって、確かにあんまりよろしくない気がするね」

「んだべ?」

「ガチ最悪みたいな」


 片手間に雑談をしながら、段ボールだったり小さなタンスだったりを漁ってみるが、特にどうということはない。


「おい〜、百景種なんとかしろよ〜」

「俺の直感は鈍いの! ぷんぷん! 待ってて、今やる」

「全くも〜」


 シグルはこめかみに指を当てて、屋根裏に注意を向ける。


 そして、五分後、ようやくタンスの中にある束ねられた雑誌の中から、一冊のノートを引っ張り出した。


 おそらく五年以上は経っているものだろうそれには、「感想ノート」と掠れたマジックの文字。


 めくってみる。



 にんじんハンバーグ

 すったにんじんを入れました。

 娘も気づかないで食べているし、美味しく作れて良かったです。


 濃厚なシチュー

 北海道の叔父が送ってくれた牛乳を入れました。

 市販のルゥを使うより、とっても濃厚な美味しいシチューになりました! とっても美味しい〜!



「なんかホッコリする」

「シチューにニンジンいれると美味いよ」

「知らんけど」

「君の幼馴染がよく作ってくれる」

「幼稚園児扱いされてんぞ、それ」



 チョコレートケーキ

 娘と一緒に作りました。

 シフォンケーキにチョコレートのクリームを塗って、ホワイトチョコで「パパへ たんじょうびおめでとう!」って書きました。

 夫は泣いて喜んでいました


 スイカのゼリー

 スーパーで安くなっていたスイカをミキサーにかけて、ゼラチンで容器に入れて、おいしいゼリーの完成。チョコチップで種のつもり。

 あんまり美味しくなかったカモ



「あんまり美味しくなさそう」

「他所様の家庭の味に文句を言うなバカタレ」



 天拝坂夏月

 男なのに身長が低くて細いから可食部が少ない

 美味しくなかった。はっきり言ってクソ。



「エッ?」


 いきなり毛色が変わった。


 その他にも、人名が書かれ、ほかの料理のように、感想。


 それが延々と続いていく。


 最後の一ページ。



 一関外待

 人じゃない。まずい。からい。とても食べられたものじゃない。ゴムの部分が多すぎて、気持ち悪い。



「いちのせきって‥‥‥?」

「うーん。怪異の本体はこれではなさそうだけど、本体にもダメージいくかもしれないから、取り敢えず燃やしてみようか」


 シグルはノートを持って外に出ると、火をつけた。


「もしかして、お前の本名?」

「ちがうよ」

「うっそだぁ、お前だろ絶対。いきなり目の色変えちゃってサ。『外』『待』ってなんて読むの? そとまつ?」

「ホマチだろ」

「なんでわかんのー?」


 ク、クソウゼェ‥‥‥!!


 一般教養だろうが‥‥‥!!


 シグルは眉間にしわを寄せながら、このうるさいのを黙らせる方法を考えてみるが、どうもなさそうだった。


「そんなことより! ‥‥‥ほら戻るよ、屋根裏。なんかが分かりそうなんだ。手伝ってほしいがね!」

「わかってるって。ハマチくん」

「ホマチだっつってんだろ!! マジで唇塞ぐぞ‥‥‥!?」

「どうやって〜?」

「キス」


 カズキは黙った。


「でも、夏で月ってカヅキだと思うけど、カズキなんだね」

「こ、こいつ〜! ここぞとばかりに!」

「今のは疑問だろ、ただの」


 屋根裏に戻ると、先ほどより毛が増えていた。


 それに加えて、正体不明の悪臭もどことなく立ち込めている。


「どっかになんか‥‥‥もっと直接的な正体に迫れるような何かがあるはずなんだよなぁ‥‥‥! ちょっと、サマームーン、そこ照らしてくれ」

「死なすぞお魚くん。どこ?」

「ここ、ここ。この隙間のあたり。ほら、なんかあるでしょ」

「おっ、たしかに」

「引っ張り出すわ」


 上半身を隙間に突っ込んで、ガタガタと間抜けな尻を晒しているのを照らしながら「俺可食部少ないのか」とかなんとか考えていると「よっしゃあ」と声がした。


「獲ったぞ!」

「でかした」


 二人はすぐに写真を現像する準備を行う。事務所でだ。そうしてから

 家をもう一度あさることにした。


 シグルが二階を漁っている最中、カズキは一階を物色していたが、その際に仏間の畳に何か違和感があることに気が付く。霊力を挟み込んで、持ち上げると、薄い木箱のようなものがある。


 なにか皿でも入っているのかと思い「ディープ皿入れ」と呟きながらその箱を空けてみると、其処には遺影があった。


「おい! おい! お魚! こい!」

「釣りしたことないのか君、餌撒けや」

「いいから来いって、これを見てみろ」

「遺影‥‥‥?」


 少女の遺影を前に、二人は首を傾げる。


「遺影‥‥‥?」

「どう思う?」

「どう思うったって、遺影くらい何処にでもあるだろうし」

「でも、これ畳の下から見つけたんだぜ。木箱に入ってんのさ」

「木箱ォ? ハハァ‥‥‥こりゃあ、随分と年紀の入られた‥‥‥」


 その時、二階から床が軋むような物音がした。


「しかしなんだってこんな小さい家に憑くに至ったんだろう?」

「生まれがここだからだろ? 未練だよ。思い入れがいちばんってよく言うじゃないかよ。そうじゃなかったらこんなクソみてぇな所住みつきたくねぇよ」

「なんだかなぁ。違和感があるんだよなぁ。思い入れとは言うけれど。この年頃の人間がさあ、どんな性格であれ‥‥‥こんなゴミみてぇにクソッタレな部屋に取り憑きたいとは思わんでしょう」

「まぁ、確かになぁ」


 現地民は誰も求めていない住みます芸人が、よくわからない取ってつけたような理由を持って鼻息荒く地方に来るように、幽霊も何か理由があってこの家に取り憑いているんではないか、というのがシグルの考察であるけれど、重要なのはこの「理由」の方である。


 ウーン‥‥‥ウーン‥‥‥と悩んだ。


 そうしながら現像した写真を確認する。


 遺影の少女だろうか? その少女がまるで阿呆のような格好で殺されている場面だった。


 もう一枚。料理されている。


 ほとんどはミンチで、そしていずれかはシチューになっている。それから焼肉とか‥‥‥いろいろな料理に活用されてしまっている。


「なる‥‥‥ほど‥‥‥し、かし‥‥‥となると、依頼人のオッサンっていうの、だいぶ罪人だけど‥‥‥大きく出たなあ」

「警察に捕まりゃ困るのは自分なのにな。いや‥‥‥俺たちの存在を信じていないわけだ。要するに、自分たちの行いなんてバレないだろうという考えで、てきとうな『お祓い』でもしてもらえればそれで気が済むわけだから、そうして‥‥‥」

「一家の家族構成って‥‥‥」


 カズキは手帳に文字を書いてみせた。


「父親と‥‥‥母親と‥‥‥娘だろ。一瞬この遺影の少女が『娘』かもと思ったんだけどさ。一家団欒じゃあ、あのノートを見るに、多分違うよな」

「まぁ、だろうね」


 シグルはタバコを咥えて、懐からマッチ箱を取り出す。


 手元の写真には、料理を囲む父親・母親・娘をうつしてある。


「じゃあこの女の子って誰なんだって‥‥‥思わない?」

「思うけど、それは俺たちの仕事ではないからなぁ。とりあえず、ここの幽霊を祓うだけ祓ってさ、あとは警察に丸投げしようよ。あんまりこういうのに関わりすぎると、一番深いところまで落ちちゃうタイプなんだ、俺」

「どうすんの?」

「うーん‥‥‥」


 しばし、考える。


 この家についているという幽霊はほんとうにこの少女なのか? しかし、そうではないのだとしたら、いったい誰だというのか?


 ‥‥‥ここで殺されて、此処で飯として食われ‥‥‥そして‥‥‥遺体は何処に行ったかは分からないが、恐らくは何処かに埋まっているか、散らばっているのだろうけれど‥‥‥。


 自分であれば、自分が殺されたような、不吉なところには居たいとは思わない。


 トラウマというのがある。


 例えば木から落ちると高い所が怖くなるような、そういう簡単なものから、人身事故を目撃してから駅のホームにいるのが嫌になるようなものまであるだろう。


 そういう恐怖が人にはある。猫や犬にすらある。


 では、幽霊にはない、というのはおかしな話ではないか。たとえば、それが成熟した大人のものであれば、ある程度は納得してみせる。


 たとえば、首を吊って死んだ霊が死後も首を吊っているのだとしたら、「またやってるよ」で済ませることができる。


 しかし‥‥‥この女学生は‥‥‥見た所、中学生か高校生で、そういう年頃の人間が不吉なところを死後の拠り所に選ぶとは思えない。


「なるほど。‥‥‥良き思い出か」

「え?」

「この家に住んでいるのはどうやらこの少女ではないらしいね。つまるところ、頭のおかしいオバハンだ」

「エッ。アッ‥‥‥うーん、でもなんか‥‥‥変な違和感みたいなのないか? なんというかこの‥‥‥いい歳した大人ってさ。ある程度死後は見切りつけるんだよ。殺されたり自殺だったりっていうのは、やっぱり其処にしがみついて犯人を見つけてやろうとしたり、死んだことに気づかないで居座り続けたりするんだけど、そんな『良き思い出』みたいなガキみたいな理由で」

「じゃあなんだい?」

「ガキなんじゃ、ない?」


 おずおずと、カズキが言う。

 しばし間を空けて、シグルは「ああ」と納得。


「問題はどうやって祓うかなんだけど‥‥‥変身してくれない?」

「もし子供だったとしたらあんまり変身はしたくない」

「だよな。じゃあ古典的に騙すか」

「騙す? どうやって?」

「俺は結構小柄で‥‥‥ルイほどではないにしろ、ほら‥‥‥ね‥‥‥ほら、女顔だろ」

「現代人みんなそうだろ」

「急な偏見すぎる」


 煙草の煙を霊力で作った袋のなかに吐き捨てながらシグルは返す。


「そういう事なら石神くんに任せりゃいいじゃない。君より女の子のツラしてんぜ。頼むの簡単だろ、今頃事務所でマジギレしながらソファに寝転んでるよ」

「あいつ骨格が男すぎるからなあ。こんな女学生みたいな格好はたぶん霊にバレるだろ」

「骨格が‥‥‥男すぎる‥‥‥?」

「なんでほとんど毎日会ってるのに分かんねぇんだよ」


 ルイはシグルと会う場合、骨格のわからない服ばかりを着てしまうのが此処に来て思わぬ伏兵となるとは!


「じゃあ取り敢えず俺女装するからさ。お前金だしてくれよ」

「金?」

「制服買うんだよ」

「制服買う? この少女のをかい?」

「当たり前だろ、ガキだまくらかすんだから。カツラとかは簡単に揃えられるけど、制服となるとそうはいかない。ここって城南女子高校だろ」


 なんでわかんの?


「制服買うからさ」

「臭いはどうすんの?」

「あーーーーーー‥‥‥‥‥‥‥‥‥。あのさ、お前、それっぽい臭いわかんねぇの? 百景種フィッシュくん」

「やってやんねぇぞ細枝サマームーン」

「おねがーい」

「二十歳の男がくねくねしてんのキッチィ〜」

「死なすぞ」


 数十年前の臭いを探るというのは、たいへんだった。


 ギュルギュルと脳の細胞一つ一つがはしりだして、お求めの品をなんとか探ろうとして、鼻血が出始めたところで、ようやく見つけた。


「うおおおお!! タバコの臭い!! 死ねオラァっ!! スゥゥゥ!! ハァァァァ!!」

「ギャー! スメルハラスメントが過ぎるだろ! お前ふざけんなよコラ!! タバコの匂いならお前のアホみたいにデカいコートで十分だろうが‥‥‥けっみ!! けっみぃよオイ!」

「わはは」

「割とガチでイラッとする〜!」

「俺のニオイで肺まで満たされなさいよ」

「うるさい。まったく、もう‥‥‥ミスターうんこ。ばーか」


 それからすぐに盛岡市立城南女子高校の制服をゲットして、化粧までしてやって、またあの家に舞い戻る。


 少女のふりをして子供をおびき寄せ、そしてそのままなんやかんやしてあの世にぶち込んでやろうという思惑だったが、そこで思わぬハプニングが発生した。


 二人が民家に戻ると、其処にくたびれたオッサンがいた。


「ああ、どうも。どうも‥‥‥私、除怪師の五百森(いおもり)コサメ‥‥‥と申します。今回この家に住み着いておられる‥‥‥まぁ、なんというか、ハハァ気持ちの悪いクソみてぇな悪霊を祓おうというんで‥‥‥危ないんで、どうか離れていただきたいんですがね‥‥‥」


 オッサンはブツブツと呟くばかりで、まるでシグルの言葉を聞いているような様子はない。


 精神的におかしい人間の挙動。


 カズキは心配になって、シグルの顔を見上げた。


 シグルはまるで光のない目で「またいつものかよ」とオッサンを見つめながら、耳の下あたりを撫でた。


「私の娘は、クソか」

「はい。依頼人、あなたの娘ははっきり言ってクソです」

「し、ね‥‥‥」


 拳銃。


 どうしてどいつもこいつも拳銃を持っているんだ‥‥‥と呆れながら咥えていた煙草をふたつに割って、そこから吹き矢のように針を吹き出すと、オッサンはカニのように泡を吹いて倒れた。


「行こう、天拝坂くん」


 シグルはカズキの肩を寄せて、煙を向けながら口角ばかり少し上げて「あんなものに構っちゃならん」とだけ返した。


「その煙草、吹き矢になってたのか。お前そういう道具いっつも持ってるけど何処で調達してんだよ」

「ホームセンター」

「そんなわけがあるか‥‥‥!」

「ハハァ。まぁ、言えんのだよ。こっちも警察と関わりを持ってんので、人を眠らせる針をフッと出せるようなモンを売ってくれるところを明かすなんてさ。君だってそのほっそい太もも出すために金使ってるだろ、俺からしたらその程度の認識だけど、やっぱり俺と君では立ち位置が少し違う」

「人の太ももをペチンとするな。‥‥‥立ち位置? 立ち位置ってなんだよ。鬼か人かってことか?」

「‥‥‥まあ、そんなところ」

「お前だって鬼の血を引いてるってだけで人間だろ。っつーか関係ないだろ、鬼か人かなんて、今は。おい、何笑ってんだ、ぶっ飛ばすぞお前」

「君のようなのが、もっと増えてくれりゃあいいのにな」

「はぁ?」


 シグルが家の戸を開けると、屋根裏に広がっていたあの髪の毛が一階まで侵食してきていた。


 これはただ事ではなかった。


「な、なんかやっべぇ〜‥‥‥あのオッサンがなんかしやがったんだ! これやべぇよ、どうすんの」

「作戦変更」

「ン?」

「するしかないよな。君は、囮だ」

「しょうがねぇ、やったんで!」


 家に飛び込むと、暫くの間が開いて、壁を這っていた髪がカズキに向かっていった。


 どうやらうまく騙されてくれたらしい。


 まず、四肢に絡みつき、それから首‥‥‥腹の上を這うようにして、顔に髪の束が巻きついていく。


 呼吸ができそうにない──という時に、腕部のみを変身させたシグルがその髪をつかみ上げた。


 ズル‥‥‥ズル‥‥‥と引っ張っていくと、ニタニタと笑う幼女の顔が現れる。


 シグルはその顔に手のひらを押し当てる。次の瞬間、幼女の顔面が割れていき、家中に悲鳴が響き渡った。


 カズキは気を失った。


 次に目を覚ますと、警察の到着を待つシグルがわきにいて、シグルはカズキが起きたのをわかると、「服、着替えなよ」と言った。


「三ツ石、大丈夫か?」

「エッ?」


 シグルの目は赤くなっていた。


 それをカズキはわかっていた。おそらく、小さな子供に手をかけなくちゃならなかったのを嫌になって、泣いていたのだろう。


 気を失ってよかった、と思った。


 この男は人前で弱みを出せない人間だから、自分が起きていたら、ずっと泣けないままだった。


「あー‥‥‥」


 彼は息を吐くように小さく笑いながら、カズキの頭を撫でた。


「君は余計な気配りはせんでよろしい。ただまぁ、心配ありがとうね。慣れてるから大丈夫なんだ」


 パトカーが近付いてくる。カズキはさっさと着替えてしまって、「パンツまで変える必要なかったな」「なんでパンツ変えてんだよ」というような談笑をしつつ、早池峰ジョーを迎え入れた。


「やあ、早池峰さん」

「祓えたって聞いて急いできた」

「そんなことより、あのオッサンちゃんと見ていてもらわないと困るよ。いきなり拳銃向けられてびっくりしたぜ」

「嘘だなぁ、なんでここにいるんだ。君から『一応留めておけ』って言われてから、なんやかんや理由つけて取調室に隔離してたんだぜ、カツ丼だって八杯食わせた」

「全部自腹なの可哀想すぎる」

「まあ、人を殺して食っておいて、カツ丼八杯で済んだなら上等だな。半分肉なんだから都合もいいってもんだ」

「そういえば! 君変身したな! モドキがでたかい?」

「ああ、違う違う。怪異が襲ってきたんで、対処したんだ。鬼の身体は都合がいいから‥‥‥変身しちゃうな」

「君もつらいんだろうに‥‥‥」

「ハハァ。すんません」


 そして、帰っていいよということになって、帰路につく。その道中でシグルは「俺は〈星の月〉に逃げるわ」と言って〈星の月〉に逃げ込む。なんとなくついていく。


「石割さーん! ピザとコーヒーちょうだーい!」

「よお」

「エッ!?」


 ルイがいる。


「エッ!?」

「俺が呼んだ」

「恩を仇で返す‥‥‥?」

「厚かましいなお前」

「隣に座れ」

「いいんすか?」

「なんでダメなんだよ。いいから座れよ」


 ヒイヒイと座りつき、ルイの言葉を待つ。


「怪我は?」

「ないっす」

「ほぉ~? ほんとうか?」

「な、なんすか。俺が嘘つくやつだと‥‥‥そう言いたいんすか?」

「だいぶ嘘ついてるだろお前」

「だいぶ嘘ついてるけど‥‥‥でもでも、嘘ついたら君わかるじゃない。ほんとうに、あの、許してください」


 一か八かの謝罪だった。


 人の労り方がわからないやつとアホが絡むとこうなるんだなというのを見せつけられながら、カズキはビーフカレーを注文。


「君、よくあんな写真を見たあとにビーフカレー食えるね。メンタルが強すぎる」

「お前が弱すぎるんじゃねぇの? お魚くん」

「いつまでいじるつもりだよそれ」

「サンちゃん今日のお仕事どうだった?」

「なんか、めちゃくちゃ疲れました。でも気づきはあったな」

「気づき?」

「怪異も嘘には騙される」

「なにそれ」

「ン? ンー‥‥‥ハハ。このアホアホサマームーンがね、女の子の格好をして、怪異を騙したんだよ」

「キモ」

「キモって言うな幼馴染に。クソアホフィッシュめ‥‥‥! あっ、そうだ。コイツ肩を抱き寄せたり太もも触ってきました。セクハラっす。殺しちゃってくださいよ。握力八十二キロの底力見せちゃうときです」

「おバカ、幼馴染が前科者になるぞ」

「お前を亡き者にしてやろうか? まったく‥‥‥どうしてこう、お前らを二人きりにするとすぐにそういうことになるんだ?」

「マイナスかけるマイナスはプラスになるものね」


 マツヨが言う。


「マイナスにしかなってないんすよ」

「マイナスだってよ、サマームーン」

「お前のことだろフィッシュマン」

「マイナスは二つあるんだからはんぶんこしなさい」


 日が落ちきって、帰るぞということになると、「どっかで飲みに行くか」「バカ言うんじゃないよ若いんだからお帰んなさいよ」「まだ物足りないだろ」「俺は帰るから君たち二人で飲んでいなさいよ」「お前いないと話続かないだろ」「なんでだよ幼馴染だろ」というようなひと幕がありつつ、かといって無理に引き留めるのもなぁというので、事務所の方にふらふらと帰っていくシグルの背中を目で追いながら、ルイが言った。


「考えてみれば‥‥‥」

「ン?」

「あいつの過去、知らないんだよな」

「お前も教えてもらってないんだ」

「俺もあいつも‥‥‥『たまたま出会っただけ』だから。‥‥‥たまたまあいつが鬼の血を引く人間で‥‥‥俺がたまたま姫神で‥‥‥だからなんとなく一緒にいて、そのくらいの関係性だから、まだあいつのこと、俺なんも知らないんだぜ」

「意外と、秘匿性の高い人間なのかね」

「そもそも俺、あいつが本当に岩手生まれなのかも怪しいと思ってんだよ。たしかにちょっと現代的じゃない言い回しとかあって、田舎者感はあるけど‥‥‥でも、なんか‥‥‥よくわかんないんだよな」

「俺たちはみんな呪術対策で嘘をつくものだとしても‥‥‥?」

「だとしてもさ、そこまで隠しておく必要ってあるか? せめて親はいるのかとかくらい教えてくれてもいいじゃないかよ。でも、そんなことすら知らないんだぜ。『実家に案内してくれよ』って言ったこともあるんだぜ。でも、教えてくれねぇの。『ひみつ』ってさ」

「‥‥‥‥‥‥調べてみてもいいかもな‥‥‥」

「調べられるのか?」

「がんばるさ」


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