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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー牙號
17/23

第17話 正解者

 東京から宮城に帰る新幹線の中、アキラは死んだ様に眠った。

 アズサもヒロもそれを起こそうとはしなかった。

 眠る彼はやはり涙を流した。

 救えない命を数えているのだろうか、と思った。

 ヒロは他人の不幸で此処まで病んでしまえる人間がいる世界で、自分のがどれほど愚かなことをしてしまったのか、というのを考える。


 事務所に到着する。アズサは「報告に行ってきます」と言って途中から何処かへ行ってしまった。

 二人きりで、しかしいつものようにやたらと声をかけてくることはなかった。疲れ切った顔でソファーに落ちていた。

 テレビをつけようかとか酒飲むかとかそういう事を聞いてみる。

 タバコを吸いたい、とだけ返ってきた。

 あまり人前で吸うような人ではなかったのに。


 変わり始めた。


 平成二十六年/二〇一四年・六月十日。


「奥州市‥‥‥きらきら保育園‥‥‥園児と、保育士‥‥‥全員‥‥‥」


 その日は晴れた日だった。

 とても天気が良くて、風も冷たくて気持ちが良かった。


 心に整理をつけるためにリコと懐かしの幼馴染トークでもしばき倒そうかと思っていた矢先のことだった。


 裏世界人はアキラの周辺人物に目をつけた。

 きらきら保育園の園児と保育士が全員殺された。

 まるでミキサーにかけられたように、ドロドロになって、園の屋上にあるプールに並々注がれていたらしい。


 アキラは胸に嫌な感情が起こるのがわかった。

 葬式に出た。リコの母は放心ながら泣いていた。

 遺骨すらない葬式にむなしさすら覚えた。

 中学時代の友人や高校時代の友人とたくさん再会した。

 その誰もが「お前もやつれた」とアキラに言った。

 そんな声すら遠くで鳴っているような感覚に襲われた。

 リコが殺された。

 不来方リコが殺されてしまった。

 同じ岩手出身ということもあって、仲良くしてくれていた。

 とても気の強い女の子で、アキラが上級生にいじめられていると助けてくれた。泣いているとハンカチとかティッシュをくれた。

 とてもやさしい女性で、誰にでも慕われる人だった。


 六月十五日。

 事務所で放心していると、リコの母が事務所に来た。

 目の下にクマのあるアキラを見ると彼女は微笑んだ。


「いろいろと、見つけたんだ。アキラくんと一緒に映ってる写真とか、日記とか。いろいろ持ってきたんだ」

「わざわざ、どうもありがとうございます」

「ちゃんとごはん食べてる?」

「はい」


 嘘だ。しばらく食ってない。

 大気中の霊力を吸い取ってかろうじて心臓を動かしている。


「ちゃんと寝てる?」

「はい」


 嘘だ。しばらく眠れてない。

 眠ってしまうと、リコの遺体が夢に出る。


「あの子、ずっとアキラくんの心配ばかりしてたんだよ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥リコは、優しかったから。俺みたいな根暗にも根気強く明るく接してくれたんです。とても優しい人だった」

「うん、うん、そうだね」

「守れなくて、すいません」

「えっ」

「リコを殺したのは、俺に恨みのあるれんじゅうなんです。本当は、責任を持って守らなくちゃいけないのに、俺は、こ、壊れそうになってた。お、恩を仇で返したんだ。俺は‥‥‥ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい‥‥‥あやまってどうにかなるものでもないけど、お、俺は‥‥‥俺だけは許さないでください」


 アズサが見かねて飛び出した。


「狼久保さん、お客さんにはお茶出さないとですよぉ」

「‥‥‥‥‥‥」


 アキラはうずくまったまま動かなくなった。

 本当に壊れかけているのかもしれない。


「こちらへどうぞ」

「ああ、どうも‥‥‥此処の社員さん?」

「あっ、私は警察で‥‥‥彼には普段から調査に協力してもらってるんです。彼は霊感商法の詐欺にあった人たちとかあいそうな人たちに会いに行って、正しい解決法を教えてくれるんですよ」

「‥‥‥‥‥‥」

「私からしてみれば、恨まれる筋合いなんてないんですよ。あの人‥‥‥娘さんを殺したれんじゅうの仲間を何度も捕まえてるものだから、目をつけられてしまったんです」

「そう、だったんだね」

「はい」


 ヒロはアキラの方に寄っていって、立ち上がらせる。


「お前今だけは動けよ‥‥‥」

「ごめん、ごめん、ほんとうにごめん」


 最近、ごめんしか言わなくなった。


「ほら、見て。これアルバム。幼稚園の頃からいままでの」

「懐かしいです」

「昔のアキラくん、ほんとうに泣き虫でね。遠足でお母さんがトイレに行ったら迷子になったと思って泣きじゃくって」

「‥‥‥‥‥‥」

「ずっとね、あの子、学校から帰ってくるたびにあなたの話。今日は上級生にいじめられたとか。それを聞くたびに、頭の中に簡単に浮かんでくるんだよ、『ああ、やっぱりいじめられちゃうか』って。泣き虫だったもんね」

「はい‥‥‥」

「でも、助けてくれたこともあったよね。あの子が先生からいじめられたとき‥‥‥あの子のこと助けてくれたよね」

「‥‥‥‥‥‥」

「中学に上がってから、だんだん明るくなったよね」

「いつまでもリコに頼るの、ダメだと思ったんです」

「帰ってきて真っ先に『今日のあいつはこんな事をした!』とか『やっぱりあいつなんかおかしいよ』とか、そういう話ばかり楽しそうにするんだよ。中学三年生の頃、下級生が高校生に乱暴されそうになった時、何処から連れてきたのか馬に乗ってその高校生轢いてたらしいね」

「‥‥‥乱暴されそうになった、なんて記憶じゃなくて目の前で高校生が馬に轢かれた、みたいな濃すぎる記憶があったほうがいいかな、と」

「あの馬は結局なに?」

「側溝にはまってました‥‥‥」


 リコの母は笑った。


「あの子、あなたが女の子から人気になるたびに焦ってたよ」

「‥‥‥‥‥‥え?」

「高校生の時なんかよくすれ違いざまにラブレター渡されてたね。あの子が席を離した隙に女の子に囲まれたりしてたって」

「‥‥‥‥‥‥」


 身長百八十センチ、顔だけを見ればじゅうぶんにハンサム。それにつねに明るい笑顔をしているし、人の噂で「すごい優しい人」だなんて評判もついているものだから、よく女の子に囲まれていた。


「はい、これ」


 リコの母はアキラに日記帳の束を渡した。

 それを一ページずつゆっくりと読んでいく。

 アキラとのエピソードばかり。

 アキラは色々な花を知っていて凄い、とか。

 中学に上がった頃のリコの誕生日の日のこともあった。

 あの時はたしか誕生日会の道中で怪我をした犬を見つけてしまったので、動物病院に寄っていって、誕生日会に遅れてしまった上に服なんて泥だらけなのだからリコは怒ってしまって。

 その時のことも書いてあった。

「アイツなにも悪くないのに怒っちゃった」と。

 高校。

 あるページ、ある文が目に入った。


「‥‥‥‥‥‥」


 旭に恋人ができた。一年の女子。

 アイツへらへらしちゃって、むかつく


「‥‥‥‥‥‥」


 旭がふられた。というか、浮気

 だからあんなのやめろって言ったのに

 イヤ言ってないけど‥‥‥


「‥‥‥‥‥‥」


 あんなひどい奴もゆるしちゃうらしい

 そんなんだから騙されるんだ、って言ったら悲しそうにしてた


「‥‥‥‥‥‥」


 旭は顔がいいから女子に好かれる

 それだけならまだしも男子にも好かれてる

 でも、旭を好きになる奴って皆自分の事ばかりの酷い奴

 私もか


「‥‥‥‥‥‥」


 思わせぶりないやなやつ

 カゼとかひいちまえ! バーーーーカ!


「‥‥‥‥‥‥」


 四号は今度は高校時代の友人の家に現れた。

 その友人は上久保(かみくぼ)タカキという。

 彼は結婚し二歳になる息子もいる。元ヤンキーでそれを咎めようとするアキラとは、昔はよく喧嘩をした。


 呼び鈴が鳴る。


 タカキの嫁のマナミはそれに出る。

 すると、そこには異形。四号である。

 四号は大きなハンマーを振り上げる。

 次の瞬間、壁に口が現れ、そこから男が出てきた。


「ベルシ、貴様ァ」


 四号が恨み節で叫ぶ。


 ベルシ──鉄神はハンマーを片腕で抑えると、手を打ち合わせた。

 すると霊力障壁が展開される。


「攻撃手段を持たん貴様のような出来損ないに何が出来るか」

「攻撃手段を持つのを呼べる」


 口が現れる。そしてそこから男が現れた。

 よれたスーツ、多少長いボサボサの髪‥‥‥地面にサングラスが落ちる。黒い光を失った瞳がそこにある。


「アキラくん‥‥‥!?」

「マナミ」


 どす黒い声。


「下がっていろ」


 四号がハンマーを振るう。

 アキラはそれを片腕ではじき飛ばすと、四号の首を掴み上げた。


「ギャ!」

「‥‥‥‥‥‥あのハンマーで潰していたのか。人を」

「‥‥‥なんだこの力‥‥‥!? 変身もせずに!!」

「つぶしていたのか? 人を?」

「な、んだ、貴様‥‥‥!!」

「世界だ」


 頭を潰す。


「‥‥‥この感触、本体じゃないですよ。師匠」

「だろうな。私は戦えないから、お前がやるんだ」

「オサムは?」

「別件でいまは東北にいない」

「なるほど。じゃあ、俺だけの仕事だ」


 マナミが声をかける。


「アキラくん!」

「大丈夫」


 アキラは親指を立てる。


「君たちは俺が守るから」


 百景種の能力で、感知範囲を拡げる。


「転送頼みます」

「わかっている。そうだ、小僧。お前あまり変身するな。お前の骨はどういうわけか脅威骨と同じ効果を発揮する聖呪物になってしまっているから、きっとその影響を抜け出すまで精神に悪影響が出てる。お前がいつもより型を崩してるのはそのせいもある。だからだ。‥‥‥変身はするな。戦うときは他の方法でやれ」

「わかりました」


 地面に落ちていた金槌を拾い、口に落ちる。

 浮かび上がった先には四号がいた。

 おそらくこれも複製体なのだろうと分かる。

 右手を自身の顔に押しつけ、血でフルフェイスのマスクを作る。

 血のマスクはみるみるうちに黒ずんだ茶色に変色した。


 転送の時に骨が軋んだ。

 ギチ‥‥‥ギチ‥‥‥と、骨が痛んだ。

 左足を引きずりながら、四号複製体に近づいていく。

 霊力は一般人並みに落として、呼吸を留めた。体温も低くする。

 心臓の鼓動も最低限に留めた。

 そして、背後までやってくると、頭を金槌で殴りつけた。


「‥‥‥」


 三体目は近くにいた。

 地面に尻餅をついていた男は最近できた友人だった。

 名を落合(おちあい)イチローと言う。

 イチローが脚を引きずるアキラに声をかけた。


「俺のバイク、使うか‥‥‥!?」

「‥‥‥‥‥‥」

「ここだけの話、ちょっっと改造してるんだ。結構な速度が出るんだ。何かを追ってるんだろう? 使っていいよ、命の恩もある」


 アキラは深々と頭を下げた。

 発射の直前、「大丈夫」と親指を立てた。


「それって‥‥‥まさか‥‥‥」


 オートバイクは発進した。


 四号複製体を見つけると、後頭部を金槌で殴り飛ばす。

 四号複製体を見つけると、後頭部を金槌で殴り飛ばす。

 ただ、それの繰り返し。

 繰り返していくなかで、胸の中にもやもやとした感情が募っていく。

 その日は、複製体潰しで時が過ぎていった。


 翌日、事務所のテレビでは四号に殺された園児の名前が羅列される番組が放送されていた。顔写真付きの、趣味の悪い番組だった。

 先日の被害者、というクソッタレな番組である。

 それを眺めながら、貧乏ゆすり。

 SNSでは、「なにがおこってるんたよ」だとか「異常者がなんらかの力を誇示している」だとかという事ばかりが流れてくる。

 罪のない民間人が混乱している。


 これは、アキラの望む「普通」ではない。

 心にモヤがかかる。

 モヤがはれない。はれてくれない。はれてくれない。


「‥‥‥‥‥‥」


 同窓会を開こう。

 そう言うと、直ぐに人は集まった。高校時代の友人が重点的に狙われているのを鑑みるに、裏世界人は対象を「狼久保アキラの高校時代の友人」にしているか、あるいは「狼久保アキラの友人」を「高校→中学→小学」と遡ろうとしている。

 きらきら保育園で園児が殺されたのは、「そのほうが狼久保アキラが傷つくから」だろう。

 落合イチローが狙われたのも。

 友人は多かったから、大きな会場を借りて同窓会は行われた。


「どうしてこのタイミングで‥‥‥?」


 友人の一人が主催のアキラに訊ねた。


「最近物騒だろ。たぶん次に死ぬとしたら俺だろうから、今のうちに見ておきたかった」

「え、縁起でもないこと言うんでないよ! 剣呑たがりになってる時にさぁ‥‥‥お前死んだら俺たち変なっちゃうぜ」

「すまないな」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥あっ、ていうかさぁ、この前アキラが女の子と歩いてるの見たよ! 酒屋の方にさ‥‥‥」

「エッ、ああ、ありゃあ‥‥‥女の子じゃないよ。男だ。顔が可愛らしいので、勘違いなさってるね」

「えーっ!? でも、その子の目がさぁ‥‥‥」


 一番いてほしい人が、何処にもいない。

 こういうときいつもそばにいてくれた人だ。アキラより少し先に生まれたので、お姉さんぶっていつも腕を引いてくれた人。

 ‥‥‥いない。

 その時だった。

 レストランの入り口に、異形を見たと悲鳴を上げるレストランスタッフの悲鳴に、全員が一斉にアキラを見た。


「一服、よろしいか?」


 窓ガラスが割られ、風がよく通る。

 ジャケットを風防にして煙草に火をつけ、マッチを四号に投げる。

 四号は飛び退き、ハンマーでマッチを潰してしまった。


「グフ、グフフ、わざわざセンチメンタルになって同窓会なんか開いたおかげで私のターゲットを一箇所に集めてくれてありがとう」

「乗せられたか」

「君の前でみんなを殺してももう君は泣き叫ぶこともしなくて面白くなさそうなので、みんなの前で君を殺して、君のせいでみんなを不幸にしてしまおうと思うの。私って可愛いでしょ」

「バカな子ほど」


 煙が天井に昇っていく。


「アキラ、アキラ、逃げなって‥‥‥逃げろってオイ!」


 ガラの悪いれんじゅうがアキラの腕を引く。

 しかしアキラはびくともしなかった。

 普段であれば「あーれー」と言ってふわっと跳んで行くような男が、岩のようになって頑なに動かない。


「アキラ!」

「‥‥‥少し考えた。俺が怒ってるのは何でかって。友達を殺されたのだから当たり前だ。でもね、それだけじゃないんだ。俺の友達には日々があった。リコには明日があった。それだけじゃない。貴様が殺した園児たちには未来があった。貴様はそれをつぶした。俺は‥‥‥彼らの未来を守らなければならなかった。俺はそれを守れなかった。だから怒ってるんだ。貴様の悪意に、そして、俺自身の無力にだ。もうこれ以上誰かが泣くのを見たくない。これ以上、貴様のようなれんじゅうに、誰かが殺されるのは、もうごめんだ」

「私は泥だから白い時と赤い時の物理的な攻撃は効かないわよーん」

「だろうさ」


 アキラは右手のひらを顎に押し当て、ゴキッ‥‥‥と鳴らしてみせた。次の瞬間、外骨格・神経・強化筋肉・強化皮膚‥‥‥それらが展開され、赤い生体装甲が構築されていく。


「効かないって」


 四号が笑った。


「だからさ」


 感情操血〝零〟──〝熱焼(ねっしょう)


 赤い生体装甲がやたらと青になっていく。

 高出力の青い炎。


「エッ?」

「感情操血は鬼の霊術だぜ。俺は‥‥‥俺は、俺は世界の羅刹児だ」


 地面をダンと一度踏みつけると、刀が飛び出した。


「燃やして固めりゃ死んでくれて幸せだろ」

「待って‥‥‥」


 アキラはそれ以上何も言わなかった。

 セカイダー牙號が炎を纏った拳で殴りつけた。

 四号の顔面が揺らぎ、吹き飛んだ。

 四号は起き上がり「まずい」と思った。

 弱点は知られていた。


『ただ確証がなかったんだ、確証を得ようとしていたんだ。だからあの時、周囲に火が散るだろう事もお構いなしにマッチ棒を投げたんだ。私の弱点が火なら‥‥‥それを消すから! 私は事実、火で身体が固まるのをこわがって、ハンマーで火を消した‥‥‥! い、いつだ‥‥‥!? いつバレた!?』


 複製体である時点でバレていた。

 裏世界人は人であるにもかかわらず、怪異である。

 去年の三月頃に上海で複製体をつくる怪異と戦ったことがある。

 その際に現地の除怪師に、「複製体を作れるのは自分の魂に輪郭のない泥とかそこらへんの奴らだけ」と言われていた。

 日本に輪郭のない怪異といえば泥系だし。

 じゃあ泥じゃないのと思った。

 藪蚊のような声をあげながら四号は尻餅をついて逃げ出した。


「許し‥‥‥」


 顔面を蹴りつけられた。

 また吹き飛ぶと、四号は複製体を作り出し、けしかける。

 しかし、セカイダー牙號から思念パルスが飛ばされると形を保てなくなり、崩れ落ちた。

 セカイダー牙號は四号に跨るとしゃがみ、首を地面に押さえつけて、何度も顔面を殴った。

 四号はなんとか抜け出して、ハンマーをアキラの友人たちにむけて投げつけるが、霊力障壁が展開されている。

 現着、ヒロである。


「霊力障壁の練習してて良かった〜‥‥‥狼久保、大丈夫か!?」


 セカイダー牙號から返事はなかった。

 四号の後頭部を掴み尻を蹴りつけ掲げるように持ち上げると刀を腹に突き刺した。四号の悲鳴が響き渡る。


『だいぶ‥‥‥キレてないか‥‥‥?』


 普段ならやらないことをやっている。


『当たり前か‥‥‥人払いはできてるから、この高校の同窓生とか意外には見られてないから大丈夫だけど、これトラウマだろうなぁ〜‥‥‥やばいよなぁ‥‥‥友達減ったりしたら悲しむだろうな‥‥‥』


 四号はセカイダー牙號の顔面にハンマーをぶつけて逃げ出した。

 腹の傷を再生させながら、間合いを取る。

 セカイダー牙號は顔を撫でながら、青い複眼を四号に向けた。

 四号は思念パルスも受けずに、恐怖に染まった。


 リコの顔が浮かぶ。

 きっと彼女には未来があった。

 園児たちの顔が浮かぶ。

 きっとあの子達にも未来があった。

 その未来が輝かしい物だろうと、そうでなかろうと、アキラにはそれを守らなければならない責任があった。


「待って‥‥‥待って、待って待って待って待って待って!! 待って! ご、ごめんなさい‥‥‥」


 四号はとうとう土下座した。

 セカイダー牙號はそれに近づいていく。


「ごめんなさい、この罪は償います」


 セカイダー牙號は刀を構えた。


「待って‥‥‥ご、ごめんなさい‥‥‥な、なんでもします‥‥‥なんだってします‥‥‥あ、あなたの部下になる! ら、羅刹鬼様‥‥‥」


 セカイダー牙號は四号の両腕を一秒にも満たない斬撃で斬り落としてしまった。四号は叫びながら、血を噴き出した。

 セカイダー牙號は叫ぶ頭を掴み上げ、両腕を再生させる。


「ヒィッ‥‥‥ヒィッ‥‥‥ヒーッ‥‥‥ヒッ‥‥‥ごめんなさい、こめんなさい‥‥‥ご、ごめんなさい‥‥‥ウウ、ウウ‥‥‥」


 四号は地面に落ちて、倒れた。

 地面を這いつくばって逃げ出そうとするのを見て、セカイダー牙號は尻に刀を突き刺した。


「ああ‥‥‥ああ‥‥‥いたぁい‥‥‥」


 四号は考えた。どうにかして生き延びたいと。

 死にたくないと生まれて初めて思った。

 この男にかかわってはならないと思い知らされた。

 そもそも、そもそも!

 感情操血は「当人にとって一番強い感情をエネルギーにする」という霊術で‥‥‥その感情操血で憎悪をエネルギーにしているような奴と敵対なんかしたらこうなるのは当たり前である。


 考えろ、考えろ、考えろ‥‥‥。

 そして、思いいたる。嘘ついたれ、と。


「あります‥‥‥全員生き返らせる方法が‥‥‥あります‥‥‥裏世界の‥‥‥禍権(かごん)という神が世界を作り直す力を持っています‥‥‥そ、その神様は今は三ツ石の神に封印されているけれど、封印を解けば、世界を叶えてくれます‥‥‥だ、だから‥‥‥」

「俺が望むものがわかるか」

「えっ、あっ、あっ、あっ、あの、あの‥‥‥」


 セカイダー牙號はいった。


「お前の死」


 だから、死んだ。


 変身が解けると、アキラの皮膚が焼け爛れていた。

 身体の内側で熱が循環していたのだろう。

 それを治しながら、友人たちを見た。


「悪い、何も聞かないでくれ」


 ヒロは呆れた。それで通用するような事じゃないだろと。

 しかし、彼らは「わかったよ」と言った。



 ◆



 事務所に帰ると、またふたりきりだった。

 疲れ切った様子で、大きな火傷あとの消えなかった顔に、ISPOから支給される人工皮膚を貼ろうとして、途中で面倒になったのだろう形跡をテーブルのうえに投げ置いて、アキラはソファに沈んだ。


「ほんとうにごめんね、菊池くん。今回ばかりは少し手ごわいな。いつもは‥‥‥たいてい、数時間も経てば乗り越えられる‥‥‥というか、こんな気持ちも抑えられるのに、今回は耐えられそうにないんだ。耐えなくちゃならないのに、抑えなくちゃならないのに‥‥‥」


 彼が言った途端、純粋な疑問が浮かび上がる。


「それ‥‥‥抑える必要あるのかよ‥‥‥?」

「‥‥‥‥‥‥え?」

「いや、だって‥‥‥そうだろ‥‥‥。お前は、何をどう勘違いしてんのかわかんないけど、思いやるっていうのってそういう事じゃないだろ。許せないことは許せないで良いんだよ。何を考えてるんだ、お前」


 アキラはだまった。


「何でもかんでも思ったこと押さえつけようとするの、それ悪い癖っていうんだよ。あんまりよろしくないな」

「じゃあ、どうすればいいんだ」

「吐露しちゃえ。SNSあるだろ、それで‥‥‥」

「他人を不愉快にしてまで自分だけスッキリしたくない」

「面倒臭いなお前」

「‥‥‥‥‥‥」

「別に良いだろ、他人は不愉快にしても」

「君は‥‥‥また、そう言って‥‥‥」

「本気だよ。お前は考えすぎなんだ。だからつらくなりすぎる。抑えきれない感情なら抑える必要なんてないのに、またそうやってばかすか溜め込もうとするんだ。だから傍から見ていて病気のシーズー犬でも相手にしてるみたいなんだ。はっきり言ってお前って異常だから多少肩の力抜かないと本当にただの精神病んでる人だよ」

「‥‥‥‥‥‥」

「言いたいこととか沢山あるんだろ、全部言えよ」

「‥‥‥‥‥‥」


 どう言えばいいのかもわからない。


「‥‥‥‥‥‥」


 言い方を間違えた、とヒロは思った。またわざわざ言わなくていいことまで言ってしまった、と反省した。


「‥‥‥‥‥‥君は‥‥‥」

「ンッ‥‥‥!?」

「口が悪すぎる。君は、口が悪すぎる。多少女性に惚れやすいのも少し気味が悪い。惚れたからといって呪術に手を出したのは、流石に擁護しきれないくらいにメッチャキモい」

「‥‥‥うん」

「アズちゃんは、人の家でご飯をごちそうになるときくらいは多少遠慮を覚えたほうがいいし、語尾がやたら伸びているのがちょっと気になる‥‥‥ハキハキ物を言える人だっていうのはわかってるからわざとだっていうのもわかってるけど、なんでわざわざあんな喋り方をしてるのか意味わからない‥‥‥」

「ちょっとわかる」

「どいつもこいつも家が軋んだだけですぐに幽霊だと思い込むのが意味わからない。インターネットを簡単に使える環境で、大したスピリチュアルにもはまってないのに、ロクに調べもせずに、ただの家鳴りを幽霊の足音だとか思っちゃうの意味わからない」


 飲み込んできた言葉を、思いつく限り出してみる。


「震災があったからって、被災地に幽霊がわんさかいるみたいな事を言うやつの気がしれない。意味がわからない。ほんとうに気持ち悪い。ほんとうに大嫌いだ。戦争があったところに、兵隊の幽霊が出るっていう怪談もほんとうに大嫌い。ほんとうに嫌だ。死者への侮辱だ」

「止まんねぇな」


 いままで抑えてきた言葉。


「老人は免許を返納してほしい。余程の田舎ならまだしも仙台に住んでいて『車がなければ生活できません』なんてことはありえないくらいんだし、よりにもよって飲酒運転なんてほんとうに、ほんとうにクソッタレだ‥‥‥」


 全部本音。


「どうして俺ばっかりいっつもいっつも不幸になるんだって思うんだ。どうしてみんな、俺のことを助けてくれないんだって思うんだよ! だって‥‥‥俺はいつも、いつも悲しいのに‥‥‥」


 本音。


「俺だってもう幸せになりたい。幸せだった筈なんだ。父さんも母さんもいたんだ、今度結婚記念日で旅行に行く予定だって立ててた! それなのに死んで、お、俺はひとりぼっちになったんだ! それだけじゃない、なんでリコまで死ななくちゃならなかったんだ、どうしてあんなに優しい人まで苦しまなくちゃならなかったんだって、マジに俺思うんだよ! でも何度考えてもわかんないんだ、ただ世界に嫌われてるとしか思えないんだ」


 泣いた。


 とうとう泣いた、と思いながらヒロはソファに腰をおろした。


「家が燃えた時も『またか』って思った。良いことが何一つない。幸せになりたい、もうやめたい。除怪師やめたい。裏世界を終わらせたら、そしたら、もう敵もないと思うから、除怪師やめて‥‥‥セカイダーもやめて‥‥‥どっかで蕎麦屋とかやりたい。蕎麦づくりたい。蕎麦と言うか、蕎麦屋のカレーとかもやりたい。もう、もう戦うのだけは嫌だ。怪異だって生き物だ。生き物を殺すのはもう嫌だ」

「そうか」


 やっぱり。


「家庭が欲しい。島澤さんみたいに生きたい。蕎麦屋をやりながら息子とか、娘とか、自分の子とたまに釣りとか行きたいし、ピクニックとかいきたい。もっと普通の人として生きるつもりでいる。やめる。やめるやめる」

「また随分と‥‥‥弱気な‥‥‥」

「もう二度とやってたまるか、除怪師なんて。だって‥‥‥本当は、本当は除怪師がこんなこと言っちゃだめだけど、怪異、怖いもん。怖いんだよ、当たり前だろ、あんなもん怖くないわけないだろ、一度死んでるんだぞこっちは、とっても怖いんだ、でも、一度やるって言っちゃったから、やり続けなくちゃいけないんだ、でも、でも俺もうつらいよ」


 泣き虫、弱虫。

 これが本来の「狼久保アキラ」なのだろうか。


「本当は言葉とか用意してたんだけど、これ聞いたらなんて言えばいいのか分からなくなっちゃった」


 テーブルの上で冷たくなっていた人工皮膚をつまみ上げて、顔の火傷痕に張り付ける。


「正直なところ、俺はもうちょっとお前のこと強い奴だと思ってた。なんやかんや言って心の底からの善人なんだって」

「そんなわけない」


 即否定。


「俺ができるのが、誰かを思いやることくらいなだけなんだ。前も言ったと思うけど、誰も誰かを思いやろうとはしない。自分ばかり良けりゃそれでいいって奴らばかりだ」

「俺も含めてな」

「誰も隣の誰かを思いやらないんだ。それは難しいことだからだ。でも、俺がみんなのかわりになるのは、できるんだ。だから、だから‥‥‥」

「わかったよ。お前は善人じゃない」

「‥‥‥‥‥‥」

「疲れたろ、今日はもう寝ちまえ」

あおぞら保育園をきらきら保育園に変更

なんか調べたらマジであったのでビックリしました

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