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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー牙號
16/23

第16話 始まる

 裏世界のやろうとしていることはわからない。

 わかろうとも思えはしない。

 なんの目的もなく動いているらしい。

 なんの目的もなく、ただ、思うがままに、快楽のままに。

 そんなものだから、鉄神は裏世界を見限ったと言う。

 なんの目的もなく、人を殺す。

 それが裏世界というものらしい。

 けれど、どうやら‥‥‥時折、そうではない事をする。

 その日は雨が強かった。


 それはある一報だった。

 岩手県奥州市にある高校で入学式が行われた。

 その入学式に参加していた教員や‥‥‥生徒‥‥‥そして、その生徒の保護者が全員殺されてしまうという事件があった。

 まるで鋭利な刃物でひとおもいに惨殺。

 うち一人はまるでパンをサンドイッチにするように、真っ二つの身体に桜の花が詰め込まれていたという。

 それは、怪異の仕業であった。

 おそらく裏世界の人間の犯行だろうという。

 裏世界の人間もとうとう此方で事を成せるようになった、と。


 アズサが吐き気を抑えるような声色で報告した。

 その高校の体育館に入る。

 体育館の前ではISPO捜査官たちが顔を青くさせていた。

 シュウジの姿がある。すでにオサムが活動を開始させていた。

 オサムの背中を見つける。声をかける。


「誰がやったのかは分からない?」

「ああ。‥‥‥すまない、まだわかってないんだ」

「そっか。鋭利な刃物だっていうから、刀とかだろうね。あるいは鎌かな。裏世界人の犯行だとすると、犯人は裏世界に帰ってしまっているだろうから、捕まえるのは難儀だね。此方も裏世界に入ることが出来れば話は変わってくるかもしれないけれど」

「島澤さんが裏世界への入り口をつくれるが‥‥‥」

「そのことなんだけれど、島澤先輩はもう霊力も弱まってきていて、裏世界への入り口は作れない、とのことを確認済みだ」


 シュウジが言った。


「やり方を教えてもらうことは?」

「完全に感覚で使用していたから、分からないと‥‥‥」

「天才は考えものだな‥‥‥いや‥‥‥羅刹鬼の血が一番濃いから‥‥‥裏世界人ではあったのかもしれないな‥‥‥それが、鬼の血が抜けたので、だんだんとその力も弱まってきたんだ。となると、俺や俺の血を輸血した君もその入り口を作れるようになっていて欲しいが‥‥‥」

「あまり望み通りにはいかないか」

「ああ」

「大丈夫」


 アキラは言った。


「大丈夫」


 アキラは事務所に帰らず、ホテルを取った。

 スマートフォンを取る。殺人事件の一報は流れてくる。

 被害者の名前が流れつづける。四百七名の被害者。

 ほとんどが中学を卒業したばかりの若い少年少女。

 その名前を読み上げるアナウンサーの声は震えている。

 あまりにも唐突にあらわれた悲劇。

 殺人事件にしては、赤色が濃すぎる。

 あの体育館は赤で染まりきっていた。


 アキラはリコに電話をかけた。

 リコは奥州市の保育園で保育士をしていた。

 どうやら高校からの距離も近く、犯人に目をつけられていては困るので、一時的に休みにしているらしいというのを聞く。


「いま、仕事で奥州に来てるんだ」

「えっ、そうなの? ‥‥‥大丈夫なの?」

「俺は大丈夫。子どもたちが心配だね」

「そうだね。‥‥‥本当に。はやくつかまればいいのに」


 リコの言葉は頭に強く刻みついた。

 はやく捕まえなければならない、と思った。

 アキラは考え込むようになっていた。

 裏世界人はどうやら霊術でもないおかしな力を使うらしい。

 その力を与えられた人間というのがいるらしいが、その一つが変身能力であるという。

 であれば、もしかしたら裏世界人も変身するかもしれない。

 変身すると、無条件に身体能力が向上する。

 その身体能力の向上が裏世界人の変身にも適応されるのだとしたら、四百人あまりをあっというまに殺害できたのもわかる話である。


 よれたスーツも正さずに、サングラスも外さずに。

 たまにシャワーを浴びて、気持ちを入れ替えようとした。

 しかし、入れ替えることなどはできなかった。

 また殺人が起きた。

 今度は病院の小児病棟だった。

 そこにいた十五人のうちの八人が殺害された。

 残った全員が赤いものを身に着けていたので、外を歩いていると、赤いものを身に着けるような人たちが増えた。

 どうやら噂で広まったらしい。

 院内に設置されているいくつかの防犯カメラには刀のようなものを持った異形が映り込んでいた。

 それはおそらく裏世界人である。

 それを見たアキラは「こいつか」と画面を撫で、呟いた。

「こいつか」と‥‥‥。


 次にその裏世界人が現れたのは老人ホームだった。

 駐車場に口が現れ、そこから奴が現れた。

 奴が最初に見たのは老人ホームの入り口より前に椅子を置き足を組むよれたスーツの男。

 裏世界人は「ああ、三人目のセカイダー」と納得するように声をあげて、刀を構えた。


「一つ聞いてもいい?」


 アキラは空を見あげながら訊ねる。

 そろそろ今週何度目かの雨が降る。


「なにかな?」

「赤いものを身に着けている奴は殺さない‥‥‥は合ってる?」

「合ってるよ。分かりやすかったものね」

「どうしてだ? ゲン担ぎ?」

「まさか。ちがうよ。楽しいからだ。何が楽しいか、わかるだろ。赤い物を身に着けている奴を殺さないでおくと‥‥‥どいつもこいつも赤いものを身に着けだすんだ。なんだか、機械にそういう命令を出したみたいで面白いんだ」

「なぜ殺した」

「え? いや‥‥‥んー‥‥‥なんでかな。分からない」

「そっか。そうだよな」


 アキラは立ち上がった。霊力が地面に垂れ、そこに沼を作った。


「戦う気か? 気配で分かるぞ、君いま理機持ってないだろ、理機。理機もなしに‥‥‥つまり、鬼にもならずに俺に勝てるかな」

「ははは。遠くて聞こえなかったな‥‥‥格に‥‥‥差がありすぎたのかな‥‥‥?」

「戦士としての格は僕の方が上だけどね‥‥‥!」


 裏世界人がアキラに斬りかかる。

 刀を避け、顎を蹴りつけた。脳が揺れる。


「理解したかな。俺が言ってる格っての‥‥‥戦士としてじゃないよね。そんな当たり前のことを、今さら言うわけがないものな」


 立てない、と認識した頃には‥‥‥その頃にはすでに裏世界人は地面に両腕をついていた。

 両膝はとっくについていた。


『だが‥‥‥だが、こちらが霊力強化をやりゃあ、一歩先に出ることくらいはできる力量差だ‥‥‥幸いなことに、奴に理機はない。鬼だなんだと言っておきながら、羅刹鬼の血筋だとかなんとか言っておきながら、鬼っていうのは、理機がなけりゃ変身もできないカスだ‥‥‥! 勝てるな、この勝負。今は少しでも弱ったふりをして‥‥‥』

「変身」


 外骨格、神経、強化筋肉、強化皮膚。

 裏世界人は顔を上げて、そこにいる白いコヨーテを見た。

 信じられないと、心から思ったのは初めてのことだった。

 白く濁った瞳が青く染まるたびに、自分の顔が青くなっていくのが分かるようだった。


『なんで?』


 それは簡単な話‥‥‥感情操血〝零〟のおかげである。

 感情操血〝零〟で霊力に還元されかけた霊的な鬼の血が骨の奥まで染みきったおかげで、関節をポキっと鳴らすだけで理機を作動させたのと同じ効果が発動する。

 つまり、全身が「脅威骨」のようになっているのだ。


「俺と同じくらいになれるんでしょう? なりなさいよ。第二段階‥‥‥だったか? ハハ‥‥‥なりなさいよ」

「う、うう!!」


 裏世界人は霊力での身体強化を施した。

 すると、その方法がどうやらわかったらしい。

 セカイダー牙號は頷くと、「こうか?」と言う。

 強化皮膚が黒く染まり、生体装甲が赤く染まる。


「じゃあ、はやくやろう」

「うるさい!」


 雨が振り始めた。

 裏世界人は雨粒を斬り裂くように刀を振るう。

 セカイダー牙號は身体を捻りそれを回避すると、裏世界人の脇腹を殴る。裏世界人は弾かれるように吹っ飛び、車に体をうずめた。


「ゲェっ、ェェッ、う、うう‥‥‥な、なんだ‥‥‥!?」

「まずは一発」

「ハァ‥‥‥!?」

「次に二発目」


 裏世界人の顔面に踏みつけるような蹴りが入った。


「三発目」


 裏世界人が刀を振るうと、それを殴り折る。


「四発目」


 セカイダー牙號は裏世界人の頭を掴むと、持ち上げ、地面に叩きつける。裏世界人は嘔吐した。


「五発目」

「ま、待っ‥‥‥」


 頭を踏み付ける。


「立ちなさいよ。あと四百と十回ぶん残ってる」

「えっ‥‥‥」

「立ちなさい」

「‥‥‥‥‥‥」

「立ちなさい」

「ご、ごめんなさい‥‥‥」

「立ちなさい」

「あっ、あっ‥‥‥自、自害‥‥‥自害します」

「立ちなさい」


 折れた刀を掴み、腹に刺す。


「立ちなさい」


 たちまち怪我が再生した。


「エッ、アッ、エッ‥‥‥!?」

「立ちなさい」


 裏世界人は立てそうになかった。


「立ちなさい」

「た、立てません」

「そっか」


 セカイダー牙號は裏世界人の頭を掴み、無理矢理に持ち上げると、すぐ近くにあった林まで歩いた。

 裏世界人は恐怖で失禁しながら、セカイダー牙號を見上げる。

 青い複眼はギラリギラリと燃えるように光を強くしていく。


 大きな木を見つけると、裏世界人の刀を掴み上げ、首に突き刺し、釘を打つようにその木に固定してしまった。


「これから四百十発殴る」

「オ、オオ、オオオオ」

「ごめん、ほんとうに」


 殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った、殴った‥‥‥。

 とにかく、殴った。

 拳の装甲が剥がれて、血が滲むほど殴った。

 いつからか回数を数えるのもやめて、ひたすらに拳を振るう。

 青い複眼に血が垂れてきた頃、ようやく止まった。


「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」


 変身を解いた裏世界人から刀を引き抜くと、その場にべシャっと倒れ込むが、腹はもう、形がのこっていなかった。

 しばらくすると、赤く光を帯び始め、爆発した。


「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」


 怒りが引いていく。

 冷静になってくると、オートバイクと車の音が聞こえてきて、遠くから「アキラ」という声がした。振り向いてみると、オサムやシュウジ‥‥‥アズサとヒロが駆けてきていた。

 周辺に散らばる血痕や塵になって崩れ始めた肉片を見て、オサムが固唾を飲み込んだ。


「裏世界人は‥‥‥」

「殺した」

「‥‥‥‥‥‥」

「殺したよ、みんな。殺したんだ。とても、悪い奴だった。誰かをたくさん殺したことを、罪とも思わないで、最後まで自分の事ばかり考えて‥‥‥死んだ。悪いやつは、殺せばスッキリすると思ったことがあるんだ。昔、ヒーロー番組を見ていて、悪い奴に『ちくしょう、覚えてろ』って言わせる展開があって、ほぼ毎回そうだったから、俺は‥‥‥『殺しちゃえばいいのに』って子供ながらに思うんだ。でも‥‥‥今回、裏世界人を、殺して思うんだ。『殺さなきゃよかった』って。話の通じないやつだっていうのは、百景種の能力でなんとなくわかったけど‥‥‥けど、だからって、殺してスッキリするようなものでもないんだ。戦いが‥‥‥戦いが広がっていくんだ。頭の中で‥‥‥戦いが、広がるんだ」

「狼久保さん」

「大丈夫、すぐに慣れる」



 ◆



 平成二十六年/二〇一四年・五月十二日。

 福島で山田姓で身長・百六十五センチの男性が立て続けに殺された。

 これもまた裏世界人の仕業だろうという。

 こういう異様なこだわりで、ルールを作って楽しんでいる。

 まるで人間の命などを度外視にしたゲームでもしているようだ。

 大きなモンスターを狩るゲームがある。

 まるでそれを遊んでいるような感覚で、人を殺す。


 オサムはすぐにその事件を解決するべく福島に飛び出した。

 福島では山田姓の男性は全員家から出ないように、という特別注意報が出ていたが、そんなものは無意味だった。

 むしろ、ちょこまか動かない分奴らにとってやりやすかった。

 しかし、その裏世界人──二号はそれをつまらなく思った。

 無理矢理逃がしていた。

 捕まるか捕まらないか、というギリギリな距離感を保ちつつ追い続け、その「山田姓の男性」が体力尽きて動けなくなったところで、頭を大きなハサミでちょん切った。

 遺体の様子を見ると、完全な快楽でしかないことが分かった。


 こんな奴は絶対に許してはならないと思った。

 当たり前だ、許してしまえるわけがない。

 裏世界人は嫌いだ。

 もともとあまり良い印象はない。

 しかし、悪い奴ばかりでないことも分かっている。

 人を好きになって、考えを改めようと考えた者もいた。


 鉄神は裏世界人の快楽殺人を聞くたびに、哀しい顔をした。

 ああいう顔をさせてはならないと思った。

 自分のなかにながれる羅刹鬼の血のせいだろうか。

 鉄神は羅刹鬼の息子だという。

 おそらく、血に刻み込まれた父としての羅刹鬼が哀しみを感じているのだろうと細目で分析。


 百景種のISPO捜査官の金村(かなむら)ユウコを連れて歩いた。

 自分も百景種だったが、あまり精度は良くない。

 その能力のほとんどを霊力障壁に割いてしまっている。

 だからだ。


「いま頻繁に動いている山田姓の男を探してくれるかい?」

「わかりました。‥‥‥‥‥‥アッ、わかりましたよ、わかりました! 焼石さん! ‥‥‥あっちです! ついてきてください」

「道案内、頼むね」


 裏世界人は中学生かあるいは高校生といった少年を追っていた。

 ニタニタと笑っている。

 その瞬間、理機のボタンを押し込み、変身した。

 夜中だったので、青の光が周囲にひろがった。

 翼をひろげて追いかけた。

 裏世界人はまさか自分が追われる側になろうとは思いもしなかったのか、背中を蹴りつけられる度に、「ほら、逃げろ」と言われる度に苦痛に満ちた表情をした。

 とことんまで追い続けた。

 二号が転ぶと立ち止まり、起き上がって、逃げ出すとまた追いかけた。夜中だったので見られなくて済んだのがよかった。

 最近は物騒なのもあって、そもそも外を見るやつもいなかった。


「ヒィ、ヒィ‥‥‥ヒィ‥‥‥」


 二号は裏世界に戻ろうと口を召喚した。

 セカイダーSは懐から拳銃を取り出し、その口を撃ち砕いた。


「逃げろ、と言ったはずだよ」

「う、うう‥‥‥」

「逃げろ」


 二号は転んだ。すると、セカイダーSは立ち止まる。

 たまに片足を撃った。すると、逃げる足が止まる。


「君は何をしてるんだい? はやく逃げなさい」

「もう、無理だ‥‥‥」

「無理? なぜ無理と決めつける? 逃げ切れるかもしれないだろ? ほら、逃げなさい。逃げなさい」

「‥‥‥あ、足が‥‥‥」

「逃げなさい」

「うごけない‥‥‥」

「逃げなさい」


 二号は泣きそうな声で吐息を漏らしながら、歩き出した。

 ヨロヨロと歩き、転ぶと声を押し殺して泣き出した。

 背中を蹴りつけると、慌てて立ち上がり、また歩き出す。

 セカイダーSはひたすらに追いかけ続けた。


「もういやだ」

「逃げなさい」

「いやだ」

「なぜ」

「うう、うう‥‥‥」

「なぜ? 聞いているんだけれど、答えてくれないのかな。それはとても悲しくなってしまうな。まるで僕の権利を無視しているような行為だ。無視っていうのは‥‥‥いけないよ、そうだろう? 君はどうしてそういう事ばかりするんだ? 泣き言を言ってはいけないよ! ほら、逃げて!」

「うう、嫌だ、嫌だもう無理だ、無理なんだよ、殺してくれ」

「殺してほしい?」

「お、お前は俺を殺したいんだろう!?」

「‥‥‥‥‥‥」


 セカイダーSは顎を撫でて、しばらくすると「お前って?」と返す。


「えっ‥‥‥」

「立場は明確にしていたつもりだけれど‥‥‥『お前』‥‥‥?」

「‥‥‥‥‥‥」

「逃げよっか。しかしそうだなぁ、このまま何も喋らないでだらだら逃げるのも場の空気が地獄みたいだから、なにかお話をしようか。そうだな、君名前はなんという」

「り、リザキ」

「違うよね」

「ち、ちがわな‥‥‥」

「君の名前は屑だ。生まれてくるべきではなかった屑だ」

「‥‥‥‥‥‥」

「君の名前は?」

「‥‥‥‥‥‥」

「君の、なまえ、は?」

「‥‥‥‥‥‥く、屑だ‥‥‥」


 肩に弾丸が撃ち込まれた。


「屑、です」

「ちがうよ」

「えっ」

「何か忘れてるね」

「‥‥‥‥‥‥」

「君の名前は?」

「う、う、生まれてくるべきではなかった屑‥‥‥です‥‥‥」

「よくできました。さて、こんなところでいいかな。ここは何処だか分かるかな?」

「う、海です‥‥‥」

「そうだね。じゃあ、屑」

「はい‥‥‥」

「自害しろ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「じゃあね」


 二号は、自らの心臓を抉り出した。


「きったねぇ死骸」



 ◆



 平成二十六年/二〇一四年・五月十二日。

 東京都、足立区。


 妊婦が殺された。

 頭が赤子のものと交換され、本人の頭部は腹のなかにあった。

 三号は妊婦だけを殺して、決まってそういう事をした。

 それを楽しいと思えるようなやつだった。

 アキラはその遺体を見た。

 母親は苦しんで死んだのを無理やり笑顔にするために、顔に何度も殴打を受けていた。

 アキラはその遺体を見ていた。

 赤子は生まれることを知らないで死んだ。

 死んでしまった。

 殺されてしまった。

 殺されてしまった。殺されてしまった。

 殺されてしまった。殺されてしまった。殺されてしまった。


 ヒロはアキラの横顔を覗き込み、目から光が消えていくのを見る。

 ああ、ああ、どんどんと彼から光が消えていく。

 アズサはだんだんと曲がり始めた彼の背を見つめていた。

 裏世界人が動き始めると、彼はやはりいつものようにふざけるようにしていたが、それでも何処か疲れたような顔をしていた。

 趣味のゲームももうしていないらしい。

 ずっと、ずっと。

 落ち込んでいる。


「どうしていつもいつも‥‥‥奴等が犯行に及ぶまで何故我々は奴等の行動ひとつとっても感じ取ることなんてできやしないんだ!」

「狼久保さん、どうなさるおつもりで?」

「百景種能力を使う‥‥‥! そうだな、‥‥‥こういう場合は効かないのだけれど、やれるだけやってみるさ。どいつもこいつもバカみたいに残虐に人を殺せばいいと思っているような奴らばっかりだ。どうして、こう‥‥‥いつもいつも‥‥‥いつもいつも‥‥‥」


 脳で何かが外れるような音がした。

 しかし、そんなものには気づかなかった。

 それどころではなかったのだ。


「見つけられる?」

「感知範囲を『裏世界』に当てるからダメなんだ。東京都内に範囲を絞る。空気の揺らぎを感知するようにするんだ。人間が生きている限りそれは揺らぐものだけど、奴らが現れるときのあの感覚は違うんだ。だからそれを感知する。感知してもらわないと困るんだよ。ああ、困るんだ」


 目に血が通っていく。


「見えた」

「えっ」

「俺は行く。君たちはあとで来い。ほんとうに、ごめん。ないがしろにするような‥‥‥」

「いいから行けって、大丈夫! やりたいこと全部やれって」

「ありがとう、菊池くん。じゃあ、アズちゃんも‥‥‥」

「あいよ」


 変身した。赤く染まると、彼は目にも追えない。


 妊婦に拳から伸びる鋭利な刃を振り下ろそうとする三号に蹴りをたたき込む。吹っ飛んで行く三号を眺めながら、妊婦に行く。


「大丈夫。もう、大丈夫‥‥‥! 逃げられるね? ‥‥‥大丈夫! お姉さん、がんばるマンだもの。今日まで頑張ってきたんだからこれからも頑張れる。頑張れないなら‥‥‥俺がお姉さんの分まで頑張る。ここから離れられる? 足元、気をつけてね」


 三号が起き上がるのを感知すると思念パルスを飛ばした。

 すると、三号は扁桃体が爆発してしまうような恐怖を感じ、動けなくなってしまう。


「こ、いつ‥‥‥」


 身体では分かっている。これは自発的な恐怖ではない。


臨警種(りんけいしゅ)‥‥‥!」


 臨警種。百景種が脳機能の拡張により共感能力・空間認識能力を強化するものだとすると、臨警種は脳機能の拡張により生体電気発散系の強化が行われ、他者に自身の思念パルスを送り込み、強制的に恐怖・不安を抱かせ、時には失神させてしまう特別な人間。


「現代で‥‥‥!?」


 現代──一九四二年から始まった現代怪奇において、この臨警種というのは、元セカイダー島澤伴内とかつてエナシと交流のあった盲目のピアニスト塩ヶ森ヒロミの二名しか確認されていない。


「ああ、もう‥‥‥!」


 身体が動かない!


 セカイダー牙號の蹴りが三号の顔面にクリーンヒット。

 三号は吹き飛び、吹き飛んだ先にはセカイダー牙號がいた。


『効果が‥‥‥長すぎる!! 違う、長いんじゃない! 効果が途切れる度に、それを百景種で感知して、思念パルスを送り込んで‥‥‥俺の身体を無理やり止めているんだ‥‥‥!! だから嫌なんだ、百景種と臨警種のハーフは!!』


 思考のなかで叫ぶ。


「君も」


 セカイダー牙號が心底憎しみを込めて嘲笑するような声、一つ。


「糞と小便のハーフでないか」

「ウ、ウウ‥‥‥!?」


 後頭部にパンチ。

 ぐわん、と視界が揺らいで全身の四肢末端に電撃走る。


「人を殺すの、楽しかったか」

「く、そ‥‥‥!」


 召喚霊術。人頭のハエ〝陸虫(りっちゅう)〟を召喚。それを次々弾丸のように射出しながら、三号はセカイダー牙號から距離をとる。


 セカイダー牙號は陸虫を一匹一品殴り飛ばし、遠くの妊婦を狙うのがあれば、〝零〟で狙い撃つ。


 感情操血〝零〟に使われる脳のリソースは約六割。

 鬼の身体を動かすのに使われる脳のリソースは約八割。

 単純計算でもそれは破綻している。


 そこでセカイダー牙號は編み出す、霊術の誤算。

 それは「架空の頭脳を生み出す」というものであった。


 妄想。


 そこにもうひとつ自分の脳みそがあるように、思い込む。

 そこにもうひとつ、使える脳があるように、思い込む。


 そして、〝零〟をそちらの頭脳で操る。


 それにより、百パーセントの実力解放。


 通常であれば死地に至ってようやく開花する霊術の頂点。


 それを霊術極致という。


 霊術極致[開門]

 感情操血〝零〟──〝願昇・裏(ねがいさげ)


 それは単純な破壊能力。血に気泡ができる。全身の血の約七割が空気に変換される霊術〝願昇・裏〟は三号の足を止めた。


 骨にヒビ、入って、そのヒビは全身に広がっていく。

 爆散。


「‥‥‥‥‥‥弱いものいじめだ」


 身体に才能がありすぎる。

 裏世界人というのは強いんだ、と伴内に聞いたことがある。

 だから気をつけたほうがいいと‥‥‥そう言われた。

 疑うつもりはなかったから、拍子抜け。

 こんなに弱い生き物というのも、アリ以来である。


「こんなもの、何が楽しいんだ」


 強き者が弱き者に勝つのは当たり前なのだから、何の面白みもないはずだ。最近はそういうのも増えているが、何が楽しいのか全く分からない。何もスッキリしない。

 たとえ、相手の性格が悪かろうと。

 たとえ、相手が先に手を出していようと‥‥‥やられたからやり返してスッキリするのでは、そんなものはいけない発想だ。


「いづいな‥‥‥」


 雨は降っている。


 本当の心は何処にあるのか、もう自分でも分からないくらいに、拳を振るった。

 心がしなる程に拳を叩きつけて、蹴りを叩き入れて、相手が悲鳴を上げるたびに、足を止めたくなる。

 しかし奴らは反省なんかしない。快楽に浸りたくなればまた人を殺す。そんな生き物を見過ごすわけにはいかないからまた拳を振るわざるを得ない。

 血で血肉を洗う無意味。


 変身を解く。

 雨粒が当たるたびに少し痛いくらいの勢い。

 二人がやってくると、アズサはアキラに傘を差し出した。


「雨が強いな」


 傘の影の下で、アキラが笑う。

 ヒロは人の心が壊れていくのを目の前で初めて見た。

 たいてい壊れた人間しか周囲にいなかったから。


「だから、傘‥‥‥」


 アズサが焦るように言う。自分の知る中で一番の善人がどんどんと行ってはならない道に行こうとしている。焦る。


「雨が、強いよ」

「アキラくん、傘!」

「けど生憎と傘がないからね」


 腹が立つ。腹が立つ。抑えよう、抑えようと思っても、腹が立つ。自分がこんなに根性のない人間だったとは思わなかった。

 この苛立ちを、どうしても抑えられない。

 今にも溢れてしまいそうになる。

 抑えなくてはならない。

 抑えなくては、まるでそれでは、怒りのままに動く鬼。


 がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。がんばれ、がんばるマン。


「がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥」


 がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥。


「アキラくん、風邪ひいちゃうよ」


 がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥。


「狼久保、これから飯行こう。なんか寿司とか‥‥‥」


 がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥。


「おい、おいって‥‥‥」


 がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥がんばれ‥‥‥。


「アキラくん」


 青信号が点滅している。

 歩き出そうとして、目の前に女が現れる。

 ハッと目を見開くと女は「そっちじゃないよ」と言う。


「アキラくん!」


 次の瞬間、トラックがしぶきをかけてきた。


「‥‥‥アズちゃん、菊池くんも‥‥‥」

「よかった、ようやく気づいた」

「お前、少し休めよ。‥‥‥みんな許してくれるだろ」

「‥‥‥いや、でも。‥‥‥ああ‥‥‥そうだな。わかったよ。ありがとう、二人とも。少し眠りたい。でも、ほんの少しだけ」

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