第13話 あんたは何者
ニーアン調べたら存在してて血の気が引きました
宮城に帰る。事務所に戻る。ソファに落ちる。寝る。
「えぇ~‥‥‥」
「その人いつもそうなんですぅ」
よく見ればだいぶくたびれた男である。
「いやしかし、狼久保さんのおまぬけにもびっくりしますねぇ。普通だったら認可も受けずに呪術に手を出した人間は逮捕なんですよぉ。数年反省してもらってから、呪術に関する記憶と体内の霊力を一般人並みに落として、社会に放牧するんですぅ」
「なんでそうしないんだよ」
「この人は、人を肯定したいからなぁ。この人のなかには『理解するし受け入れる』『理解はしないけど受け入れる』しかないんですよぉ。本当はきっと、悪い人達を叩くのだって嫌なんだろうけど、お得意の開き直りで諦めてるだけなんですよぉ」
アズサは言った。
最初の頃、除怪師なんてやめてしまえばいいのにと思った。
除怪師にはめずらしく、善良な心を持った人間だった。
人を殴るのはあまり好きじゃないんだろうということも分かった。去年、人を殴ったことがあった。
殴らざるを得ない状況だったが、終わったあと、腹に穴でも空いたように、苦痛の顔で立ち尽くす彼を見た。
焼石神を見たことがあった。あの男はたしかに善良な人ではあったけれど、眉ひとつ動かず、他人の眼球を潰せてしまう男だった。
そうでなくとも、たいていの除怪師は悪い霊能者は簡単に殴れるし、時には斬りつけることができる者もいる。
「その人は普通の人なんです。普通の人として暴力を嫌っていて、普通の人として貴方を認めたんです。彼が『いいな』と思ったなら、私はもう何も言いませんけどぉ、今度私欲のために呪術を使ったら、私は貴方を軽蔑します」
「‥‥‥‥‥‥」
窓際の小さな棚の上に、黒いダイスが三つ。振ってみる。六・六・六。不吉だなぁ、と思いながらも空を見上げる。雲が徐々に消えていき、青空になる。
「あっ、そうだ。彼に用があるなら今日の内に。明日はオフなので、私たちの前には姿現しませんよ」
「なんで?」
「〝狼は孤独を好む〟」
本当にそのとおりで、事務所に現れないし、町中を歩いてみても何処にもいない。何処で何をしているのか、というのを事務所でテレビを観ていたアズサに聞いてみても「さあ」と返ってくるばかり。
翌日、八月二日。事務所に住み込んでいたヒロが起きて見ると、窓辺でアキラが煙草をふかしていた。
「昨日は何処で何をしてたんだ」
「積んでたゲームやってたよ〜ん」
そして、眠そうな顔をしてアズサも事務所にやってきた。
「おはようございますぅ、狼久保さん」
「はいおはよう」
「今日はニーアンの会を潰しに行きましょう」
「そもそもニーアンってのが嫌だなぁ。もうあるしなぁ。別名で呼ぼうじゃないかって思ってんだよね」
「いいですねぇ、なんて呼びましょうかぁ」
「うーん‥‥‥そもそも『ニーアンの会』における『ニーアン』ってなに?」
「贄庵らしいですよ」
「じゃあ贄庵。紛らわしいし風評被害ビチ出しちゃって本家本元にメッチャクチャ失礼じゃん! ごめんなさーい! 許して〜!」
「誰に謝ってんだ‥‥‥?」
「ニーアンでしょ」
贄庵のれんじゅうは岩手に本拠地を持っているらしい、というのは母から聞いたことがあった。それをアキラに言ってみると「岩手だ」と呟いた。
「やっぱり、現代怪奇の始祖が住んでらっしゃる土地なので、岩手っていうのは怪奇の集積地のようになってしまうんでしょうかねぇ」
「現代怪奇の始祖?」
「えっ、これも知らないんですかぁ?」
「うん!」
「島澤伴内ですよぉ。怪奇っていうのは区切りがあるんです。現代怪奇って言われているのは、一九四二年から二〇四二年までの百年。島澤伴内は一九四二年に生まれた最初の怪奇なんです」
「あー、鬼だっけ」
「それなら俺も聞いたことがある」
「贄庵の二世だものな」
「母から『いつかお前は島澤伴内の子を生むんだ』って言われてた。でも俺男だし」
アズサは「おや」と言う。
「男性妊娠? エグめのエッチな漫画でしか聞いたことないんだけど。えっ‥‥‥えっ? これってそういう話ですか? す、すいません! 未成年の閲読は禁止です! これノクターンです!」
「誰に言ってんだ‥‥‥?」
「狼久保さん、姫神です。姫神は鬼を封印する為に身体に神秘性を宿して生まれてきたので、多少無理に身体改造を施すと肉体が完全に女性体になるので、そういうあれであれなんですぅ」
「世界こわー」
「なるほど、菊池さんの容姿が女性寄りなのも納得がいきますねぇ」
「俺はどう?」
「おバカちゃんに見えます」
「はいはーい! アズちゃんのコンタクト度数合ってないと思いま〜す! 俺がおバカに見えるってさ、どう思うよ菊池くん! 俺おバカに見えないよね!」
「‥‥‥‥‥‥」
「沈黙は、肯定」
「じゃあバカに見えるよ」
「ムカが付着! 俺のムカは可燃性っす。文化着火」
「なんでそっちなんだよ」
「そっち‥‥‥? 文化着火って俺のオリジナルでは‥‥‥?」
「どっちもしらないの?」
「なんで君は知ってるんですかねぇ?」
当時三歳のカルト二世が。
「まぁそれはさておき、今日はもーれつな戦いになりそうだから、みんな朝ごはんちゃんと食べなさいよ」
「仙台から岩手に着く頃といえば、ちょっと昼ごろだから昼ごはんとかで悩みますね」
「昼ごはん抜きにして打ち上げでどっかでパーっとやろう」
「あ、それいいですね! 菊池さん食べたいものとかありますか?」
「多分終わる頃には食欲なくなる‥‥‥」
「俺ピザ食いに行きたいっす」
「ピザはお腹に溜まらないしなぁ。高いし」
「じゃ、焼肉? 冷麺とかっていうの、食いに行こうよ」
「それが妥当ですねぇ」
三人は電車に飛び込んで盛岡駅へ。
到着すると、ふと「俺っていらなくないか?」と訊ねた。
「現場を見て、君かどう思うかというのを確かめたいからいてもらったほうが嬉しいかな。出来る限り俺と一緒にいてほしいけど〜、もし俺が嫌だったらアズちゃんと一緒にいてもいいよ〜ん♡」
「‥‥‥お前でいいや‥‥‥」
「よし決まり! じゃあ行くぞー!」
贄庵のアジトは森で隔たれた小さな集落だった。
「盛岡っていろいろあってかわいそうだな」と思いながら、その集落の前で準備運動をしてみる。
ここは交通の便も悪く、住人のほとんどが老人ということもあり、自主的に離村し盛岡との合併と際に捨てられてしまった廃集落である。
誰もいないのをいいことに、勝手に家屋をなおし住み着いたのが贄庵という訳なので、贄庵は「住みっこぐらし」と呼んでも過言ではない。
「コソコソ侵入したりするのか?」
「スパイ映画の観すぎ! そんなことはしませーん」
「じゃあいったい‥‥‥」
「こうすんのさ」
血がメガホンの形状をとる。
「こんにちはァァァ〜〜〜〜ッッッ!! 除怪師・井上ノリアキでーす!! いまから、アンタ方をボコボッコにしたいと思いまーす!! みんな〜!! だってぇ、これからの時代に、こんなカルト、たぶんいらないから〜!」
認知。感知。扁桃体の動きを認識。
憎悪、憤怒、思わず動き出した身体。生体電気。
「バカにされて困る組織に入るんでいけないな」
飛んできた老人の頭を掴み、木の幹に叩きつけ、蹴りつける。木はピキミシ──というような悲鳴をあげながら砕け散った。
「なっ‥‥‥」
驚愕。霊力で身体強化ができるということを聞いたことがあるけれど、それとは話が違う。生身の人間の身体だった。霊力で身体を強化した時に現れる模様が現れなかった。無強化であれなのだ。
気がつくと、アズサは消えていた。
恐らくいつものように陰の活動をしているんだろうと細目で分析しつつ、アキラは老人が崩れ落ちたのを持ち上げて最低限の怪我を治癒させる。
「死にたくなきゃ俺から離れるなよ」
「あ、ああ‥‥‥」
ゼリー状の血の球を二粒出し、両手で握りつぶす。膜が現れると、木々の隙間から銃弾が飛んで、膜にめり込んだ。
その脇から召喚怪異が現れる。
鋭くとがった〝螺市〟という貝状の怪異である。
地面を踏みつけると小石が巻き上がり〝螺市〟を打ち砕いた。
「がんばろう、がんばるマン」
「がんばるマン‥‥‥?」
感情操血〝零〟──〝鈴翔〟。
硬化した血液を弾丸のように発射する霊術。
螺市の雨を潜り抜け、流れ星のような赤が駆け抜ける。
赤い流れ星が術者の両腕が重なった瞬間、それを貫いた。
その瞬間、札から札が出現し、その札からまた札が‥‥‥というふうになって、空一面を召喚用の札が埋め尽くした。
「おっと‥‥‥対応しきれないな」
「エッ?」
「感情操血に頼ってんじゃって意味だよ」
大量の〝螺市〟が現れると、ゼリー状の血の球が溶け落ちて、アキラは霊力の全てを発散に向けた。
〝螺市〟は途端に吹き飛び散った。
「さぁいこう」
贄庵のれんじゅうはその様子を見て恐れた。
感情操血を知らなかった。「小さいものを召喚して操っているな」と分かる程度だった。召喚霊術のたぐいだと想定していた。
謎の怪異を召喚して操っていて、そして、その怪異が小さいとくれば、霊力量はあまり多くないのだろうと考えていた。
しかし、あれは違う。
あれは規格外だ。
エナシを知る者が言った。「おなじくらい」と。
「さぁいこう」
「あんた一体何者なんだ‥‥‥?」
「ン? だから言ったろ、除怪師・井上ノリアキだよ」
「除怪師は‥‥‥わかってる。母がよく警戒してた。除怪師は母のやりたいことを阻止するから嫌いだって。でも、警戒してるようなのは、地方のつよいやつとか、それこそ焼石神とかで、あんたの名前は一切出なかった。だから、俺だってあんたのこと知らなかった」
「俺はまっとうに仕事をしていたんだ。でもたしかに仕事は選んでいたかな。‥‥‥霊感商法に騙される人が多くなったんだ。最近は稼ぎ時らしいからな。そういうれんじゅうに引っかかる前に、俺がちゃんと『これはおばけじゃない』『これはおばけだ』って言っていたんだ。たいはんは、まぁただの家鳴りだったり、勘違いだったりでね」
普通の除怪師はやりたがらないような、地味な仕事を選んでいた。建物の検査をしたり、人生相談に乗ったり。
「そういう仕事って本当はみんなでやるのが一番なんだけど、やりたがらないんだよな。みんな霊力使いたがるんだよ。怪異と戦ったりしたがるんだよな。じゃあ俺はそういう地味な仕事に集中しようじゃないかって事で‥‥‥というわけで、俺の実力が表に出ることはないんだな」
「‥‥‥‥‥‥」
「一番ありがたいのはアズちゃんかなあ。俺がそういう方向性で行くって伝えた時、『いいですね』って言ってくれてガチリスペクトっすわ。そんなことよりさっさと先に行っちゃいましょーぜ」
「あ、ああ‥‥‥」
善良な人間。
ヒロはグ‥‥‥グ‥‥‥と退けるような思いになった。
世界にはこんなに善良な心を持った人間がいておきながら、自分のような人間は、夜中すれ違っただけの女に惚れて、気持ちの悪いことをして。
「どうかした?」
「え、ああ‥‥‥いや‥‥‥なんでも、ない‥‥‥なんでもない‥‥‥」
「そう? まぁ、そうだったらいいんだよね。そう思えるんなら、君はまだ引き返せるんだもの。あとでちゃんと謝りに行こうな」
「‥‥‥‥‥‥」
「返事」
「‥‥‥はい‥‥‥」
ヒロはアキラのあとをついて歩いた。そこで、察する。
当たり前だけど、割と本気で嫌われている。
「‥‥‥‥‥‥」
〝螺市〟が襲ってくる。それをすべて打ち砕く。
そうしていると、男が拳を振りながら、木々をはじき飛ばして一直線でアキラのもとへ駆けてきた。
嫌な気配を感じ、アキラはヒロを〝零〟の防壁で守りモロにタックルを受ける。尋常ならざる力。
「鬼ってやつかな‥‥‥」
肋骨を五本折ったらしい。激痛。立てないほどの痛みに悶えていると頭を捕まれる。白く濁った複眼が気色悪く日に照らされて輝いている。
見ているだけで吐き気がする。
「人間風情が‥‥‥舐めてると潰すぞ‥‥‥」
「ヘ、エヘエヘ‥‥‥レロレロしちゃうよ〜ん♡」
木の幹に叩きつけられた。何かが潰れるような音のあと、血の防壁が溶けて落ちた。
「姫神」
恐怖。ヒロは尻もちをつき、必死に後ろに下がりながら、鬼に向けて土を投げつけた。
「く、くるな‥‥‥」
「そういう抵抗、エロいね」
「ハァ‥‥‥!?」
地面に染みつきかけていた血がブクブクと膨れ上がり始めた。
そして、三本の槍になると、鬼の面に向けて伸びた。鬼はそれを避けて、背後を見る。
頭からぼたぼたと何かをこぼしながら、アキラが立っている。
「せかいで一番エッチな男、登場」
「治癒霊術」
「せーかい。ふふふ、ふふ、いひひひ、ひひひ」
頭から垂れていたのは、脳。脳が垂れた時点で治癒霊術がかかるように頭をつかまれた時点で身体に術式を刻みつけていた。
新たに生成された脳はまだアキラの魂に慣れていなくて正常な思考ができていない。
ズカズカと踏み込んでいき鬼はそれに向き直り拳を振るった。アキラはそれを身体を引きちぎるようにねじり無理矢理回避し、治癒霊術を発動させながら、拳を叩きつけた。
「ひひひ、ひひひひ、ひひーっひひ、ひっひひひ」
「なんだお前、気持ち悪ィ‥‥‥」
「いひひ、うぎひひ、ひひひ。ひーっひひひ、ぎききき、いひぃ、ひっはははは‥‥‥ははは!! はーっはははは!! はーっ‥‥‥〝激焼〟」
鬼の体内に入り込んでいたアキラの血が膨張し、鬼は一瞬風船のようにボウン‥‥‥と膨らみ、そして穴という穴から炎を流しながら倒れ込んだ。
「どいつもこいつも‥‥‥自分のことしか考えられんのか‥‥‥?」
「いまのは‥‥‥?」
「静かにしていてね」
本当に腹が立つ感覚。
こんな感情をおぼえるために生まれてきたんじゃないのに、ということを言うと面倒くさいことになるので、言わないが。
「‥‥‥‥‥‥」
拳にもやもやとした感覚が募っていく。
こんな事をほかの除怪師たちは嬉々としてやるらしい。憎悪。こんな鬼になりたがる奴がいるらしい。憎悪。憎悪。憎悪。
こんな事をしてる場合じゃないだろうに。憎悪。
「がんばれ、がんばるマン」
先に進んでいく。
そこには女がいる。
「どうも、来てしまいました〜。俺って誰だかわかる? ヒントはね、ピザの配達員。きゃ! 答え言っちゃった〜ん♡ でもでも、本当は違うんですよ! 本当は違うって言ったらゴキブリなんですけど、ゴキブリってじつはカブトムシのメスとはマジの無関係なんですって! じゃあなんてあんなすばしっこいの! って思いません? えっ、思わない? マジ? 普段何考えて生きてんの? ちなみに俺は『今日の夜何食うかな〜』って思いながら生きてるっす。ちなみに今晩の献立は決まってるよ。目玉焼きと焼いたパンにコーヒー。あとサラダ。朝ごはんみたいな夜ごはんっす。まみむめもすぎる? それ、褒め言葉ね。っていうかさぁ、なんていうかさぁ‥‥‥ちょっと怒っていいっすか〜っ!? あんたの信者さんねぇ! いきなり突進してきたから肋骨折れたっすわ! マジ痛いんすわ! 動けないし、呼吸だってぶっちゃけまだキツいし! 敵だとしても何考えてんの〜!? デデン! 何考えてんの!? 制限時間は二分です。チックタック、チックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタックチックタック」
「あなたは、何者?」
「正解は、カンピロバクター」
「まだ二十秒くらいしか経ってない‥‥‥!」
「私の質問には、こたえてくれないのかな」
「あっ、ほら菊池くん。よく見てね、あーゆー人よくいるから。自分は他人からの質問答えんくせに自分の質問に返答がない場合めっちゃキレんの。市役所とかに多い。君みたいなあんまり自制心ないタイプは公務員になるのだけはガチ控えたほういい。ああいうおつぼね様しかいない。ガチで。俺も公務員と仕事する時ちょっとお腹痛くなる。いやよねー、いやよねー、ああいう人間がいるからさぁ、ちゃんと言語化をしようってなるんだよね。あと、六年もしたら公園でサッカーとかできなくなっちゃうぜ。公園って子どもが遊ぶためのところなのな老い先特にないタイプの年齢層に配慮すんのバカバカしくない?」
「結構毒とか吐くタイプなんだ‥‥‥」
「今めっちゃイライラしてんねん。君ふくめどいつもこいつも自分のことばっかりだもんで」
「ごめん」
「俺に謝ったって君ぴっぴの罪なくならへんやん。今それ話してる場合じゃないんです〜。おりゃーっ! 奇襲!」
アキラは唐突に女に殴りかかるが、霊力障壁が展開される。女は「まるでバカ丸出し」と笑い、腎臓部に弾丸を受ける。
「は‥‥‥?」
「いや、奇襲って言ったじゃん‥‥‥」
陰からアズサが出てくる。
「すごい毒とか吐くタイプだったんですねぇ」
「この程度の毒で済んでるなら俺ってけっこー心広いタイプじゃない?」
「まぁそれもそうかもしれませんけどぉ。なんか『人の器の底』が見える瞬間がちょっと、というかかなり切なくなっちゃいますぅ」
「えー? だって俺ぴっぴ、もとの二乗、普通の人間なんでそれなりのダークな心も持ってんすよ。オフの俺とか特にあれだよ! テレビにツッコミとかしてるもん。『ちょっと待てぃ』って」
「未来予知をするな」
アキラは女を見おろした。
腹のわきをおさえたくても抑えられなくて、女は地面を蠢く虫のようになっていた。
「お姉さん、あんた人を苦しめすぎたよ。自分が悪人だって自覚はあるかな。そういうのは自覚があってもさ‥‥‥なってならないんだよ。人を苦しめていいのは理不尽だけだ。どうしてあんたは贄庵なんていう、ずいぶん前に終わった組織にこだわったりなんかしちゃったりして、こんなところでふんぞり返っていたんだ。それはいけないことだ。それはならないことだ。人を苦しめるのはあんたじゃいけない。人間には『役割』があるんだ。『役割』が。あんたの役割はこれじゃなかった。わかるかい。あんたは普通の女として生きるべきだったんだ。たまにラッキー時折アンラッキー、そういう人生のなかで自分だけが自分の神様であるべきだった。『私を愛してね』は信者ではなく、愛して欲しい誰かに言うべきだった。人を苦しめて良いのは、『理不尽』だけ。人を救っていいのは『幸福』だけ。そこを勘違いしちゃあ‥‥‥ダメだろ」
「あんたは、何者‥‥‥」
女が口から血を流しながら言う。
「私だって百景種だった。その女の気配は感知できなかった。あんたたち二人しかいなかった‥‥‥なんで‥‥‥わかんなかったの‥‥‥あんたは、何者‥‥‥!?」
ハハァ‥‥‥と乾いた笑いを流してから、アキラは応えた。
「さてね」
◆
贄庵が崩壊した、という報は焼石神および島澤伴内にすぐに渡った。それは衝撃だった。まだ存在していたこともだし、贄庵内部の信者数に関してもそうだった。そして、それを崩壊させたのは、たったひとりの除怪師であったらしい。
現場を担当した捜査官は山岸アズサ。
山岸アズサの担当は狼久保アキラ。
ではその狼久保アキラという除怪師がやったのだろうが、しかし、誰もそんな除怪師は知らなかった。
「井上ノリアキ」という除怪師名もまるきりわからない。
焼石神──東五代オサムはすぐに彼について調べた。
評価は良い方だった。
「安い金で最高の仕事をする人」
「丁寧に霊現象の正体を教えてくれた人」
「娘の就職の手助けをしてくれた人」
「悩んで、味方なんていないと思っていたところに現れて、決してバカにしないで全力で救ってくれた人」
「私の事を笑わないでいてくれた人」
岩手県水沢市生まれ、宮城県石巻市育ち。
師は鉄神。使う霊術は感情操血の〝零〟。
戦闘要員として場に出ることはあまりないが、彼が出てきた戦場での怪我人は敵味方含めてゼロ人。
恐らく治癒霊術もつかえる、珍しい人間。
「これが‥‥‥特別な家系とかではなく‥‥‥?」
「おそらく」
東五代オサム担当の捜査官・織笠シュウジが頷く。
「彼の両親や祖父母、あるいはその上の代までの血液情報を探ってみたが、彼だけが特別という事だった。突然変異で鬼になったというわけでもなく、ただただハチャメチャにつよいだけの人間だ」
「おそろしいね、才能。会ってみたいな」
「どうだろう、私も会ってみたいと思っているのだけれど、山岸アズサは報連相を知らないタイプの人間だし、狼久保アキラは仕事以外では応答しないし‥‥‥というところで、ISPOも困っている」
「ふふ、面白い二人だね」
オサムとシュウジは事務所を出て、喫茶店〈星の月〉に向かった。横断歩道で青信号を待っていると、隣の三人組の会話がよく聞こえる。
「盛岡ってご飯屋さんあんまりないですねぇ」
「この近くに焼肉屋とか居酒屋あるらしいよ」
「じゃあそこ行きましょう。たまにはお酒飲みたいですぅ」
「でもアズちゃん酒飲むと人が変わるからなぁ」
「どのくらい?」
「どのくらいかなぁ〜! うーーーーん!!」
こつん、と肩がぶつかる。
「ありゃ。ごめんなさいね」
「ふふ、構わないよ。げんきでいいね」
アズサが見る。
「あっ、焼石神だ」
「やあ」
五人は〈星の月〉に入った。
「さて、何処からお話聞こうかな。そうだなぁ、単刀直入に聞いちゃおう」
「来るなら来いという、不退転の覚悟っす〜♡」
「君は一体何者だ」
「え? 俺? 俺も毎晩鏡に『お前は誰だ』って問いかけてるっすわ。これやると頭おかしくなるって言うけど俺全然おかしくならんのよね。これって詐欺罪で訴えられる? つーか誰が言い始めたんだろう? エロ詩吟の人?」
「ドイツの心理学者だよ」
「ドイツの心理学者ってエロ詩吟してたの〜?」
「してないよ」
「そんなんわかんないっしょ。つまりそういうこと。俺が誰かって言うのは、つまり、哲学的な話になっちまうから、あんまりやりたくないなってこと。氏名住所ならあんまり話したくないかな〜。だってあんた、暇すぎて俺の家とかに来そうだもん」
「家に来られるのはイヤかい?」
「部下が休んだら家まで行っちゃうタイプ? WARNING! それパワーハラスメントに該当する恐れがあります! つーかそもそもさぁ、俺仕事以外で除怪師とかISPO捜査官とかと関わりたくないっつーかぁ。オフの日は一人でいたい系男子っす」
オサムはフウと息をついて椅子に深く座り直した。
「ニーアンを潰したらしいね」
「贄庵っす。ニーアンあるんで」
「誤認させる為の名前だろうさ」
「設立は‥‥‥遥か前っすよ?」
「創設者は百景種だよ」
「え、そんなん関係ないでしょ」
アキラはプウと屁をこいてアズサにペチンと叩かれた。
「君ひとりでか?」
「え、違います。ボスやったんはアズちゃんっす。俺が注意を引きつけて腎臓をぼかん! みたいな感じで、やりました」
「そうか。なるほど」
「駄目だった?」
「いや、我々からしてみると‥‥‥奴等がいまのいままで存在していたとは考えすらしなかった。潰してくれて本当にありがたいね。山岸アズサといったね、好きなだけ頼むといいよ」
「え、あ、この人めっちゃモグるよ!」
「好きなだけパクつけばいいよ。僕は金があるんだ」
「はーっ、すげぇやこりゃ。縁の上のボディビルダーだヮ!」
「縁の上のボディビルダー‥‥‥?」
アズサはなんでもかんでも頼むので流石に恐怖したが、全部ペロり終えると、話に加わってきた。
「認知、していなかったんですかぁ?」
「うん、まったくわからなかった」
「鬼モドキとかいましたよ」
「僕は百景種能力をすべて霊力障壁に使ってしまってまともに働かないし、他の百景種もあそこは盲点だったんだね。それを知って彼処を住処に選んだんだろうね。これは僕の敗因だ」
「パイの原因、パイ因」
「この人は無視していいですよ」
「そのようだね」
「でもアイツら東京で信者増やしてた系カルト団体だから岩手では活動してない系カルト団体だったし、あんたにわかんなくてもオニオンナッシングでしょ」
「オニオンはニンニクだろ」
「にんにく‥‥‥?」
「どういうボケだったんだよ」
「まぁ、つまるところ‥‥‥大丈夫! あんたがたにわかんないところは俺が分かるから、大丈夫! にひひひ。あんたがみんなを助けて、俺がこぼれた人達を助けていけば、まるっと全員助けられるっていうさいきょーの計画を、普段はバカにされているけれど実はめちゃくちゃ優秀な俺の脳みそが叩き出しましたよん♡」
ああ、善良な人間だ。オサムは安心した。
「君は、島澤さんと同じ匂いがするね」
「えっ‥‥‥悪口‥‥‥?」
「島澤さんいい匂いだよ、失礼だな。君はとてもいい人だと言ったんだ。君のようなのに除怪師は今どき少ないんだ。だから僕もちょっと拗ねてた。そっか、君のようなのもいるんだね。本当に良かった」
「良かったね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「うるさいですねぇ」
アキラはにひひと笑って、珈琲に口をつけた。
「みんながみんな、隣の誰かを思いやれる世界になったらいいのにって、俺思うんすよ。でも、それってやっぱり『無理』なんすわ。俺だけでも誰かを思いやることは、出来ますけどね」
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