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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー牙號
12/23

第12話 狼の青年

前章が気に食わないので続きを書きます

「ポルターガイストだとかっておっしゃってたじゃないっすか。でも、いろいろチェックとかもしときましたけど、これ幽霊とかじゃなかったんで、適当に直しときましたよ。明日からは安眠できるかなーって思いまっす」

「ほ、本当ですか!?」

「大マジ。アタシ嘘つかない。んでー、これ金の話なんすけど、おはけじゃなかったんで一万とかでいいや」

「そ、そんな安くて良いんですか‥‥‥!?」

「え、いやだっておばけじゃねがったもんや。そりゃお前だったらアンタ、んー‥‥‥五万くらいは頂くかもしれませんけどぉ、おばけじゃないんで。一万。おばけの価値四万しかねーの。ケケケ!」


 其処には除怪師がいた。


 巷で噂の「良心者」。


「ほかの霊媒師の方々は、五十万とか‥‥‥百万とか‥‥‥」

「今度からは『霊媒師』とかじゃなくて『除怪師』を頼ってみてね。国際特別警察機構っていう特別な警察の認可を受けたお仕事なのでね。あとは、警察に聞いてみると、いま自分たちに除怪師が向かってるかとか教えてくれるからね」

「じょ、かいしですか‥‥‥」

「そうそうそう。じゃあね〜!」


 ヤワなスーツに、サングラス。青く光る腕時計。


 男は狼久保(おいのくぼ)アキラといった。

 除怪師名は井上(いのうえ)ノリアキ。


 ISPOを経由して東京に呼び出されたのは、除怪師をはじめて二回目のことだった。

 今日も東京観光の予定はない。

 次の仕事がある。


「秋葉原とか行きたかったなあ。スカイツリー! スカイツリーとかも行ってみたかったなぁ。ねぇ、どう思います?」

「私に聞かれても困りますぅ」


 新幹線、隣に座るISPO捜査官・山岸(やまぎし)アズサという女がふわふわと笑いながら、受け流す。


「あーあー、東京に来るんなら、焼石さんとか、三ツ石さんとかそういうすごい人たちのほうがよかったな〜。狼久保さん知ってますかぁ? 島澤伴内と焼石神」

「岩手の除怪師だろ」

「セカイダーですよ」

「セカイダー?」

「えっ、セカイダー知らないんですかぁ?」

「知らないことが罪なのん?」

「セカイダーっていうのは鬼の血を引く人たちのことで、昔‥‥‥二〇〇八年頃に活躍してた岩手のヒーローです」

「ふーん」

「何で知らないんですかぁ、岩手出身なのに」

「育ちは宮城だもーん。あーあ、スカイツリーとかみにいきたかったなー。今度千葉でしょ、せめてあそこ行こうよ」

「あそこって、犬吠埼ですかぁ?」

「なんでだよ! もっとあるでしょ! 千葉といえば!?」

「航空科学博物館?」

「ちょっと‥‥‥いきたいけど‥‥‥ハァ‥‥‥アズちゃんとお話してるとなんか疲れちゃったので体力を回復したいと思います」

「緑のキノコですかぁ?」

「一回死んでやり直すのはやんちゃが過ぎるよ〜ん」


 ご飯をもぐもぐ、美味しいね。


「そもそもさ、俺なんて普通のご家庭で生まれたんだから、そんな鬼だとかみたいなのになれるわけないもんね」

「そうですねぇ。ご両親、蕎麦屋さんですもんねぇ」

「俺も老後はお蕎麦屋さんでちゅ」

「へー、いいですねぇ」


 千葉、訪れた民家には悪霊が住み着いていた。家主は二ヶ月前に引っ越して最後、人はいないはずだったが、近所の中学生が入り込み‥‥‥そして、行方をくらませた。


 という話を聞きながら、手のひらに霊力というのをためてみる。すると、ぷるんとしたゼリー状の赤い「小さなボール」が手のひらから落ちて、それは赤い光を放ち始める。


 〝零〟──と呼ばれるそれは、血液中の憎悪をエネルギーとして血液を感情に変化し操る「霊術」。


「あれ、もう終わったんですか。意外とあっけないですねぇ」

「俺はがんばるマンだからね。輸血輸血。ねね、アズちゃん俺の血液パック何処?」

「あっ」

「エッ?」

「いま確認しますね、あっ、岩手にあるっぽいです」

「う、うそだろアズちゃん」

「岩手まで頑張ってください、がんばるマン」

「厚かましい‥‥‥!」

「でも歯医者でも同じくらいの血は出ますよぉ」

「出ないよ? んー、まぁいいや! レバニラ食いに行こうよレバニラ! それかほうれん草! 俺の血を回復させんの!」

「私レバー苦手ですぅ」

「好き嫌いしないの! コラ!」

「何が嫌いって、レバー食べられる人ってなんかやたらと高圧的でぇ。ファン層ガチでキモいんですぅ」


 ちょっとわかる、と思いながら近場の飯屋でレバニラ定食を注文。「そんな物よく食べられますね」と言われながらもぐもぐ。


 アキラは餃子定食とラーメン、チャーハン大盛りをモグつくアズサを見ながら「これ会計俺が持つんだよな」「容赦なく食うんだもんな、このおバカちゃん」とトホホの気分。


 しかし、ある程度の仕事が終わった。


 普通に生きてたら仕事終わりで体力もない時に遊園地に行くほどのガッツはないので、岩手に向かった。


 事務所自体は宮城にあるが、ISPOがやたらと岩手をひいきするので、岩手で仕事をすると何かと楽でいい。


「そういえば、アズちゃんが言ってた島澤伴内とか焼石神とかって、岩手にいるの?」

「いますよぉ。何処かですれ違えないかな」

「ファンなんだ」

「憧れない人なんていませんよ。焼石神はなんか、人格破綻者だけど、でもなんかカッコいいじゃないですか、岩手を守る鬼なんて」

「そうだね。ほんとほんと」


 岩手県奥州市、日高神社に寄ってみると、女がいた。女は不来方(こずかた)リコといい、二人の関係はというと、幼馴染。


 リコは故郷の石巻から離れて奥州で保育士をやっていた。今日という日は二人とも休みになるので久しぶりに会えるかも、と言うことになった。


「やっほー、元気してた〜?」

「詐欺師じゃん。警察の子はいないの?」

「詐欺師じゃねーよ。アズちゃんならお腹減ったってんでご飯だってさ。何かあったら呼べって」

「食いしん坊だね」

「ほんとほんと。なんぼ食べさせてもすぐにお腹なっちゃう系ガールだから困っちゃうよね。今回の収入、五万しかないのに一万円くらい食べられちゃったから俺の財布が水中みたいに静かなんだよね。一円玉が大量にありまっす」

「なんでいちいち奢ってんの、あの人だって金はあるでしょ」

「税金関係手伝ってもらってるし資料整理とかもやってもらってるから飯くらいは奢っちゃう系男子になろうと思って」


 そういうところにこだわりを持っている男であるので、アキラはISPOのほうにも「山岸アズサに融通きかせて欲しいにゃん♡」と頼み込んでいる。


 実際アズサは「この人の担当になってからなんか収入増えたな」と薄っすら思っている。


 たいていの除怪師はISPO捜査官の事を「たいした事もしないのに横からグチグチやってくるめちゃくちゃ鬱陶しい嫌な奴」という認識なので、険悪な関係になりだす。


 その点で言うと、アキラはアズサにとってあまりにも良心的だった。二ヶ月に一度くらいの頻度でバカうまい飯を作ってくれるのが楽しみでもある。


 そういう脈略もって、ふたりは「除怪師とISPO」という関係性に落ち着いている。


「リコはどうだった? 最近」

「なんともないよ、保育園の園児たちもね」

「そっか〜。よきことよきこと! 良いことあったら嬉しいけどね、何もないっていうのが一番いいよね。ね!」

「ほんとうに」


 何事もないと、心からうれしい。


 みんなが普通に生きていると、とても嬉しい。


 誰もが普通に「ちょっとラッキー」で、誰もが普通に「それなりに不幸」で、理不尽が理不尽として訪れて、何事もなく、幸せがその不幸と拮抗し合う「普通の人生」。


 歩めていると、とても嬉しい。


 だから事あるごとに、そういう事を聞いてしまう。


 アキラにとって他者の普通が何よりの幸福であったからだ。


 除怪師をはじめたのは二十歳のころ。二年前。

 その日のことを語ることはないが、その年、多くの除怪師が除名の処分を受けた。その年、大勢の除怪師が何も分からない一般人を多く騙した。金銭を得た。得た金銭を、私腹に費やした。


 感情操血。


「お前のその力は『鬼』にも匹敵する。私のもとで修行しよう、狼久保アキラ。君の望む尋常はやがて来る」

「あなた、いったいなんですのん?」


 男の名はこうだった。


鉄神(てつじん)


 鉄神の修行は筆舌に尽くしがたいものだった。刀をうつ──というものの過酷なことを、初めて知った。熱の痛みを知った。鉄の白を知った。鉄神はたたら場の守り神を自称する人だった。


 体重が落ちた。

 そうした頃に、手汗が赤く光るようになった。それを鉄神は〝零〟の未完成形と呼んだ。


 感情操血としての〝零〟が完成すると、「とりあえずはまぁいいか」ということになり、鉄神はアキラを解放した。そして、「究極形まで持っていけるかどうかはお前次第だ」と語る。


 〝零〟の究極形がどういうものなのかは教えられなかった。


 ただ、この力があれば人が守れるというのは分かった。


 血を操れば人の手の入れられないところに細工をすることもできたから、家鳴りがあれば簡単なリフォームができたし、水道管に異変があれば簡単に改修することができた。


 一万円分の血液しか消費しないので、アキラからしてみると、とても都合のいい道具だった。


 そもそも納得はしていない。


 除怪師が怪異に悩む依頼人から金をせしめるということに、納得がいかない。しかし、金を得なければ生きていけないのも本当だから、必要最低限の金を取る。


 暇ができるとリコと話すのは、リコの持つ独特の雰囲気にあてられて罪悪感を薄めるためだった。


「──じゃあ、俺そろそろ行くな!」

「あ、もう行くんだ」

「腹減ったから」

「一緒に食おうよ」

「ハハ。やだよ、プライベートに」

「イヤ、つれないな」

「狼は孤独を好むってよく言うぜ」


 リコは手を振りながら去っていく男の背中に手を振った。


「言わねーよ、バカ」



 ◆



 最近ボヤ騒ぎが起こったんでISPOの金で建て替えたばかりの井上ノリアキ事務所はピカピカだ。


 そんな事務所の窓際でアセトアルデヒドの襲撃にアンアン悶えていると、コンコンとノックの音。


 アキラは水を八杯くらい飲みまくって、ドアを開き、客人を迎え入れると、それは依頼人だった。 


 今回の依頼はなにやら様相が違う。


 大抵の場合の依頼人はめっちゃ困っているという顔をしているけれど、この依頼人は、住みます芸人のようにヘラヘラしている。


「今回はどのようなご要件でしょうか?」

「実は今度結婚式することになったんです」

「わーっ!! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます! おめでとうございます!」

「そこで、嫁と結婚式会場の見学等をしていたんですが、ある教会に行ってから嫁の様子がおかしくなってしまったんです」

「どのように?」

「毎晩のように‥‥‥なんていえば良いんですかね、夢遊病っていうんですかね。夜中、動き回るんですよ。それで最初、俺も結婚間近で浮気かってマジプンスカの怒り気味だったんですけど、後をつけてみたらなんか違うんすよ。夢遊病っぽくて、しかも行ってるところといえばあの教会なんです。それで俺、マジガクブルの怖がり気味になっちゃいましたっす」

「え〜〜!? こわーい!! マジ怖い!」


 その依頼を受け、アキラは東京に向かった。


 依頼人・井手(いで)タマオと、その妻・井手ハナコが暮らす愛の巣を形をした二階建ての家に訪れると、その家には何もないことをはっきりと理解。


 アホのアキラでもそれだけはわかったが、それは百景種の能力があったからだった。


 百景種というのはとにかくなんでもわかるマンのことである。


「ハナコに何か取り憑いてますか」

「おばけって物とかに取り憑くことはできても、人とかの生き物には取り憑けないんすよ。生き物は生きてるからつけ入る隙っていうのはないっす。たとえば奥さんが植物人間とかだったらあれなんすけどね。あなたの奥さんは動物性の人間ですねぇ!」

「じゃあ、あの夢遊病とかっていうのは」

「ただの睡眠時遊行症っす。奥さん最近ストレス溜まってるでしょ。ンー‥‥‥ストレスってのもなんか違うか。緊張で眠れないーって感じ。それによって引き起こされたものもありまっす」

「そ、そういうものなんですか‥‥‥?」

「うにゃっす。つまりこれおばけ案件じゃないんで、そうだな、バチ愛し合ってブレインふわふわにしてからおやすみなさいって感じ。じゃあ俺東京観光して帰りまっす」


 その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。


「俺出るよ」

「奥さん、東京ってうまい飯屋あります? できればそれなりに量が食えるところが愛おしい」

「焼肉屋とかでいいですかね」

「あ、ありがたいっすわ」


 住所を教えてもらっていると、アキラの百景種能力がマジでヤバいくらいに反応する。


「どうかしましたか?」

「いや‥‥‥」


 あまりよろしくない気配。


「その荷物って誰から?」

「これですか? えーっと‥‥‥わかんないんすよねぇ。玄関開けてみたら置いてありました」

「あけてみて! ケーキかも!」


 あけてみる。段ボール箱の中身は小さな木箱で、タマオがそれを開けてみると、次の瞬間きゃっと悲鳴をあげた。


 それは髪の毛まじりの藁人形。

 赤い糸が絡みついている。


「これ貰うよん♡」

「あの、これって‥‥‥」

「どうやら目をつけられたね。山陰の呪術だね。根暗のやる馬鹿な事だよ。じゃあ俺はもう行くね。今後また何かあったら‥‥‥ここまで電話。山岸アズサってなぁ、俺の最も信頼してる警察だからね」

「警察‥‥‥と、お知り合いなんですね‥‥‥」

「ちなみに親は蕎麦屋」

「え! 奇遇ですね! 俺の親はカレー屋です」

「えーっ!! 何か奇遇なのかマジでわかんなーい!!」


 家を出て、玄関に張り付けていた蜘蛛を取った。


 その蜘蛛の腹の部分をくるっと回してスマートフォンに挿すと、映像を映し出した。それはつまり、超小型監視カメラである。


「おにょ! 不審人物発見! 不審人物発見! ぜってーこいつじゃん! 段ボール箱とか持ってるし!」


 映像には段ボール箱を持った謎の人物が映し出されている。


 多少小柄で、ジャンパーのフードを深く被って顔もマスクで隠しているものだから、男か女かすらわからないが、ありえないくらい胸板が薄い。


「うーん‥‥‥」


 ぴぽぱぽ。


「もしもし、アズちゃん? あー、俺俺。さっき送った映像のさぁ、弱そうな人について調べてほしいんだよね。こっちでも聞き込みとかはする予定ではあるんだけど、なんせね」

「わかりましたぁ。私の方も教会のほうを調べていたんですけど」

「なんかあった?」

「まったくなにも! でもなんか変ですよぉ」

「ほんとほんと。へんへん」


 じゃあよろしくね、と言って電話を終えると、警官の姿に装いを変え、近隣を歩いていた主婦だとかに訊ねてみる。


 しかし結果は芳しくない。


「なんなんだ‥‥‥?」


 なんとなくどういうアレかというのはわかる。

 井手ハナコは多少マヌケなアキラから見ても美人だった。


 ちょっとつよめの睡眠時遊行症で教会に足を運んでしまうので、その際に見かけて一目惚れをしてしまった何処かのマヌケが呪術だとかいう気持ちの悪いやり方で気を引こうとしているのだろう。


 インターネットで調べたら出てくるような易い方法というのも、なんとなく察せるところがある。


「東京観光してぇなぁ‥‥‥俺も‥‥‥」


 仕事と遊びは分ける系男子なのでそれなりに諦めをつけながら、自動販売機でコーヒーを購入しつつ、ため息をこぼして歩き始めた。


 新宿のなんかよくわかんない雑居ビルまで歩いた頃、怪異の気配を感知。そっちのほうに無垢な少女の足取りで駆けつける。


 修学旅行のような服装の、高校生ほどの少女が老婆のような姿をした怪異に襲われていた。


「まってーーい!!」

「!!」


 感情操血〝零〟。


「救出かんりょー! 君、たいじょーぶ? ちなみに俺は大丈夫。なんてったって俺ってねぇ、強いんだよね! すんごいつらい修行に耐えたの。あのね、刀作ったんだよな。あとは炎のなかで師匠と命をかけたガチンコバトル。あっ! セクシュアルハラスメントでは‥‥‥ないです‥‥‥ゆるして! ゆるして! っつーか君こんなところで何してたの? ここってあんまり人目がないから、今回はおばけだったけれど、最悪の場合めっちゃカスのおっさんとか、倫理観ない系男子に襲われちゃうんだよね。言葉の響き悪いかと知んないけど、これって世界の真実だからさ。気をつけてねって話。あっ、立てる? 怪我してない? なんかスッテンコロリンしてるけど尾てい骨の骨折とかだったらアレだから、痛いんだったら病院とかガチで行ったほうがよろしいよん。ちなみに俺も尾てい骨の骨折したことあるけどうんちするときマジでつらくてご飯食う気も起きなくてさぁ。でも今はすっかり治ったから大丈夫。好きな食べ物とかももりもりパクつける。俺の好きな食べ物って、生姜の味噌漬けのことなんだけど、君の好きな食べ物は何?」

「彼岸花です」

「世界一怖い返答すぎる。彼岸花にはとんでもない毒性があるから食っちゃだめすぎるヮ‥‥‥!? えっ、あっ、さすがに嘘だよね! ごめんねハンサムお兄さんジョークとか分かんないタイプで‥‥‥まだ二十二歳だから若者のつもりなんだけど五つ以上も歳とか離れるとこんなにお話できないタイプになっちゃうんだね、若者ってもしかして相当ストレスフル? そんな状況で青春を味わおうっていうんだから凄いよねって、俺はマジで思っちゃうぜ。あっ、なんか落ちてるよ。君の?」


 乾燥した彼岸花がこんもりと入った食品保存容器。


「あの、あの‥‥‥あの‥‥‥あの‥‥‥これっ、あの‥‥‥」

「これは樹脂の中に入れるやつですよ。キーホルダー作ってるんです。これとか‥‥‥ほら」

「え! きれーい! かっわいー!」

「なんか、からかってしまってすいません」

「えー、ぜんぜんいいよ! これかわいいねぇ!」

「フリーマーケットで売ったりするんです。みんな気に入ってくれるんですよ」

「ほんとほんと! こんな綺麗なのだったらみんな気に入っちゃうよ! へぇ~っ、すごいなぁ〜。俺こういうおしゃれなの思いつけないから尊敬しちゃうなあ!」


 東京都特有の、少女のスーパー技術に感動。

 少女はすこしだけ間を空けてから、「おひとつどうですか」と言った。


「いいの!? やったー! おいくら?」

「じゃあ、百五十円」

「おやっしー! さすがにそんな安値でこれをいただいちゃえるの気がPullしちゃうから色つけて五百円! さいきん暑いからね、アイスとか食べちゃってねん♡」

「ありがとうございます」


 やったー、と喜んでいると電話がかかってくる。

 アズサからで、どうやらある程度の見当がついたらしい。


「それに際し、住所を押さえましたぁ」

「さすがアズちゃん」

「ので、突撃しちゃいましょう」

「いいね。戦闘、なりそうかい?」


 少女に別れを告げて走り出した。


「どうでしょう、わかりませぇん」

「じゃ、うだうだ言ってないで合流するが良しだ」

「はい」


 東京は分かりにくい。至極。走りにくい。

 しかしまぁ、空間認識の拡張性は誰よりもあった。


「アズちゃ〜ん! 来ちゃった」

「呼びましたもんで」

「とりあえず二秒後ジャンプ!」


 一、二。ジャンプ。

 すると、そこを召喚されちゃった系怪異が弾丸のような速度で跳んで行く。


「どうやら相手は素人というわけではないらしいな」

「驚くべき事実ですぅ」

「おおかたどっかのマヌケなカルトに教えてもらったとかかな」


 それとも二世か。


 百景種・空間認識は「なぜわからないけれど分かる」というものだから、慣れないうちはその感覚に戸惑うためろくに周りもわかりやしない。


「あの霊力の感じからして、六級怪異の〝微睡(まどろみ)〟ですねぇ。私でも倒せますけど、数が厄介かと思いますぅ」

「数で勝負ってか! うにゃ、ここは俺の勝負どころって感じだね。っつーかいっつも俺の勝負どころなんだけど、でもそういうことってうだうだ言っててももう遅いって感じだよね。おせーよ、時代。っていうか、アズちゃんも怪異召喚するの覚えてみたら? 案外たのしーよ! 俺は体質に合わなくてやーやーなのって感じでバイバイしちゃったけど、アズちゃん霊力量も霊力操作も多分俺より凄い系ガールだから、怪異召喚覚えちゃう系ガールになったら凄いカモ!?」

「おしゃべりさんですねぇ」

「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ!」

「手出しはしませんので、お相手どうぞ」

「ありがとう、じゃあ、さがっちゃってて!」


 感情操血。


 ゼリー状、血の球がぷるんと揺らいで、そこから尾を伸ばすように細い糸状に形状を変えていき、〝微睡〟の頭の中や腹の中、あるいはふくらはぎの内側にある札を的確に破壊していく。


 散らばる小鬼の姿が殺戮性を物語る。


 アズサは〝零〟の正確性‥‥‥あるいは、アキラの認知能力の高さに少しだけ恐れを抱きながら、また頭の中を覗かれないように思考にさらに強固な鍵をかけながら、召喚者を探すことにした。


 百景種は万能じゃない。


「何故か分かる」という意味の分からない性能のかわりに、「何故かわからない」という事もある。


 そしてその都合というのは、性格の悪いこの世界に由来する。

 簡潔に言うと、百景種はこの世界に嫌われている。


 頭の良い百景種もこういう場合は推理なんかしちゃったりして、召喚者の居場所を突き止めるのだけれど、生憎とアキラはおバカちゃんなのでそういうことは出来ちゃわない。


「アズちゃん、動くとしたら七秒後」

「はぁい」


 高速で動いているので、血の匂いがあたりに充満し始める。

 それを払おうともせず、アズサは考えた。


 怪異の召喚。


「召喚霊術」だなんだというのは、敵対者に対して姿を真っ当に隠す必要がある。東京だなんだというこのクソッタレた街は、術者にとってとてもいい環境である。建物が多い。


 建物でなくとも、多少入り組んでいるので、「こちらはわかる、あちらはわからない」という状況を、多少なりとも作ることができてしまう。


 コンクリート・ジャングルの成り損ないっていうのも、やめておくべきなだな、とため息混じりに思ってみながら、落書きだらけの電柱を撫でながら歩き始めた。


 反応をうかがう。


『たぶん、この召喚霊術の術者と、井出家にクソの藁人形をおくったのは‥‥‥別人だ。狼久保さんは同一人物だって思っちゃってそうだけど、これだけの霊術が出来てしまうような人間なら、〝藁人形〟なんて気持ちの悪いことをしていないで、名前もわかっているんだから、直接呪術で感情を動かしてしまえばいいだけの話だもの』


 歩きながら考えつつ。


 いらん推理の内容というのも明かしたら興が冷める、簡単に言うと、地下にいた。


 アズサはマンホールをぶち抜くと、そこに落ちていった。


 男と出くわすと、男は拳銃を取り出した。


 当たり前のように持っているけれど、銃砲刀剣類所持等取締法に違反するので、いい子のみんなは持ってはならない。


 せいぜいガスガンならオッケー。市街地で人に向かって撃っちゃならないけれど。


 鉛玉はアズサの胸に直撃したが、スーツがそれを弾いた。


「なにっ」

「大人は無駄にスーツを着るわけじゃないんですねぇ。国際特別警察機構捜査官です。捜査官は大変なんですよぉ。スーツ着て。‥‥‥このスーツ着るってことはつまり、撃たれるかもってことですもんね」

「ISPO‥‥‥じゃ、上にいるのは除怪師か‥‥‥」

「はい」


 天上から赤く光る滴りがポトン、と落ちる。

 それはアズサと男のちょうど真ん中。


 感情操血〝零〟──〝甚晶(じんしょう)〟。急速に結晶化していく血液は膨張率をグングンと増していき、そして終いには弾けた。


 その破片は男に突き刺さり、唯一はじき返した結晶破片は事前に「弾き返された場合に発動する」という条件をもって付与されていた追尾性が満を持して発動し、男の四肢を使用不可能状態に陥れる。


「アズちゃん、これマンホールって勝手にぶち開けていいの?」

「東京だから良いんですよぉ」

「マジかなぁ? 市役所の人ガチ可哀想っす」


 アズサに渡された血液パックの中身を取り込み、顔色を戻しつつアキラは血を縄にしてアズサに巻き付け釣り上げた。


「井出さんに教えてもらった焼肉屋いこーよ、これ終わったら」

「いいですねぇ、私焼肉好きです」

「じゃあさっさと行こう」

「こっちです」


 家に着くと、女か、あるいは男か。アホのアキラにはどっちかわからん程度には中性的な青年がいた。


「どうも! これ君の?」

「な、なんで‥‥‥」

「デデン! ここでクイズです! パンはパンでも明日の朝食ってなーんだ!! 制限時間は二分です」

「すいません、この人は無視していいですぅ。本題に入りますね」

「正解はラーメンでーす」

「まだ二分経ってませんよぉ。すいませんねぇ、菊池(きくち)ヒロさんですね、こういう呪術の類はルールで禁止されてるんですぅ」

「人に恋をするのはだめだって言うんですか」

「あなたのような陰キャラは特に‥‥‥」

「アズちゃん、陰だ陽だは関係ない」


 アキラはサングラスを外して、藁人形を握る。すると、人形はあっという間にほどけ、アキラの足元に落ちる。


「人を好きになるっていうの悪いことではないんだけど。君のおこなった呪術は、悪いことで間違ってないな。いけないことをして好かれたって、なんにもならないんだぜ、菊池くん」

「俺にはなんにもないんだ‥‥‥だから、そんな事でしか‥‥‥」

「イカれてるんですかねぇ」

「アズちゃん、言い過ぎだ。呪術ってのは根暗のやることだから、あんまりやってると身も心もズタボロになって、君はもう人間の道に戻れなくなる。俺はそれが嫌だ。一番は出で夫婦の幸せを壊されるのが嫌だけど。俺はね、この世界の普通を守りたいんだ。みんなが理解し合って、愛し合って、憎しみ合って、普通を守って、そして普通の人として死んでいく、そういう世界を守りたいんだ」


 そういう思想。


「まず手始めに君は‥‥‥仕事とかやってらっしゃる」

「親の扶養にはいってる」

「簡潔に返事ができるので狼久保さんより賢そうですね」

「アズちゃんにバカにされすぎて実はバカなんじゃないかって自分でも思ってるけど本当は賢い俺の脳みそが言っちゃってるんだよね、菊池ヒロくん! 君を宮城に連れ帰る」

「は‥‥‥?」

「君の藁人形と初めて接触したときに尋常ならざる霊力を感じた。才能あるってこと。君、あれを誰に教わった?」

「‥‥‥‥‥‥」

「人に言えないことかい?」

「じゃあ、記憶を読むね」


 記憶を読む。


「‥‥‥ニーアンの会?」

狼久保アキラ 22歳

山岸アズサ  27歳

不来方リコ  21歳

菊池ヒロ   20歳

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