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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダーS
11/23

第11話 その心、砕いて

 小学時代に、出会った。最初、教室に野良の虎か野良のライオンがやってきたんだと思った。そのくらい凶暴な人間だった。


 視線がありえないほど鋭かった。そんな奴、誰も友達になりたがらなかったし、本人も友達なんて必要としていなかった。


 だから、俺は友達になろうと思った。


 一人でいるのはさみしい。孤独はつらい。


 だから。


 最初は突かれた。虎だとか犬だとかそういう感想は消えていて、なぜか不思議と「暴れ鳥」と思った。


 鳥と同じくらい突いてくる奴だった。


 ジャンプ力が異様に高かったから、鳥に見えたのかもしれない。

 あとは、細身だったからかもしれない。


 目が鋭くて、鳥に見えた。


 そいつと仲良くなったのは何時ごろからだったのだろうか、あまり覚えていないけれど、何で仲良くなれたのかは思い出せる。


 あいつが一人で怪我をした野良猫を手当てしようとしているのを見て、手伝ったからだ。


 あいつは腕だったりを引っかかれていて、傷口の周りがぷっくりとうかび上がっていた。


 二人で怪我のところにガーゼを当てたりして、動物病院まで運んで、そこで、改めて話すようになった。


 ヤンキーが猫を拾うような話に思えるけれど、その時俺は、暴れ鳥の性根がいい奴なんだとわかったような気がした。


 しかし、仲良くなったところで言動が変わるわけではないことも分かった。


 ・無駄に煽る

 ・すぐに蹴る

 ・言える悪口は全部言う

 ・ほとんどの人類は見下している

 ・ほとんどの人類を敵だと思っている


 これがそいつに関してわかったこと。


 中学に上がると、そいつの周りにも人が集まるようになった。同じ小学校の奴も多いから、あいつの善性が周りに吹聴された。


「言動きっちーけど、優しいよね」

「わかる! 話しかけると『話しかけるな』って言われるけどね」

「体育祭のときキレ散らかしながら準備手伝ってるの見たよ」


 優しい人だってバレた。

 本人はこそこそと噂をされるものだから、面倒くさそうにしていたし、なんなら本気でストレスを感じていた。


 面倒くさい男。


 でも、ほんとうに優しいやつ。


 誰も見たことのないあいつの笑顔は俺が一番最初に知っている。


 俺が。


 ‥‥‥‥‥‥。


 目を覚ました。


 時計の音だけが広がる薄暗い、朝。

 日が昇って、何時間が経ったのだろう‥‥‥。


 トモヤは長い前髪を掻き分けながら、目を覚ました。


 目の前には、見知らぬ男。


 ‥‥‥‥‥‥。


 その一報が飛び込んでくると、オサムは階段を踏み外して転がり落ちた。父に心配されてもそれに返事ひとつ返さずに慌てて家を飛び出して、病院に向かった。


 頭のおかしい人間に襲われたと言う。


 発見したのは妹のユミで、頭から身を垂れ流しにしているので、死んだと思ったそうだ。しかし、病院で見てみると、生きていた。


 長年オサムと関わってきたせいで身体の隅々まで染みていたオサムから流れ出ていた微量の霊力が守ったのだろう、と伴内は言った。


「なんで彼が狙われたんだ」


 立てない。足が震えて、力が入らなくて、立てなくなったオサムの横で、石神ルイが伴内にそう言った。


 伴内はどうやら彼の脳を直接触れてしまったらしく、手を弄りながら、「君にはつらい話になるかもしれないけれど」とオサムに言う。


「姫神だった」

「‥‥‥‥‥‥」

「五百森トモヤくんは、君の姫神だった」

「親友でした」


 頭が働いた。


「君をどうにかしたいれんじゅうがいたんだろう、君の過去を覗いた時に‥‥‥君の家族を殺したグループのなかに、同じ顔があった。いま、織笠くんに調べてもらっているので‥‥‥東五代くん、いまは彼に寄り添ってあげなさい」

「そりゃ、いけんでしょう」


 昔、トモヤと出会った時の事を思い出した。


 うるさいやつだと思った、しつこいし、うるさくて敵わなかい。こんなやつなら殺しても誰も損なんかしないと思った。


 けれど、仲良くなった。仲良くなって‥‥‥死んでほしくない人になった。友人だから、優しいから。


「いけんのですよ」

「しかし、どうする。れんじゅうはまだ来るかもしれない」

「殺す価値もなければ良いんです。トモヤに‥‥‥俺を‥‥‥姫神なら‥‥‥そうでなくします」


 身体のそこから溢れ出した感覚。

 百景種ではない、何かほかの感覚。呪術のような力。


「何をするつもりだ」


 ルイが肩に触れた。


「あるべき姿に戻るだけ」


 守りたい、守ってほしい、ずっとそばで、友として。

 愛情の矛先として。


 トモヤの眠る病室に入ると、オサムは彼の記憶から自分だけを消した。完全に消してやろうと思ったのだけれど、根深く染み付いているものだから、それは完全には消えてくれなかった。


「ンン‥‥‥」


 試しに起こした


 彼はオサムを知っているような顔をしていたが、名前やどんな顔だったかというのを思い出せないでいた。


 ・無駄に煽る

 ・すぐに蹴る

 ・言える悪口は全部言う

 ・ほとんどの人類は見下している

 ・ほとんどの人類を敵だと思っている


 そういう男がいるはずだ、と彼は語った。

 余程根深く存在してくれていたんだと分かると、オサムは嬉しくなってしまった。だから悲しいのに。


「知らないか? 目つきが悪くて‥‥‥口調の荒い男なんだよ。あるいは、あんたとか‥‥‥」

「僕が、君の友人? ハハ、そりゃないね。ありえない。僕は君と初対面なんだぜ、遠い親戚でね、なにやら危ないから会ったほうが良いらしいというのを親から聞いて駆けつけたんだ」


 自分を変えたほうが早かった。彼の頭のなかに張り付いた「目つきが悪くて口調の荒いカス男」から、自分で遠ざかれば、自分との関係はゼロになる。


「で、君生きてる?」

「あ、ああ‥‥‥」

「なら安心。いや、葬式ってご勘弁。僕、親戚の集まりとかちょっとね〜。‥‥‥じゃあ帰るよ、ゆっくり休みなさいよ、頭打ったんだ、おバカさんになってたって不思議じゃない」


 ニコニコ顔の男。軽薄そう。

 トモヤはオサムにそういう感想を抱いた。


「これからは此方でいきますよ」

「何故‥‥‥?」

「使い分けたらいつかあいつの前で素が出るでしょ、そのくらい分かりなさいよお嬢さん。僕はね、常に何十歩先を見通すの」

「ほんとうにそれでいいと? ずっと一緒にいたほうがいいだろ、姫神なんての‥‥‥何がなくとも‥‥‥」

「守り方はいくらでもある。僕らは誰かの為なら強くなれる生き物だ。‥‥‥なら、僕は最強だろ。守りたいものが多いんだよ、島澤さん。なら、ならさ、もう大丈夫なんだ」


 病院を出たところで、南親子と出くわした。


「東さん」

「あー‥‥‥すまないね、僕ちょっとこれからやる事あるから」

「えっ、あっ。はい‥‥‥」


 殺す。


 殺意が湧き上がった。


 殺す。


 頭のおかしいれんじゅうに、家族を奪われた。人並みに大好きな家族だった。今度は人並み以上に大好きな親友を奪われた。


 殺す。殺す。殺す。

 絶対に殺してやる。殺してやらないといけない。

 ああいうれんじゅうは、生きてはいけないものだ。

 クズだ、人間の屑だ、殺してやらないといけない生き物だ。


「大丈夫なんですか?」

「なにが! 大丈夫! あいつ起きたしね。これからあいつを殺そうとしてくれちゃった、ヤツを探しに行くんだ。南ちゃん、あいつに僕の名前とか出すの禁止ね」

「なんでですか」

「あいつの頭の中から僕のこと消したんだ。とにかく禁止。ね?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「あいつを守るためなんだ、承知してくれ」

「つらくないんですか、あなたは」

「僕はあいつが生きてるだけで嬉しいのさ。じゃっ」


 オートバイクに跨り事務所に向かうと、シュウジが既にいて煙草をふかしていた。


「縁は切れたかい」

「僕の服にヤニの臭いつけたら容赦しないよ」

「ハハ」

「それで、見つけたかい?」

「ああ、しっかり見つけたよ。木村(きむら)ヒロユキ‥‥‥君は知るか? かつてエナシの信者だった木村コウタのことを。この男は、その男の兄だな」

「ゲ。木村っての、ろくな奴がいないんだね」


 殺意。


「呪うか? 彼の部屋で木村ヒロユキの毛髪は発見できたんだ。名前も知ってる、髪もある。呪えるよ」

「それ、呪術ってこと?」

「ああ」

「ハハ。そんなもの、根暗のやることでしょ。僕からしてみればさあ、直接会いに行って、この手で殺さないと気がすまないな」

「そうかい。じゃあ、そうしよう」


 二人はオートバイクとオープンカーを走らせた。


 殺す。


 絶対に殺してやる。


 トモヤを傷つけたあの男が許せない。


 五百森トモヤはそんな事をやられるような人間ではなかった。


 絶対に殺してやらなければ、腸の煮えくり返りはおさまらなかった。だから、やってやらないといけなかった。


「ここだ」

「ここは、ショッピングモールだね」

「ここで働いてる。今は勤務時間だね」

「よし、じゃあ探しに行こう」


 百景種の‥‥‥共感能力・空間認識能力・感知能力全てを自分の使える限り最大限に使い、ショッピングモールの中を歩いた。


 近づいているというのがわかると、その顔が見えてきた。


「なぁ! なぁ! 君、木村ヒロユキだろ」

「えっ‥‥‥アッ‥‥‥ああ! あァ〜ッ! な、なんでここが‥‥‥」


 掃除用具を抱えていた木村ヒロユキにニコニコの顔で近づいて行くと、木村ヒロユキは顔を青くさせた。


「来ちゃった」

「来るな‥‥‥」

「なんで? デートしようよ」


 シュウジは呆れたような顔をして、「工作してくる」と言ってその場を離れた。


「織笠さん」

「なにかな」

「本当にありがとうね」

「きもちわる」

「ハハ」


 木村ヒロユキはモップを投げつけた。

 それでも一歩も引かない。百景種能力で強化──敵意に反応して自動で展開される霊力障壁に遮られ、モップはトランポリンに落ちたように跳ね返った。


「五百森トモヤという男を知っているね」

「来るな」

「行くさ」

「来るな!」

「五百森トモヤは君のようなのに傷つけられるべき人間じゃなかったね。本物の善人って、彼のことさ。僕はそう思うよ。君はどうかな、思わないか。君みたいな人間もどきにはさ‥‥‥わからないよな」


 ショッピングモール内の電気が落ちた。いくら昼間とは言え、薄暗い。そして、次第に闇が広がっていく。


「木村ヒロユキ、木村ヒロユキ、木村ヒロユキ」

「ウ、ウウ‥‥‥! お前が悪いんだ‥‥‥そんなに大事ならさっさと孕ませて地下にでも押し込んでりゃあさ‥‥‥」

「ん? もう一度」


 木村ヒロユキは拳銃を取り出し撃った。

 一般客の悲鳴がひろがる。


 防げないだろう、と思った。霊力障壁の弾性に弾丸があたったら、周囲の一般客がどうなるかというのは、マヌケにも分かる。


 霊力障壁は他人に付与できない‥‥‥。


 しかし、オサムは何のためらいもなく、弾丸を跳ね返した。跳ね返った弾丸は泣いていたベビーカーの赤子に向かっていき、そしてまた跳ね返り、またほかの一般客が跳ね返し、木村ヒロユキの右肩に突き刺さった。


「え‥‥‥?」

「人は守るものができると強くなるね」

「霊力障壁は、他人に付与できないんだ。だから撃ったんだ」

「でもそれって、君たち低機能社会不適合者だけの話だろ」


 オサムはなんでもないように笑った。


「僕は、高機能社会適合者だから。悪いね、天才で‥‥‥でも、まぁ人様に鉄砲向けておいて右肩だけで済んだんだから上等だね」

「なんなんだ、おまえ」

「ん?」

「なんなんだよ、そんなの普通じゃないだろ。他との霊力は反発し合うんだ、賢いからわかるんだよ、なんで付与できるんだよ、霊力の塊みたいな、障壁を‥‥‥!」

「ハハ。知らないよ」


 一歩、一歩、近付いていく。


 木村ヒロユキは「来るな」とバケツを投げた。バケツは跳ね返った。そしてもう戦うしかないのだと分かると、懐から札を出し地面に落とし、針を手のひらに刺すと血を垂らした。


 すると、そこから大量の眼球が現れ、弾丸のようにオサムに向かっていった。まるでガトリング。


「やかましい」


 それらすべてが圧死した。

 オサムから送り出された思念パルスの伝播による存在否定。それにより召喚された眼球怪異は自死を選んだ。


「化け物かよ、おまえ」

「それを君が言うのは間違ってるね。そう思うだろ。君は人を殺して‥‥‥そして、それを悪いとも思わなかった」

「死んでなかったんだろ‥‥‥!?」

「二〇〇〇年。五月頃だったかな。焼石(やけいし)一家を惨殺したろう」

「あっ? ‥‥‥あ、あーっ! ああああ!! おま、おまえ!! 焼石の‥‥‥!! 焼石オサム‥‥‥!?」

「大正解! ‥‥‥じゃあ、死のうか」

「死ぬわけねぇだろバーカ!!」


 理機。


「また、鬼だ」

「貴様も変身しろ! セカイダーに! なったんだろう!? 島澤伴内に認められて嬉しくなったんだよなぁ! だったらなれるだろ、セカイダー! 鬼になれ!」

「ならないよ」

「あぁ!?」

「だって君、弱いじゃないか。弱いものいじめは、最後のデザートじゃないか。だから、いまは、ただのいじめを楽しみたいね〜」


 ゾワッとした。


「かかってきなさいよ、はやく。ほら。おいで」

「し、ねよ‥‥‥? ちゃんと‥‥‥しねよ」

「ハハ‥‥‥誰に口を利いてるのかな、君は‥‥‥?」


 蹴り。


 スパン、と音が走って、鬼になった木村ヒロユキの頭部が蹴りの一発で引きちぎられた。血液一閃──はしると、オサムはその頭を掴み、身体に繋げてみせた。


「蹴ったくらいで死なんでくれよ」

「えっ、えっ」

「怒らせておいて」


 今。何がおこった‥‥‥?


 まるで理解できなかった。視界が一瞬回って、次の瞬間、一瞬の激痛がはしった。


「そんなに弱いのになんで生まれてきちゃったの」

「ヒ、イイ、ウウ!!」

「可哀想にね、可哀想にね。切ないね、切ないね。甘い世界で生きたかったね、でもね、生きられたかもしれたね。なら、誰も傷つけなきゃよかったね。君は普通の人間なのに、何かになろうとしたから失敗しちゃったね、可哀想だね、せつないね。‥‥‥僕には守るものがあったね、守りたい人だったんだよ。僕の善性を否定しないでいてくれた人だったね。でも君が奪ったね。僕の目を褒めてくれた人がいるんだよ、守りたいよね。ぼくに優しくなれと教えてくれた人がいたね。でも、君が奪ったよね」


 恐怖。


 目覚めさせてはならない何かを叩き起こした感覚。


 この世界の「最強」が島澤伴内だと誤認したが故の死。


「守りたいものは多いんだ。ああ、そうか。僕ようやく分かったよ。僕はこの平和な世界を守るために生まれてきたんだ。この世界の尋常を守るための存在なんだね、僕の守りたい世界に、君はいらない。人の幸せを奪う君はいらない。人の命をなんだと思ってるんだい? 君の存在を肯定するために、この世に人がいるわけじゃないんだ。根暗だね。じゃあ、本当に死んでしまったほうがいいよね」


 木村ヒロユキは跪いて頭を垂れた。


「え、なんのつもり?」

「ゆ、許してください‥‥‥あ、あなたに忠誠を誓う‥‥‥」

「それは違うよ、木村ヒロユキ。顔を上げようね」

「‥‥‥‥‥‥」

「君に誓われた忠誠が可哀想だね」


 オサムは笑みながら、木村ヒロユキの頭を持ち上げると、思い出したように「呪術のような力」を発動させた。


「君からあるものを奪った。思い出せるかな」

「‥‥‥?」

「十秒、時間をあげる」

「‥‥‥‥‥‥! オ!」

「気づいたね、そうだね。呼吸のやり方を脳みその根本から奪ったんだ。苦しいねえ、悲しいねえ。もう少し賢く生まれて来られるような人間だったら、ちゃんとした存在になれたのにね。でも、それができないから君だものな」


 方針は固まった。


「うん、これでよし」


 呼吸ができる。

 木村ヒロユキは、全力で息を吸い、その場に倒れ込んだ。


「反省したかい?」

「う、うう‥‥‥!」

「殺さないよ、君たちと同じ土俵に降りるつもりはないんだ。これからどうすればいいかは、君で選ぼうね」


 シュウジは赤子が泣き叫ぶのを微笑みながら、見下ろしていた。そこにオサムがやってきて、「通報されちゃうぜ」と首根っこをつかんで歩き出した。


「もういいのか?」

「あとは警察の役割だ」

「私ではないのか」

「たまにはクズにも花を持たせようと思うんだ。つまり、早池峰ジョーってこと。僕って優しいもん」


 早池峰ジョーが到着する頃、木村ヒロユキは自死を選んでいた。



 ◆



「‥‥‥ん?」

「どうかしたかい」

「百景種の能力をつかおうとすると‥‥‥霊力障壁になってしまうんだ」

「魂の形を無理矢理変えたのだから、君の百景種能力はそういう形にねじ曲がったんだな、人の感情を読むことはもうできないな」

「最近なったばかりなのに? なんだよそれ、ケチくせーの」

「無茶な使い方をするからだ。自業自得だな」

「あっ、おい! 僕の霊力障壁を灰皿がわりにしないでよ」


 二人は五百森家の前まで来ていた。


 呼び鈴を鳴らすと、ユミが出迎えた。トモヤの両親は青白い顔をして、「お邪魔するよ」とニコニコ顔で上がり込むオサムをとめることもできなかった。


「な、なにをするつもりなんですか‥‥‥」

「君のお兄さんな、僕のこと忘れたよ」

「‥‥‥え?」

「君たちのことはちゃんと覚えているから安心してほしい。つまり、五百森トモヤは東五代オサムという男のことなんか覚えていない。病院に行ってびっくりしたよね、だから彼が罪悪感を抱かないように‥‥‥彼が持つ僕との記憶をすべて預かりに来た。運が良ければ思い出すとしても、それまでは僕の手元においておきたいからね」

「ぜ、全部持ってったら、オサムのこと‥‥‥思い出せないよ」

「それもいいかもね」

「よくないよ‥‥‥親友じゃん!」

「親戚って嘘をついたから、君たちにもそれを通してほしい。できるね、ユミちゃん」

「‥‥‥‥‥‥オサムが、悲しいだけだよ」

「実はね、俺のせいでトモヤが襲われちゃったんだ。だから、俺のことなんか知らない人間でいれば、もう襲われないんだ。俺は、五百森トモヤが平穏に生きていくのであれば、それが幸せなことだと思ってしまえるよ」


 トモヤの両親は、オサムに言った。


「あの子は、思い出すよ」

「思い出さないよ」

「絶対に思い出す。ずっと一緒にいたんだから、思い出す」

「ううん、思い出さない」


 五百森家。


 見渡してみる。


 何度も泊まりに来た。

 第二の両親のような二人には、もう会わない。


「僕との写真とかいっぱいあるね。これは僕と観に行った映画のポスターだね。彼はとても泣いていたね」

「取り敢えず君が写ってる写真はすべて押収だな。小中高のアルバムがないのは可哀想だから、編集で君を消してアルバムはあとで返しておこう。それでいいな?」

「そうだね、それがいいね」


 机の中を漁る。


「日記かな? ‥‥‥僕との思い出ばかりじゃないか。これって本当に僕? こんな頭のおかしいヤツと友達になっていけないだろ」


 日記帳をめくっていく。中学三年生のころの修学旅行の物だろうか、一緒に東京を歩いたのを思い出す。

 そこに書かれている一文が目に入った。

 それは、彼の感情の吐露。


「‥‥‥‥‥‥」

「なにか、書いてあったかい」

「‥‥‥いや。なんでもないよ。ただ、本当に忘れてよかったと思っただけ。たぶん、こんな事がなけりゃあ、生憎と僕はあいつと離れたくなかった‥‥‥だから、ほんとうに‥‥‥根本から忘れてくれてよかったんだ。記憶の残り滓もあとでちゃんと消そう。二度と僕なんて思い出さないようにするんだ」


 日記帳を段ボール箱にそっと置く。


「ユミ」

「‥‥‥なに‥‥‥」

「君は、好きになる男は選びなさい」


 咄嗟に手が出た。頬にジワリ‥‥‥ジワリ‥‥‥と、痛みが走る。


「じゃあね、今までたくさん迷惑かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから。もう五百森トモヤは大丈夫。僕が守る。影からだ。君たちの日常にはもう僕の影はささない」


 腹が空く。


「ああ、いい空き具合だ」

「何か食うかい」

「いや‥‥‥生憎と、僕には牙がないのでね」


 日が暮れる前に帰宅した。


 今日はなんだか、たいして疲れるようなことはしていないのにどっかりと疲れてしまった。


 なにか、嫌なことでもあったみたいな感覚だった。


 嫌なことは、あったのだけれども。


 布団に入って、それから、泣いた。


 翌日になると、シュウジがなにか話があると言って、ある紙の束を見せてきた。

 どうやら木村ヒロユキが属していた団体を特定できたらしい。

 その団体は木村ヒロユキがショッピングモール内で自死していたのを、東五代オサムのせいだと考えており、武力での報復を目論んでいるらしい。


「それじゃあ、今からそいつらぶっ飛ばしちゃおうか」

「いけるのか?」

「ああ。いけるよ、僕は絶好調だ」


 二人はそのれんじゅうのアジトに直行した。


「そういえば、君もあと少しで高校も卒業だろ」

「あと一年あるけど」

「たったの一年だ。進路は決まったか」


 そういう話を、最近トモヤとしたばかり。


「決まってるよ。僕は除怪師になる」

「ほう、いいじゃないか」

「だろ。それで、セカイダーはやめるよ」

「いいのか、島澤先輩の後継者なんだろ」

「僕のような男はそれに相応しい人間ではなかった。僕は島澤さんのように鬼の血を捨てることはかなわないけど、それでも、理機を手放すことはできる」

「私と組むか。ISPOは除怪師を全面的にサポートする事が決定したんだ。金もそれなりにはいる」

「そりゃあいい」


 アジトに着くと、オサムはそのなかにいた召喚された怪異を押し潰しながら一歩一歩ゆっくりと歩き‥‥‥れんじゅうを叩きのめしていった。


「君たちは正しく無価値だ。生まれてこないほうが世界に良い影響を与えたような、屑だ。だから此処で終わらせる」

「死んでしまうのは、お前だよ‥‥‥木村くんは、とても優しい青年だった! 人だって、両手で数え切れるほどしか殺していなかった! 貴様とは違ってだ! 貴様は、自分ばかりが被害者でいられれば幸せなんだろう!? だから、こういう残酷なことをして、帰って『今日はひどいことをした』と涙を流すんだ!」

「君たちの理論は脳みそがスポンジみたいになるね。今計算してみたが、木村ヒロユキのような男はたいして優しくないね。弱者が強者に殺されたら、頑張って弱者をかばいたくなるのは、それは根暗の考える気持ちの悪い偽善だからいい加減でやめなさい」

「バカなことを言っている自覚がないってなぁ、つらいかよ」

「ん、君たちの専門だろう。それは。僕は正しい。何故か分かるか。僕の言うことはいつでも正義だからだ。君たちには分からない‥‥‥そして、君たちが僕ほどの価値を有することはないので、到達することのない領域の話だ。僕の言うことは常に正しい。僕がスプーンをフォークだと言えば、スプーンはその時からフォークだし、僕が海を歩けば君たちも海を歩かざるを得なくなる。僕からしてみれば、君たちはクズだ。言うなれば類人猿だな。可愛さの欠片もない気持ちの悪い生き物だ」


 両腕をひろげながら、しゃべっている間に召喚された怪異を見据える。おおよそ二〇〇〇体。


「この数、相手にできるかな」

「ハハ。織笠さん! 五秒数えなさいよ」

「仕方ない」


 〝カチッ!〟


 変身──


 ────────し──

 ──て──


 ──────直──────


 ──────後──


 ──赤────   閃光──────


 ──────────────迸──る──


 ──ほとばしり──


 ──次第に──


 ──時間──


 ──おくれて──


 ──き──え──て──い──く──



 〝プピン!〟


 軽い音がしてまったくの一秒‥‥‥世界の動きが止まった。


 たった一個体の生命体の動きが早すぎて、時間と空間の擦り合わせがたちゆかなくなり、そして、一時的に時をとめる事で辻褄を合わせたのだ。


 次の瞬間、五秒間の雷鳴と爆発音とともに、二〇〇〇体の怪異が一斉にはじけ死んだ。


「君たちに聞くけれど」


 セカイダーSは両手の人差し指を立て‥‥‥自分の生体装甲の赤い胸を指し、笑うように言う。


「『この数』に勝てるかな」

「‥‥‥‥‥‥」

「無理だよね。だって君たち、弱いもの」

「ウ‥‥‥」

「だから、自分がするべきことはわかっているね?」


 死ね、とは絶対に言わない。


「じゃあ、警察は呼んであげるから、あとは君たちのお好きなようにて。まぁ‥‥‥これからがんばっていこうね」


 変身を解いて、ケツに気をつけながらアジトから去る。


「俺は除怪師になる」と、そう決めてから、オサムはそのための勉強をするようになった。


 除怪師という名前をしていても、霊感商法というのはやってはならないことなので、そこを気をつけなくてはならない。


 除怪師の主な仕事というのは、いわくつき物件の検査と「できたら祓う」というものである。


「不動産屋みたいなもんと思ってもいいのかな」

「オカルティック不動産」

「僕は強いから良いのだけれど、大して強くない人たちはどうやって仕事をこなしているんだろう?」

「怪異を騙して家から出ていってもらう、というのは経験があるね」

「へぇ~、そういうのもあるんだなぁ〜」


 あまり良くわからない世界のはなしだ、というのが率直な感想だったが、なんとなくやれそうな雰囲気もあったので、とりあえずは安心。


 高校を卒業する頃になると、旧三ツ石事務所にはあたらしく「焼石事務所」という看板がたてられた。


「除怪師は呪われないようにするために、偽の名前を使う‥‥‥というのは、なんとなくわかるんだが、苗字を『焼石』にするのはちょっも挑戦的だと思うな」

「そうかな」

「君の旧姓だろ?」

「ハハ」


 本名・東五代オサム。

 除怪師名・焼石(やけいし)(じん)

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