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鬼人セカイダー  作者: 蟹谷梅次
セカイダー牙號
14/23

第14話 お見せしよう

 井手夫婦に謝罪して、「未遂だから別にいいっすわ」と東京特有のドライなウェットに許されて、帰る。


 自分の恥を知って、そして、これからのことを考える。


 もう少しだけでも、他人を思いやれる人間で居たい。

 もう少しだけでも、誰かの人生を。


 アキラはヒロに霊術を教えた。基本的な発散だけ。知っていれば自己防衛の手段になる。その他にも霊術にはいろいろあるらしい。


 治癒霊術というのは、出来る人に限られたものらしく、ヒロには出来ない。


 感情操血というのも、相当大きな感情を持っていないとできないのだと言う。アキラの師いわく、「その人のなかで一番大きな感情を出汁にして動くもの」であるらしい。


 アキラの仕事について回る事も増えた。


 怪異案件でなければ一万。怪異案件であれば五万。


 たとえば依頼人が貧乏な家だったら「最近はほかの収入源もある」と嘘を言って、五千円で依頼を受けることもあった。


 依頼人に寄り添う男だった。

 戦う姿からはまるで想像できない姿をすることもあった。


 花屋の仕事を手伝ったこともあった。花束に囲まれて、いつものように笑うところを見た。


 とても優しい男。誰よりも優しい男。


 どうしてそんなに優しくいられるんだ。そんなに優しくなくたってべつに良いのに、誰も気にしないのに。


 織笠シュウジいわく「あまり人に懐かない」というらしい焼石神は、アキラの前だと自然に笑顔になる。


 優しいから、だけれど‥‥‥それだけではない。

 真正面からぶつかっていく男だったからだ。


 仕事が一緒になって怪異を召喚して悪事を働く男がいた。焼石神はその男を追い詰めて、酷い言葉を投げかけていた。


 アキラは「それは言い過ぎだ」と焼石神に怒る。彼らはしばらく喧嘩をして、そして、二週間ほどで仲直りをした。


 織笠シュウジいわく、「すこし言葉を選ぶようになった」らしい。


 とても優しい男。報われてほしい。


 そう思った。


 平成二十五年十一月二十日。


 宮城県仙台市、老人の乗る乗用車が蕎麦屋〈おいのくぼ〉に突っ込み、店内にいた客と店主、店主の妻を圧し殺した。


 老人からはアルコールの反応が見られ、しかし老人は「俺は酒なんか飲んでいない」と喚くばかりだった。


 葬式の最中、彼はいつもより多少落ち着いてはいたけれど、いつもと変わらない様子で、明るく振る舞った。

 心配していたアズサとヒロに、織笠シュウジが語る。


「もし、霊力が重力に負けてどろどろと足もとに溜まるようになったらどうも気をつけて」


 アキラは、保育園の仕事を無理言って休んできたリコに語った。


「俺はおじいちゃんを憎むつもりはない」

「なんで」

「憎んだって始まらないだろ」

「なんで‥‥‥おじさんとおばさん殺されちゃったんだよ、飲酒運転の、耄碌したクソジジイのせいでさ‥‥‥!」

「言い過ぎだよ、リコリコ」

「言いすぎじゃないだろ!!」


 自分の耳にも響くような、金切り声だと思った。


「言い過ぎだ」

「‥‥‥‥‥‥」

「落ち着こう、リコ。ひと息つくんだよ、悲しみに押されて潰れるな。その怒りは優しさだろ、お前の。ありがとう、怒ってくれて。とても嬉しい。でも‥‥‥俺のこの気持ちも本当なんだ。俺は恨むつもりはない。きっと何か事情があったんだ。仙台と言ったって、宮城なんての田舎だろ。老人にはつらいよ、車がないと」

「酒飲むなって話でしょ。ジジイに酒飲む資格ないでしょ」

「リ〜コ〜」

「なんで怒んないの」

「昨日、もう十分怒ったもの。それで終わりにした。それに、死んだのは俺の両親だけじゃない。いろいろな人が死んだ。本当にいろいろな人が。子供だっていたんだ」


 そこに、老人の息子だという中年がやって来た。

 へらへらと、「うちの親父がすいません」と言う。


 リコは「なんだこいつ!」と今にも殴りかかりそうになったが、アキラがそれを制止した。


「構いませんよ。もう怒ってませんよ。本当に大丈夫ですよ。大丈夫なんですよ。来ていただかなくても良かったんです」

「線香だけでも、ね」

「あはは。はは。余計な気を回さなくても良いんですよ」

「いやしかし‥‥‥」

「構いませんよ。お帰んなさいよ」

「いやいやいや、ここは‥‥‥」

「うーーん、じゃ、お茶一杯飲んでいきましょうよ。良いお茶あるんですよ。おいしいんです。深みっていうのかなあ、そういうのかあるんだな」

「ありがたい」


 アキラが茶を出すと、男は嬉々としてそれを受け取った。さて、とアキラも湯呑みを握った。途端、ふと怒りが湧き上がってきて思わず手に力を込め過ぎた。


 パリィィ‥‥‥ン‥‥‥。


「おっと‥‥‥」

「アキラ」

「すいませんねぇ、見苦しいところを見せてしまって。ははは。はは。‥‥‥‥‥‥よくないな。許そうと思ったし、許したつもりだったんだけど、無理そうだ。うん! お帰りいただきたい!」


 男が逃げるように帰ると、アキラは深呼吸をしてから叔母のもとにやってきて、男が使っていた湯のみを渡した。


「それ、汚いからポイしちゃって〜ん」

「えっ?」

「おねがーい」

「わかったけど‥‥‥」


 それからしばらく、休むこともせずまた除怪師の仕事を始めた。

「少しは休めよ」とヒロが言っても、「休める仕事じゃないにょん」とふざけて、アキラは休もうとしなかった。


「働いて気が紛れるならそれで良いんですけどぉ」


 休日がなくなった。毎日事務所にいるようになって、毎日何処かへ行ったり来たりで、日に日に憔悴していくところがわかった。


「あんまり人を憎むのもいやなんだ。そんな事をしても何も始まらないからさ。だから、憎まない事にしたんだ。あの日の怒りももう、本当になくなったよ」


 アズサに語ったらしい。

 それは抜け殻のような声色だった。


 ここから、物語に色が入り始める。それは色と呼ぶにはあまりにも白く、そして金色。もうひとつの体。


 ある依頼があった。


 それは簡単なもののはずだった。


 怪異と戦うことを想定しても、その怪異の等級も下から数えたほうが早かったはずだ。


 岩手県南部、火苗(かなえ)村。その村にはいやな習わしがあった。

 十歳を迎える少女を、神に捧げるのだ。


 その村を認めたくはなかった。


 少女は泣いていた。半身もなく、下から数えると臍からになる身体で「いたい」「たすけて」「ママ」と泣いていた。


 村の老人は、喜んでいた。手を叩いて、まるでサンタさんでも目の前にいるような‥‥‥憧れの野球選手にサインでももらったような‥‥‥その道のプロに自分の趣味を褒められた子供のような‥‥‥恍惚の顔で、手を叩いて喜んでいた。


 憎悪。


 母親は泣きながら、「こんなの聞いていない」と叫んでいた。記憶を読み取った。その母親は自分の娘がこうなることなど聞いていなかった。父親も、その母親と娘を騙していた。


 憎悪。


 憎悪。


 憎悪、憎悪、憎悪、憎悪、憎悪‥‥‥憎悪‥‥‥憎悪、憎悪‥‥‥憎悪、憎悪‥‥‥憎悪、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪。


 神が姿を現した。


 いくら優秀とは言え‥‥‥〝零〟の使い手とは言え‥‥‥狼久保アキラは「優秀な除怪師」というだけの存在。


 神を前にして、正気でいられはしなかった。


 鬼であれば違ったか。


 とにかく、溢れて止まらない感情が、憎悪。にくくて、にくくて、仕方がないといった感情で‥‥‥心があふれて、正常な判断もできそうにない。いままで体内で、心の臓のなかで、血に浸していた感情が溢れ出してきてしまう。


 二十二年。たった二十二年分の憎悪。


「アキラくん」


 アキラから溢れた黒く‥‥‥黒く‥‥‥黒く‥‥‥どす黒い、霊力が重力にまけて地面にこぼれ落ちていく。


「アキラくん‥‥‥狼久保さん、狼久保さん、あれは神だ‥‥‥神です、神です。神なんです。等級は『枠外』! 枠外ですよ、ねぇ、ねぇ待って。待って‥‥‥待ちなさい! あなたには殺せない! 踏み出した『脚』を戻してください!」


 憎悪。


 声は聞こえない。聞こえていたが、聞こえていない。

 ああ、わからない。もぅ、もううう、なにもわからない。

 ただ、やりたいことがあった。

 殺してならなければと思った。

 殺してやると思った。

 思った。

 思った。


 思った。


 その感情を初めて抱いたのは、小学生のころだった。

 担任の、性格の悪いババアがリコの胸を触り股間に手を伸ばした、その瞬間だった。


 アキラの足元から出てきたそれは、憎悪だった。



 才能の名は、一体全体‥‥‥なんだったか。


 いまならわかる。


 ──召喚霊術〝螺市〟


 赤い光の尾を引いて、〝螺市〟が神に向かって飛んでいく。神はそれを払い、〝螺市〟はアキラの胸に刺さった。


 神の出現。聞きつけたオサムが現場に到着した頃、日は昇っていた。神は田園の中にたち、ゆらゆらと揺らめいていた。


 アキラの遺体は、血のほとんどを失い、倒れている。


 アキラという男はとても優しい青年だと思った。どんなに世界が嫌になってもそこで生きる誰かを否定したいとまでは思わなかった。どんなに誰かが恨めしくても人間すべてを否定することはなかった。


 しかし、中途半端に強すぎた。

 死ぬ直前も自分が死ぬとは思わなかったろう。


 本人だけではない。アズサも心の何処かで思っていた。

 民家の壁に寄りかかり、膝を抱えてないている女が言った。


「なんやかんやあって勝っちゃうんだ‥‥‥そして、終わったあとに彼がいつもみたいにおバカに笑って、私はそれを見て、今日の帰りにお寿司でも食べに行こうとか、そういう事を言うんだって思ってたんです。でも‥‥‥」


 中途半端に強いと、死ぬとは思われない。

 オサムは懐から理機を取り出した。


 〝カチッ!〟


 変身した。

 黒い強化皮膚、赤い生体皮膚。青い複眼。金色の嘴。大きな翼。

 走り出すと同時に時間が止まる。


 神でさえも時間には逆らえないだろうと思った。

 しかし、神は動いた。頭部に打撃を受け、吹き飛んだ。


 勝てない。


 ヒロは止まっていく心拍の音を聞いていた。冷たくなって一時間は経った腕を触った。


 ほんとうに優しい男だから、時折ヒロの趣味に合わせて話をしようと寄り添ってくれた。


 けれど、学生の頃から喋るのが下手くそで、何を言えばいいのかわからず、邪険に扱った。


 ああ、共通の話題とかあったのに。

 たしかゲームとかするやつなのに、あの時忘れてたな。


「救う方法、あるよ」


 声が降った。


 男がいた。


 誰も気づかなかった。男の足元には口があった。


「裏世界‥‥‥!?」


 オサムが忌々しそうに吐き出した。


「救う方法って、死んで一時間経ってるんですよ‥‥‥てきとうを宣わないで」

「あるよ。何のための感情操血か」

「裏世界人が何の用だ‥‥‥彼に触れるな、俺の友人に触れるな‥‥‥失せろ‥‥‥」


 オサムは折れた鼻を直しながら、立ち上がり、男の頭を蹴りつけた。しかし‥‥‥いっさい、攻撃が通らない。その感覚は「神」に似ていた。


「私の自己紹介、してなかったね。私は鉄神。名の通り神だ。けどね、残念なことに父が昔岩手でやんちゃをしすぎたので、攻撃の手段を奪われた。それどころか父は改心をして、人間の味方をし始めた。ではなにか、人間に守る価値などあるのか‥‥‥千年と少し‥‥‥見たけれど‥‥‥まちまちかな。守る価値のある人間と、守らなくてもいい人間ばかりだ。それを昔、この小僧に言ったことがある」


 鉄神!

 狼久保アキラの師──‥‥‥!


「彼は、複雑なことを思ったんだろうな。悲しそうに笑ったよ。きっと、自分でも無理のあることを言っていると分かっていたんだろうね。死ぬべき人間がいるというのは、この小僧が一番分かっていたんだろうね。人間の底はみんな二年前にわかってしまったね。でも、この子が本当に愛していたのは『人間の善性』ではないんだよ、東五代オサム、父の子孫。島澤伴内は元気かな。彼が一番父に似ていた。改心後のね。やんちゃ期の父と比べたら横井信彦かな。いや、違うか」


 口数が多い。


「生き返らせることは、できるよ」

「どうやればいいんですか」


 アズサが震える声で訊ねた。


「本当は、嫌で嫌で仕方ないんだ。このおばかには人の道のなかで生きてほしかった。鬼なんかになって、終わることのできない戦いに身を落とすようなことはしてほしくなかった。でも‥‥‥」


 鉄神はオサムを見た。


「君の血をこのおばか小僧に移す。四割でいい。今一番いいのは、セカイダーが二人いるという状況だ。その為には、四割の君の血を小僧に流す。〝零〟の使い方は」

「もう読んだ」


 オサムの手の平から赤い光が垂れ‥‥‥胸に落ちる。鉄神がそれを操り、体内に巡らせる。心臓を動かす。治癒霊術を無理矢理発動させる。傷が塞がっていく。


「ウ‥‥‥ウ‥‥‥?」

「起きたな」

「師匠‥‥‥? なんでここに‥‥‥」

「これ」

「なにこれ‥‥‥? ライター‥‥‥?」

「ほら、押す」

「え?」

「いいから」

「神は‥‥‥」

「ほら、押せバカ」


 〝カチッ!〟


 外骨格が形成されていく。そして、神経が通り、筋肉と皮膚が生み出される。土気色の強化皮膚。青白い生体装甲。白く濁りきった複眼に、ドクンドクンと青が灯る。


「身体に力がみなぎる‥‥‥」

「戦えるか? ‥‥‥戦えるらしいな」


 神は脅威を感じた。炎を吐き出し、村が燃え盛る。村人たちが、泣き叫び、「心をお沈めください」と叫ぶところに、神の拳が飛ぶ。

 死の直前、白いコヨーテが駆ける。


「身体が軽い。‥‥‥鬼の‥‥‥身体ですか、師匠」

「ああ、そうだ」

「‥‥‥この胸の中の温かいのは‥‥‥君の心だね、焼石神」

「アキラ‥‥‥」

「俺、ずっと‥‥‥性善説‥‥‥信じてたんだ。悪い奴にも、悪くなっちゃうような哀しい過去があるって思ってた。でもそうじゃないって分かってた。俺、百景種の力で‥‥‥人の思考が読めるようになって、初めて人間の根底にあるのがクソッタレな悪い心だってわかった。‥‥‥でも俺は、なおも人のことが尊かったんだ。悪い心を持っているのに、頑張って良い人になろうとする人達がいるってわかったんだ。でもそういうバカ真面目な人たちは否定されてしまうだろ。頑張ってるのに、泥水すするだけなんて‥‥‥そんなの、つらいよ。だから戦うんだ、俺。がんばるマンだから」


 神の炎が泣きつかれ隙間風のような声しか出せなくなった母親に向かう。オサムの霊力障壁が母親を守る。


「もう大丈夫。俺‥‥‥あの世にいた時、親切な人から死人の蘇らせ方を聞いてきた」


 アキラは少女に駆け寄ると‥‥‥肉体を再生させた。

 そして、感情操血〝零〟の〝願昇(がんしょう)〟にて他者の血流を操る。〝零〟の究極形とは、他者の生命エネルギーの再生。それが〝願昇〟。


「もう大丈夫」


 白鬼の言葉に、少女はギャアギャアと叫びながら、母親の方に寄っていった。


「がんばろう、がんばるマン‥‥‥」


 自分に言い聞かせながら、膝を叩いて立ち上がる。


「さて、神様って強いけど、いけちゃう系かな?」

「時間停止も無視してきた。どうだかね」

「まーなんとかなるっしょ」

「無責任だね」

「だって俺たちセカイダーだもーん」

「赤い方と白い方かな。僕にはセカイダーSっていうとてもかっこいい名前があるが、君にはないね。君にあわせよう」

「ムカツキン! 俺もかっこいい名前考えまっす。うーーーーーん‥‥‥牙號(がごう)! どう? めっちゃかっこよくない?」


 炎の球が連射された。


 セカイダー牙號は両手をパンと打ち合わせ、無数の〝螺市〟を召喚すると、炎球を打ち消した。セカイダーSは鬼の血が薄くなったせいか速度が落ちたのを良いことに、「時間が止まらない」程度に、そして「神が追いつけない」程度の速度で駆けた。


「鳥のくせに飛ばないんだ‥‥‥」

「飛ぶのは苦手なんだ」

「鳥なのに!?」

「カートゥーンアニメはご存知ない‥‥‥!?」


 二人は走り出した。神はその速度にはついていけない。ひとりを捉えればもう片方が背後から蹴りつけてくる。


 おそらく世界は後悔しただろう。


 この二人の性格の単純性を度外視にした結果がこれである。


 もし運命に意思があるとしたら、この二人の敵対を望んでいたはずだ。この二人はスタンスが違いすぎる。


 しかし、二人は友人になってしまった。


 東五代オサムは狼久保アキラの善性に惹かれてしまったり東五代オサムは自分を真正面から否定してくれる狼久保アキラという男に惚れ込んでしまっていた。


 鬼はいつの時代も二人現れる。


 島澤伴内にして横井信彦。

 東五代オサムにして上坊ミノル。


 通常、鬼と鬼は敵対関係になってしまうが、東五代オサムの前に現れた三人目の鬼・狼久保アキラは敵対をするにはあまりにも優しすぎた。敵になるにはあまりにも愛おしすぎた。


 だから発動する。鬼と鬼の拳のぶつかり合い。

 歪んで発動したそれは、世界に隙が生じた際に霊力を流し込むことで発動する、ゲームで言う「クリティカルヒット」。


 〝鬼鳴(おになり)


 雷鳴が轟いた! 遥か遠くの盛岡まで響くような大きな音で、アズサとヒロは思わず耳を塞いだ、鼓膜が破れるかと思った、その、雷鳴のなかで、赤鬼と白鬼が笑っていた。


 神は死んだ。


「止まった世界に適応するってのはだなぁ!」

「等速世界で僕たちに負けるってことよ」


 世界にとっての誤算はもうひとつあった。


 本来であれば、復活したところで一度あの世に渡った狼久保アキラは信彦の狂気に触れるはずだった。


 そして、この世に蘇ったところで、裏世界特攻を持つ東五代オサムの前に現れ、敵として心身を殺すつもりだった。


 しかし、誤算だった。


 信彦が狼久保アキラに接触するところまでは世界の通りだった。しかし、横井信彦に狂気はなかった。


 負けたのだ。


 幸せを望まれてしまったのだ。


 そして自分自身も死の直前、母を不幸にしたあの男を許してしまった。そこにもう狂気はなかった。


「ただ、負けたのが悔しかった」


 信彦はアキラに語った。


「君は、本来はもう少しあとに生まれてくるはずだった男だ。島澤伴内とは正反対だな。‥‥‥君は、次世代怪奇の祖になるはずだった男だ。本当に、島澤伴内とは正反対。しかし、性格まではそうはならない。優しすぎるんだ、君たちは。病気だよ、ほとんど。人を恨むのは悪いことじゃない。許してつらいなら許さなくてもいい。君はまだ子供だ。私からしたらな。‥‥‥守られていいんだ、狼久保アキラ」


 それでもアキラは守る側に立とうとする。


「なら、蘇れ。あの少女だけでも絶対に救うんだ」


 私の魂を君にやるから、と。世界は信彦を見誤った。

 だから負ける。神の身体には赤いヒビが走り出し、神は悶えながら、身をよじりながら、空に腕を伸ばしながら、爆発した。


 この日、裏世界特攻は二人に増えた。


 セカイダー牙號は大きく息を吸い込むと、村中に響き渡る声で叫んだ。


「君たちの神は死んだ! 我々鬼が殺した! 君たちの望む未来はやってこない! 君たちの望む日常はもう来ない! 泣くな! 喚くな! 君たちのやり方を、俺は、肯定しない! 次! 同じようなことをしてみろ! 母と娘の明日を奪ってみろ! もし今度、誰かの命を蔑ろにしてみろ! 悪い鬼が来ちゃうよ〜ん」


 二人は変身を解除すると、汗をぬぐった。


「これはあれだね、髪あんまり長いと筋肉に挟まって痛いね」

「だから僕は短く揃えてるよ」

「んだべ? でも俺あんまり短くしちゃうともとの野球少年が出てきちゃうんだよなぁ。俺のスポーティヘアー見たい人〜? 手を上げちゃって! 誰も上げてないな〜。俺が上げちゃいまーす。バンザイのポーズっつってな! っていうか師匠、来るなら言ってくださいよ! 俺なんも準備してね〜っす。タバコ吸う? っつーかここ禁煙? 炎とかでモクモクしてますけど〜? ここ禁煙? まー子供とかいるから吸わんほういいね。っていうか焼石くん来てくれたんやね。ありがと〜」

「うん、大丈夫」

「そんじゃま、帰ろうぜ! 師匠、これから飯食いに行くんすけど、師匠どうします?」

「食うなら焼肉。その前にここ片付けるぞ」

「おっけー! じゃ、俺が唯一召喚できる‥‥‥あっ、今は違うね! 一番最初に召喚を覚えた怪異を呼び出して、この村を──潰します」


 パン、と手をたたき合わせる。


「召喚霊術──〝源流怪奇パラリテリジノサウルス・大群〟」


 それは、パラリテリジノサウルスの幽霊である。その大群が村を駆け抜け、火苗村はあっという間に潰れて消えた。


「ダメ押しで螺市も行っちゃえ」


 螺市も行った。


「まだつぶし残りがあるね」

「パラリテリジノサウルスと螺市じゃ限界があるか〜」

「じゃあ僕も手を貸すよ」


 オサムは微睡を召喚すると、残っていた瓦礫をすべて処理するように命令して、微睡はそれを実行に移す。


「さて‥‥‥アキラくん。君には先輩風を吹かせなくっちゃならないな。変身してから神経が鋭くなってるだろう? 君は何処か敏感になっているところはないかい?」

「特にないっす!」

「ほんとうに? 僕は尻が弱くって」

「尻? へい!」


 ぱちん!


「ひゃっ! ばか! この! 人の尻触るんじゃダメだよ、君だからまだ許せるけど、本当に‥‥‥」

「ハハーン、常々『なんで変身しないんだろう』と思っていたけれど、そういうことだったのか。君は尻が感じやすいんだねぇ! なら良いぜ、変身しなくたって。今度からは俺が戦うもんね」

「きみは、なんというか‥‥‥」

「えー? なになに」

「複雑な気分だな、君のようなのは、戦うような仕事はしてほしくないんだ」

「毎週火曜のスーパーは戦場っす」

「君は多少おかしいやつだけど、優しいから」

「うーーん‥‥‥? あっ、そうだ。ねえねえ、もみじ饅頭をあげたらめっちゃ美味かった話する?」

「小僧、人の話はちゃんと聞け」

「聞くゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「おいこら!! 引っ叩くぞ!!」


 師弟のワチャワチャとしたところを見るに、本当に師弟なんだろうなというのを感じる。


 アキラが鉄神という男から影響を受けているんだろうなというのも確かに感じるが、それよりも鉄神である。


 彼はどうやらある程度アキラを見て人の味方をしているところがあるのだろう。


『裏世界の人間には、ああいうのもいるのか‥‥‥』


 オサムは自分が出くわした男を思い出した。

 そして訊ねる。焼肉屋にて。


「裏世界は、いったいなにをしたいんです」

「ん?」

「やつらはいったいなんなんです」

「おまえはあんまり裏世界にいい思い出がないらしいな。目的はないよ。奴等はただ何かをしている自分たちが好きなだけだ。羅刹鬼だってそうだった」

「そんなの、理不尽だ‥‥‥そんな事で、悪になるはずではなかった人間が悪に落ちることもあるはずだ。どうにかできないのか? あんた神なんだろ?」

「力のほとんどを失ってる。あのバカに〝零〟を教えるのもひと苦労だった。〝願昇〟まで至ってくれたのは嬉しいが‥‥‥本当に、本当に嫌だったな」

「あなたは彼を失ったら人をどう思う?」

「憎むだろうさ」


 ただ憎むだけになるだろうが、と鉄神が笑う。


 ヒロは隣で白米をかき込むアキラを少し隠れるように見る。

 生きている。顔日は通ってる。あんな死体みたいな色はしていない。体温もある。ふと触れた時に、熱が分かる。

 心臓がちゃんと動いている。


 自分がこういう感情を抱く時、決まって嫌なことが起こる。「吊り橋効果みたいなものだ」と思うことにした。アキラの性格が良くて、自分も良くしてもらっていて、それでいてそんな人間が目の前で死んでいく。その恐怖を、そういう感情だと誤認しているだけだ、と。


 実際、そうなのだろうか。

 ヒロは箸を置いて、口の中の肉を飲み込む。


「食わんの?」

「焼石さんの奢りだから好きなだけ食べないと損ですよぉ」

「アズちゃん俺の奢りでもそんくらい食うじゃん!」

「ふふ、大変ですねぇ」

「自他の境界が‥‥‥ない‥‥‥!?」


 わはは、という笑い声。


 井上事務所にやってきてからこの笑い声を何度も聞いた。風邪を引いたことがあった。事務所の部屋で眠っていると、「なに、彼風邪なんてのひいちゃったの」という明るい声と、その後に続く笑い声を聞いた。しばらくして、昼飯時になって、粥を作って持ってきてくれた。とてもうまい粥だった。


 母は風邪を引いたヒロを看病してくれたことなど一度もなかった。


 ただ「姫神だから死ぬことはないだろう」というような計算づくの目で、薬箱と水を手の届くところに置くだけ。


 わはは、という笑い声。

 とてもあたたかい、優しい声。


「どったのー、菊池くん。食欲ナッシング系男子?」

「食欲ない人っているんだぁ‥‥‥」

「アズちゃん病院行ったことない感じだ」

「病院行ったことありますよぉ」

「へー、どこ?」

「動物病院」

「あっははは!」

「そんな熱量で笑う話じゃなさすぎる。なんか生き返ってからテンション高いですねぇ。いいことではあるんですけどぉ」


 ヒロは「なんでもない」とだけ返して、無理矢理米と肉を食った。


 あっ‥‥‥と。あつい‥‥‥あつい‥‥‥。

 肉も、米も。とても、とてもあつくて、舌が火傷しそう。


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


 頭の中が、とてもあつい。

裏世界特攻の二人

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