24 破滅の音
「後、半日。多分、それくらいなら持つはず。」
大会5日目の深夜。いよいよ明日は準決勝と決勝。明日さえ乗り切れば、魔力の問題も解決する。後は、寝落ちして魔力が溜まってしまうことを阻止するだけだ。
「シャワーでも浴びようかしら。」
アリサは寝ないために常に何かしておく必要がある。少しでも休んだら、一気に睡魔に吞まれそうだから。本当は夜道を歩きたいところだったのだが、例の件があった以上、魔法を使わないにしろ、夜出歩くことは良くないだろう。
アリサは脱衣所で服を脱ぎ、備え付けてある鏡の前に立つ。
「寝不足は肌とか荒れるし、女の子の天敵なんだけどね。」
アリサは自分のひどい表情を見て愚痴をこぼす。
「まあ、今さら誰かに好かれたいだなんて思わないけど。」
アリサは自分の視線を少し落とし、胸辺りをみる。そこには16歳にしては貧相な身体付きが映る。もうかれこれ、3年くらい胸は大きくなっていないし、これ以上の成長は見込めないだろう。
「・・・早くシャワー浴びましょ。」
自暴自棄になってもしょうがない。寝不足で弱気な心が顔を出してきている。その心をシャワーで洗い流さないと。
そう思いアリサは風呂場に向かった。
♦
いよいよ始まった大会準決勝。アリサは敵の攻撃を耐えて、リオンに繋ぐ橋渡し役に徹すればいいだけ。相手は強いが、回避で何とかなると踏んでいた。
戦闘が始まり、早速相手の先制攻撃が来る。アリサはそれをギリギリで回避する。それは余裕があるから、ギリギリで避けたのではなく、回避行動が遅れたからギリギリになったわけだ。
(思ったよりも、身体が動かないわね。)
アリサは身体強化魔法をふんだんに使用しているので、動き自体は相手と同等以上のはずだ。それでも、回避がギリギリになる。それは、アリサの頭が回っていないからにほかならない。
身体の動きは脳からの命令されることが基本だ。頭が回っていないから、命令を出すのに、普段よりもワンテンポ遅くなってしまう。
(このままじゃまずいわね。)
アリサは現段階で避けるのが精一杯で、反撃する糸口すらない。アリサは回避の中で、隙を見出しては反撃するという戦法を大会ではとってきた。
理由は、相手の攻撃の意識を少しでも逸らすため。一切反撃してこない、または反撃できない状況と相手に思われると、相手は攻撃に全ての集中を割くことができる。
しかし、一回でも反撃の意思を見せることができれば、相手は頭の片隅に反撃があるかもという思考を押し付けることができる。
そうすれば、相手の攻撃も少しはマシになる。相手の反撃を止めれるように立ち回るようになるからだ。
ただ、今回に限ってはその作戦は使えない。アリサの動きが悪いから反撃できない。
一方的に攻められるアリサ。そうなれば、無傷ですむはずもなく、着実にダメージを受ける。
(ダメ。頭が。)
攻撃を受ける度、アリサの脳がふらつく。それにより、さらにアリサの動きが鈍くなる。
動きの悪いアリサがダメージを受けて、さらに動きが悪くなる。負のスパイラルが完成したわけだ。
(まあ、ここまでかしらね。)
アリサにはもう戦う気力が残っていなかった。別に、体力的にはまだ戦えないこともない。ただ、アリサの中で、これ以上戦う意味がない。そう感じた。
常に魔力探知を使っているアリサは、リオンの魔力の動きも読むことができる。リオンの魔力消費が格段に上がった。それはつまり、身体強化魔法をふんだんに使用し、勝つ動きをしたということだ。
もう戦わなくてもいい。そう思ったら、アリサの張りつめていた集中というのが一気に溶けた。その集中は、戦いのために割いていただけのものではない。例えば、アリサが寝ないために張りつめていた集中とかも。
そこに相手の一撃がアリサを襲う。別に何の変哲もない一撃。実際ダメージ的にはそこまで大きいものではない。
しかし、今のアリサにとって重要なのはダメージではない。攻撃に直接身体に受けたことにより、脳に大きな揺れが伴った。アリサの睡眠不足がその揺れを加速させる。
それにより、アリサは気を失い、その場に倒れてしまった。
アリサが気を失ったと言うことは、アリサがかけていた身体強化魔法と魔力探知が解けたことになる。
つまり、アリサの身体に新たな魔力が駆け巡るわけだ。それも、魔法を発動していない分、余計に早く。ただでさえ、魔力を消費をできていない身体に、そんな魔力が追加されたら、パンクは必至。
次にアリサが目を覚ますのは、魔力が脳にほとばしった時。
それは、アリサの魔力量が身体が許容できる魔力量を超えたということだ。
「ああ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
アリサは魔力が身体を蝕む痛みから、叫ぶことしかできない。
すぐに魔力を消費しなければ、身体が限界を迎え死んでしまう。
しかし、アリサは魔法を使うことができない。なぜなら、アリサは魔力を制御できないからだ。
アリサの身体の状態を例えるなら、川が大雨により水位を増し、氾濫しているようなものだ。しかも、川の氾濫とは違い、魔力は永久的に増えていくので、止まることを知らない。
もう、アリサは死を待つしかないのだ。
「アリサ。」
アリサの身体を蝕んでから、わずか数秒後、リオンはアリサのもとに駆けつけた。
そして、すぐさま状況を理解する。
「アリサ。大丈夫だから。すぐ助けてやるから。」
リオンは合宿最終日、マリアから教わったことを思い出す。
◆
「リー君って、キスしたことある?」
「へっ?」
リオンはマリアの唐突な発言に素っ頓狂な声が出る。
「その様子だと、キスはまだしたことなそうね。」
「確かにないですけど、いきなりなんですか。アリサの件と何か関係あるんですか?」
リオンはアリサのことから、急に話題が逸れたので、マリアに説明を求める。
「あるわよ。だって、その方法がキスをすることなんだもん。」
マリアはリオンに説明を始める。
アリサの魔力量が許容量を超えてしまったら、魔法を発動できなくなる。理由は、魔力過多により激痛と魔力の暴走により、まともに魔法を唱えることができないからだ。
そうなった場合の対処法は外部から強制的に魔力を吸い取るしかない。
「それで、その魔力を吸い出す方法がキスをすることなんですか?」
「ええ。言うならば人工呼吸と同じよ。あれと違う点は、口と口を合わせる際に、専用の魔法をかけるか否かだけ。」
「そうなんですね。」
(なるほど。それでマリアさんはキスの経験の有無を聞いてきたわけか。えっ。じゃあ、今からマリアさんと特訓のためにキスするってこと?)
リオンはマリアの説明を聞いて、頷きながら、冷静に考える。今からとんでもないことをしようとしているのではないかと。
リオンは当然キスをしたことがない。それに今からキスをする相手はマリア・フローリアだ。
リオンはマリアの姿を改めて見る。
絶世の美女という言葉がピッタリ当てはまる容姿に、同性なら誰もが羨むようなグラマラスなボディ。この世の女性の中でも間違いなくトップレベルの美人だ。
「どうしたのかしら?私の顔をジロジロ見て。そんなに私とキスするの嫌?」
「そんなことは・・・。」
多くの男性がリオンの立場なら喜んでマリアとキスをするだろう。リオンもマリアとキスすることが決して嫌というわけではない。
ただ、リオンの脳裏にアリサの姿が浮かぶ。リオンにとってのファーストキス。初めては好きな人としたいというのは、別にリオンに限った話ではないだろう。
「私とキスすることに抵抗があるなら、アーちゃんと一回キスしてもいいよ。」
マリアはリオンの考えていることがすぐに分かった。性別に問わずファーストキスが、その人にとって重要なものなのは言うまでもない。
だから、マリアはリオンに提案した。アリサなら、リオンが真剣に頼めば、キスの1回くらいならさせてくれるだろうと考えていた。マリアの中で、アリサのリオンに対する好感度は高いと思っているからだ。
彼女の過去を考えると、リオンに対する態度は信頼していないとできるものではない。
「俺がアリサとですか。」
リオンはマリアに考えは見透かされていることを恥ずかしく思う。確かにアリサとキスできることならしたい。けど、今はその時ではない。もし、アリサがキスに応じてくれたとしても、それはリオンが頼んだからであり、アリサの恋心からではない。
それなら、キスしてもリオン的には嬉しくない。
「大丈夫です。特訓しましょう。」
マリアとキスをするのは嫌ではないし、アリサのためになることならできる限りのことはしたい。その犠牲が自分のファーストキスなら安いものだ。
「そう。なら、始めましょうか。魔方陣を展開するのは簡単だからすぐ覚えれると思うわ。」
マリアは特訓の中で、リオンの魔法に対する理解度の高さに認識していた。あくまで、男性の中ではという話ではあるが。
リオンはマリアの予想通り、すぐに魔方陣自体を習得することができた。マリアが教えた魔法は、レベルでいえば初級魔法。複雑ではない。
「じゃあ、早速実践してみましょうか。吸い取る量は少しで良いわ。あんまり吸い過ぎるとリー君が魔力過多になってしまうからね。」
「・・・分かりました。」
リオンは覚悟を決める。マリアの顔に自分の顔を近づける。
(いい匂いがするな。)
リオンがマリアに近づいたことで、マリアの匂いが余計に鼻に感じる。正直、興奮する。
(ダメだ。これは特訓なんだから。)
リオンは自分の欲望を抑え、マリアの唇に自分の唇を重ねる。リオンの初めてのキスの味はバニラ風味だった。おそらく、夕食のデザートに食べたアイスの影響だろう。
そして、少しずつマリアの魔力を吸い取る。
リオンの身体にマリアの魔力が入ってくることを感じる。魔法は成功したので、唇を離す。
「これでよかったですか?」
「うん。魔法自体はバッチリ成功だね。私のファーストキスどうだった?」
「マリアさんも初めてだったんですか?」
「それはもちろん。なぁに?リー君は私がどこぞの男と色恋沙汰になっていると思っていたわけ?」
「そっそう言うつもりでは。」
リオンはマリアの様子から、キスは初めてではないと思っていたからだ。キスをしたことがない初々しい態度ではなかったからだ。
「リー君をからかうのはこれくらいにしてと。魔法の方はバッチリ成功だね。でも、リー君も分かっていると思うけどこの魔法は・・・。」
「分かっています。マリアさんも俺にこの魔法を教えることに相当悩んだと思います。そんな中、この魔法を教えてくれてありがとうございました。」
リオンはマリアの言わんとしていることが分かり、あえてマリアの言葉を遮った。
マリアに教えてもらった魔法は、リオンにとってはリスクでしかいない。なぜなら、リオンが吸い出せる魔力には限界があるからだ。アリサの身体に魔力の許容量があるように、リオンの身体にも当然魔力の許容量がある。
アリサが魔力過多になった状態から、通常の魔力量に戻す必要がある。アリサの魔力は常に増え続けることから、一気に魔力を吸い出さなければ、効果がないわけだ。
そして、アリサの魔力を一気に吸い出すと言うことは、その魔力が一気にリオンにくることだ。仮にアリサの魔力の3分の1いや、4分の1を吸い出しだとしても、リオンの方が逆に魔力過多になってしまう。
つまり、この魔法はリオンは自分を犠牲にして、アリサを助けるという魔法となる。
だからこそ、マリアはリオンに教えることを躊躇った。リオンの性格上、自分を犠牲にしてでもアリサを助けるだろう。
もし、リオンがこの魔法を使うことになったら、マリアに責任の一端がある。
リオンはそれらをマリアの表情、言葉から悟ったからこそ、マリアに言わせなかった。マリアに責任を負ってほしくないからだ。
「大丈夫ですよ、マリアさん。俺がこの魔法を使って後悔することはありませんから。」
自分を犠牲にしてでもアリサを助けられる。そんな魔法を教えてくれたマリアに感謝すらしているくらいだ。
そう。アリサを助けるためなら、なんだってする。リオンはそう誓った瞬間でもあった。
♦
(今がその瞬間ってわけだな。)
リオンは1秒でアリサを助けるべく行動する。増え続ける魔力に対し、自分が少しでも助かる見込みがあるように。それが魔法を教えてくれたマリアへのせめても償いだった。
リオンは倒れているアリサを抱きかかえ、アリサの唇に自分の唇を合わせる。好きな人との初めてのキス。本当なら干渉に浸りながらしたかったものだ。
リオンはできる限り多くの魔力をアリサから吸い出した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
その反動でリオンの身体全身に大量の魔力が駆け巡り、痛みがほとばしる。リオンはアリサの時と違い、痛みのために叫んだ後、すぐに意識を失った。
それと同時にアリサの痛みが消える。
「リッリオン。」
身体から魔力が減り、普段の状態と変わらないようになったアリサはリオンを見る。自分の魔力をリオンが吸い出したことは一瞬で理解した。
アリサは一度リオンの傍から離れる。そして空目掛けて、打てる限りの炎の輪舞を放ち、自分の身体に溜まっている魔力をありったけ消費する。
その後、再びリオンの傍に駆け寄り、リオンの身体から魔力を抜くために、アリサはリオンにキスをする。
リオンの身体からありったけの魔力を抜いた。
「リオン。リオン。」
「・・・・・。」
アリサはリオンに声をかけるも、リオンは目を覚まさない。アリサの魔力探知で、リオンの身体には魔力がもうほとんど残っていないことが分かっている。
それでも、目を覚まさない。それはおそらく、リオンの魔力許容量が少なく、魔力の耐性がアリサに比べてなかったからだろう。
魔力過多というのは、自分の許容量に比べて、身体に溜まっている魔力が多ければ多い程、その影響は大きなる。
アリサの魔力許容量は多いわけだから、魔力が徐々に増えていったとしても、数秒単位ではそこまで大きく影響はない。だからこそ、魔力を吸い出された後、すぐに動けるようになったわけだ。
それに対し、リオンは魔力の許容量が多くないのに、一気に魔力を貯めてしまった。アリサの目算ではあるが、リオンの体内には許容量の3倍の魔力がある。
そんな魔力が一気にリオンに押し寄せてきたら、たとえ数秒であったとしても、その影響は計り知れない。だからこそ、リオンは意識を失い、目を覚まさなくなったわけだ。
「リオン。リオン。」
アリサは何度も呼びかけるも、リオンからの返事はない。何度も。何度も。
♦
リオンたちは戦闘続行不能ということで、準決勝敗退。リオンはジンの指導のもと、すぐさま病院に搬送され、緊急入院となった。




