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25 変化

 ゴーン。ゴーン。ゴーン。

 鐘の音が式場に鳴り響く。

 この音は祝福の音。

 なぜなら、今日がリオンとアリサの結婚式の日だから。

 リオンは白いタキシードを身に纏い、少し緊張しながら、式場に来るアリサを祭壇前にて待つ。

 「新婦の入場です。」

 式場の扉が開き、新婦であるアリサが入場する。エスコート役であるマリアに連れられて。

 (可愛いな。)

 アリサがリオンの横並びに立つ。リオンはその姿に見惚れる。

 神父からの言葉の後、いよいよお待ちかねの誓いのキスの時間だ。

 「それでは誓いのキスを。」

 リオンとアリサはお互いに向き合う。

 アリサは目をつむり、リオンのキスを受け入れる態勢をとる。

 リオンはアリサの唇に自分の唇を近づける。とその時だった。リオンの脳裏にとある記憶が蘇る。

 それは本戦の準決勝での出来事。アリサから魔力を吸い取るためにキスをしたことが。

 (これは夢なんだ。)

 リオンはここが現実ではなく、夢の世界だと理解する。

 アリサとの結婚。それはリオンにとっての幸せな瞬間ではあるだろう。しかし、それは現実で訪れることはない。

 リオンの視界がどんどんぼやけていく。この世界が夢だと理解したことから、構築されていた世界が崩壊していく。

 リオンが夢から覚めた瞬間だった。

                       ♦

 (あれ?ここは。)

 リオンが目を覚ますと、見知らぬ天井が目に映る。学校の寮でも、自宅でも、大会の宿泊施設の天井でもない。

 リオンはここがどこなのか確認しようと、身体を起こそうとするも、思うように動かない。

 身体が動かないので、目を動かし、見れる範囲を視界に入れる。

 一つ。自分の口元に呼吸器がつけられていること。

 一つ。自分の腕に点滴のための道具がつけられていること。

 そして、リオンは目を覚ます前の直近の記憶を思い出す。

 (そうだ。俺はアリサの魔力を吸い取って・・・。)

 リオンはアリサの魔力を吸い取ったことにより、意識を失ってしまった。呼吸器や点滴から察するに、どこかしらの病院に運ばれたってところだろう。

 (よく生きていたものだな。)

 リオンはあの瞬間、身体特に頭に激痛が走ったことをよく覚えている。自分に魔力耐性がなかったことが原因だろう。

 マリアに教えてもらった時の様子からすると、死んでいた可能性だって十分あったはずだ。自分の許容量を上回る巨大な魔力が身体に流れ込んできたのだから。

 今無事なのは、アリサが上手いこと魔力を何とかしてくれたからだろう。あの状況で、リオンの魔力過多をどうにかできるのはアリサしかいない。

 病院に運んでからだと手遅れだし、その場で処置をする必要がある。あの場で魔力に関する知識があるのはアリサだけだからだ。

 ガラガラガラ。

 リオンが過去の記憶を呼び起こしていたところ、部屋の扉が開く音がした。

 「リオン・・・。目を覚ましたのね。」

 アリサの声が聞こえる。リオンは身体を動かすことができないので、姿を見ることはできない。

 「すぐに医者を呼んでくるから。」

 アリサはそう言ってその場を離れる。

 数分後、アリサは白衣を着た男性を連れてくる。

 「リオンさん。話すことはできますか?」

 医者はリオンの傍まで近づき、様子を確認する。

 「はい。」

 リオンは久しぶりに話すことから、声はかすれているいるものの、言葉を発することはできる。

 「では、名前と憶えていることを教えてください。」

 リオンはゆっくりではあるが、一つ一つ話していく。

 「記憶は特に問題なさそうですね。身体の方はどうですか?何か違和感はありますか?」

 「はい。起きた時から、左半身、主に左腕に痺れがあります。」

 リオンは自分が起きてから、感じてた身体の違和感を伝える。リオンの左半身に痺れがあり、腕以外の部位はそこまで痺れはない。せいぜい正座した後の痺れ程度。気にはなるが、身体の動きにそこまでの影響はないだろう。

 ただ、左腕その中でも手のひらの痺れがやばい。今の感覚ではあるが、物を握ることさえままならないかもしれない。

 「今、リオンさんが起きた段階で断定することはできませんが、リオンさんは魔力過多により脳に大きなダメージを受けている可能性があります。その影響で身体に痺れが出ているのかもしれません。」

 医者の話によると、リオンの身体は覚醒したばかり。意識不明中に蓄積されていた痛みや痺れというものが、覚醒したことにより一気にきた可能性があるということ。

 経過を見て、それでも痺れが残るのであれば後遺症として一生残るものとなるかもしれないわけだ。

 「今は様子を見るしかありません。」

 医者が言うには、身体の痺れはともかく、長期間(約1か月)昏睡状態であったため、筋肉は劣れているらしい。身体の状況を見てリハビリが必要となるみたいだ。

 医者はリオンに必要事項を伝え終わると病室を立ち去った。

 部屋にはリオンとアリサだけになる。

 「アリッ・・・。」

 「ごめんなさい。」

 リオンがアリサに声をかけようとした時、それを遮るようにアリサが謝る。会話の主導権をアリサに握られてしまった。

 リオンはそれを避けたかった。だってアリサからの会話なんて、謝罪とかマイナスなことしかないのだから。

 「リオンが、リオンが大会は棄権してもいいって言ったのに、私が無理やり参加したせいで。」

 アリサは今にも泣きそうな顔をしていた。アリサと出会って以来、彼女がこんな感情的な表情、声色を見せるのは初めてだ。

 それだけ、アリサにとってこの出来事を重く捉えているのだろう。

 「アリサ・・・。」

 リオンはどう言葉をかけたらいいか分からなかった。「アリサは悪くない。」そう言うことは言えない。いくらリオンが何とも思っていなくても、アリサが原因でこの状態になった事実に変わりはないか ら。

 ここで、そんなことを言ったら、余計にアリサを苦しめるだけだ。

 「リオンは優しいから、私を責めてくれないもんね。」

 アリサとしては、リオンに怒られたり、軽蔑されたり、何かしらの負のアクションを起こして欲しかった。自分が悪いことは明白なのだから、責められた方が心が軽くなる。

 「アリサ。アリサが俺の大会完全制覇のことを考えてくれていたことは知ってる。それに、俺がアリサを助けたことに後悔はない。だって、好きな人を助けられたんだから。」

 「リオンってズルいよね。・・・もう意識あるから呼吸器いらないよね。」

 「えっ?」

 アリサはそう言うとリオンの呼吸器を外す。そして、リオンの顔を見つめる。先ほどの曇りなき眼で言われた言葉。アリサの心が動かされる。

 アリサはリオンの唇に自分の唇を合わせる。前みたいな魔力の吸い出しのためではない。リオンに対する罪悪感からでもない。

 それは恋人同士がするような甘いキス。

 そのキスは時間にすれば僅か数秒。しかし、二人にとっては永遠のように感じた。

 「アリサ・・・。」

 アリサの唇が離れ、その衝撃からリオンは想い人の名を呼ぶ。

 「これは私の気持ち。またしたくなったらいつでも言って。もちろん、それ以上のことだって。」

 「・・・。」

 「・・・。」

 リオンが固まってしまい、二人の会話が途切れ、気まずい空間が完成する。

 「そっそうだわ。リナちゃんとマリアさんにも、リオンが目を覚ましたこと言わないと。」

 アリサは部屋から出る口実を見つけ、逃げるように病室を後にする。

 「何か変だよな、アリサ。」

 今までのアリサと雰囲気が違う。棘がなくなったような。まるで、牙を抜かれたライオンのように感じる。

 10分程経つと病室にアリサが戻ってきた。

 「二人には連絡ついたわ。リナちゃんは明日にでもお見舞いに来るって。マリアさんも予定はあるけど、時間を見つけてきてくれるって。」

 アリサが言うにはジンを除いて、リオンの見舞いに来たのは二人だけらしい。まあ、元々見舞いに来るような個人的に仲のいい奴はいなかったし、両親は仕事で忙しいからしょうがない。

 「そうか。」

 「・・・。今までリオンと2人の時って、どんな会話してたっけ。」

 「えーっと。」

 アリサからすると、リオンとは1か月近く話していないことになる。ただでさえ、リオン以外と基本コミュニケーションをとらないアリサにとって、会話の引き出しがなさすぎる。

 だから、リオンに会話を委ねたいわけだ。

 しかし、リオンも今まで碌なコミュニケーションをとってきていない。こういった時に、どういう話題がいいのかが一切分からない。

 「もう一回キスでもする?」

 「それは・・・。」

 アリサとのキス。それはリオンにとって嬉しいことだが、会話が続くわけではない。それに、先ほどの気まずさの繰り返しになってしまう。

 「そうだ。先生はどうしてるんだ?まだ学校は始まってないと思うけど。」

 リオンは無理やり、とってつけたような話題を展開する。

 「先生は今頃、課外演習の下見でもしてるんじゃない?」

 剣術大会が終わりひと段落した教師たちは、次の学校行事のための準備を進めているらしい。ジンもリオンのことには大きく責任を感じていて、空いている日は常にお見舞いに来ていたみたいだ。

 「先生は謹慎にならなかったんだ。」

 殺し屋の件の時にジンは一度謹慎処分を受けている。今回も内容としては似たようなものだ。むしろ、リオンに被害があるという点では、前よりも酷い状況と言える。

 「そうみたい。まあ、あれは私の身体のことを知らない人からしたら、ただの事故としか思わないからね。」

 「それもそうか。」

 剣術を専門としている学校側にとって、魔力過多による事故というのは想定外の出来事だろう。だから、ジンに直接の責任があるわけではない。学校側はそう判断したわけだ。

 「・・・。」

 ジンに関する会話がひと段落し、再び会話が止まる。

 (何か話題を・・・。)

 リオンは起きたばかりの頭をフル回転させる。沈黙。今この場において一番避けたいことだ。何でもいい。とりあえず、話題を振らなければ。

 「それじゃあ、アリサのこともっと知りたいな。」

 「私のこと?いいけど、具体的に何が知りたいの?」

 「その、アリサの好きな異性のタイプとか。」

 リオンは少し恥ずかしくなりながら聞く。

 先ほどのアリサのキス。好きな人にあんなキスをされて、興奮しないわけがない。男の性がリオンのプライドを崩した。

 「なるほどね。要は、私がリオンのことをどう思ってるのか聞きたいわけね。」

 アリサはリオンの態度を見て本心を察する。直接聞くのが恥ずかしいから、間接的に聞いたとアリサは解釈する。

 「別にそういうわけじゃ・・・。」

 リオンは顔を赤くする。それが答えを物語っていた。

 「今さら恥ずかしがることないなじゃない。別にリオンが私にデレデレなのは今さらだし。」

 「そうだな。なら直接聞くぞ。アリサは俺のこと好きか?」

 「さぁ~どうかしらね。でも一つ言えるのは、さっきのキスは私の気持ちが全部のってたから、そこから考えてね。」

 アリサはあえて、自分の気持ちを言葉にしない。言葉にしてしまったら、自分の気持ちを認めてしまう上に、リオンに言質を取られてしまう。

 そんな状況は避けたかった。

 だって、アリサの未来にリオンとのゴールインはないのだから。

 「アリサも大分ズルいと思うけどな。」

 人を散々からかっておいて、質問には答えてくれないなんてズルい。リオンはアリサもなんやかんやで、自分の気持ちを素直に言うのが恥ずかしいのだと解釈する。

 あのキスにアリサの恋心が詰まっているのは間違いないと思っている。

 「リオン。女の子はズルいものよ。」

 「そういうものか。」

 「そういうものよ。それで、他に何か知りたいことある?」

 「あるにはあるんだけど・・・。」

 リオンには入学当初からアリサに聞きたいことはあった。しかし、それを聞いていいものか分からずに聞けずにいた。

 「何よ。今の私なら答えてあげるわよ。」

 「じゃあ、アリサの過去のこと。俺と出会うまでの間のこと。」

 未だに全貌を知ることが出来なかったアリサの過去。特に、今回の魔力過多の原因となったアリサの魔方陣の存在。

 今後の対策等のことを考えると、リオンも知っていて損はないと思う。それに、今回被害を被ったリオンには知る権利があるはずだ。

 「・・・本当に知りたい?暗い話の連続よ。」

 アリサとしては、もうリオンに話してもいいと思っていた。少なくとも、今回の一件でリオンには大きな借りができてしまった。

 こんなことで、借りを返すつもりはないが、利子分くらいの返済はなるだろう。

 「それは構わない。アリサのことに真剣に向き合いたいから。ただ、アリサが話すのが辛いなら、無理にとは言わない。」

 アリサの過去。魔方陣の過程、殺し屋の過程。どれも、普通に生活して経験するものではない。そこには、とても辛いものがあったはずだ。

 「別に良いわよ。過去に戻ってやり直すことはできないし。話してあげる。ただ、途中で止めてっていても、止めないからね。」

 「ああ。」

 少女の絶望の物語が始まる。


 

 

 

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