5. 防衛任務①
変異種との戦闘から三日が経った。
俺たちALPHAチームは、防衛任務を行う調査地点へと向かう道中にいる。
今回は桜さんを含めた六人での任務だ。
使い魔による偵察のおかげで、接敵はまだない。
体力を温存したまま到着できそうなのは、ありがたかった。
風がそよぐ。
荷車を引く一角獣も機嫌がよさそうだ。
調査地点は、ポイント八王子から西に十キロほど進んだ場所にある。
低い草が一面に広がる草原で、気持ちがいい。
森と違って視界が通るだけでも、ずいぶん気が楽だった。
これから一週間の防衛任務に向かっているとは思えないほど、足取りは軽かった。
――――――
「おぉ、思ったよりできてるね!」
一同が黙り込む中、朔真さんのテンションだけがぶち上がる。
ひよりさんは恨めしそうに、朔真さんを睨んでいる。
調査地点は、砦ですらなかった。
木を十字に結んだだけの簡易的な木柵。
建物と呼べそうなのは、木組みの基礎にタープのような布を掛けただけのものが一つだけ。
風が吹けば布は揺れ、木柵の隙間からは向こう側の草原が丸見えだった。
ここに魔物が押し寄せたら、どこで食い止めるのか。
そもそも、魔物が攻めてくる想定をして作られた場所には思えない。
ここで一週間。
しかも、作業員を守りながら。
喉の奥が、少しだけ乾いた。
この場所を見たあとでは、あのポイント八王子でさえ立派な砦に思える。
隊員たちがあくまでここを拠点と呼びたくない理由が分かった気がした。
「この前はテントだけだったんですよ!」
「……分かったから。もう、黙って」
朔真さんは反論しようと周りを見て、ギョッとしたような表情を見せた。
ひよりさん以外の隊員も、彼女と同じ顔をしている。
いや、朔真さん以外にテンションが高い人がもう一人いた。
俺の隣を歩く桜さんだ。
両手で拳を握り、目には炎のようなものが――。
どうやら、静かに闘志を燃やしているようだ。
「……ここも住めば都、だ」
常識人の隊長が、苦々しい表情で言った。
外敵を警戒しながら、ここで一週間。
寝床もむき出しで、ほぼ野営状態だ。
さっきまでの和やかな空気は、あっという間に消えていた。
――――――
隊長は三十分ほどで引き継ぎを終えた。
俺たちは全員で、疲れた顔をしたDELTAチームを見送った。
これで調査地点にいるのはALPHAチーム六人と、作業員三人だけになった。
先任のDELTAチームによると、先週半ばにオークの襲撃があったらしい。
木柵の一部には、棍棒で叩かれたような深い傷が残っている。
怪我人が複数出て、作業員の一部が引き上げたようだ。
残った作業員は志願した三人だけ。
工期はかなり遅れており、木柵を強化するのにも数日かかるそうだ。
作業員は三人とも、疲れた顔をしていた。
年上の男が一人。
まだ若い、痩せた男が一人。
そして、腕に包帯を巻いた小柄な女性が一人。
その中で一番年上らしい男が、俺たちを見るなり深々と頭を下げる。
「……よろしくお願いします」
声は落ち着いていた。
しかし、指先だけが小さく震えている。
ここ数日、どんな気持ちで夜を越してきたのか。
その仕草だけで、少し伝わってくるようだった。
こんな状況でも帰らずに残っている時点で、覚悟のある人たちだとわかる。
早速俺たちは、防衛のための準備を始める。
雫さんが作業員から話を聞き、桜さんがルシファーを飛ばして偵察し、隊長とひよりさんが柵の内側、朔真さんと俺が外側を見てみることになった。
「これは――柵がないほうがいいな」
少し歩いたところで、朔真さんが身も蓋もないことを言った。
作業員には申し訳ないが、俺も同感だ。
防衛面ではほとんど役に立たず、むしろ視界の邪魔になる。
だが、これがなければ、そもそも守るものがない。
防衛任務の意義まで考え始めたら、きっと足が止まってしまうだろう。
「風が気持ちいいですね、朔真さん」
俺は、悪い方向に考えすぎる前に、現実逃避する。
任務のことを考えなければ、ただの気持ちいい草原だ。
朔真さんは、否定することもなく笑ってスルーする。
こういうところで流してくれるのが、朔真さんのありがたいところだ。
そんな軽口で気を紛らわせてから、俺は意識を真面目モードに切り替えた。
俺は朔真さんと並んで歩きながら、木柵の様子や地形を確認する。
正面と違って、裏側は木柵の密度が幾分か高い。
少しの間ならオークの攻撃も耐えられそうだ。
一方で、地形のほうに特筆すべきことはない。
いや、特筆すべきことがないこと自体が、異常なのかもしれない。
ポイント八王子側に設けられた入口がなければ、方角すら分からない。
それほど、どこを見ても同じ光景が広がっていた。
「平坦ですね。遮るものが何もない。防衛には不向きに見えますけど、なんでこんな場所に拠点を築こうとしたのでしょうか?」
ポイント八王子は小高い場所にある。
南には森があり、魔物も資源もある。
少し北に行けば川も流れている。
拠点を作る理由が、ちゃんと見える場所だった。
だが、ここは違う。
草原は広いが、水場は遠い。
森もない。守りやすい高台でもない。
何のための場所かが分からない。
ただ平坦で、ただ見晴らしがよく、ただ守りにくい。
拠点を作る場所としては、あまりにも中途半端だった。
「あくまで調査地点だからね。中継地点か、あるいはここに大規模な拠点を作るのかもしれない。僕らには分からないけど、上にも何か考えがあるんだろう」
そう言う朔真さんの声には、納得というより、割り切りに近い響きがあった。
一般攻略者と違って、我々官属攻略者は国に雇われて任務をこなす。
意図が分からずとも、任務は任務として受け入れなければやっていけない。
遠い目をする朔真さんを横目に、俺は調査地点の正面へと歩みを戻した。
――――――
各自の役割を終えると、俺たちは再び集まって情報共有を行った。
周囲の警戒は一時的に作業員に任せてある。
「ルシファーの偵察で魔物は見つかりませんでした」
桜さんが得意げに言った。
使い魔はやはり頼れる存在だ。
偵察役はどのチームにも所属しているが、桜さんほど頼れる偵察役はほとんどいない。
彼女の実力はずば抜けており、今回の任務でもかなり助けられることになるだろう。
「中央には魔力反応探知器がある。携帯用よりも立派なものだ。あれなら夜番も少しは楽ができる」
「探知器!!助かりました。夜の偵察もできますが、正直、だだっ広いだけのこの場所はルシファーに向いていません。目印が少ないので距離感が狂いますし、草に伏せられると見落とす可能性もあります」
「あぁ。ということだ。各自、桜がペアのときも、必ず目視で警戒するように」
中央の探知器は、今のところ静かに揺れているだけだ。
空ではルシファーが大きく旋回し、桜さんは時折目を濁して、その見ている景色を確かめている。
目視、使い魔、探知器。
使える手段はすべて使っている。
話題は夜番決めに移った。
夜目の利くルシファーを軸に、桜さんの疲労を考慮しながらローテーションを組むことになる。
だが、桜さんには、いざというときに視覚共有で偵察するという役目もあった。
頼りたくなるところだが、桜さんばかりに夜番の負担はかけられない。
それでも、設置型なら探知器の精度も、ある程度信頼できる。
夜番の人数を一人分減らすことができるらしい。
「先週襲ってきたオークについて、何か分かっていることはありますか?」
「そうだな。引き継ぎでは撃退したとしか聞いてない。雫、作業員から何か話は聞けたか?」
直近で脅威となるのは、オークだろう。
単体のオークなら、一般攻略者でも対応できる。
だが群れとなれば話は別だ。
俺が質問すると、隊長も気になっていたのか、すぐに雫さんに話を振った。
「襲ってきたのは二十体ほど。全滅には至らなかったもののほとんどは討伐し、しばらくは襲ってこないはずだ、と聞いてます」
「二十体か。……よく死人が出なかったものだ」
さすがDELTAチームといったところか。
この貧弱な調査地点で、作業員を守りながら二十体と戦うのは容易ではない。
「討ち漏らしたオークはどこに行ったのでしょう?」
柵の外側から一通り眺めたが、それらしい影は見えなかった。
だが、消えたわけではない。
オークは必ずどこからか来て、どこかに戻っている。
その場所を知らないまま夜を迎えるのは、想像以上に気持ちが悪い。
「……確かに。明日はそれを調べる必要がありそうですね」
桜さんが顎に手を当てて、真剣な表情になる。
ここでもチームに任務を振り分けるのは、桜さんの仕事だ。
「考えているところ申し訳ないが、桜。今日の夜番は俺とお前だ。さすがに初日だからな」
「ふむ、確かにそれがいいでしょう。となると明日はルシファーなしで調査に行ってもらうことになりますね」
隊長は気まずそうに告げたが、桜さんは笑って受け入れた。
経験十分な隊長と、使い魔を持つ桜さんなら、今日の夜は安心して過ごせるというものだ。
桜さんの言葉から考えると、明日はオークの痕跡を探す任務になりそうだ。
指令は、ここを防衛することである。
だが、ただ待っているだけでは守れない。
先に脅威を見つけ、潰す。
それもまた、防衛の一環なのだ。
――――――
スパイスの芳ばしい香りが、調査地点に漂っていた。
作業員の一人が全員分の夕食を用意してくれている。
網の上では、跳兎の肉が焼かれていた。
ダンジョン内では比較的よく食べられる小型の魔物で、今日はスパイスまでまぶされている。
普段の夕食は硬いパンと干し肉の入ったスープだけらしいが――
DELTAチームが餞別として用意してくれたのだ。
時刻は五時前くらいだろうか。
完全に暗くなる前に夕食を終えるのが、野営の基本。
それも全員で摂るのではなく、交代制だ。
ウキウキした表情の作業員三人。
聞くと、久しぶりの新鮮な肉らしい。
「……周りの状況はどうでしょうか?」
様子をうかがうように、作業員の一人が声をかけてきた。
リーダーを務める直人さんだ。
俺は食事の相方であるひよりさんを見た。
直人さんの声には反応せず、ぼーっと火を眺めている。
ひよりさんは無駄な会話を好まない。
これが無駄な会話かどうかは分からないが――。
自然と俺が、直人さんと話をすることになった。
「魔物の姿は見えません。少なくとも、今すぐ危険が迫っている状況ではないと思います」
安全です、とは言わなかった。
言えなかった。
でも、不安だけを残す言い方もしたくなかった。
俺の心配をよそに、三人は明らかにホッとした表情を見せた。
その顔を見て、俺は言葉を選べてよかったと思った。
正直、どこまで答えていい情報かが分からない。
だが少なくとも一週間、彼らと共に過ごすのだ。
守る相手に何も知らせないままでは、こちらも信頼してもらえないだろう。
「三人はどんな任務を?」
朔真さんとの見回りで出た疑問を、早速投げかけてみる。
三人は不思議そうに顔を見合わせる。
「普通の任務です。柵を作って、堀を深くし、木造の建物を一つ作る。人数が少なくなったんで時間はかかりますが」
三人とも、この任務には違和感を抱いていない様子だった。
隠し事をしている雰囲気でもない。
俺は、もう少し掘り下げてみることにした。
「こんな感じの場所に拠点を築いた経験は?」
「言われてみれば、初めてですね。平坦で森はないですし、川すら遠い」
「川?どこかに川があるんですか?」
「えぇ。西にだいぶ行ったところにあると聞きました。あまりに遠すぎて不便ですので、常用はできないと思いますが」
俺は隣を見る。
うつらうつらと目を閉じかけていたひよりさんが、珍しく真剣な目つきでこちらを見ていた。
人間と同じように、魔物も水を必要とする。
オークの姿を追うなら、まずそこから始めてもいいかもしれない。
夕食の香りが漂う中で、明日の任務が少しずつ形を持ち始めていた。
西の川。
討ち漏らしたオーク。
そして、理由の分からない調査地点。
点だった違和感が、少しずつ線になろうとしていた。




