13. 救援要請
予定通り、三時間でポイント府中に着いた。
西門から東門へ一直線に伸びる中央通りを歩く。
府中は、ポイント中野の西側における一大拠点。
中級者を中心に多くの攻略者が滞在しており、活気がある。
店に並べられた武器を眺める若者。
アイテム補充のため、価格交渉をするベテラン。
ポイント八王子の情報は、一般の攻略者に知らされていないらしい。
皆、いつも通りに武器を選び、任務の話をしている。
何も知らないことが、少し羨ましかった。
同時に、この日常を崩さないために、俺はここまで来たのだと思った。
だが俺の頭には、拠点で防衛の準備をする仲間の光景しか浮かばない。
記憶とこの場所の温度差に、胸の奥がざわついた。
俺は一度道の脇で立ち止まり、深呼吸をする。
それらが目に入らないように、下を向いて歩くことにした。
再び早足で歩き始め、拠点の中央にある攻略者ギルドへ向かっていたところで――
聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
「結人?」
「……茉莉花、か」
派手な金髪に、明るい声。
数日前にポイント中野で会ったばかりの同期、長田茉莉花だった。
そういえば、この前ここにいるって聞いたっけ……。
「どうした、そんな暗い表情で!もしかして前線に戻るのが嫌になった?」
茉莉花は、俺が休暇から戻る途中だと勘違いしたらしい。
そういえば、予定より一日早く戻ったんだっけ。
茉莉花は、俺の反応を見て訝しげな表情をした。
彼女は、勘が鋭い。
少しして、俺がいる理由を察したようだった。
「もしかして、オーガの――用はなに?」
「精鋭チームを……精鋭チームを探してるんだ」
茉莉花の顔から、からかうような色が消えた。
「分かった。走れる?」
「走れる」
「なら来て」
茉莉花は立ち止まっていた俺の手を引っ張り、脇道へ進み始めた。
「精鋭チームの宿舎は、こっちよ」
有無を言わせない口調だった。
同期の何人かでパーティーを組んだとき、彼女がいれば、必ずリーダー的存在になった。
どちらかといえば精神的に強くない俺や雪乃を、常に引っ張ってくれた存在でもある。
茉莉花の表情には焦りがあった。
彼女の焦りを見て、俺は逆に今の状況を冷静に見つめられるようになった。
三時間、拠点から離れていた。
他の拠点の日常も見た。
どこか現実感が薄れていたが、今の俺の目的は明確だ。
茉莉花は俺を引っ張りながら三分ほど歩き、精鋭チームの宿舎と思われる建物の前で立ち止まった。
大きさは一般の宿舎とそれほど変わらない。
しかし一面が黒塗りで、威圧感のある建物だ。
「茉莉花、ありがとう」
感謝の言葉を述べると、茉莉花は少し恥ずかしそうな表情をして鼻をかいた。
ここからは、俺の任務だ。
俺は敷地の中に入り、正面にある扉をコンコンとノックする。
しばらく待っていると、急ぐ足音――
そしてすぐに扉が開いた。
「はーい、なにか用ですか?」
出てきたのは、俺より少し年上の茶髪の女性だった。
線は細いが、ただ者ではない雰囲気があるというか――
とにかく精鋭チームのメンバーで間違いない、と思わせるオーラがあった。
「精鋭チームにお伝えしたいことが」
「……すみません、そういうのはお断りして――あら、茉莉花ちゃん?」
断りかけたところで、後ろに立っていた茉莉花を見て、女性が目を丸くする。
茉莉花のチームは府中所属だ。
任務の都合で精鋭チームと顔を合わせる機会もあるのだろう。
今度は姿勢を正して、女性が俺を見る。
「とりあえず、中で話を聞くわ」
扉が大きく開かれ、俺と茉莉花は中に入る。
これから精鋭チームと直接話をすることができる。
ひとまず、第一関門突破だ。
――――――
招かれたのは談話室のような部屋だった。
高級そうなソファーと机が、いくつか整然と置かれている。
黒塗りの柱との統一感があり、シックでおしゃれな内装だった。
集まったのは、府中所属の精鋭チーム《黒縄》。
変異種狩りや特殊任務を専門にする、六人編成の戦闘者集団だ。
ただ座っているだけでも、妙な威圧感がある。
誰も武器に手をかけていない。
声を荒らげてもいない。
それなのに、部屋の中で一番安全な場所がどこにもないように感じた。
その中でも中心に座る男は、一際雰囲気があった。
精鋭チームの隊長にして、各地のダンジョンで強力な変異種を討伐してきた有名人――村上隼人だ。
「スタンピードの疑いがあり、襲撃が進行中か……」
隼人さんは、まず渋い反応をした。
聞けば、長期任務からの帰還直後で、すぐ後にも変異種討伐の任務が控えているらしい。
疲労度的には、きっと隊員を休ませたいタイミングだ。
「愛花、情報の信頼度は?」
「本部からオーガの群れについての情報が入っています。即応チームを編成するということで――我々の出動については聞いていません」
愛花と呼ばれたのは、俺たちをここに招き入れた女性だった。
ポイント八王子が襲撃を受けているという情報は届いている。
話に聞いていた通り即応チームの派遣が基本線になっているなら――
俺が来た甲斐があったというものだ。
俺は気合を入れ直す。
何としても、彼らを連れて拠点に戻るのだ。
「八王子でスタンピード――事実ならここにも危険が及ぶことになるが」
「最初期に二回起きただけで、その後は聞いたこともありません。にわかに信じがたいですね……」
精鋭チームらしく、スタンピードについて、ある程度の知識がありそうだった。
やはり彼らも、行き着くところは同じだ。
そもそもスタンピードが事実なのか。
三十年も空けば、簡単に信じることは難しい。
だが彼らはすぐに否定することをせず、聞き取りをして情報を確定させようとした。
「結人くん、西で見たという集落の規模は?」
「遠目から見ただけですが、集落の端までは確認できませんでした」
「調査地点からの距離は?」
「正確には分かりません。警戒しながら歩いて五時間くらいの距離だったかと」
メンバーが代わる代わる質問を投げてくる。
まるで圧迫面接を受けているような気分だったが――
正直に答えるだけ。
その一心で受け答えを続けた。
十往復ほどやり取りを続け、メンバーたちは隼人さんに視線を集めた。
情報を集め終え、判断を彼に委ねたのだ。
「スタンピードが起きたのは、ほぼ間違いない」
そう言ってから、彼は俺を睨みつけるように見た。
「結人くん、君の所属は?」
「所属はALPHAチーム、隊長は九条仁です」
その瞬間、隼人さんの目の色が変わった。
険しい表情だった彼が、名前を聞いてニヤッと笑う。
どうやら知り合いのようだ。
「よしっ。愛花、本部へ告げろ。我々は非常事態を確認したため、独自行動に移る」
隼人さんが力強く宣言する。
隊員たちが嵐のように動き出した。
俺と茉莉花は思わず顔を見合わせた。
準備の段階から、俺たちが知る攻略者の動きと違っている。
府中に滞在していたのは、わずか三十分ほどだっただろうか。
出発間際、茉莉花が何か言いかけて、結局、拳を俺の胸に軽く当てた。
「戻ってきなさいよ。雪乃に変な顔させたら許さないから」
「……分かってる」
軽い言い方だったが――
彼女の拳が少しだけ震えているのが分かった。
俺はその震えに気づかないふりをして、短く答えた。
心配そうな顔をした茉莉花に見送られて、俺は精鋭チームとともに、ポイント八王子へ向かった。
――――――
行きは三時間かかったが、帰りは倍ほどのスピードで進んだ。
一角馬は《黒縄》の保有個体らしく、速い。
それでいて、揺れが少なかった。
会話はほとんどなかったが、時々質問が飛んできた。
もちろん世間話ではなく――
拠点周りの地形や作戦についてだった。
朝、拠点を出発してからすでに六時間は経っている。
交渉がまとまれば日野からも即応チームが向かうという話だったが、攻略者の姿は確認できない。
どうやら、俺たちが最速の救援組になりそうだった。
「そろそろすれ違うかもしれませんね……」
少し速度が落ちたところで、先頭を走る愛花さんの呟きが聞こえた。
ポイント八王子まで十キロを切っている。
俺が出発してすぐに襲撃があったなら、オーガとの撤退戦がこの辺りで行われている可能性があった。
俺は心の中で彼らに出会わないことを祈る。
矛盾しているように思えるかもしれないが、戦いが起こっている場所が拠点から離れていればいるほど、作戦が上手くいっていない証だ。
だから今回に限っては、合流が遅いほうがいい。
馬は軽快に草原を走る。
集中していたせいか、あっという間に拠点近くまでたどり着くことができた。
「愛花、止まれ」
隼人さんが合図をして、一角馬が一斉に動きを止めた。
俺は不思議に思って後ろを振り向く。
「念のため使い魔を飛ばしてくれ。戦いの跡はないから大丈夫だと思うがな」
隼人さんの表情は、決して険しいものではない。
むしろ安堵の色が浮かんでおり、言葉通りの念のためを思わせた。
俺は思わず、ほっと息を吐いた。
むしろ、ここで立ち止まれるのは、精鋭チームだからこそかもしれない。
馬から降りた愛花さんが右手を上げると、どこからともなく鷲が現れ、彼女の右肩に降りた。
彼女は、召喚士――動物を召喚して使役できる、稀有な存在だったようだ。
少しして、鷲は拠点のほうに向かって飛び立ち、それに合わせて愛花さんの目が薄く濁る。
視覚共有の証だ。
ここから飛ばせば拠点はすぐ見える。
視覚共有の間は話すことができないが、しばらくしても愛花さんは共有を切らない。
十秒。
二十秒。
長く感じられる沈黙の中で、誰も口を開かなかった。
愛花さんの指先だけが、わずかに震えている。
「愛花、拠点は見えたか?」
嫌な予感がした。
愛花さんは視覚共有を続ける。
彼女の顔が、少しずつ青ざめていくのが分かった。
「愛花っ!」
すぐ近くの隊員が彼女の肩を叩くと、濁っていた目の色が戻った。
愛花さんが地面に崩れ落ちる。
慌てて隊員が彼女の体を支えた。
「……危険はありません。ですが、ポイント八王子が」
気づけば、俺は話を最後まで聞かずに、一角馬を走らせていた。
煙はない。木柵も壊れていない。
だが近づくにつれて、地面に横たわる影が、少しずつ増えていく。
不思議なほど、音がしなかった。
俺は朝くぐった門から、中に入った。
「そんなはずはない、そんなはず……」
地面に横たわる影。
最初は、荷物かと思った。
そう思いたかった。
でも違う。
これは、人だ。
誰かの手から転がった剣が、夕方の光を鈍く返している。
見覚えのある革紐が、柄に巻かれていた。
雫さんは。
朔真さんは。
ひよりさんは。
隊長は。
桜さんは。
名前ばかりが頭の中で弾けて、何一つ考えられなかった。
下を向く。
乾いた土に、小さな染みが落ちた。
頬を伝う感覚で、ようやく自分が泣いているのだと気づいた。




