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東京地下前線――誰も死なせないと誓った新人攻略者  作者: すいまる


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11. 待機組

 知らせを受けて、拠点は一気に慌ただしくなった。

 隊長は会議のために偵察作戦棟へ向かい、俺たちは防御態勢を整える。


 ECHOチーム全滅。

 その言葉が、頭の中で何度も反響していた。


 残っていた作業員は、逃げられたのか。

 直人さんは、どうなったのか。


 誰にも聞けないまま、俺は木柵のほうへ向かった。


 高さ二メートルほどの木柵と、深い堀。

 俺は右手で木柵に触れてみる。

 しっかりとした厚みがある。

 初めてここに来たときと比べれば、確かに強化されている。


 だが、木は木だ。

 あの裏拳ひとつで若木を折った、変異種の姿が脳裏をよぎった。


「……まだ見えないな」


 ポイント八王子は、周囲と比べて少しだけ高い場所にある。

 調査地点や例の集落のほうは、ひたすら草原だ。

 見通しはよく、オーガが来ればすぐに分かる。

 

「もうすぐ夕方になるね」


 ずっと遠くを眺めていると、朔真さんが、いつの間にか隣に立っていた。

 確かに日は傾いており、じきに夜がくる。

 真剣な表情ではあるが、朔真さんから特別な焦りは感じられない。


「これから、どうするのでしょうか……」


 脳裏には『撤退』の文字が浮かぶ。

 今いる戦闘員は三十名くらいだろうか。

 大群がどれくらいの数かは分からないが――

 一人でオーガを複数相手取るのはあまりにも無謀だ。

 

「撤退は――ないだろうね」


 朔真さんの声は静かだった。

 地上に奥さんと小さな娘がいる人の声には聞こえなかった。


 いや、だからこそなのかもしれない。

 守るものがある人ほど、どこで止まるべきかを知っている。


 それでも確信を持った表情の朔真さんに、俺は疑問を募らせた。


「なぜ、でしょうか?このままだと全滅してしまうかもしれません」

「いいかい、結人。ここを撤退すれば次は日野、府中、三鷹、そして中野だ。どこで討つにしても、今は時間が必要なんだ。応援を呼ぶ時間、地上側に知らせる時間、次の防衛線を作る時間。その全部を、ここで稼ぐ」

「それはつまり……」


 言葉が続かなかった。

 時間稼ぎが意味するところは、俺でも分かる。


 これは、簡単に呑み込める話ではない。

 命と引き換えに時間を稼ぐ。

 そこには、自分の命も含まれている。

 頭では分かっていた。

 だが、それより先に浮かんだのは、隣にいる仲間の顔だった。

 俺に、その覚悟があるだろうか。


 だがよく考えれば当たり前の話でもある。

 仮にスタンピードが起きていたとしても、日本中の攻略者がここに集まるには数日はかかる。

 オーガが中野まで辿り着いてしまえば――

 ダンジョン産業は壊滅的な被害を受ける。

 地上にも影響が出る可能性がある。


 それにポイント八王子は、ただの拠点じゃない。

 西側へ進出するための橋頭堡だ。

 ここを捨てれば、積み上げてきた補給路も前線も、まとめて失われる。


 だが、頭では分かっていても――

 そのために、ここにいる誰かが死ぬとしたら。

 俺は、それを正しい判断だと言えるのだろうか。


「朔真、あまり結人をいじめてやるな」

「……隊長」


 重たい沈黙が続いたところで、会議を終えた隊長がやってきた。

 表情を見る限り、悪い情報を持ってきたわけではなさそうだ。


「使い魔でも偵察はしているが群れは発見できていない。この調子だと今日の襲撃はなさそうだな」

「つまり今日の厳戒態勢は?」

「解除になるだろう。いつもより夜番の人数を増やしはするだろうが……」


 久しぶりの朗報だった。

 どのチームの隊員も、疲労が顔に出始めている。

 まともに睡眠時間を確保できたのは、待機組だったALPHAチームくらいだろう。


「朔真、他の隊員にも伝えてくれ」


 隊長が指示を出して、朔真さんが早足で離れた。

 拠点の西側では、雫さんが他の副隊長と打ち合わせをしているはずだ。

 今日ではなくとも、明日か、明後日か。

 防衛戦が、いよいよ現実として迫ってきていた。


「朔真に撤退はないと言われたか」

「はい。今は時間が必要なんだ、と」


 隊長からこの話題に触れてくれたのは、ありがたいことだった。

 作戦を仕切っているのは偵察作戦班だが、重大な事柄については隊長たちで決めることがある。

 今回の件は、その重大な事柄にあたるはずだ。


「あいつの言うことは間違っていない」

「……ではここで時間稼ぎをすると?」

「そうだ。だが、結人が想像するような時間稼ぎではない。正面から全員でぶつかって玉砕するような真似はしない。罠も使う。地形も使う。使えるものは全部使う」


 そう言って隊長は、俺の背中を強く叩いた。


 前線に来てから、どうしても弱気になってしまうところがある。

 防衛といっても、戦い方は様々だ。

 正面からぶつかるような無策な状態で挑むはずがないか。


――――――


 日が完全に沈み、草原は闇に呑まれた。

 遠くで風が鳴るたびに、誰かがそちらを振り向く。

 まだ何も見えない。

 だが、“いる”かもしれない。

 そんな空気が、拠点全体を包んでいた。


「――桜、もう十分だ」

「……まだ、西側が」

「十分だ。戻せ」


 桜さんは唇を噛んだ。

 それでも最後にもう一度だけ目を閉じ、ルシファーの視界を追ったのだろう。

 次の瞬間、膝から力が抜けた。


 暗闇でも偵察可能な使い魔を相棒としている桜さん。

 報告があってから、今の今まで使い魔を飛ばし続けていた。


 目は充血し、真っ赤になっている。

 これ以上は危険だと、誰の目にも分かる様子だった。


 隣に立っていた雫さんが、すぐに駆け寄る。


「……眠っているだけのようです」


 視覚共有は、集中力も体力も大きく消耗する。

 この様子だと桜さんは、しばらく現場に戻れないだろう。


 しばらくして、拠点の全員が中央の広場に集められた。


「おそらく今日の襲撃はない。皆、今日はご苦労だった」


 拠点長の柳さんが台に乗って声を張り上げた。

 目元にはクマがある。

 それでも背筋だけは伸びていた。

 この人が崩れれば、拠点全体が崩れる。

 そんなことを、柳さん自身が一番分かっているように見えた。


「今夜はALPHAチームが前半の夜番だ。ECHOの件で動揺している者もいるだろう。だが今は、休める者から休め。明日、動ける体を残すことも任務だ」


 柳さんがゆっくりとこちらを見渡す。

 そこら中で安堵の声が聞こえた。

 ほぼ完徹のチームもある。

 気が休まらない中だが、このタイミングでの休息は大きいだろう。


「群れの動き次第だが――作戦は固まりつつある。明朝には確実に報告できるだろう。各隊長から指示を受けてくれ。以上、解散!」


 具体的な作戦までは、まだ共有されなかった。

 色々な事態に備えたマニュアルがあるはずだから、オーガの群れが見つかり次第、というところだろう。


 ALPHAチームは広場に残り、夜番についての打ち合わせを行った。

 夜間の襲撃はないという想定だが、例外はいくらでもある。

 当然、今日は西側を重点的に見張る。

 常に夜目に慣れておく必要もあるだろう。


「隊長、明日も待機組に回されそうですか?」


 少し不貞腐れた表情をしているのは、朔真さんだ。

 前半の夜番組なら、普通は午前中いっぱい休みになる。


「今の状況だから、それはない。まだ決まったわけではないが、朝に群れを発見できなければ集落の偵察に送られるはずだ」

「偵察、ですか。いよいよリベンジってことですね」


 朔真さんは、俺と隊長に強い視線を送った。

 集落を調査せずに帰還したことに、今でも心残りがある。


 あのとき踏み込んでいれば。

 もう少し見ていれば。

 せめて、危険だともっと強く言えていれば。

 ECHOチームは死なずに済んだのではないか――そんな考えが、何度も頭をよぎった。


 朔真さんの表情を見ると、俺と同じように責任を感じているようだった。


「よし、では各自準備をして三十分後に再びここで集合だ」


 隊長の号令で、俺たちは宿舎の自室へと散っていく。

 

 自室に戻った俺は、夜番の準備をしながら、つい数日前、遠目で見たオーガの集落に思いを馳せた。


 明日、そこへ行く。

 ECHOチームが最後に見たかもしれない景色を、自分の目で見ることになる。


 きっと、桜さんは同行しない。

 だから、今度は自分の目と耳で拾わなければならない。


 そんなことを考えていると――

 怖さとも後悔ともつかない震えが、背筋を走った。

 俺は一度頬を叩いて、無理やり息を整えた。



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