10. 報告
偵察作戦棟の会議室には、各チームの隊長や偵察作戦班の幹部が集まっていた。
突然の招集に、熱気と緊張感が交じり合った空気が流れている。
各チームの隊長たちが、黙ったままこちらを見ていた。
誰も怒鳴ってはいない。
それでも、視線だけで背中が重くなる。
俺は、この場に情報を持ち込んだ張本人だった。
「桜くん、情報共有を」
全員揃ったのを見て、拠点長の柳さんが会議の開始を告げた。
丸眼鏡がトレードマークの柳さんは、偵察作戦班の班長も務めている。
様々な前線基地で偵察作戦班として活躍してきた、頼りになるベテランだ。
「はい。使い魔との視覚共有で十体ほどのオーガがこちらに向かってきているのを確認しました。あの速度なら夜明け前には到着するでしょう」
隊長同士が顔を見合わせ、にわかに騒がしくなった。
概要は聞いていたはずだ。
だが、実際に現実として突きつけられて、空気が変わったようだった。
オーガは複数人の経験者でなければ討伐が難しい。
攻略者の最初の高い壁、といわれる強力な魔物だ。
それが十体というのは、なかなか見ない数だ。
「確認だが、夜明け前に来るのか?」
「はい、間違いなく。ご存知の通り、オーガは普通、夜に行動しません。彼らは奇襲するつもりだったのでしょうが……これで未然に防ぐことができました」
どこからか飛んだ質問に答えて、桜さんはこちらにウインクした。
これからオーガが襲ってくることに変わりはなく、喜ばしいことではない。
複雑な気持ちだった。
それにしても、オーガか。
俺は会議を眺めながら、本の記述について思いを馳せる。
オーガはゴブリン系統の魔物だ。
ゴブリンやオークが出現するエリアでは、必ずといっていいほど現れる。
特定の魔物が現れない、と読んで、真っ先に思い浮かんでいたのがオーガだった。
「十体ほどなら今の戦力で充分討伐可能だ。だが別に気がかりなことがある。結人くん、頼めるか」
オーガの襲撃に対する質問が煮詰まったところで、柳さんが俺に話を振った。
俺の役目は、各隊長たちに説明をすることだ。
隊長や桜さんが話すより、実際に違和感を持ち帰った俺が話したほうが説得力がある。
それが、桜さんの判断だった。
俺は、本で読んだスタンピードの前兆を説明した。
特定の魔物が姿を消すこと。
魔物の空白地帯ができること。
集落同士の衝突や、放棄された巣が見つかること。
その一つ一つが、調査地点周辺で見たものと重なっていた。
皆一様に、難しい顔をして話を聞いていた。
起きなくなって久しい事象だが、疑いの視線はない。
「調査地点にいるECHOチームから連絡はあったのか?」
俺の話が一段落すると、DELTAチームの隊長が柳さんのほうを向いて尋ねた。
ECHOチームは俺たちが発見した集落の調査任務を引き継いでいる。
気になることは、みんな同じだ。
「いや、ない。明日の朝一に伝令を送ることになった。……考えたくはないが、最悪のケースを考えて動くことにする」
最悪のケース。
調査地点が壊滅している可能性は十分に考えられる。
直人さんたち作業員の顔が、頭にちらついた。
あの夕食の匂いまでが、不意によみがえる。
俺は、オーガの知能について考える。
オーガは決して頭が良い魔物ではない。
だが、集落を作り、離れた場所にあるオークの集落まで襲撃していることを考えると、指揮役、つまり変異種がいる。
仮にオーガの変異種となれば、たとえそれが一体でも、犠牲を覚悟で挑む必要がある。
しばらく静寂が続くと、柳さんが時間がないと言わんばかりに手を二度ほど叩いた。
情報共有が終わると、話し合いが始まり、それぞれに役割が与えられていく。
一番恐れるべきことは、今向かっているオーガが本隊ではなく、先遣隊に過ぎないことだ。
偵察能力が高い使い魔のルシファーを抱えるALPHAチームは、自然と待機組になった。
新しい情報が入り次第、即座に動けるように準備しておく、とのことだ。
柳さんの合図で、ポイント八王子の各部隊が動き始める。
真夜中の拠点に、普段ならあり得ないほどの明かりが灯った。
――――――
会議終了から、三十分後。
宿舎の会議室には、隊長と桜さん以外の四人が集まっていた。
雫さんと朔真さんは、立ったり座ったりを繰り返している。
珍しく、落ち着かないようだ。
その一方で、渋々雫さんに連れてこられたひよりさんは、机を枕にして両目を閉じていた。
欲望に忠実というべきか、肝が太いというべきか。
本当なら、妹のまつりさんに手紙を無事届けられたことを伝えたかった。
だが、そんな話を切り出せる空気ではない。
「相手がオーガで助かったかもしれないですね」
雫さんは大真面目な顔で言った。
嘘だろ?と思ったが、朔真さんは当然のように頷いている。
オーガは一体でも脅威度が高い魔物だ。
少なくとも俺自身はオーガと戦ったときに、命の危険を感じることがあった。
なら、相性の問題だろうか。
単純に俺は、二人の考えを聞きたくなった。
「あのオーガ、ですよ?」
俺の言葉を聞いて、雫さんがキョトンとする。
隣の朔真さんが、分かりやすく説明してくれた。
「結人、オーガ十体は頑張れば倒せる魔物だ。だがゴブリンやオークなら――もっと大軍が来る。討ち漏らしが出れば出るほど被害は大きくなるからね」
なるほど。
大変でも、オーガ十体は確実に仕留めることができる。
だが、ゴブリンやオークが百体ならどうだろうか。
一斉に襲ってきたら、拠点の攻略者総出での対応が必要だ。
数が多ければ、どうしても討ち漏らしが出る。
不運が重なれば、こちら側が一気に崩れてしまうこともあり得るだろう。
それにオーガは、ゴブリンやオークに比べて数が増えにくい。
仮にスタンピードが起きていても、オーガなら百体を超えることはないはずだ。
そう考えると、オーガなら最悪ではない、という話も頷ける話だった。
念のため、俺は雫さんからオーガとの戦い方について聞いておくことにした。
オーガ相手に警戒すべきことは、その怪力だ。
一撃でも食らってしまったら、必ず離脱して、回復を受ける。
それが相対するときのルール。
そんな風にしばらく雫さんから講義を受けていると、作戦会議を終えた隊長が会議室に戻ってきた。
夜中に起こされて、いきなりこの状況だ。
隊長は、あまり見たことのない疲れた顔をしていた。
「緊急時以外、しばらくALPHAチームはここで待機していることになった。半日か、数日か。警戒が解除されるまで、他の任務が与えられることはない」
ポイント八王子に所属しているのは六チーム。
そのうち調査地点にいるECHOチームを除いた五チームが、現有の戦力だ。
三チームが合同でオーガに当たり、一チームが朝一で調査地点へ向かう。
とすれば、必然的に一チームは待機だ。
「我々は後詰めですか?」
朔真さんは少し不満げだった。
前に出たい、というより、現場が見えないまま待つことに納得できないのだろう。
朔真さんは真面目な人だ。
自分の立ち位置が曖昧なまま待つことを嫌う。
後詰めも重要な役割だが――
現場では、主力から外された部隊、と見られることもある。
「桜が決めたようだ。調査地点のECHOチームに何かあったと分かったら、俺たちを例の集落に送るつもりらしい」
朔真さんは隊長の言葉に力強く頷いた。
集落の偵察を終えずに帰還したことに心残りがあるからだろう。
もちろん、その点に関しては俺も同じ気持ちだ。
今、一番怖いのはスタンピードそのものではない。
敵の規模も、場所も、目的も分からないこと。
正しく怖がるための情報が、あまりにも足りていなかった。
隊長は他の部隊の動きについて共有してから、大きく手を上げて伸びをした。
「しばらく呼ばれることはない。寝られるうちに寝ておくのがいいだろう」
しばらくは待機だが、この先何日かは徹夜を覚悟しなければならない状況だ。
隊長の言う通り、休めるときに休むことが何よりも大切である。
小さくあくびをした隊長によって解散が告げられ、各々自室へと戻る。
時刻は深夜二時過ぎだった。
こんな状況なのに、地上の家よりもぐっすり眠れた。
それが少し怖かった。
俺はもう、本当にここに馴染んでしまっているのかもしれない。
――――――
次の朝。
宿舎を出ると、討伐に出かけた三チームが戻ってきていた。
全員、明るい表情だ。
話を聞くと、奇襲攻撃に成功し、全滅させることができたらしい。
有利な地形を選んで戦い、オーガ十体が相手でも優位に進められた、とのことだ。
ただ、一つだけ気になる話があった。
オーガたちは、味方が次々と倒れても逃げようとしなかったらしい。
まるで、後ろに戻る場所などないかのように、ただ前へ進んできたという。
懸念点はあったが、それでも三チームの隊員は誇らしい表情をしていた。
さすが前線の精鋭。
俺は心の中で、何度も拍手を送った。
拠点の門では、動物が頻繁に出入りしていた。
動物の正体は、もちろん使い魔だ。
桜さんによると、現時点で周囲に異変は見られないらしい。
討伐は完了し、偵察もうまくいっている。
作業を中断して一時帰還を検討していた作業員も、防衛設備の補強作業に取り掛かった。
いつも通りの日常、とまではいかない。
それでも、拠点には少しずつ安堵の空気が戻り始めていた。
しかし、その安堵は長く続かなかった。
午後になって、凶報が届いた。
知らせを持ち帰ったのは、調査地点へ伝令に向かっていたDELTAチームの隊員だった。
息が切れている。
顔も心なしか青ざめているように見えた。
何事かと幹部級が集まり始める。
「ECHOチーム、全滅!オーガの大群がこちらに向かってきています!」
非情な通告だった。
全滅。
一瞬、意味を理解できなかった。
それは、仲間の死を意味する言葉だ。
直人さんたちは。
あの場所に残っていた作業員たちは。
夕食のスパイスの匂いが、不意によみがえる。
喉の奥が、きゅっと狭くなった。
さっきまで聞こえていた槌の音が止まる。
誰かの笑い声も、靴音も、風に揺れる木柵の音さえ遠くなる。
賑やかだった拠点は、一転して静まり返った。




