第5話 振り子姫と呼ばれた私の本気のブランコ
「とりあえず、家の鍵と財布とスマホを持っとけば大丈夫かな」
鍵を開けっぱなしにしていても、空き巣は入らないと思うけど。
持ち物を確認してから家を出た。
三日坊主になりそうな言い訳をしていたが、やっぱり散歩はすることにした。
時間が止まった状態で、体調が悪化したら怖いし。
現在時刻は18時。
ほどよく涼しい時間帯だった。
今日のルートは会社の反対側。
通勤ルートを散歩する気にはなれなかった。
仕事のことは思い出したくない。
「通勤ルートを散歩することで仕事のことを思い出すって、パブロフの犬みたい」
パブロフの犬は唾液を分泌するらしいけど、私が分泌するのは冷や汗。
社会人がいきなり休暇を手にしたというのは、そういうことを考えさせられる。
実際、コンビニで食品を買うときは、毎回お金を支払っている。
だから、自分の貯金を切り崩しているという感覚は消えない。
時は金なりであれならば、今すぐこの状況を換金してもらいたい。
「……この200メートル先の右に見えるの公園かな?」
今向かっているのは最寄りの公園。
ブランコに乗りたかった。
小学校の頃、私は昼休みの間はずっとブランコに乗っていた。
ある日、小学校にいたALTに「ペンデュラムガール!」と言われた。
当時は意味が分からなかったけど、高校になってから知った。
Pendulum というのは振り子という意味らしい。
簡単に言えば振り子少女。
絶妙な皮肉だな、と感心した記憶がある。
「あ、ここっぽい」
やっと公園に到着した。
都市部にしては大きめの公園。
一目散にブランコに向かう。
「小学校を卒業してから、ブランコに乗ったことないかも」
遊具で遊べるのは小学校まで。
そのあとは「私にもああいう時代あったよな……」と感傷に浸ることしかできないと思っていた。
「今なら、振り子姫と呼ばれた私の本気を見せることができるはず」
少女も姫も同じようなものでしょ。
自分にとって都合の良いように記憶を改変しつついざブランコへ。
「やっば、ブランコめっちゃ低い……」
まず座ること自体が難しかった。
小学生向けの遊具だから、大人の私に合うはずはない。
何とかチェーンを掴んで一漕ぎ。
「あれ、全然勢いつかないな……」
何度やっても、勢いが途中で消えてしまう。
というか、普通に怖い。
「……チェーンの匂いも気になってきたし、やめよ」
振り子姫の二つ名は過去の存在だったようだ。
蛇口で手を洗う。
タオルを持ってきてなかったので、手を振って自然乾燥させた。
「この公園って、時間的には午前2時ってことだよね……」
手が乾くのを待ちつつ、辺りを見回す。
夜の公園って絶対危ないじゃん。
高校の頃も近くの公園で不審者が出たって注意されたことあるぞ。
ぱっと見では、不審者らしき人物はいなかった。
大人なのに本気のブランコを試みた私は不審者じゃないとして。
公園から出た。
もう少し先のところまで行くことにした。
目的地は河川敷。
時間が止まっているけど、川のせせらぎも止まっているのかちょっと興味があった。
河川敷に到着。
「うーん、遠くからだと分からないな」
昼なら光が反射して動きが見えたりするんだろうけど。
夕方だから、イマイチよくわからない。
河川敷を降りて少し近づいてみる。
「止まって……るのかな、コレは」
川の端に浮いているビニール袋が止まっているので、多分止まっている。
「動かない水溜まりってもはや湖じゃん」
にしては大分細長いけど。
川が止まっていることが確認できたらここに用はない。
さっさと帰ることにした。
「時間が止まっているからこそ美しい光景とか見てみたいかも……」
さっき川が完全に止まっていたことを踏まえたうえでしたいことが見つかった。
雪が降っているときに時間が停止していれば、その雪は空中に浮遊しているはず。
「でもこの時期で雪が降ってるとことか、基本海外なんだよな」
もちろん高山なら国内でも雪は降ってるだろうけど、この状況で山登りをする気になれなかった。
流石に危険すぎる。
「じゃあ手頃なところで雨でもいいかな」
今は晴れてるけど、いつか雨が降る日もあるでしょ。
とりあえずその日は外に出てみよう。
したいことが1つ決まった。
「ただいまー」
家に帰りつき、すぐシャワーを浴びる。
運動後のシャワーは気持ちいような気がした。
でも汗をかくほど激しい運動はしていなかったから、多分プラシーボ。
髪を乾かしている間、ある動画を見ていた。
それは隕石をどうすれば、地球滅亡を回避することができるか、というもの。
「探査機を高速でぶつけて軌道を変えるっていうのが現実的、か……」
ただ、直径10キロメートル級の隕石だと、かなり厳しいという見解を示していた。
少なくとも現代の科学では無理、というのが結論だった。
「ていうか、各国の政府たちは何をしてたの?」
地球滅亡の1時間前まで地球の誕生日パーティーしてたわけじゃないよね?
疑問に思ったので、それについて調べてみる。
すると、各国との連携がとれずに対応が後手後手に回った、という記事が出てきた。
異常事態でどのように利益を得るか、どの国に隕石の破片を落とすか、と言ったことを計算しているうちに、対応不能になる距離まで隕石が近づいていたらしい。
「へぇー」
国を背負う人たちにはそういう苦労もあるのだろう。
小市民の私には想像つかないけど。
「じゃあ結局、本当に成す術なし?」
スマホの電源を落としてから呟いた。
ほとんどの記事の枕詞に出てきたのは『少なくとも現代の科学では』というフレーズ。
「じゃあ私にもなんとかできる余地があるってことなのかな」
記事を書いた人はそういう意図で書いたわけじゃないんだろうけど。
「実際、私が地球を救ったらどうなるんだろ」
子供の頃だったらみんなから褒められてハッピーみたいなハッピーな思考しかできなかったけど、大人になった今なら分かる。
ほぼ間違いなく、色んな組織の権力レースの道具にされてしまう。
そして世界はおそらく、悪い意味で私が中心に回り始める。
用が済んだら捨てられる可能性が高い。
「それは面倒だな……」
そうなるくらいなら、地球が滅亡したほうがマシな気がする。
「あー考えるのも面倒になってきた」
運動したおかげで瞼が重い。
政府の話とかよくわからないけど、今日はよく眠ることができそう。
目覚まし時計を午前6時に設定して眠りについた。
ジリリリリリ!!
すぐアラームを消して起き上がる。
いつもの習慣でカーテンを開けた。
「お、雨降ってるじゃん」
窓を開いて外の様子を眺めてみる。
私の目の前には、無数の雨粒が空中に止まっていた。
お腹はすいていないので、すぐに外に出る。
「おーなんか綺麗」
ドアを開けて飛び込んでくる景色に、思わず言葉が漏れた。
空中に浮かぶ透明な球体。
ビー玉がずっと先まで広がっている感じ。
「雨量的には小雨ぐらいかな」
雨の密度がそこまで多くなかったから、一つひとつの雨粒が見やすい。
「触ったらどうなるんだろ」
興味がわいたので、アパートの入り口に降りた。
「おー本当に幻想的じゃん」
そーっと目の前の球体に人差し指で触れてみた。
「……つめた」
触れた途端、その球体は崩れて地面に落ちた。
「へぇー触ったら落ちるって感じか」
一応時間は止まっているけど、止まってるだけって感じらしい。
手に勢いをつけてたくさんの雨粒に触れてみた。
触れた順にどんどん落ちていく。
そして残ったのは濡れた私の手だけ。
「……え、普通に面倒なんだけど」
傍から見る分には綺麗だけど、今日の散歩はどうすればいいの?
外出するときまでにちゃんと片付けておくように、と呟いて自分の部屋に戻った。




