第29話 何も知らない顔をして、世界は回る
ジリリリリ!!
「うるさ……」
この目覚まし時計はやっぱりおかしい。
経年劣化という言葉を知らないのかもしれない。
年々、アラームの音が大きくなっている気がする。
どういう仕組みでそうなってるわけ?
アラームを消して布団から起き上がる。
「今何時……?」
時間を確認すると午前6時だった。
いつもは5時30分に起きているはずなのに30分遅い起床になってしまった。
「……ちょっと急がないとヤバいな」
慌ててリビングまで向かう。
キッチンに向かおうとしたとき、床の転がっているスマホが光っているのが見えた。
一瞬足を止めたが、悪い知らせだと困るので、無視してキッチンに向かう。
食パンをオーブントースターに入れようとしたときに手を止めた。
「電子レンジの方が良いんだっけ?」
何故か分からないけど、そんな気がした。
今まで一度も電子レンジで食パンを温めたことはないのに。
なんとなく電子レンジに食パンを突っ込んでから電子ケトルでお湯を作る。
一旦リビングに戻ってスマホを拾う。
「やっば、充電するの忘れてた……」
スマホの時計が指しているのは午前6時4分。
しかしそれ以上に、バッテリーがあと5パーセントしか残っていないことに意識が向いた。
「出るまで充電すれば何とかなるかな」
充電器を近くまで持ってきて、食べながらスマホを触れるように準備した。
スマホに充電器を挿した同時に、電子レンジとケトルが作業を終えた音を鳴らす。
「とりあえず朝ごはん食べながら確認するか」
通知を確認するのは後回しにして、朝食の準備をする。
電子レンジから出した食パンは、オーブンで焼いたものと比べてふわふわしていた。
「へぇーなんか蒸しパンみたいで良いじゃん」
結構そういうの好きなんだよね、と呟きつつ電子ケトルに水を入れて適温に調整する。
こうしないとコーヒーを飲めないのだ。
インスタントコーヒーの粉を入れてからお湯をコップに注ぐ。
洗いっぱなしのスプーンでかき混ぜてから一啜り。
「やっぱおいしくないな」
飲めるのと「おいしく」飲めるというのは異なる。
ただ、カフェインを摂取することで眠気が—
「ていうか今日、全然眠くないな」
めちゃくちゃいい目覚めをしたかもしれない。
最近は寝不足だったはずなのに、ものすごく目がシャキッとしている。
昨日はいつもと同じ睡眠時間だった気がするんだけど。
そこまで深く考えずにリビングの丸テーブルに食パンを運んだ。
食パンを口の中に入れる。
「ふーん、結構おいしいじゃん」
少なくとも、オーブントースターで焼いた食パンよりもおいしい気がする。
これからは電子レンジで食パンを温めることにしよう、と静かに決めた。
「あ、そうだ、通知来てたんだった」
「会社が休みです」みたいな連絡来てないかな、と期待しつつスマホを開いた。
上司からメールが二件と、同僚の子から別のアプリでの通知が数件来ていた。
「どっちから確認しようかな」
こういうのって性格出そうだよね。
事務的な連絡から処理をするのか、友だちに近い人の連絡から処理をするのか。
元をたどれば仕事か友情かなんていう原始的な問題に—
「とりあえず上司からチェックするか」
頭の中でごちゃごちゃ考えるより、実際に開いたほうが良い。
上司からのメッセージを確認してみた。
一件目は昨日の夜に来たヤツの返信だった。
「あれ、私このメールに返信したっけ?」
上司は私の返信にさらに返信をしている。
だが私は返信をした記憶が全くなかった。
送信時間は今日の午前2時。
そんな時間に送信した記憶なんて全くない。
その記憶にないメッセージの内容は、返信が遅れたことの謝罪から始まっていた。
いつも通りと言えばいつも通りの文章だ。
ただ時刻が午前2時というのが少し気になる。
「……まあ上司は普通に返信してきてるし別に良いか」
都合の悪いことなら理由を考えるが、自分にとって都合の良いことなのであれば問題ない。疑問もすぐ流して次の上司のメールを確認してみることに。
「え、今日臨時休業なの?」
シンプルに会社が休みになった連絡が来ていた。
社内ポータルでも確認してください、と補足がされていた。
「普通にラッキーじゃん」
今から寝ようかな、と思いつつ同僚の子からの連絡も確認する。
『今日休みなんで、ご飯食べに行きまでせんか?』
「えーどうしようかな」
普通に悩む。
とりあえず、『何時からですか?』と送信してみた。
二つ年下の同僚にも敬語なのは癖だ。
同僚に「私が敬語なの分かるんですけど、なんで環さんまで連絡するときは敬語なんですか?」と尋ねられたことがある。
そのときは、「なんとなく」と答えたっけ。
メッセージを送信すると、すぐに返信が来た。
『昼ご飯だけでもどうですか?』
「まあ夜からっていうよりはマシかな」
『いいですよ』と送信すると、すぐに集合場所と時間帯の情報が送信されてきた。
ここから歩いて十数分したところだった。
それまではゆっくり過ごすことができそう。
時間を潰すため、何気なくSNSを開く。
検索ワードの上位はほぼ地球滅亡関係で独占していた。
「あ、そういえば地球滅亡の話ってどこに行ったんだろ」
ふと思い出した。
昨日は地球が滅亡するって話で盛り上がってたのに、蓋を開けてみたら普通の平日。
「あれかな、ノストラダムスの大予言的な」
今回もそれに近いヤツだったのかもしれない。
「でも隕石が無くなったってことだよね?」
そんなことあり得る?
少し疑問が生じたのでネットで検索することにした。
『い』と入力するとサジェスト機能で『隕石衝突 デマ』という言葉が出てきた。
「あーやっぱりデマだったのか」
その段階で満足してしまったので、記事を見ないでスマホを閉じた。
朝食の後片付けを済ませて洗面台に向かう。
「あれ隈無くなってる……」
洗面台の鏡を見て思わず呟いた。
昨日シャワーを浴びたときにあった隈がきれいさっぱり消えてしまっていた。
ちょっとした睡眠で消えるほどの隈ではなかったと思うんだけど……
他にも、肌質がかなり良くなっているような……
「ま、とりあえず良いか」
ここでもご都合主義発動。
私は自分にとって都合の良いことは、ラッキーで済ませるタイプなのだ。
深く考えたって意味はない。
その後はゆっくりメイクを済ませた。
いつもより丁寧にしたからか満足のいく出来だった。
準備を済ませて再びリビングへ。
ふと寝室に視線を流す。
「私、ぬいぐるみなんて持ってたっけ?」
寝室に飾ってあったのは、ハリネズミと泣き目のウサギのぬいぐるみだった。
本当に飾った記憶がなかったので、少し怖くなってきた。
目が合うと気まずいウサギのぬいぐるみだけ、顔を壁側に向けておいた。
ソファに腰を下ろして、動画サイトで時間を潰す。
アルゴリズムで上ってくるのはハリネズミのペット動画ばかり。
おかしいな、とは思いつつも可愛らしい姿だったのでクリックして動画を視聴した。
数分後。
「やっば、ハリネズミめっちゃ可愛いんだけど……」
こんなに可愛いなんて聞いてない。
30分後。
「……よし、ハリネズミを飼おう」
一人暮らしでも飼いやすいらしいし、とにかく可愛い。
ネットでハリネズミのお迎えの仕方や初期費用等を調べているうちに、同僚の子との約束の時間になった。
「やば、流石にそろそろ出るか」
さっさと準備をして外に出た。
午前11時らしい雰囲気で、車の往来もそこそこあった。
「やっぱ隕石衝突がデマってなっても普通の生活に戻るんだなー」
昨日は世界の終わりみたいな顔をしていた人も、きっと今日はいつも通りの顔で過ごしていて、世界の方だってこの世の終わりみたな顔をされたことを忘れて、何も知らない顔をして回っているのかもしれない。
「そんな中、突然休みになった私は非日常を満喫できるってね」
しかも自己都合じゃなくって、ちゃんとした臨時休業。
それなら罪悪感を全く感じずに今日という日を楽しむことができる。
他の人がいつも通りの生活をしている中で、私だけ休んでいる背徳感というのを味わわせてもらおう。
「……あ、変なこと考えてる場合じゃなかった」
スマホで現在時刻を確認すると、早歩きで向かえばギリギリ間に合うくらいの時間帯だった。
集合時刻に遅れるというのは社会人失格。
「ちょっと急げば間に合うかな」
私は早歩きで階段を降りて行った。




