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地球滅亡の直前に時間操作の能力を獲得したので、したいこと全部してから地球を救います。  作者: 夏野恵


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第28話 それでも瞳を閉じるのは、目を開けたときの自分を信じているから

「……は?」


でかでかと表示されているのは、午前2時という数字。


「これ、壊れてない?」


なんとなくスマホを振ってみる。

しかし時刻は全く変わらない。


「いや、ちょっと待って……」


一旦食パンを齧ってから考える。


私の想定では5時30分になるはずだった。


でも現在時刻は午前2時。


私の立てた仮説が間違っていた?


「あっそうだ、隕石は?」


隕石の存在が完全に消えると、絶対時間の午前2時が動くという仮説を取っていたのだ。


動画サイトを開いて隕石の中継映像を確認する。


もし完全に消えていれば—


「いや、普通にいるじゃん」


空気読んで消えてよ、と思わず悪態をついてしまった。



隕石は全く無傷の状態で、地球に向かっている最中だった。



「えーどうしよう……」


面倒なことになった。

本当に面倒なことになった。


隕石に私の能力が効かなかった?


「でも川の石は普通に消えたし……」


同じ石なのに、無傷という状態なのはおかしいと思う。


コーヒーを喉に流し込む。


その時はマズいともおいしいとも思わなかった。


「まってまって……」


ベランダまで出て、外の様子を確認してみた。


やっぱり動いていない。


「マジで動いてないの?」


あり得ないって、と呟きパジャマ姿で外に出た。


玄関まで降りて外に出るが、車も全く通ってなかった。


最寄のコンビニに行って従業員呼び出しのボタンを連打したが、人が出てくる気配はない。


聞きなじみのあるBGMを背にとぼとぼ家まで戻った。



「あーマジか……」


頭を抱えながら家の扉を閉める。

ソファにダイブして腕を組んだ。


「こんな時に能力使えないってどうなってるの?」


困るってマジで。


しかしその声は一瞬で霧散した。


この空間が、少しずつ不気味に感じ始めた。


「……とりあえず、原因を考えよう」


まずは原因の解明だよね、と自分を納得させてからチラシを一枚持ってきた。


「まず結果として、隕石は消滅しなかった、と」


この理由を明らかにしたいのだ。


理由を知らないと、これまで心地よかった空間が気味の悪いものに変わってしまう。


必死に頭を絞って考えてみることにした。


「考えられる可能性は何個かあるよね」


ぱっと思いつくのは以下の2つだ。


1. 隕石は6,000京年よりももっと長い年月が必要だった。

2. そもそも隕石に私の能力が働いていない。


「とりあえず1. から検証してみよう」


生成AIを開いて文章を入力した。


『直径10キロメートルの隕石が完全に分解されるまでに必要な年月はどの程度?』


すぐに回答が出力される。


条件にもよるが数百億年から数千億年以上かかる、とのこと。

風化されるのは表面だけであるため、そのくらい膨大な時間がかかるらしい。


しかし6,000京年もあれば、砂塵程度に分解されるとの見解を生成AIは示した。


「もしかして、地表と隕石のいる標高が違うから結果が変わった可能性もある?」


チラシの裏にすぐ計算式を書いてみた。


秒速: 20キロメートル

時間: 1時間後に衝突。


つまり地球から約72,000キロメートル離れているということがわかる。


「ほぼ真空状態だからって感じ?」


再び生成AIに尋ねてみたが、真空状態でも岩の塊が砂レベルになる可能性はある、という意見だった。


「いや、普通に隕石のままなんだけど……」


ライブ中継されている隕石は以前と変わらない状態。


砂になっているようには到底見えない。



悩んでいても埒が明かないので、次の可能性を考えてみることにした。



「正直、こっちのほうが可能性あるんだよね」


そう呟きながら、さっき書いた文章をコツコツ爪で叩く。


隕石まで私の能力が届いていないという可能性だ。


これまで私が操作してきた対象は遠くて半径8キロ。

72,000キロメートル先の対象の時間を進めることは、そもそも不可能なのでは?


「そうなってくるともう本当に無理ゲーになっちゃよねー……」


隕石が落ちる直前で時間が停止したのに、なにもなすすべがないというのはいわば生き地獄と同じだ。


「生き地獄……」


冷や汗が一気に出てきた。


「いやいや、あくまでも可能性ってだけだし……」


頭を振ってそのイメージをかき消す。

本当にそうなのかどうかは、確認するまでわからない。


そう、シュレディンガーの猫と同じだ。


箱を開けるまで中にいる猫の生死が分からない。

分からないのであれば、箱を開けて確認すればよい。


なんだ、単純な話じゃないか。


「じゃあここから一番遠いところの時間を動かそう」


ぱっと思いついたのは、ブラジルにあるコルコバードのキリスト像。


日本からほとんど正反対なため、実験台としてちょうどいいかもしれない。


地球の直径を確認してから、目覚まし時計をセットして再びベッドの中に入った。


直径は約12,000キロメートル。


隕石まで私の能力が届いているのかどうかを確認するにしては、少し不安だがとりあえず試してみよう。


他の国の像なので、あまり罪悪感は感じなかった。


それくらいに私は焦っていた。


1億年分、あの像の時間を進めることにした。


目を瞑って眠気が来るのを待つ。


どのくらい時間が経ったか分からない。

いつの間にか、私は眠りに落ちていた。



ジリリリリ!!



「どう?!」


目覚ましを一瞬で止めて、ブラジルで配信されているライブ中継の映像を見る。

『コルコバードのキリスト像 配信』と検索すると、その像を背景に配信をしているサムネイルが見つかった。


迷うことなくその配信をクリックする。


「普通にあるな……」


その像は、当たり前のように存在していた。

写真とかでよく見る、両手を開いた像だった。


「あれ、そういえば……」


その瞬間、あることを思い出した。


「そういえば映像系のヤツって、録画を開始した時点から変わらない状態のままになってるんじゃなかったっけ?」


以前、デジカメで収録した実験で出した結論である。


寝て起きた後の景色は変わっていたのに、録画している映像では元の景色のままだったのだ。


それ基づくとブラジルのリオデジャネイロにあるこの像も現地まで行って確認しない限り、本当に存在していないのかどうか分からない。


「それなら今上空にあるらしい隕石も、もしかしたら消えている可能性がある……?」


楽観的なアイデアが浮かんだが、すぐに打ち消された。


ポジティブに考えられるほど、今の私に余裕はなかった。



結局、自分の目で直接確認できるもの以外、信用することはできないということが明らかになった。



「だっる……」


スマホを放り投げてベッドにもう一度寝転がった。

テーブルから滑って床に落ちる。


隕石の存在が消えていないせいで時間が止まっているのか、隕石が消えたら絶対時間が進むという仮説自体が間違っているのかわからない。


「えーマジでどうしよ……」


いきなり孤独感が出てきた。

じっとりとした孤独感は、私の思考を徐々に蝕んでいく。


「このまま一人で死ぬのかな……」


そもそもこの空間で死ぬことができるのかもわからない。

もしできないんだったら、私は誰とも話すことなく生き続けるのだろうか。


そもそも今の私は生きているといえる?


他の誰かに観測されていない今、私は本当に生きていると証明できる?


そんなマイナスな考えがとめどなく溢れてきた。



「はぁーマジでヤバい……」



口元に枕を当てて、声を殺して泣いた。


泣いたのは本当に久しぶりだったからか、とめどなく涙が溢れてきた。


頭の中に会ったのは「寂しい」という言葉だけ。

せめてもう一人相方がいれば、この生活にも耐えられるのに。


でも誰もいない今、私は1人で戦わなければいけない。



気の済むまで泣いた後、リビングまで行ってソファのどさっと腰を下ろした。


ティッシュで目元を拭く。


「……ちゃんと考えてみよう」


私は泣いた後、すぐに切り替えることができる人間だ。


孤独感はあるがそれ以上に「なんとかしないと」という気持ちが強い。


これまでに書いたチラシをすべて読み返し、手がかりがないか本気で考えてみた。

仮説、方法、結果、考察、を一つひとつ丁寧にまとめて頭を回転させる。


なぜこの仮説を立てたのか、

なぜその方法をするべきだと考えたのか、

結果は本当に客観的に正しいものと言えるのか、

そしてそこからの考察は論理的に正しいと言えるのか。



数時間近く、チラシを見ながら頭を捻った。



「これが最後の一枚か……」


ついに残ったのは、仮説だけしか書かれてないチラシの一枚だけ。

確認する手段がなかったので、座礁に乗り上げてしまったものだ。


その一枚のトピックというのが絶対時間についてである。

なぜ絶対時間が停止したのか、という原因について仮説を立てたものだ。



『隕石が衝突した5時30分に目覚まし時計だけ鳴ってたら面白そう、という思考が、絶対時間を止めたのではないか?』



これは私の思考が世界に影響を与えている、という解釈から導いたものだ。


「でも絶対時間は動いてないしな」


そのため思考が完全に実現するわけではないと考え—


「……ん?」


ほんの少し、その記述に違和感を覚えた。


自分でもその違和感の正体が掴めない。


「絶対時間を動かせないから、思考が完全に実現するわけではない……?」


チラシにこの文章を文字に起こしてみた。

急いで書いたので、字がところどころ歪んでいる。


その文章を指でなぞりながら口に出す。


「絶対時間を動かせないから、思考が完全に実現するわけではないと考えた」


ゆっくり読み上げたときにふと頭に浮かんだことがある。


というのは—


「そもそも絶対時間が止まったのって、私が『朝5時30分に目覚ましだけなったら面白そう』って思ったからという前提じゃないの?」


もう少しわかりやすくすると、


1. 思考する→目覚まし時計だけ地球が滅亡した世界で止まればいいのに

2. 実際に停止→時間が相対時間と絶対時間に分離

3. 相対時間は進む→セットした5時30分まで

4. 目覚ましが鳴る→起きる

5. 相対時間は一旦停止→目覚まし時計を再びセットすると、相対時間は進む


という流れだ。


思考で始まったのであれば、思考で終わらせることもできるのでは?


「じゃあなんで絶対時間が動かないのか、ってなってくると……」


腕を組みながら最重要の問題を考える。



「とりあえず、相対時間と絶対時間を同じような存在だ、ということにしよう」


いつも通り仮定する。


「相対時間の特徴は目覚まし時計をセットすると寝ている間に時間が進む、というもの」


相対時間の進む条件を走り書きした。


これを絶対時間についても同じものだとひとまず仮定すると……


「相対時間と同じように『時間を動かすために必要な行動』というのが必要になってくる……?」


それが何なのかって話だ。


もしそれが分かったら、絶対時間を動かすことが可能かもしれない。


「相対時間と絶対時間のどちらともに共通しているのが『睡眠』だよね」


絶対時間は睡眠の中で止まったのに対して、

相対時間は睡眠の中で進むという特徴を持つ。


いわば、この二つは相反する存在だ。


「やっぱり睡眠……?」


摩訶不思議な空間だが結局戻ってくるのは最も原始的な行動だった。


しかしこれも仮説の一つ。

間違っている可能性もある。


「睡眠プラスアルファで必要な行動とかもあるのかな……」


全くわからない。


ただ、空を掴むような状態から、少し解像度が上がったような気がする。


最終的に私の立てた仮説と検証方法はこうなった。



仮説: 寝ることによって、絶対時間を動かすことができる。

方法: 死ぬほど寝てみる。



「ヤバい、マジでアホすぎる……」


思わず笑ってしまった。


こんな真剣に考えているのに、出た結論は小学生でも考え付きそうなものだ。


どのくらい寝ればいいの?

目覚まし時計はセットする?

もし仮説が間違っていたらどうする?


そんなことは知らない。


知らないけど、とりあえず試してみよう。


「何事も挑戦ってね」


この空間で暮らしてから、よく口にしている言葉だ。


以前はそんなことを言うような人間じゃなかった。


時間の止まった世界で色んな経験をするにつれて、積極的に行動をするようになった。


「まあ社会人になってからずっと寝不足だったし」


時間が止まる以前は、本当に隈が酷かった。


この空間のおかげで、健康的な生活を送ることができたのだ。


「そう思ったら、結構いい空間だったって思っちゃうな」


さっきは「生き地獄」なんて言ったけど、アレって本心じゃないから。


「じゃー寝るか」



実験開始だ。



せっかく社会人に戻るんだったら、退職するまでの寝だめとかしておきたい。

本当に寝だめができるのか知らないけど。


ベッドに入って、目覚まし時計を5時30分にセットした。




絶対時間が睡眠によって進む場合、隕石がどうなっているかで運命が変わる。


隕石が無くなっていると仮定した場合、社会人生活に戻ることになる。

しかし隕石が無くなっていない場合、地球滅亡。


つまり眠りに落ちた瞬間、意識が無くなってそのまま死ぬことになる可能性もあるのだ。



もしそうだとしても、瞳を閉じることはできる?



地球滅亡の直前にあなたは何をするか、という質問がふと頭によぎった。


同僚と一緒に見た、15秒動画のヤツだ。

アレにちょっと似ていると思う。


その動画では地球滅亡の日をどう過ごすかで4つのタイプに分けられていた。



1. 大切な人集中型! 

人間関係が最優先! 地球最後の日こそ、大切なあの人と一緒にいたい!


2. 日常維持型! 

いつも通り学校や会社に行って家に帰る! 現実逃避じゃなくって選択!


3. 欲望解放型! 

地球滅亡の今こそチャンス! 抑圧から解放されたあなたこそ、本当のあなた!


4. 記録・発信型!

もし地球が滅亡しても、誰かの記憶に残れば良い! あなたの存在はあなた自身で証明しよう!



私が選んだのは3番。


その理由はとにかく寝たいから。


「死ぬほど寝れるってサイコーでしょ」


枕を抱いてゴロゴロしながら呟く。


死ぬかもしれないという恐怖をほんの少しだけ和らげることができた。



「じゃあおやすみー」


誰に言うわけでもなくいつも通りの声色で呟いた。


次に起きるのは絶対時間が止まった時間停止の世界かもしれないし、

絶対時間が動いた元の日常かもしれないし、

起きることはないかもしれない。



それでも瞳を閉じるのは、目を開けたときの自分を信じているからだと思う。



そんなちょっとかっこいいことを考えながら、私は眠りに落ちた。





ジリリリリ!!

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